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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第八章 混沌が広まる時、ふるいは理不尽にかけられる
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4.虚しき集い

「けっこー集まったねー」

「まぁ、連中からすれば、このまま帰るよりはマシかもしれないからね」


 リーリカネットの感想にテッジエッタは、どこか後ろめたさと諦めを纏った者達を眺めながら呟く。

 集結した多くは、責任から逃れるために島に留まっていた者達だ。説得(ほとんど脅迫だったが)したものの、その可能性の低さと諦観が混ざり合って士気は低い。


「さぁー! やるのぜ! 命を懸けた大勝負!」


 月星隷シンナバグハクを指差すリーリカネット。

 それは何も鼓舞しているわけではないと、ここにいる誰もが理解していた。


「題して! 『倒せないならいっそ、全身注意色野郎をトム吉の腕にしちまおうぜ! あいつ腕、黄色くなったけど肝臓悪くなった?』祭り!」


 腕を突き上げ、高らかに宣言するリーリカネットに同調する者は、当然のことながら一人もいない。

 そんなことお構いなしにテンションがインフレーションを起こすリーリカネットに、テッジエッタは溜め息を一つ着いたあとに言う。


「とりあえず色々言いたいけど、面倒臭いから手短に言うわね――」一息吸い、「――やりましょう」

「あれ? 突っ込みなし?」

「変なことは自覚してるんだ」


 テッジエッタを半眼で見る。ただ、その瞳はボケたリーリカネットよりも、彼女自身の手に握られている〔オレイアス〕の方が向けられる時間と回数が多い。

 そんな彼女(と、その隣にいる男)に、リーリカネットは言葉を突き刺す。


「ソラノアを除け者にするために、必至こいて連絡してるみたいだけど。どう?」

「……そういうわけじゃない」


 反応したのはテッジエッタ――よりも早く、ジンクだった。


「過保護にする意味あるのかねぇ~?」


 彼らが必死になるのを、リーリカネットは理解していた。

 彼女もまた、ソラノアの友人であるから。

 本来は場所を確保し、万全の状態で星隷擬体の施術儀式を行う予定であった。

 それは当然、術の安全性をより高めるため。


(ユキシロの生存率もそうだけど、主術者の命も危険に晒されるしね……)


 元々、ソラノアが主術者の計画ではあった。

 が、この不測の事態は、同時にソラノアをそこから外すことのできるチャンスでもあったというわけだ。


(そりゃ、本来は失うかもしれなかった子だったわけだし? 確かにもう、失うかもしれない危険は避けたいわな……)


 この施術儀式は残念なことに、成功率などという安易な数字すら弾き出せない。

『〇.一パーセントの成功率』という話なら、まだ可能性と言う希望に縋ることができる。

 しかし、現状はどうなるかやってみないと分からない、だ。

 成功と失敗が同居する、とても不安な状況である。

 重苦しい空気が流れる(一人、場違いなハイテンションのせいもあって)中、一行は障害に足を止める。


「で。ちら見していた、この光は何さ?」

「このせいで、ソラノア達と連絡が取れなかったってわけ?」


 遠くからちらちらと見えていた謎の光の壁。まるで天高くそびえるそれは、それこそ『無望の霧』のように、こちらと向こうを隔てていた。

 ただ悲観している場合ではない。侵入できる場所があるか、数人で固まり周囲を探り始めた。


   ◇◆◇◆◇◆


 それぞれが散り散りになって、すでに五分は経過している。

 今急いで戻ったところで、出航には間に合わない。元々この島に残らざるを得なかった者達にとってはどうでもいい話だが、それ以外のテッジエッタ達からすれば


(船から離れた時点で覚悟は決めていた。最初から私達にこのまま逃げるという選択肢なんてない)


 テッジエッタは懐中時計を胸ポケットにしまう。

 それに今出航したところで、月星隷の襲撃を会わないという保証もない。もしかしたら、その不安から離島が遅れる可能性もあるだろう。淡い期待だが。


(そもそも、船がもう破壊されているかもしれない。それも頭に入れて、生き残ったあとのことも考えないとね……)


 楽観も悲観もせず、ただ現状から起こりうる事態を想定して最善を尽くすことこそが生存率を上げる術だ。

 意識を壁に戻し、突破方法がないか考える。

 石を投げ、枝を突き刺して戻した結果、通過することが判明したことから物理的障害はない。それでもソラノアや〝魔人〟であるユキシロが現れないということは、物理要因以外の何かが作用しているということは判断できる。


