6.参加者が分からない宝探し
踏み込んだ勢いを利用し、ネイルトッドは後方へと跳ぶ。
「なっ――!?」
攻め込んで来ると思いきや、こちらに背を向けて全力疾走する。
宗太が慌てて追いかけようとすると、ネイルトッドは腰につけられていた分厚い円盤状のものを放って来た。
「《粘靄座》!」
宙に浮いた状態の円盤から、黒い靄が一気に溢れ出す。
それは瞬時にネイルトッドの姿を闇に包んだ。
あっという間に通路に広がるそれは、宗太さえも煙に巻こうとする。
(狙いは時間稼ぎか!)
利害の一致しない戦いほどタチの悪いものはない。
早々に片を付けるべく、視界を遮る煙幕を払おうと左腕を振る。
《バカ! 触れるな!》
オルクエンデの制止は遅く、宗太の腕に靄が纏わりつく。
咄嗟に退いて身体中に貼りつくのは避けたが、左腕を媒体にして黒い靄がついて来る。
形のないものなのだから当然、引き剥がすこともできない。
しかも片腕のため解こうとすることが困難であり、腕を大きく動かせばむしろ靄の広がる範囲を増やすだけだった。
(術図式が読めないのは本当にきついな)
「ソウタさん、今の触ったんですね!? 声を張り上げて下さい!」
壁の向こうから声をかけるソラノア。
意味こそ分からないが、確かな理由があるはずだ。宗太は叫ぶ。
「わああああああ!」
「そこですね。連なれよ星々――《焼薄膜座》!」
詠唱とともに宗太の周りを靄だけでなく、光の粒までもが集まる。
それが星印だと分かると同時、光は橙に染まり炎を吐き出す。
「うそぉっ!?」
炎は一気に、宗太の全身に燃え広がった。
《落ち着け。日頃の恨みを、ここぞとばかりに晴らしてるわけじゃない》
視界を覆う色が黒から徐々に橙へと変色していく。
炎に包まれる宗太だが、靄を喰らったことで満足でもしたのか、あっという間に鎮火した。
装備は所々焦げてこそいるが、焼失はしていない。
「ビビったけど助かった! よく分かったね!?」
「魔偽甲の発動詠唱は聞こえましたから!――それよりも一刻も早く、この迷路を解きましょう!」
「了解!」
「ただ気をつけて下さい! 《夢迷脈路座》の壁は、触れると夢の中を彷徨い続ける危険があります! またその経路も術者側に都合よく変質する可能性もあります!」
「ならソラノアに星将が行く可能性もあるのか!?」
「私は大丈――連なれよ星々――《竜牙爪座》!」
途切れた返答の代わりに、一帯を壊滅させんばかりの轟音が放たれる。
木々を薙ぎ払い、遠方で巨大な爆発音がなり響く。
「ソラノア!?」
「敵が来ただけです! 問題ありません! それよりもソウタさんは星将をお願いします!」
「分かった!」
衝撃音の余韻がまだ残る中、宗太は迷路の奥へと駆け出す。
ただネイルトッドを、完全に見逃している。
このまま闇雲に経路を添うことが正解かは怪しい。加えて迷路が変質するというのなら、すでに閉じ込められてしまっている可能性もある。
壁を破壊しようと衝撃波の魔偽術を放ってみたが、壁は消滅こそすれど、あっという間に再生してしまう。
この強化された肉体なら突き抜けられそうでもあるが、ソラノアの説明とオルクエンデが先を見習って実行する前に止めた。
早くも袋小路に迷い込んだ気がするが、時折聞こえる爆音とソラノアの詠唱に尻を叩かれているような気がしてならない。
気合を入れ直し、打開策を考える。
(ほんと。こっちが心配する必要ないほど、勇ましいね)
ソラノアの先の宗太ごと焼き払う的確な判断や、戦況判断における頼もしさに、最近少しだけ恐れを抱いていることは、あまり口にしないでおこう。
(ソラノアって案外、パワープレイで解決するんだよね?)
苦笑しつつ、自らの敵だけに集中した。
◇◆◇◆◇◆
「迷路か……こんなことで封じられる僕の能力って、強くはないよね……」
誰に向けるわけでもなく、フェイがぼやく。
実際には使用できるが、どう使おうとしてもリスクが伴ってしまう。
光の壁に浮かぶ星印は常に対流し、変異している。
この術者と思しき騎士団員はソウタと戦っているが、果たして彼を殺して止められるだろうか。
(複数人による後続詠唱形式の魔偽術なら、キリがない)
単純に言ってしまえば、誰かの魔偽術を始まりとして他の魔偽術を繋げ続ける。効果上は一つの魔偽術として維持する術法のことである。
(これが本当に〝魔弾〟を封じるためなら、かなり厄介な敵が仕組んでいるけど……)
フェイの思考は常に事態に対し、『この混沌に対する答えに直結するのか?』と投げかける。
ただどれも、現状では『見当がつかない』に帰結する。
何が起こっているのか。起こったのか。
それこそ『無望の霧』の周辺で五里霧中状態だ。
(どんどん。どんどん。僕の当初の想定からみんなが離れていく……)
それは寂しさではなく、むしろ恐怖に近しいだろう。
最初に離れたもの。ステファニーの小暴走は何を招くか分からないが、最悪にはならないはずだ。〝魔眼〟に殺される要素がないのだから。
「で、君達は何をしているんだ?」
『監視だ』
「左様で」
いつの間にか出てきて付き纏うむさ苦しい小柄の男――〝ゴースト〟に、フェイはうんざりと溜め息をつく。
(誰からの命令かを問い詰めるのは難しそうだしね……)
この〝ゴースト〟に目を凝らせば半透明であることに気づく。同時、歩いているように見えて、浮遊しているのは彼が草花に干渉していないことからはっきりする。
つまりは物理的に排除するのは不可能ということだ。
男が傍にいるというのは不快極まりないが、意識から外せば我慢できる。それに考え事に集中すれば、自然と見えなくもなる。
(監視というのが誰の命令でもないただの暇潰しでなければ、その大本がこの混乱に加担しているのか?)
