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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第七章 宝探しが始まる時、参加者は知らず集う
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4.望むモノのない変革

 鬱蒼とした森の中で、二つの影が動く。

 一つは長く、一つは短い。

 島の中央を進んでいるため、『無望の霧』の影響は低いと思われる。


(早速、一仕事させやがって……)


 人使いの荒い協力者に吐き捨てるのは、影の長い方だ。

 隣の短い方も、どこか気落ちしているが理由は全く違う。

 それから特に進展のないまま、数分歩いていると、ついに隣が不満を口にした。


「何が悲しくて、オイラ。野郎なんかと二人で散歩しなくちゃいけないんだ?」

「仕方ねぇだろ? 最悪の事態(・・・・・)になった時、俺達が不利になる可能性を下げるのはこれが最善だ」


 短髪の野生的な少年の嘆きに、オールバックの蛇のような面持ちの男、ザイスグリッツ・グルグ・パタヌーヌ――正しく言えば〝魔眼〟ヨクトゥルヘヌワか――が返す。


「そりゃそうか」


 少年ジン・アコー素直に納得はした。

 が、これで四回目の問答だ。五回目は十数分後に来るだろう。

 ザイスグリッツは小さく溜め息をついてから、その目(・・・)で自分を見る。

 ちらちらと垣間見える、己が顔を持ってから二三年が経過する。

 だが、この蛇面に慣れ、ましてや好きになれる日が訪れるとは到底思えない。


 それは、自らが見えているから。

 蛇面ではあるが、特段狡猾さがあるわけではない。

 自分よりも大きいものを呑み込んでやる気概も、技量も持ち合わせていない。

 己を称すには『ギャング崩れ』が一番似合っているし、現にそれは事実だ。


 そんな男が【ローハ解放戦線】などという珍妙な集団に流れ着いた。

 そののち、幸か不幸か分からぬが、三年前に〝魔眼〟ヨクトゥルヘヌワとして目覚めた(・・・・)

 あくまでも推測だが、ザイスグリッツ・グルグ・パタヌーヌという男が生を受けたと同時に、〝魔眼〟ヨクトゥルヘヌワが顕現したのだろう。


(記憶も人格も変わらない。変化したのは未来に対する意志――課せられた運命と宿命への自覚……)


 それでも傍から見れば、人が変わったように見えるだろう。

 現に当時の周囲は、突然の意思の変化に戸惑っていたのだから。

 とはいえ、ローハに対する想いは最初から持ち合わせていないのだから、変化のしようはない。


(まぁ、そんなことを本気で考えているやつなんざ、ほんの一握りだしな……)


 隣を歩く少年、ジンに至ってはそもそも【ローハ解放戦線】とは関係ない。ローハ地区の出でもなければ、革命にさえ興味などない。

 彼にあるのはただ一つ。

 馬鹿げた話だが『強いヤツと戦う』。ただそれだけ。

 ジンは【ローハ解放戦線】に参加した理由に『なんとなく』と答えたが、ザイスグリッツはそれは正しくもあり、その本質もすでに理解している。


(つくづく痛感させられるよ。俺はまるで特別じゃねぇってことをさ)


『魔物』という人類を覆す力を持ってなお、自分には上の存在がいる。

 馬鹿げた革命を成したところで、英雄としても大罪人としても名を連ねることはない。


(せいぜい、石を投げられる程度か?)


 それは一体、誰からか――ザイスグリッツはその皮肉(・・・・)を胸中で口にする。

 何せ、そもそもローハ地区の解放など、少なからずローハに住む者は望んでなどいないのだから。

 仮に国として独立したところで、帝都と星都に挟まれているという現状は変わらない。

 地理的にも【連星会】に連なることは不可能だ。それ以前に加盟させることに、【連星会】の利得となることが何もない。

 恐らくだが、【ローハ解放戦線】の長たるハダーン・〝ヴィサラオン〟・ジュジュムは、新ローハ国の初代国王という、星都の傀儡としてその生涯を過ごすことになる。


(元々【ローハ解放戦線】は【千星騎士団】の後ろ盾を受けてんだから。解放されても、計画戦争後の帝都侵攻への拠点であり戦火最前線になるんだからな)


 ローハの者達も計画戦争こそ知らぬが、独立すれば必然的に帝都と星都との戦争のきっかけになりかねないことは感じている。

 故に、ほとんどはこの革命を望んでなどいない。

 尊厳を捨て、身の丈に合った夢さえ見れば、健全に生きていけるのだから。


(そもそも【ローハ解放戦線】の母体がいつできたのかすら、分からねぇんだから)


 もっと言うなら、いつからローハは帝都の属国となったのか。いつから憎悪に火がついたのか。それすら定かではない。

 それらは全て、七〇年以上前から発生している。


(この七〇年はまるで、突貫工事のような歴史だ)


 ふと、霧を見る。

 もちろん、ここ。島の中央からでは見えぬが、〝魔眼〟という人を超えた存在たる自分なら可能だ。

 だが優越感も、ましてや超越感もない。

 芽生えるのは無力感だ。この目でさえ、霧の向こうはまるで見えないんだから。


(このアルトリエ大陸の向こうは、一体どうなっているんだ?)


