1.愚かしき戦
(シンナバグハクなんて、誰が召喚できるの!?)
考えてもいなかった事態に、ソラノアは一刻も早くソウタと合流し、島からの脱出をしなければならないと判断する。
しかし、実行には程遠いことを噛みしめるしかない。
当り前だが、それはここが迷路であり、加えて敵が構成したものなのだから。
何もかもが敵に有利に働くことは承知の上だ。
だから障壁をすり抜けて、【千星騎士団】の黒外套を纏う者がこちらにやって来ることも、さほど驚くことではない。厄介なことではあるが。
顔が丸々隠れるヘルメットを被っていることから、受術耐性を補う装備か何かだろう。
「連なれよ星々――《攻輝弾座》」
ソラノアが構成した術図式は光弾へと代わり、戦闘態勢を取る前の黒装束を襲う。
「《呪包座》」
僅かにこちらを向くとともに黒外套が翻る。
その内側では星印が発光し、《攻輝弾座》を包み込んだ。
無力化されたソラノアの魔偽術だが、彼女は構わず黒装束に接近する。
手を伸ばせば触れることのできる距離まで近づき、手を組む。
「連なれよ星々――《畏叫座》」
星印が張りついた掌でヘルメットに触れた。すると、《畏叫座》の星印がヘルメットに移る。
その被り物ごと星印が震え、金切り声を上げた。
突然の音がヘルメット内を反響したため、男達は思わず足を止めてしまう。
その間に、ソラノアはすでに腰のベルトに仕込んでいた針を数本、抜き取っていた。
「《裂針鳴座》」
敵目がけ投擲されるそれは、星座の輝きを灯している。
魔偽甲が黒装束の身体の数か所に針が刺さると、敵は魔偽甲の音波におかしいほど身体を震わせたのち倒れた。
(――っ!?)
ぞわり、と背筋に悪寒が走ったのは、単なる偶然であろう。
だが、ソラノアの背後から何者かが壁の向こうから現れ、羽交い絞めにされる。
肩越しでしか確認できないが、やはり先と同じようなヘルメットをかぶっている。
敵が口を塞ごうと手を覆うが、ソラノアはその指を千切らんばかりに思いっきり噛んだ。
意表を突いた一撃に敵は怯んだのか、手を放すどころか拘束さえも緩む。
口の中に嫌な味が残るが、ソラノアは意識を外す。
「《裂針鳴座》!」
ソラノアの左人差し指の爪が光を灯すと、それを敵の首に刺す――その際に爪が剥がれた痛みは、奥歯を噛み締めて耐える。
魔偽甲の発動によって、先と同じように音波によって男が発狂する。
隙を狙い拘束が解かれた左腕を右腕に持って行き、手を組む。
「連なれよ星々――《覇脚座》!」
星印がソラノアの足に纏わると、目一杯地面を蹴った。
強引に解いた衝撃で、まだ掴んでいた男の腕は肩から千切れて宙を舞う。
この迷宮は袋小路で出口はないだろう。突破方法は術者を見つけて始末する他にない。
高速移動の道中で、障壁から三人目が現れた。
(――くっ!)
正面衝突は相手を殺せるが、同時に自分に対しても致命傷を与えかねない。
何せ、今の自分はただ単に、驚異的な速度で走っているだけなのだから。
(お願い!)
それは正面の敵に対しての悲痛な叫び。
無用に動かなければ、高速移動のまま壁を通過して脱することができる。
ただしそれも壁が薄く、かつ長時間触れ続ければ問題がないという話。基本的に《夢迷脈路座》に触れれば、夢の中に迷い込んでしまうのだから。
自らの受術耐性を信じ、壁に入り込む。
瞬間――
ぐらり。
視界が混ざり合うように揺らぎ、白んでいく……が、高速移動は継続していたため、すぐに壁を抜ける。
だが気を失ったためバランスを崩し、そのまま地面に突っ込む形に――
「――っ!? 連なれよ星々!――《粘絡虫座》!」
両手を組み、目をきつく閉じて叫ぶ様はまさに神頼みそのもの。
しかし、自らを救うのは己の力量でしかない。
星印は瞬時に姿を変異し、白い塊として衝突地点に広がる。
次の瞬間にはソラノアはその白い塊に突っ込んだ。
衝撃のほとんどは、その粘質の白塊が吸収した。
それでも勢いは衰えず、ソラノアは地面を何度も転がった。
目に見えるものが次々変わる。それでも光の壁には触れぬよう、無我夢中で全身を使ってなんとか避ける。
やがて自由を取り戻すと、ソラノアは全身を打ち、擦った痛みを堪えて立ち上がった。
(……身体は動くから、多分折れていないはず……)
特に騒ぎもないことから、三人目は気づきすらしなかったようだ。
無視を決め、術者が潜んでいそうな場所を探す。
天高く張り巡らされた《夢迷脈路座》は術の性質上、高く飛んだとしても対抗して延長される。
(どうする……?)
