5.浅ましき性
《その先の木々と岩陰の間に三人隠れて継続詠唱を続けている。左右こそ警戒しているが、後ろはほとんど見ていない》
ジンクは〔オレイアス〕から伝わる〝魔眼〟の命令通り、まだ辛うじて森の役割を果たしている中を駆ける。
まだ〝魔眼〟の罠の可能性は拭えないものの、最速で現状を一変させる可能性が高いのは〝魔眼〟との共闘以外ないだろう。
少なからず、ジンクに代案は思いつかない。
《今、お前の視界に入っている左側だ。その裏に隠れている》
(〝魔眼〟は今、俺の視線も見ているわけか?)
あくまでも推測だが、ジンクの想像通り、ないしはそれに近いことがなされているのは間違いないだろう。
幾多の視界を同時に見ているのか。それともザッピングでもしているのか。どちらにせよ、その処理能力はやはり化物の類だ。
知識の疎い自分が独り憶測の中で推察したところで、今この瞬間に役立つわけではない。
意識を切り替える。
ジンクが狙う光の壁の術者は、この月星隷によって大きく変容された木々に身を潜めている。その奥の岩場に二人隠れているのか。
隠れる場所は限られる。情報さえあれば、奇襲に手慣れたジンクであれば容易に対象を発見することはできた。
頭の先から爪先まで覆う迷彩柄の外套を羽織る何者かが独り、蹲るようにしている。
動きはほとんどない。が、落ち葉や土塊、迷彩で覆い隠しているものの、星印独特の光が僅かばかり漏れ、光の壁へと伸びていた。
しかし、迂闊に出ることはできない。隠れ場所が限定されるということは、必然的に襲撃場所が絞られるということなのだから。
息と気配を殺し、ただその時を待つ。
《ジンク・セダー、そこで待機だ。正面に敵が見えているな。その奥に二人潜んでいる。ソラノア嬢とテッジエッタ・マラカイト組。あとはボーラン・ノイジェの三人が配置に着き次第、対象全ての視界を奪う。手練れだ。すぐにケリをつけろよ?》
忠告は言われるまでもない。
こっちもまた手練れである。余計なことは言われずとも、一刻も早く事態を収束させたいのはこっちも一緒だ。
《行け!》
〝魔眼〟の号令とともに、術者が身悶え出す。
ジンクは真っ直ぐ駆けつつ、太腿に巻いていた投擲用ナイフを放った。
視界は奪われど音は感知できる。敵はこちらの草木を乱雑に踏み分ける音に気づき、ハッと顔を上げる――当然のように例のヘルメットを被っていた。
が、そうなることはすでに見込んでいる。
ナイフが見事に頚窩に刺さる様は、まるで敵が自ら刺さりに来たかのようだった。
「悪く思うなよ――《撃打爆座》」
ジンクは絶死した敵ごと、〔ミョルニル〕を岩に叩きつけた。
爆散する岩石は飛礫となって、隠れていた他二人を襲う。
放り出された術者二人の内、一人は運悪く――こちらからすれば幸運だが――岩が脳天を直撃したようで、ヘルメットごと穿たれていた。
だがもう一人は傷を負っているようだが、即死はしていない。反撃の魔偽術を構成しようと手を重ねていた。
「連なれよ星っ――!?」
術図式が理想の形となる前に、ジンクは敵の胸の中心を踏みつけるように蹴りつけた。
「《撃打爆座》!」
星印が霧散して解ける最中、〔ミョルニル〕をヘルメットの頂点へと叩きつけた。
惨たらしい殺し方だとは分かっている。あえて、そんな魔偽甲を選んでいるのだから。
命を奪わなければ進めない道を選んだ以上、人を殺しがどういったものかという現実に目を背けたくなかった。ただの自己満足ではあるが。
それに残酷は人の足を竦ませる。時として犠牲を最小に抑えることができる――怨嗟を育む危険も孕んでいるが……
《ご苦労様。他も無事片づけた――残りの術者もこれから片づける》
〝魔眼〟が提案した作戦は、その異能が有利である以上、不安要素は少なかった。
一番高度だった襲撃もジンクが今、片をつけた。他の者も実戦経験は豊富なので、このままいけば難なく終えられる。
それでも拭えないのは〝魔眼〟という異物そのものと……
ジンクが空を見上げる。
(綱渡りにもほどがあるんだ……)
〝魔眼〟が立てた作戦の最大の不安要素――月星隷がやりたい放題暴れている。
破壊の限りを尽くされる孤島。
その触手に押し潰されていないだけマシだが、死に直結しかねない被害はもう受けている。