フェイはひとまず、この島にいる戦力を改めて分析する。そこから命令者が割り出せるかもしれない。
この島にいるのは【連星会】の遺跡調査員。ここが最も戦力が低い。自分達『魔物』二体を除けば。
【凶星王の末裔】には元いる調査団を始め、〝魔人〟オルクエンデと戦闘員が数十名いる。地理的有利はまず彼らだ。
【ローハ解放戦線】は精鋭を用意し、上陸した。その庇護に【千星騎士団】の星将ネイルトッド・ビンデ率いる隊を用意し。
最も不利なのは【連星会】であり、戦いの中心は主に【凶星王の末裔】と【千星騎士団】との衝突になるだろう。
――ただ、この舞台の役者は他にもいる。
(『天使』という何もかもをひっくり返す、姿の見えない怪物が……)
どう転ぶか全く想像できない、敵か味方かさえも定かではない者達。
不確かな要因であるため、自分達でさえ気づかないひょんなことから、彼らが暴挙に出る可能性は充分にある。
もし『天使』がこの島の人間に敵対したら、今後の計画全てを精査し直す必要もあるだろう。それだけは絶対に避けたい。
(不安定な要因は。もうひと勢力あるか……)
フェイは後ろを意識する。
気配はないが、確実にいることは分かる。
(〝ゴースト〟は今回の騒動のキーなのか? それともフェイク?)
大陸から隔絶した未知の島で虚ろなるモノを相手にし、定かではないものを探す。
(まさに悪夢だね……)
この島に於ける、フェイ自らの目標はいくつかある。
その最大はユキシロを仲間にすることだ。
(これを達成できれば、僕らの計画は盤石になる)
手札は充分に用意してきた。
が、果たしてそれで足りるのか。
いや、そもそも手札自体、その多くが誰かに捏造されたものかもしれない。
(というか、実は『ルールそのものが違って、手札がまるで使えない』なんて状況なのかもしれない……)
フェイならこの盤上から強引に脱することはできる。
ただし、根幹にあるゲームからは下りられない。
何せ、この遊戯は『魔物』が駒そのものなのだから。
(この島で何が起き、何が終わり、どのような果てが待っているのか……見届けない限り、僕は次のステージで不利になる)
そんな決意をした時だった。
何もかもを嘲笑うかのように、島の中央が大爆発したのは。
(――っ!?)
その余波は一帯の木々だけでなく、光の迷路も砕いた――が、迷路は瞬時に再生する。
光の壁が消えたその一瞬に見えたもののお蔭で、何もかもが分かり、何も分からなくなる。
それが爆発ではなかったことはすぐに分かった。が、何もかもを吹き飛ばすほどの強い力が加えられたのは、容易に想像できる。
その原因は、島の中央に出現した巨大な生き物だ。
俄かには信じられないが、見間違えようがない。
(――月星隷! シンナバグハクだと!?)
垣間見たその姿は、伝承にある形そのものだった。
〝万変の悪魔〟とも呼ばれる、伝説に在る星隷の中でも最悪の部類に属する。
(星隷なら『天使』ではない……が……)
それは確信できる。使うなら従属する『魔法遣い』だ。
また、ソウタ達がこのタイミングで星隷擬体を始めたわけでもないだろう。
なら【連星会】か? 【千星騎士団】か? 【凶星王の末裔】か?
――いかなる時にでも冷静を装えるフェイでさえ、もはや癇癪を起こす。
【ローハ解放戦線】か? 〝ゴースト〟だとでもいうのか!? それとも全く知らない組織か個人か!?
(だというのなら、どうしてだ!? さらに状況を混沌化させる必要があるのか!?)
予定と想像を遥か彼方に置き去りにした現状に、フェイは泣き言のように呻くしかない。自分の手に負える範疇を越えている。
これはもはや〔天命の石版〕の捜索を独占するための妨害というよりも、捜索そのものの妨害としか思えない。
それならやはり、その疑問が湧く。
誰が。どうして、と。
何せ、〔天命の石版〕を見つけることにデメリットを持つ者など、誰一人いないのだから。
混乱する中、最後にはもう残りカスのような当り前の疑問しか出てこない……
一体、この島で何が起きている――!?