迷い道を進む中で、刹那の選択を迫られる。
間違いは致命的な結果を招きかねない。
破壊の音を、その耳に。
嫌な汗を、その肌に。
悪寒に纏わりつかれながらも突き進むと、突然としてそれと鉢合わせた。
(この人は……)
目の前に現れたのは、蛇のような印象を与える男。手には【千星騎士団】が被っていたヘルメットがある。
ソラノアは記憶から瞬時にそれがなんのか、察した。
(〝魔眼〟ヨクトゥルヘヌワ)
◇◆◇◆◇◆
ジンの襲撃からすでに五分は経過しているか。
一体、この十数分でどれだけの状況が激変しただろうか。
ステファニーは突如やってきた厄災、ジン・アコーの攻撃に神経を研ぎ澄まさざるを得ないため、頭の片隅で考えようとするも纏めることはまるでできない。
型などまるで見えないジンの自由奔放な攻防に、ステファニーは苦戦を強いられている。
「スゲーな! あんた!」
手の数に比例して興奮が増し続けるジン。
ただ、彼の戦闘に於ける的確な取捨に、ステファニーは自然と防御の手が多くなっていた。
「こんなことしている場合じゃないでしょう!?」
「じゃあ、どんな時ならいいんだ!? 今! このどうしようもない刹那の熱さは!?」
「あとで好きなだけ自慰でもして、紛らわしておきなさいよ!」
「そんなつまらねぇことで、あんたとの瞬間を紛らわすなんてできねぇよ!」
「場所と! 状況と! その他諸々が違ってたなら! あんたに惚れてあげてたわよ! なんだったら身体って許してあげてるわ!」
「いや! 遠慮しておく!」
「ほんと! クソみたいにサイテーね、あんたは!」
ジンの呼吸に合わせ、吸い切った瞬間にその鳩尾目がけて渾身の拳を打ちつける。
(――足りない!)
幾千の戦闘経験から、拳が満足に当たるのに半歩足りないことを察する。
そして案の定、ジンが後方によろけたため打撃を与えることはできても、その衝撃が真っ直ぐ貫くことはない。
それどころか、衝撃に合わせて往なしさえもした。
ジンはステファニーの腕が伸び切った瞬間を見逃さず、へし折らんと絡め取ろうとする。
抵抗するよりも早く、捕まることをステファニーは察した。
(力なら、私の方が上!)
確証はない。だが、自信はある。
腕が絡まった瞬間を狙い、腕を振るって木々に叩きつけた。
――と思ったが、ジンの身体はそこになく、ステファニーの腕力で太い木を一本叩き割っただけとなった。
(また読んでいた?)
こちらの攻撃は当たりこそすれど、決定打にはならない。
相手の攻撃は判断を間違えれば、致命打になる。
まるでズルでもされているような理不尽さを、ステファニーは心のどこかで感じていた。
そこからステファニーとジンのもつれ合う連撃が続く。
不実なる攻防が幾分か経過した時、急にジンが攻防を捨てて後方に跳んだ。
奇妙な隙であるが、危険を覚悟で踏み込むしかない。
拳を固め、一歩前に踏み込む。ジンの鳩尾の射的園内だ。
凶拳がジンの空いた急所を穿つ――前、さらに一歩先で銀黄色の触手が真上から降って来た!
(あの中で、これが見えていた!?)
自分が危機を回避できたのは、一撃決殺をせんと構え直したため。あの時、瞬時の追撃を選択していたら触手に潰されていた。
驚愕もまだ消えぬ中、すぐさま銀黄色の触手が天に戻った。
――刹那。ジンが突っ込んで来る。
まるで戻る瞬間を分かっていたかのような行動にぎょっとしつつも、ステファニーは反射的に後方に退く。
一歩下がり。もう一歩退いた時、触手が戻る際に砕けた木々がステファニーの後ろに落ちて転がり、それらを踵で踏んでしまう。
ほんの僅かなバランスの崩れだったが、それはこの強者の前では致命的であった――
◇◆◇◆◇◆
混沌が、
広がる。
広がる。
広がる。
どこから……
誰から……
何から……
誰もが何も分からぬ中で、その化物もまた、どう動くことが最善か思案する。
《一体、どうしたものか……?》
収拾がつかない島の状況に、『天使』は強制的な終結を思案する。
静かに。それでいて最速で、結論付けようとしていた。
『魔法遣い』をいつ投入するかを。




