2.精力的な死人達
「ソラノア達は動力室と操縦室に向かって!」
「分かりました!」
姿の見えぬソラノアに宗太が叫びかけると、彼女は意を理解し、行動に移した。
この〝ゴースト〟達の目的が、『無望の霧』への到達を阻止するというのなら、この船を沈めてしまうのが手っ取り早い。
(俺を狙っているのは陽動か? それとも戦力の分散か?)
どちらにせよ、宗太が敵を引きつけるという点に於いては、こちらも願ったり叶ったりだ。
こちらの左腕を掴んできた〝ゴースト〟を、放さぬように掴み返す。
それを武器代わりに振り回し、周囲の〝ゴースト〟もろとも弾き飛ばした。
宗太の周りから〝ゴースト〟が消えるものの、その空白を埋めんばかりに他の〝ゴースト〟が押し寄せる。
(くそ! 埒が明かねぇぞ)
真正面から迫ってきた〝ゴースト〟の腹部へと拳と突き立てる――が、腕が通り抜ける。いや、〝ゴースト〟そのものが通り抜けたのだ。
その理屈こそ分からないが、意味は次の瞬間に理解する。
通り抜けた〝ゴースト〟を目隠しにして、その背後にいた〝ゴースト〟が数体、拳銃を発砲してきた。
(幽霊が銃を撃って来んなよ!)
咄嗟に左腕で受け止める。この強化された肉体は弾丸に穿たれることはない。
そのまま左腕を伸ばし、拳銃を撃って来た一人の顔面を握り潰した。
他と同様、〝ゴースト〟は跡形もなく霧散する。その際に持ち手を失くした拳銃が落ちるが、宗太が他の〝ゴースト〟の手に渡る前に空中でそれを掴んだ。
見やれば、この拳銃は間違いなく【凶星王の末裔】が持ってきたものだ。
(盗みまで働くなんて、どんな幽霊だよ!)
再び発砲して来るが、致命傷には至らない。
宗太もまた銃を構える――が、引き金から指を外し、腰とズボンの隙間に押し込む。
〝ゴースト〟達の外側に仲間がいるかもしれない以上、下手に銃を撃つわけにもいかない。
そこから数分の攻防で、〝ゴースト〟の攻撃が徐々に数パターンに絞られていく――いや洗練されてきている。
ある者は宗太の眼球を狙い、別の者は関節を捻らんとし、また他の者は足を掴んで海へと落とさんとする。
「敵対すると厄介って、こんなにも面倒臭ぇのかよ!」
ダメージこそ蓄積されていくが、宗太が倒れそうになることはない。現状なら何日だろうと戦える。戦えてしまう。
(くそ! 処理が追いつかねぇ!)
船体が傾くのではないかと不安になるほどの物量で攻め、かつ空を自由自在に飛び回って視界を覆い尽くす〝ゴースト〟達。
宗太は〝ゴースト〟で作られたドームに、完全に閉じ込められてしまった。
◇◆◇◆◇◆
ソラノアは操舵室へと駆けつつ、〔オレイアス〕の回線を全開にして告げる。
「みなさん! 〝ゴースト〟がこの船を沈める可能性があります! 至急、対処をお願いします!」
何度も告げ続ける緊急事態。すでに数人から応答があり、テッジエッタが真っ先に動力室へと向かっている。
広い船とはいえ、走ればすぐに操舵室には辿り着く。
走る中で数名に会ったが、事態に警戒してはいるものの特にこれといった戦闘や異変は起こっていないようだった。
長い廊下の先。操舵室へと続く扉が視界に入る。
(特に妨害や騒動はなさそうだけど……)
視界には〝ゴースト〟はおらず、扉の奥も特に喧噪の類はない。
とにかく状況を把握せねば――ソラノアは一秒でも早く中へと入らんと、腕を伸ばして扉を勢いよく開けた。
そこで繰り広げられる光景――
「どうして……?」
ソラノアは立ち尽くす。
「リスフルーバさん……」
半ば飛び込んできたソラノアに、真っ先に反応したのが副船長のシヤルフ・ポリー。彼女は困惑した表情をソラノアに向ける。
他の船員も同様に、現状にどうしていいか分からずにいるようだった。
「……〝ゴースト〟がいない?」
船を止めるつもりなら真っ先に狙われそうな操舵室は、一切荒らされておらず、緊張感こそ漂うものの〝ゴースト〟の姿形がまるでない。
「いえ。というよりも……現れこそしたんですけど、特に何もせずに通り過ぎて行ってしまったんですよね……」
説明するシヤルフ自身、口にしたことを上手く呑み込めていない様子だ。
襲撃されていないに越したことはないのだが、どうも腑に落ちない。
事態に対して状況が噛み合わない――この差異は一体何を意味している?
