3.狂おしき祈り
島中に響き渡る多種多様の轟音。
種類こそ分類できぬほどあるが、どれも共通しているのは命を奪わんとするものということ。
その鼓膜を何度も強引に叩く破壊音に、宗太が思わず叫ぶ。
「次から次に! 一体、なんだよ!?」
そんな悲痛な叫びに対し、答えを教えてくれるためではないだろう。
だがこれが解答だと言わんばかりに、四方八方から巨大な黄色い塊が次々降って来ている。
銀黄色のそれらは、二メートルくらいはあろうか。
一帯のどの木の幹よりも太いそれは、切れたトカゲのしっぽのようにうねうねと蠢いている。
《無駄口はいい! 構わず逃げろ! そして、【千星騎士団】は片っ端から殺していけ!》
その『逃げろ』と『【千星騎士団】を殺せ』というオルクエンデの忠告に、一瞬こそ戸惑った。
しかし、彼の状況判断は宗太自身よりも遥かに優れている。
宗太はそのオルクエンデの命を、五分以上は守り続けていた。が、そろそろ事態が好転してくれなければ精神的にきつくなりそうだ。
と、光の壁を突き抜けて、月星隷シンナバグハクの断片が目の前に飛び出してくる――ヘルメットを被った【千星騎士団】の団員とともに!
「この場合は!?」
《シンナバグハクの断片ごと【千星騎士団】を殺せ!》
「でしょうね!」
最短で願いを構築し、放つ。
真っ直ぐ伸びる熱衝撃波は、騎士団員とシンナバグハクの断片を丸々呑み込む。
悲鳴どころか反応もできぬまま、一掃されるその二つ。
数秒の果てに残ったものは、辛うじて形を保つ銀黄色の化物だけだった。
宗太はそれを飛び越え、一目散に離脱する。
【千星騎士団】への無差別攻撃は、張り巡らされた《夢迷脈路座》が複数人の術者による構成であるため。
いちいち特定するわけにもいかないので、見つけ次第、確実に絶命させる威力の攻撃を最速で行っていた。
何より【千星騎士団】は敵なのだ。現状に於いて、生かしておく意味もない。
(割り切れてるな、すっかり)
悲嘆するわけでも、自嘲するわけでもない。
ただ、冷静に人殺しに対する自分の心構えを確認した。
(成長なのかね? これも……)
それだけは小さく苦笑し、外から侵入してきたヘルメットを被った黒外套を補足する。
「疾れ!」
鎌鼬を想像した不可視の刃は、騎士団員を左右に割る。
血飛沫を上げて倒れる敵はもはや視界には入っていない。
通り過ぎる際に返り血を浴びるが、拭う余裕もなかった。
(わざわざ迷路なのがタチが悪い!)
迷路と言うのなら、出口があるかもしれない。ないしは作れるかもしれない。
その僅かな光明を、完全否定されるまでは拭いきれない。
《自分を永久に閉じ込める術など構成できるわけがない。それが命を持ち、知恵を得たものの道理というものだ》
オルクエンデはそう説明した。
つまりは魔偽術による自殺は不可能と言うもの。
(本当にそうだったらいいんだけど……)
もはやどこを巡っているのか。現在位置が島のどこの辺りか。そんなことなど宗太には分からない。
気のせいか、迷路の複雑さが和らいだような気がする。
が――
「行き止まりか……」
袋小路に入ってしまったことに少し肩を落とし、引き返そうと踵を返す――寸前。
《よく見ろ! 星将だ!》
オルクエンデの声に、ハッを前を向く――いつの間にか俯いてしまっていたのだと、自覚する。
その先には星将ネイルトッド・ビンデが立っている。
見えるのは背中ではない。正面。待ち構えていたということか。
「言っておくけどな! 俺はテメェらと心中するつもりはねぇぞ!」
「それに関しちゃ私も同意見だよ、〝魔人〟!――《鋭鋼座》!」
ネイルトッドが抜剣すると同時、その刀身に刻まれた星座が光る。
完全に魔偽術として形を成す頃にはもう、ネイルトッドは目と鼻の先に迫っていた。
人間離れした加速。光の残滓があることから、すでに何かしらの魔偽術をかけていたのだろう。
目では追えた。が、咄嗟の判断が定まっていなかったため、宗太は懐に入ることを許してしまった。
(っつーか、近づきすぎだろ!?)