帰る手段はすでに失っていた。
救援が迎えに来るとして、ランゲルハンス島に到着するまで最低でも五日はかかる。それ以前に、この事態を伝えるには〔オレイアス〕の交信可能距離まで近づかなければいけない。
(確か二日目には港側の〔オレイアス〕の交信領域を離れたはずだ)
船を手放すことに未練がないかと言えば嘘になる。失ったものが大きいほど人は執着し、縋るのだから。
ジンクはその場に座り、少しだけ休憩を取ることにした。
この天高くそびえる光の壁の破壊は、事態の収拾の下準備である。
ここから先の主役はソラノアとユキシロだ。
全ては彼女ら二人にかかっている。
だが、成功したからといって島の脱出の直接解決には繋がらない。
(ことの解決に、まるで手が出せないのがつくづく歯痒いな)
ジンクは己の無力な掌を見ながら、胸中で呟いた。
◇◆◇◆◇◆
星将を月星隷という偶然によって倒した。が、その好機を与えたものが、今度は宗太に不幸を与えんとする。
このアルトリエ大陸に召喚されてから日が短いとはいえ、数体の星隷と対峙してきた。それでも、この月星隷の生命力は、他とまるで比にならないというのは分かる。
月星隷が、どうしてここまでの無差別破壊をするのか。
怒りか悲しみか。それとも意味などなく、単なる災害のような現象なのか。
「千切っても抉っても! 形が変化しまくるから、傷を与えてんのか分かりづれぇな!」
炎熱波。光熱波。衝撃波。どれを撃ち込んでも決め手に欠けていた。
あの月のよう遥か上空を漂う丸い本体を直接攻撃しない限り、じり貧になることは目に見えている。
しかも、完全消滅させなければならない。
千切った触手や身体は離れた瞬間から別個体に変異し、とこかに飛び去り、走り去ってしまうのだから。
飛翔こそできるが滞空時間は限られる。機動性は期待できない。自分が構成するのだから。限界は容易に想像できる。
その中で一撃決殺の魔偽術を放つ。
(絶望的だな、ほんとに……)
加えて、頼れる存在も少ない。頼られる立場になってしまったのだから。
(バイトの後輩に頼れるのとはわけが違ぇよ――全く!)
俯きそうになる顔を気合いで上げ、暴虐の怪物を睨む。
不安が拭えたわけではないが、視界から外すことはできた。
ここで諦めるわけにはいかないのだ。こんなところで死にたくはない。もう戻ることも、投げ捨てることもできないところまで来ているのだから。
(命を懸けるつもりはねぇ! 絶対に生きる! 生きて帰る! 俺の世界に!)
「よっ! ソウタ――じゃなかった。トム吉」
「うおっ!?」
背後から突然として現れた、ヘルメットを被った何者かに宗太は素っ頓狂な声を上げてしまう。
月星隷の対応に追われていたあまり、周囲のことなど完全に意識から外れていた。
手こずりながらヘルメットを外すその何者かが、リーリカネットであるということは宗太への蔑称から想像できた。
なのですぐさま、彼女も一緒に守れる魔偽術の防御璧を張る。
「どんな塩梅? すこぶるヤバげ?」
「ああ! これでもかってほどにな! この迷路から早く脱出しなくちゃいけないしな!」
「このヘルメット被りゃ出られたんだけどね」
「…………」
その場に投げ捨てられた、先程からよく見かける《千星騎士団》が被っていたヘルメットに宗太の視線が釘付けになる。
(お前、気づけよ)
《魔偽甲の構成は分かるが、道具の構造までは分かりゃねぇよ。もし正しい手順で被らなかった場合、致命傷を受ける場合もあるかもしれないぞ》
(そこは頑張れよ、強化された肉体)
思わず突っ込むが、同時に強化されたという肉体の限度はそこまで過度ではないということを胸の内に刻む。
過信は必ず、自らに致命打を与えるのだから。
「何さっきから黙ってんの? 自分の無能さ噛みしめてる?」
「まぁ~……そうかもな」
「トム吉の無能さなんてトム吉って名前からして分かってんだから、無駄な思考してる暇あったら手を動かせっての。手を」
「俺、結構頑張ってると思うだけどな……」
「頑張ってるってのは他者の評価なんだから、自分で言っちゃう時点でそうでもねーぞーいぞい」
この何かをせっせと組み立てる少女はきっと、労いや気遣いというものを……ムーンフリークに置き忘れたのだろう。