と、〔オレイアス〕に通信が入る。テッジエッタからだ。
《ソラノア、そっちはどう?》
「えっと……」
《……やっぱ、そっちもか……》
ソラノアがどう答えるべきか数瞬悩んだ間に、テッジエッタは事態を察した。
「テッジも?」
《うん。こっちには〝ゴースト〟は発生してないから、まさかとは思ったけど……》
「でも、〝ゴースト〟ははっきりと言ったの。『お前を霧の向こうへは行かせない!』って……」
テッジエッタに告げる最中で、ソラノアは一つの答えに気づいた。
長年の付き合いからか、彼女の口調の変化だけでテッジエッタも理解する。
《可能性があるとすれば、ユキシロは止めたい。もしくは警戒させたい――でも、船は止めたくはない。誰かを入島させるために》
それは少なからず、襲撃した〝ゴースト〟と繋がりのある者がいるということ。
テッジエッタは幾多ある可能性の中で、一つの疑問を口にする。
《そもそも、〝魔弾〟と〝魔炎〟は、どうしてユキシロがオルクエンデだって知っていた?しかも、ソラノアのことやリーリカネットとの繋がりも知っていたし……》
「ソウタさんを襲っている〝ゴースト〟と、〝魔弾〟と〝魔炎〟は繋がっている?――でも……」
《可能性はなくはないよね?》
「でも……」
《うん。そうすると、今度は『無望の霧』に近寄せるような真似をする意味が分からない。そのための脅しだといてもパンチは弱いし、今ここで敵対するのはあいつらの目的にはそぐわない》
「つまりは内通者はいる。でも、誰の味方かは分からない」
ランゲルハンス島には今、それぞれの思惑を抱えた様々な者達が集結しつつある。
戦いはもう、すでに始まっているのか……
ソラノアは急いでソウタの元へと戻る。
その中で視界の端に入った窓の外の『亡霊達の棲む島』は、どこか不気味に映る。
◇◆◇◆◇◆
〝ゴースト〟に囲まれ、もみくちゃにされ続ける宗太。
どれも致命傷には程遠いが、かなり鬱陶しい。また、奇声や罵声など聞き取れない不快な声も相俟って苛立ちが募る。
周囲に仲間がいないことを確認した上、鬱陶しさのあまり拳銃を数発放った。が、弾丸は彼らを通り抜けて天井に突き刺さるだけ。
(大体、こいつらの特徴は掴めてきたな)
推察するに、不可触の〝ゴースト〟は同様にこちらを触れない代わりに、重力や物体を無視して行動できる。
一方、接触ができる〝ゴースト〟は重力や物体の影響を受けると同時に、干渉もできる。直鉄攻撃ができ、かつ先程のように銃を撃ったり道具が使えるということだ。
そして、共通しているのが魔偽術が効かないということ。
(……待てよ。魔偽術が効かない――いや、魔偽術は効かないんだよな?)
自問自答はすぐさま、単純な答えを宗太に齎す。
「《覇脚座》!」
光纏う宗太の脚で、廊下の先へと踏み込む。
魔偽術によって底上げされた脚力は障害を無視し、意図した場所へと宗太を連れる。
その過程。〝ゴースト〟達は超加速する宗太の身体と余波に弾き飛ばされた。
そこにはまるで轍か獣道のように、宗太が駆けた跡が残る。
「気づくの遅すぎだろ、俺!」
自らの鈍さに思わず頭を抱えるが、そんなことをしている場合ではない。気持ちを切り替え、構え直す。
「割とイラついてたからな! 発散させても……ら……う……」
声に力がなくなっていくのは、先程まで嫌というほどいた〝ゴースト〟達の姿が一人残らず消えてしまったから。
「ったく。なんだったんだよ……」
やり場を失った鬱憤と、あっさりと終息したことへの安堵が入り混じった、形容し難い複雑な感情を宗太は抱く。
もはやどうしようもなく、乱暴に頭を掻き毟るしかない。
ひとまず操舵室にいるというソラノアと合流するため、操舵室に向かう。
その頃には、船は目的地であるランゲルハンス島に着港の準備を始めていた。
船から降りた宗太はやや手持無沙汰だった。
必要な荷物は他の船員や島に滞在していた者達が降ろしている。
宗太が手を貸そうかと声をかけたが、『勝手が分からないやつが作業しても、むしろ邪魔になるだけ』と婉曲的に断られた。
仕方なく、島の様子を伺いながらひとまず拠点へと足を運んでいた。
そして、ふと気になった光景を隣を歩くソラノアに訊ねる。ついでにソラノアはフェフェット・フェブラを探しているようだ。
「そういえばさ。着いた早々、テッジエッタと熱い抱擁を交わしたあの人って何者?」
テッジエッタが到着した早々、灰色がかった髭が印象的な初老の男が彼女に駆け寄っていた。
その熱い抱擁はまるで、親子の再会を喜び合うよう。
「……〝ゴースト〟です」
「……えっ?」
「ソウタさんは見逃してたみたいですけど、あの後しばらくして抱きしめ合う力強すぎて弾けてましたから」
「〝ゴースト〟ってそれぞれに強度があんの?」