宗太の胸に顔を埋めんばかりの距離に、真っ先に沸いた感情は気持ち悪さだった。
その感情を読み取ったのか。バッとネイルトッドが上を向く。
目と目が合う。それが失態だと分かったのは、ネイルトッドの顎をかすめて何かが真上に発射したから。
衝撃が宗太の顎を突き上げ、よろめく。
ただ、貫かれることはおろか裂傷一つつかない。それでも――
「くそ! ちょっと舌噛んだぞ」
「さすがに〝魔人〟の肉体を切り刻むには、骨が入りそうだな」
すでに距離を離していたネイルトッドはほんの僅かだが表情を歪めていた。想定はしていたが、想像はしたくなかった。そんなところだろう。
そんな彼がすでに取り出していたナイフの腹には、星印が。
「《熔毒腐座》」
《あれはダメージこそ少ないが皮膚が爛れ、腐らせる毒だ。傷口に入り込んだら、さすがに回復に時間がかかるぞ――その際、痛覚遮断なんてさせられないからな》
(冷静にエゲツない解説、サンキュー!)
凝視していたはずのネイルトッドの姿が消えた瞬間――宗太の実感としては敵が動きを見せた時――、宗太は自らの周囲を覆うように風の魔偽術を発生させる。その際、土塊を巻き込むように。
超加速を齎す魔偽術――《覇脚座》は、そのままの加速で攻撃すれば当然、その負荷は術者にも返ってくる。
ネイルトッド自身の肉体の負荷量はともかく、彼が想定しない衝突はナイフが超加速とまた、衝突に耐え切れずに破壊される。
(先制が取れないなら、後出しに持っていく!)
些細な変化も逃さぬよう、宗太は細心の注意を払う。
風と、土塊が捲れてぶつかり合う音が数秒続き――真上から金属が砕ける音が耳に入った。
見上げると、宗太の頭部や肩などに何かが掠め、刺さる。
「痛ってぇ!」
強化された肉体に走る、内から肉を切り開き、焼き熔かす強烈な痛み。
未だかつて味わったことがない激痛に膝をつく。泣き叫びながらのたうち回る衝動を堪えることができるのは、精神が強化された賜物か。
《程度は浅い! 《聖慈癒座》で癒せ!》
オルクエンデの反応で宗太が察する。
ナイフを真上から超加速の力をそのまま利用して投擲され、風と土塊によって砕けた破片に襲いかかられたのだと。
(でも、回復には精密な構成が必要なんだろ!? てめぇで回復すんのは危険だって――)
《俺の構成を真似ろ! それに超人の肉体だ! お前が出鱈目に馬鹿でかい構成でもしない限りダメージは負うかもしれないが、解毒はできる!》
「連なれよ星々!――《聖慈癒座》!」
ダメージを負う治療が回復なのかはひとまず置き、宗太はオルクエンデが思い描く術図式を脳内でなぞるように形成する。
光の粒子が全身に纏う。疲労感が強まるが痛みは引いていく――ような感覚を得る。
「賭けには勝ったみたいだが、効果はそうなかったか」
その間、ネイルトッドは距離を置き、こちらの様子を伺っていた。肩で息をし、汗が如実に滲んでいた。
動けないことはないが、痛みと滲む視界が状況を悪転させるかもしれない。
《痛くて単に動きたくないだけだろ》
「いいのか〝魔人〟!? お前が暴れれば『天使』は実力行使に出るぞ!?」
オルクエンデの言葉を耳に入れず、叫び出したネイルトッドに意識を集中させる。
こちらの反応を待つネイルトッド。果たして、時間稼ぎでもしているのだろうか。
だがこちらも解毒に時間がかかる以上、好都合だ。話に乗る意味はある。
「そんな脅しにもなってねぇこと言ってねぇで! 素直におしっこちびりそうなくらい怖いんで、攻撃しないで下さいって言ってろ!」
――宗太が暴言を吐き終えた直後、彼自身の中で一つの疑惑が過った。
(こいつも時間が欲しかったのか……?)
碌に効果のない毒を敢えて与えたのは、何かをするための準備か?
(だとすれば、どう出る……?)
自らが生じさせた思考の迷路から、宗太自身抜け出せなくなる。
考えれば考えるほど、見つかり難い答えへの経路が複雑かつ細分化していく。
「希ったところで! どうせ! 漏らしても攻撃するだろう!?」
宗太が迷う一方で、ネイルトッドの息が一段と荒くなっていく。
疲労というよりも、興奮に近いか?
「ああ! 漏らしたもの含めて跡形もなく消してやるから、安心しとけ!」
結論が纏まらないものの、回復を終わらせないまま無暗に賭けに出るには分が悪い。
宗太とネイルトッド。双方睨み合ったまま、互いの出方を伺う――よいうよりは、自分の利になる何かをしているわけだが……
宗太の解毒が終わるぐらいか。激しかったネイルトッドの呼吸が目に見えて収まる。それから一つ、大きく深呼吸をし――
「跡形もなく――それに関しては同意見だ」
――星印が掘られた、精巧な装飾が施された短剣を腰から取り出した。
(しまった!)