「この規模での魔偽術(マギス)なら後続詠唱形式かもしれないけど……」


 目的は魔偽術(マギス)の解明ではない。その突破だ。術がどういったものであるかという知るのは、目的成就のスタートラインでしかない。


「フェフェットさんがいれば、すぐに分かりそうだけど……」


 受術耐性の高いフェフェットなら、どのような魔偽術(マギス)でも直接触れて解析することができるだろう。

 それができない以上、周囲の状況などで把握するしかない。

 たとえば、光壁の傍で倒れている人間を見るなどして……


(遺体の損壊が激し過ぎて、もはやどんな人間だったのか……)


 月星隷の破壊は人間を徹底的に自然へと還していた。

 手がかりの手がかりを見つけることさえ困難だ。


「おーい! こんなんあったよー!」


 手を振りながら駆け寄ってくるリーリカネットは、何かを小脇に抱えていた。

『こんなの』とは、抱えている丸い何かのことだろう。


「何見つけたの!?」

「ヘルメット的な何かー!」


 頭上に掲げ、ぶんぶん大振りしてアピールしていることから、テッジエッタの予想通りだった。

 そのヘルメットから何かが零れたのか、「うわ! 汚ね!」とこちらに放り投げた。

 数度バウンドしたのち、足元に転がって来たものを拾い上げる。

 中は血肉がこびりついていた。適当な布で拭くと、一つの術図式に絡みつくような術図式が刻まれている。


「これ? 誰が作ったのさ?」

「私に訊く?」


 テッジエッタが思わず返す。

 リーリカネットは覗き込みながら、その文様や魔偽甲(マギカ)そのものの形状を調べる。


「これ……詳しく調べてないから正確とは言い難いけど。多分、特定の魔偽術(マギス)――というか一種類のみ?――を無効にする魔偽甲(マギカ)なんじゃないかな?」

「そんなのって……?」


 訝しむテッジエッタの言いたいことを、リーリカネットは容易に理解できた。


「確かにわけ分かんねー道具だよ。コストかかりそうな割にすっげー利用頻度低くね? 魔偽術(マギス)が何種あるのか知ってんの? いや、知るわけねぇじゃん。今もうぞうぞ作られてるわけだし――って。それくらい意味のない道具だよ」