 いくつかの報告によれば、『無望の霧』の内部は一歩先さえも見えないほどの霧で覆われている。

 調査内容もほとんど手探りで一帯を捜し、触れたものを持ち帰る――その程度でしかない。


(それこそもしかしたら、ローハがどの国よりも強くなるような、禁断の力が眠っているかもしれないな)


 当初の【ローハ解放戦線】の計画は、ランゲルハンス島の実行支配だった。

 それだったはずなのだが、最終手段――島の放棄に等しい『『魔物』同士の接触』を早々に始めた。


(最初の作戦が最終作戦って。〔天命の石版(トゥプシマティ)〕以外、まるで興味なしってわけか?……この宝島全てよりも)


 これで分かったことは、【ローハ解放戦線】は、ローハの未来に興味がないということ。

 計画に乗った星都側の人間が、アルトリエ大陸の未来に興味を持ち合わせていないということ。

 そして、計画戦争を早期に始めようとしていることだ。


(使徒議会側にプレシャーをかけられたか?)


 使徒議会は『魔法』(イグドラシル・ロウ)を救うために世界を滅ぼすなどという、馬鹿げた思想の持ち主達だ。


(健康のためなら命を惜しまないようなやつらだよ)


 本末転倒も甚だしいが、それでも彼らは理解できない確固たる理念を持って行動している。


(ったく。俺は一体なんのために、今、何をしているんだ?)


 下らぬ自問だが、言葉にせずにはいられない。

 娼婦の母親と、どこかの誰かの遺伝子を基に生まれ。何人目かの父親が所属していた、クソみたいなギャングどもに暴力(きょういく)を受け。薬や大麻の売人をしつつ、弱そうなヤツを見つけては小遣い稼ぎをして。クソに墜とした父親のヘボの見せしめに殺されそうになり。友と女を見殺しにして組織から逃げ。彷徨い続け。出自の関係のないローハ自治区の解放に潜り込む形で参加した。


(その揚句がこれだ)


 ガラクタか宝物かも分からないどころか、あるかのかすら分からぬもの探している――


「あ~。早く強いやつと戦いてぇなぁ~――できれば、〝筋肉しか愛せない悲しき女〟と戦いたいなぁ~。強いって話だし。二つ名からして強そうだし」


 ――危険な馬鹿餓鬼のお守りをし、されながら。

 こちらの気持ちなど知ってか知らずか。未だ達せられぬ理想の死闘が叶うこと夢見、〝魔獣〟エヴエノギス(ジン・アコー)が胸躍らせている。

 ジン・アコーが【ローハ解放戦線】に突如として現れたのは、十日前。

 このランゲルハンス島の支配作戦に向けた渡島準備を、終えんとする頃だ。


(『魔物』同士の殺し合い――それを俺とやらなかったのは、ファーストコンタクトで分かったからだ。勝負にならないと。俺は一目で。こいつは獣の勘とやらで)


 ザイスグリッツはその人生を歩んだ故か、自分がどの場所に立っているのかということを敏感に判断できた。

〝魔眼〟の力を扱えるようになったからは、それがより鋭敏に。

 一方、ジンは第一声でザイスグリッツを止めた。


『あんた、悪いけどオイラの相手にはならないよ』


 それに周りこそ熱り立ったが、冷や汗を掻いていたザイスグリッツはむしろ安堵したほどだった。

 ジンは跳びかかろうとした数人を数秒で再起不能にしたのち、こう続けた。


『〝魔眼〟。あんたを守る代わりに、オイラをここに入れてよ――オイラの勘だと、入れておいて損はないと思うよ?』


 その後、多少は揉めこそしたがジンは客人として、【ローハ解放戦線】に加戦した。

 それからすぐに、ジンが自らの能力を説明したのは、命取りになりかねない秘密を共有することで仲間意識を強めるためか。

 それとも、共通の話題になると思ったからか。

 いや、何も考えていない方が強いだろう。


(馬鹿だしな)


 ジンは自らの力を『獣の勘』と説明したが、ザイスグリッツは彼が己が力の本質を見抜けていないことを話していく内に分かった。


(そして理解したことは、この馬鹿がテメェの能力を理解していようがいまいが、そんなことは関係ねぇっていう絶望だ)


 全ての『魔物』の能力など分かりはしない。

 が、それでも〝魔獣〟(ジン・アコー)以上の理不尽な力は存在しないだろう。

 救いなのは、この男が今のように絵に描いたような馬鹿であり、深い思慮というものを持ち合わせてなことだ。


(いや、むしろ対峙者にとっては、それは災いか?)


 計り知れない力は脅威そのものだ。

 だが、それを使用者が測れていたのなら、つけ入る隙はある。使用者の思考さえ読めれば、対策は練られるのだから。

 しかし、ジンは考えてもいないし、分かってすらいない。

 誰もが知りえない力(・・・・・・・・・)など、もはや天災以外の何ものでもない。

 そんな災害級馬鹿をちらりと見やると、目を真ん丸にしていた。


「マジかよ」


 ジンが呟く。

 横にいたザイスグリッツの耳朶には、それが喜びを纏って届く。そして、脊髄に恐怖に近い悪寒を流した。


 心底、恐れた。

 それが何に対してか。ザイスグリッツ自身、分かりかねるが。

 見えぬ恐怖から逃げるように救いを視線に求めれば、〝筋肉しか愛せない悲しき女〟――〝魔炎〟アジュペイトランクリの姿が映った。

 その炎へと、獣は喜び勇んで飛び込んでいる。

 このケモノがまるで火を恐れぬのは、もはや一切の常識を介せぬバケモノと化しているからか…… 

 あっという間に小さくなるジンの背中に、ザイスグリッツは思わず零す。


「果たしてこれは、誰かの都合に合わせてでもいるんか?」


 誰も望まない革命。

 誰も報われない救世。

 誰のものでもない未来。


 それでも誰もが、何かのため(・・・・・)に生きていく。

 ザイスグリッツは遥か上空から垂らされた糸に手足を縛られ、何か(・・)に操られているような錯覚を得た。

 そして理解した。

 恐怖は、それから来ている。

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