「《殉捧唱座》」
詠唱を阻止すべく前へと駆けるが、術の儀式の方が圧倒的に早い。
ただ短剣を胸に突き刺すだけで、全てが完了するのだから。
《逆だ! 退け! 退け!》
オルクエンデの動揺の混じった制止に、宗太は打ち抜かんばかりに強く踏ん張って無理矢理止まった。そのまま敵を見据えつつ全力で後退する。
「連なれよ星々――《覇脚座》」
ネイルトッドの魔偽術による加速度は先とは桁違いだ。
何せ、いつの間にかネイルトッドが遥か前方に立っているのだから。
それからだった。息が詰まるほどの衝撃を受けたこと。さらに超加速で吹き飛ばされているのだということを宗太が理解したのは。
《ありえない……廃人どころか死ぬぞ……》
(狼狽えてる場合かよ!)
宗太が数度転びながら体勢を整えつつ、困惑するオルクエンデに呼びかける。
〝魔人〟などという、人からかけ離れた怪物の思いもしない脆さに同情している暇はないのだ。
(にしたって! なんなんだよ、あの出鱈目な加速は!? 耐え切れずに身体引き千切れるだろ!?)
《元々、体内に魔偽甲を仕込んでいるんだろう。それが……信じ堅いが、自らの魔力を全開放する魔偽甲によって底上げされている》
(魔力を全開放!?)
「連なれよ星々――《鉄轟腕座》」
こちらの理解などお構いなしに、ネイルトッドの声が聞こえた。
ただ、目にも止まらぬ超高速によって、『どこかから』などという意味は消滅している。
「あああああああああああああああ!」
瞬時の判断など宗太にはできなかった。
ただここから離脱するため、衝撃波を自らの真下に撃ち込む。
視界が暗くなったのは、目を瞑ってしまったからか。それとも目の前で何かが爆発したことが関係するのか。
奔流と混濁の果て、視界が晴れる。
真っ先に眼前に飛び込んだのは、草一つない茶色く変質した地面。
それが深く、かつ広範囲に抉られた結果だと気づいたのは、着地してからだ。先とは明らかに光の壁の頂点と、太陽が高い位置にあった。
(この壁の向こうの地面まで吹き飛ばしたのか?)
真正面の一本道。二〇メートル以上は離れているだろう壁の行き止まりの地面まで変形していることから、それ以上の範囲で被害があったと予測できる。
その壁から抜け出して来るネイルトッド!
(……あの衝撃波で、ここ連れ込まれた?)
ネイルトッドの右腕は先の攻撃の反動か。過負荷に耐え切れずに、内側から血肉と骨を盛大に放出した。
《ふざけるな! 本当に死ぬことに願っているとでもいうのか!? 自らも偽っているとでもいうのか!?》
怒りを吐き捨てるオルクエンデの声が聞こえるわけではないだろう。だが言い終えると同時に、ネイルトッドが真正面から突っ込んでくる。
(さっきとは違い目で追える速度まで落とした?)
一瞬の問いは、刹那よりも早く理解に至る。
(この一本道も。動きを理解させることで、こっちの動きを限定させるつもりか!?)
――だが、現実は全く違う答えを見せた。
超高速のネイルトッドは攻撃の素振りを見せることなく、宗太の真横を通過した。
「……は?」
あっという間の出来事に、宗太は魔の抜けた声を上げる。
思わず振り返ると、超加速していたネイルトッドの身体は慣性の法則に従い、地面に向かう。
叩きつけられた身体は衝突の威力に耐え切れず、爆発でもしたかのように破裂した。恐らくだが、魔力が切れて肉体強化の効力が消滅したのだろう。
辛うじて繋がっていた部位も、何度も転がることで部位の役割と名を失う。
ネイルトッドを構成したいたものの残滓を見つめながら、誰にと言うわけでもなく呟く。
「……助かった……で、いいのか?」
予想もしない様々な展開の内の一つの、呆気ない結末。
《呆けてる場合か! 来るぞ!》
黄色く巨大な何かが真上から降ってくる。
記憶を遡り、真横を通り過ぎたネイルトッドの身体が上半身しかなかったことを思い出す。
(あの時は突っ込んで来たんじゃなくて、こいつに吹き飛ばされたのか!)
命を賭して行った所業の末路が、意志などまるで見えない理不尽な暴力に、文字通り叩き潰されたというもの。
そして、不条理は平等に宗太の元へと降りかかろうとしている。
「弾け!」
弾性の強い光の盾を前方に構成し、この一本道に収まりそうなほど太い触手を辛うじて弾く。が、入れ替わるように次撃が宗太を襲う。
夢に誘う光の壁など、我が物顔で空を漂う暴虐の月には関係ない。
(くそ! これじゃいつまで経ってもソラノア達と合流できねぇぞ!)
四方八方から迫る触手に、宗太は〝万変の悪魔〟を滅ぼさない限りこの悪夢は終わらないことを確信し始めていた。