「じゃあ、初めから『魔物』を閉じ込めるために?」

「そりゃ知らんさ。ただ、少なからずこの光の壁の魔偽術(マギス)を使うために、こんな大層なもんを用意してたんじゃないの?」


 諸手を挙げ、リーリカネットはテッジエッタに頭を振った。


「ま。誰の差し金で。誰の思惑かは知りようもないんだから。そんなことで悩むより、別のことで頭回転させた方が効率的でしょー? 何より考えんの、めんどくさいし」

「――繋がった!」


 それでも情報が欲しかったテッジエッタだが、ジンクの反応に彼女の疑問は掻き消えた。

 何せそれは、どんなことよりも重要なことだったから。


「ソラノア! 今どこにいる!?」

《お前らの近くだ。見えているから、すぐに合流できる》


 ソラノアとは似ても似つかない、加えて聞いたことすらない男の声に、ジンクは俄かに粟立つ。


《ソラノア嬢は五体満足だ。待遇には不満足みたいだが》

「ソラノアに何をした!?」

《……ったく。女一人に気を乱すなよ。童貞か? いいか。すぐにこの不機嫌なお嬢様に再会できるから、とっととそこで待ってろ》

「話を逸らすな! ソラノアの声を――!」


 ジンクの言葉が詰まったのは、途中で通信が切れたから。

 ソラノアではない者が〔オレイアス〕に出たということなら単純に、ソラノアが自由に通話できない状況にいるということだ。

 それが一体、どういった意味を持つのか。

 答えは数分後にやって来る。今分かるのはそれだけだ。


   ◇◆◇◆◇◆


 謎の男からの通信が終わったあともジンクは〔オレイアス〕を使い、ソラノアに連絡を取ろうとした。が、反応はない。

 ソラノアを拘束している何者かはもうすぐ目の前にやって来る。ジンクは覚悟を決め、いつでも〔ミョルニル〕を振れるよう意識を腰に集中させた。


 そして遂に、島の中央からこちらに迫る人影が現れた。無差別に襲いかかる月星隷シンナバグハクの攻撃を避けながら。

 破壊の土煙と、ソラノアの後ろを歩く何者かが周囲を見渡すせいで、なかなか正体が割り出せない。

 声をかければ簡単に届く距離まで近づいたところで、ようやくソラノアを拘束していた者の顔が見えた――瞬間、ジンクだけでなく他の者も息を飲んだ。


「――お前はっ!?」

「ほんと。誰が俺の正体を漏らしてんだか……」


 ジンクの絞り出した声に、ソラノアを拘束していた男、〝魔眼〟ヨクトゥルヘヌワ――ザイスグリッツ・グルグ・パタヌーヌはうんざりと吐き捨てる。


「お前がさっきの童貞か? ほれ。愛しのソラノア嬢だ」


 やや乱暴にザイスグリッツ(ヨクトゥルヘヌワ)がソラノアの背中を押し、解放した。

 その勢いにソラノアはよろけ、ジンクの胸に飛び込む。


「無事か、ソラノア!?」

「ええ。私は大丈夫ですが、中にはソウタさんとフェフェットさんが残っています」

「というか、この壁から出られたのか!?」

「迷路内部にいた術者から奪ったヘルメット型の魔偽甲(マギカ)のお蔭だ――だから、いちゃつくのは後にしてくれよ? とにかく時間がないんだ」


 身体を離し、安否と状況を確認し合うジンクとソラノアの会話に割り込んだのは、溜め息交じりのザイスグリッツ(ヨクトゥルヘヌワ)

 軽口ではあるものの、そこには確実な焦りが混じっていた。


「先に言うが、俺もあの化物をどうにかしたい同盟の一員だ。もう実力行使で説明させるのだけはやめてくれよ?」


 ザイスグリッツ(ヨクトゥルヘヌワ)は月星隷を指差しながら告げる。こちらというよりは、隣にいるソラノアに対してのようだ。

 察するに『あんたから説明しろ』と促したのだろう。ソラノアもその意を理解し、話す。


「一応、現状は味方です。特定条件下でのみ」

「当然だが、俺の能力は使ってやるが説明はしない。あと『魔法遣い』を召喚される危険があるから戦わない。それくらいだな――いや、もう一つあったか」


 完全に主導を取っているザイスグリッツ(ヨクトゥルヘヌワ)に誰一人、良い感情は向いていない。

 だがそれを許さざるを得ないのは、ソラノアが歯向かえずにいるからだ。

 彼女はかなりの実力者だ。敵一人に対して全員での反撃を促さないのは、目の前の男が紛うことなき『魔物』に他ならないから。


「お宅ら〝魔弾〟の仲間に俺を加えろ――勝ち目のない殺し合いに参加するつもりはねぇんでな」

「……分かった。が、悪いが俺達に決定権はないことは理解してくれ。『魔法』(イグドラシル・ロウ)に関することとはいえ、あくまでもあんたら『魔物』の問題なんだから」


 交渉口どころかユキシロ以外の『魔物』とはほとんど話すらしていないジンクだが、今それを明かす得はない。

 こちらのハッタリを鵜呑みしたようで、ザイスグリッツ(ヨクトゥルヘヌワ)は溜め息交じりに頷いた。


「ならまずは《夢迷脈路座(ワケュムーモメ)》の中にいるやつらの救出だな。術者は内側に四人。周囲に五人残っている。誰かが減らしまくってくれているお蔭でな。残党の場所は〔オレイアス〕を使って常時知らせるから、排除してくれ」

「完全にリーダー気取りとか、なかなかムカツク感出してくれてんじゃん」

「この中で強いのは俺だからな――他の『魔物』が来りゃ、俺は一気に三下に成り下がるんだから、今ぐらいいい気分に浸らせろ」


 半ば冗談であろうが、それでもザイスグリッツ(ヨクトゥルヘヌワ)にはどこかやるせなさが伴っていた。


   ◇◆◇◆◇◆


「よかった。あなたと合流できましたか」


 何度も迷ったフェイは、ようやく見知った背中――フェフェット・フェブラの姿に声をかける。


「私はちっともぉ~。よくはないですけどねぇ~」


 振り向くことなく面倒臭そうに返すフェフェット。その彼女が何をしているのか。一瞬、分からなかった。

 が、それが理解に繋がると、さすがのフェイも背筋に寒気を覚えた。


(あれは……人間だったんだよな……?)