宗太はひとまず、そういうことにしておいた。
「ちなみにこのピカピカ鬱陶しい壁も、早ければもうそろそろにでもなくせると思うよ」
「解除できんのか?」
「〝魔眼〟と一時的に結託して、術者を片っ端から殺してる」
〝魔眼〟との一時的結託という見知らぬ間に起きた変移は気になるものの、今は詳しく問うことはできないだろう。
と、リーリカネットが思い出したかのようにポーチの中を探り、掌よりもやや大きい半透明の球体を取り出した。
「これ使いな。すっげー魔力使うし、加減間違えると廃人手前にまで行くし、すぐに消滅するけど、『あっちゅー間に義肢に早変わり!』な『利便性を追求した結果、なんか不便になってね?』的なアイテム。〔足玉〕」
「ここ来る事前に渡してくれればよかったんだけどな」
「クソ高ーんだぞ、それ。その一個持ってくるだけで何枚書類書いたのか分かる?――まぁほとんどソラノアだけど――帝都領辺境街だったら七か月は働かず、毎日ダモニ・ニウルニ当主印の紋富を引き続けられるぞ?」
ひとまず高価な品物だということだけは分かった、その半透明の球体を受け取る。
〔足玉〕の内側には、かなり複雑な術図式が彫られていた。
「詠唱は《幻肢儚座》だから――つっても、〔足玉〕に描かれている術図式に派生するように、ちゃんと自分で欠損した腕の形を想像して構成しないと、棒とかになるから。ここぞとばかりにトム吉の短小部分を、ビッグサイズにするのもやめた方がいいからな」
リーリカネットの注意に宗太は少し躊躇いが生じる――断じて、短小部分をどうこうするかという点ではない。
話から察するに、この〔足玉〕は他の魔偽甲のよう刻まれている術図式を、そのまま準えて構成すればいいというものではない。しかも構成も複雑だろう。
ただ何が起こるか願えばよかった宗太の魔偽術は、出鱈目で無駄だらけで必要のない星印が多い。それらを無理矢理に立体交鎖させることで、本来の願望に近いものを構成していた。
ソラノアなどに魔偽術の指導して貰ってはいるが、このアルトリエ大陸の常識が前提の授業は宗太の理解を遅らせていた。
《難しく考えるな》
考えれば考えるほど絡まり解けなくなる宗太の思考を、オルクエンデの一言がその悪循環を止める。
《さっきの《聖慈癒座》みたいに俺が構成してやるから、お前はそれを見たまま想像すればいい》
(あれはそもそも、《聖慈癒座》自体の基本構成は知っていたからな……)
《基本があろうがなかろうが、用意された構成をそのまま投射すりゃいいだけだ》
(つまりは……お前の構成を魔偽甲のように扱えばいいってことか?)
《そう捉えて構わない――とにかく時間が惜しい! すぐにやるそ!》
オルクエンデの構成が宗太の脳内に浮かぶ。
〔足玉〕に刻まれた術図式を補うように、数多くの星印が浮かび、複雑な立体交鎖を描く。
なかなか複雑だが、脳内で見える術図式をそのまま紡げばいい。構えていたよりも構成は意外なほど簡単にできそうだ。
「《幻肢儚座》」
オルクエンデが紡ぎ、宗太がトレースした構成を再現するように、光の粒子が半透明な腕へと変質する。
完成した右腕は宗太の身体に見合ったもので、星印と同じ色の輝きを放っている。
重さがないというのは奇妙なものだが、動かしている感覚はある。
幻想の右腕を月星隷目がけてかざし、光熱波の魔偽術を構成してみた。
術図式の雑さはともかく、願った通りの術が月星隷に突き刺さる――結果は伴わなかったが。
問題なく動く腕を確認し、視線の端で何かをてきぱきと組み立てているリーリカネットに訊く。
「で。脱出をしないでここに留まる理由は? リーリカネットが来た意味と何かある!?」
「…………」
睨みつけるリーリカネットの無言の訴えには、はっきりと「今話しかけるな」というメッセージが含まれていた。
その間にも彼女は組み立てながら、よく分からない部品――もはやガラクタにしか見えない――を組み合わせては繋げている。耳を傾ければ、何かぶつぶつと口にしている。さらに意識すれば詠唱のようにも。
時折、それらに呼応するように部品が光っていることから、複数の魔偽甲を組み合わせているのであろうか……?