 腕か脚か。真っ赤に染まった、人体のどこか長い部分を握り潰したフェフェットが半眼でこちらを睨む。


「私と出会った途端にぃ~、虚勢を張るのはダッサイですぉ~?」

「……見ていたんですか?」

「本当に狼狽えてたんですかぁ~。『魔物』とはいえ~、気ぃ~小さ過ぎですねぇ~」

「…………」


 馬鹿みたいな足の取られ方に、フェイは口を噤んだ。

 フェイは気まずさを拭えぬまま、フェフェットのあとを着いていく。

 彼女は特に迷うことなく、まるで終着点を知っているかのようにすたすたと歩いていく。


(……目的は迷路を脱出するわけではない……?)

「面倒なんでぇ~。ついて来ないでもらえますかぁ~?」


 やはり振り向きはせず、フェフェットが心底面倒臭そうに口にする。

 少し間を置き、フェイは進む方向の先(迷路の中だが)を脳内で正確に導き出した上で、そこから先の疑念を合わせた結果を返答した。


「……この状況で『無望の霧』に向かう理由は?」


 回答はない。

 フェフェットは足を止めるわけでもなく、経路を真っ直ぐ進む。

 二〇秒ほど経過した時か。フェフェットがふいに足を止めた。


「できますかねぇ~……?」

「……何を?」


 雰囲気や口調に変わりはない。

 ただそれに明らかな敵意、または殺意を含んでいることをフェイは感じ取る。


「もしもの時のぉ~。口封じですぅ~」


 妙な口調のせいか。それとも彼女の実力か分からぬが、フェフェットからは殺気の類をまるで感じ取れない。

 どう出るかまるで読めない緊張感に苛まれながら、フェイは口を開く。


「生憎、こちらは『魔物』ですよ?」

「いやぁ~。だから、その大層おっかなぁ~い『魔物』のくせにぃ~。一人でピーピー泣いてたんですよねぇ~?――みじめ」

「その一言は、はっきりと言うんですね」


 もはや苦笑いを浮かべるしかないフェイ。

 まるで変化のないフェフェットに、溜め息交じりに言う。


「……分かりました。この迷宮から出てからは後を追いませんよ――何せ、私達に暴れまわって欲しくはないのは、他でもないあなたでしょう?」

「自分が使えないことを取引の材料に使うのはぁ~、虚しすぎませんかぁ~?」

「この際、利用できるなら自分の無能ささえ使いますよ」

「格好つけようとしてもぉ~。ダサさは拭えてないですよぉ~?」


 一方的に口撃されるのは、それはそれで嫌いではないが、どうしても反撃したくなるのが性分だ。

 それがどんな効果でも構わない。


「言っておきますけど。僕、女性に無下にされると割ると悦びますよ?」

「気持ち悪いですねぇ~」

「ありがとうございます」


 にこりと微笑むと、生理的に不愉快と言わんばかりにフェフェットが顔を歪めた。

 そして、フェフェットが嗚咽に近い何かを口から漏らすと、踵を返して歩き始める――仕返しとしては、これくらいでいいだろう。


「まぁ~。ここでいつまでもぉ~言い争ってるぅ~無駄な時間はぁ~過ごしたくないですしねぇ~。何よりぃ~、あなたと一秒でも一緒にいるのは苦痛ですからね」

「その口調の基準はなんなんですか?」


 思わず問うが、当然フェフェットが求める答えを返してくれるわけがない。


「じゃあ、ついて来て下さいねぇ~」


 なんて言いながら、壁に向かって歩く。


「……は?」


 そして、そのまま壁にめり込み――


「……え?」


 ――そのまま通り抜けた。


「…………」


 フェフェットの体形がそのままくり貫かれた壁は、ゆっくりとだが元に戻ろうとする。

 彼女の滅茶苦茶な受術耐性に度胆抜かれたが、呆気に取られている暇はない。壁はもうその穴を半分近く閉じている。


(それでも、先が見えれば(・・・・・・)充分(・・)だ)

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