「色々とお困りのそんなあなたにビッグサプライズ!」
「なぁ!? 割と悠長にしてるけど! それ、俺のお蔭だからな!?」
障壁は一度発動させれば、宗太の煩雑な構成でも五分は持つ。
が、この戦いに於いて五分はあまりにも短い。リーリカネットを守りながらでは、月星隷の攻撃を凌ぐのがやっとだ。
「あの全身注意色野郎。腕にしようぜ!」
「あれをか!?」
「あれ以外にどこにいんのさ?」
急な提案に思わず攻撃を止め、宗太は月星隷を指差す。
それに対して心底馬鹿にした顔と、正気を疑いような眼差しを向けるリーリカネットに、宗太の心はちょっとだけ傷つく。
ある意味、月星隷並にこの小娘もタチが悪い。
「成功すれば、予定だった鱗星隷キレスアルカより遥かに強げよ? 利用できるもんはじゃんじゃん使うべし!」
「できんのか!?」
「頑張れば」
「誰が!?」
「主にトム吉」
「なら助かった!」
特大の炎熱波が無数を焼き、触手を伝って本体に迫る。
月星隷は消そうとでもしているのか、不規則に触手を振るう。
当然そうなれば、その炎の鞭と化した凶腕は辺り一帯を破壊するだけでなく燃やし始めた。
「くそ!」
触手の猛攻はさらに速く、激しくなっていく。
それに対し、宗太はすぐさま防御壁を再構成する。
その僅かな隙に、月星隷は焼け焦げ再生できなくなった自らの触手を切り落として、炎が本体に達するのを避けた。
「――で、具体的に何すればいいわけ!?」
「ひとまずあの肝臓が悪そうな化物を弱らせないことにゃ、星隷擬体の準備すらできないね」
「単純でつくづく助かる!」
再び炎熱波を放ち、月星隷の触手を焼き払う。
焼失したのも束の間、まるで再生でも仕方のように別の触手が猛襲をかける。
「で、ソラノアはそれ知ってんのか!?」
「いや。むしろ黙っておこうかと――サプライズ演出」
宗太は組み立てを続けるリーリカネットの顔を見やる。
その彼女はこちらを同じ心境を、そこに映していた。
「……いや、きちんと話しておいくれ。全員が命を懸けたこの事態に最も心配するのは彼女だけど、知らされてない方がもっと辛いだろ?」
「と思うよね、やっぱ。だからすでにソラノアにはチクっておいた」
「助かる! 正直ソラノアのサポートがないと俺もしんどい!」
「何? 要らぶらぶぱわー? ならキモイから却下するよ?」
「もう愛でしか救えないくらい絶望的な世界じゃ、まだないだろ!?」
この世界についてまだ分からないことだらけだが、それでもまだ救済の可能性は限られていない。それは分かる。
今もなお、懸命に打開策を見つけんと足掻いている仲間がいるから。
その内の一人。隣にいるリーリカネットが目一杯の伸びをした。
「さて。つまんない世間話してる間に、こっちの準備はバッチのグーだぜい! ってなわけで――《星郡係座》っと!」
ガチャンと重たい何かが引かれるとともに、宗太の後ろでエンジンの駆動音のような強い振動が――それこ両脚が痺れるそうになるくらい――発する。
思わず肩越しに振り返り、目に飛び込んだものにぎょっとした。
完成したそれは幅五メートルくらいに、高さは天頂部から伸びる珊瑚のような部位――砲身か?――を合わせると優に二メートルは超えていそうだ。
形はどう表現をすればいいのか……前衛的な現代アートというか。子供が粘土にそこら辺の玩具を片っ端から突っ込んだというべきか。ストレス社会が生んだ慟哭と憤慨の悪夢そのものか。
丸だか四角高だか三角だが、それともなんなんだかよく分からないパーツを無計画に繋ぎ合わせて、無理矢理俵型にしようとした結果、失敗に終わって投げ捨てたためちょっと壊れた。そんなパーツを基に、横には多種多様のラケットのようなパーツがぶっ刺さっている。宗太から見て正面には冷蔵庫の蓋のようなものが三つほどくっついており、その下には電子レンジのようなものが突き刺さっていた。組み立てている途中で使っていた自転車のタイヤみたいなパーツはどこに使われているか分からない。隙間隙間からマネキンの腕のようなものが飛び出してはいるが、気のせいだろう。なんか助けを求めているみたいで怖いし。
もしこれに名をつけるなら、『不法投棄現場』だ。
そんな夢に出たらうなされそうなものの中に、リーリカネットは躊躇なく腕を突っ込む。
「試作型複合魔偽甲〔ウゥルカヌス〕――威力は死んでみてからの楽しみ!」
「殺しちゃマズイだろ!?」
目が潰れるかと思うほどの虹色の閃光と、それとともに発せられた一帯を震わすほどの爆音のせいで、宗太の突っ込みは完全に掻き消された。