「まぁ、未練や思念が強いと……っていう仮説はありますけど。実際はよく分かりません」
だとすれば、宗太を襲撃した〝ゴースト〟達はそこまで強い意志を持っていなかったのだろうか。
それとも単に、宗太の膂力が強すぎたか。
と、到着者と待合人などでごった返す中で、荷物の陰で独り硬貨のようなものを数えている少女が目に留まった。
「あれ、何してんだろ?」
「まぁ〝ゴースト〟ですから……深く考えないようにした方がいいかもしませんよ?」
視線を変えると、先の〝ゴースト〟のように人目のつかないような場所で、皿のようなものを数えている女性が写る。しかも泣きながら。
「あの皿を数えている人は?」
「彼女は仲間です。確か前に〝ゴースト〟に詐欺にあったようでして……今回も何か騙されてるみたいですね……」
そこから宗太はソラノアに訊ね続ける。
たとえば、船から降ろした荷物に群がって何かを盗もうとしている者。
「あれも〝ゴースト〟です」
たとえば、その盗もうとしている者を必死に止めようとしている者。
「それも〝ゴースト〟です」
たとえば、荷物の数をチェックしている女性と、その彼女に対して必死に話しかけている男三人。
「あの面倒臭そうにあしらっている彼女は仲間ですけど、ナンパしている三人は〝ゴースト〟ですね」
宗太がまた別の不思議な光景に対して問おうとすると、ソラノアが先に答えた。
「ちなみに、あそこでペナントを売りつけられているのは、商印外套からして【連星会】だと思います」
「じゃあ……売りつけようとしているやつと、押しつけてるやつと説明しているやつに、あのサクラも……」
「はい。〝ゴースト〟です」
「〝ゴースト〟だらけじゃねぇか!」
もう腹の底から叫ばずにはいられない。
「アクティブ過ぎるだろ、幽霊共!」
今、確実に宗太の中の幽霊像が崩壊している。
世界が変われば、幽霊というものはこうも違うのだろうか。
「というか、よく見分けがつくね?」
「いえ。単に仲間とよく会う〝ゴースト〟の顔を覚えているだけなんですよ」
ちょっと気まずそうにほほをかきながら、ソラノアが種明かしをする。
「なので、もしかしたら【連星会】の人がいたかもしれませんね」
「テキトーだなぁ」
くすくすと笑い合いながら、宗太とソラノアは目的地へと歩む。
また、その中で気になる人影を宗太は見つける。
「ちなみに、あそこで空を見上げながら、独りぽつんと立っている影の薄そうな人は?」
「えっと、多分仲間ですね……というか、フェフェットさんですよ!」
探し人に気づき、ソラノアはぼ~っとしている女性の元へと駆けた。
宗太もやや速足で続く。
「探しましたよ、フェフェットさん!」
「その声はぁ~、ソラノアさんですねぇ~」
開いているのか分からない細い瞳に、穏やかな笑み。少し丸い印象を与えるの彼女が、フェフェット・フェブラということだ。
どこか間延びした声といい、召喚されてすぐに見た印象とどこか違う。
その彼女は、終始やや雲がかかった青い空を見上げたまま。
不思議な雰囲気を醸すフェフェットに、宗太が素朴な疑問をぶつける。
「何してるんですか?」
と、フェフェットはやはり上を向いたまま、正面を指差す。
その先には……
「どうも。長旅ご苦労様」
知った顔。〝魔弾〟モーフィスシャイト――フェイ・テンユィが軟派な顔して突っ立っていた。
「あそこにいる人が視界に入るとぉ~。思わず眼球抉ってぇ~、その傷跡にフンコロガシが転がしてたものをぉ~、文字通り目一杯詰め込みたくなるのでぇ~。なるべく入れないようにしているんですよぉ~」
にこにこ朗らかな顔のまま、フェフェットは当然のことのように説明する。
「……俺、長旅で幻聴が聞こえるようになったのかな?」
「だとしたら、私もなんでしょうけど。残念なことに、フェフェットさんより上の階級がいないと大体あんな感じなんです」
宗太がいた世界にはなかったキャラの濃い人物達(幽霊も含めて)に、この先、一体どんなぶっ飛んだ人達と出会うことになるのか、やや不安になる。
「でだ、お二人。早速だけど――」
そう言いながらフェイが近寄ってくると――
「あぁ~。視界に何かぁ~、ちらちら見えますよぉ~? どこの部位でしょうかねぇ~? どこを毟り千切ってぇ~、残りの部位をぉ~、豚さんに食べさせてあげればいいですかねぇ~?」
――なんてフェフェットが、やはり空を瞳に映しながら呟いた。
フェイは右手以外が豚の餌になることを恐れてか、何歩か後ずさりした。
「――それで、厄介な事態になった」
「と、言いますと?」
問うソラノアを見るフェイの視線が、どうも宗太は気に食わなかったが、今は突っかかる場合ではないだろう。
フェイがソラノアをじっくりと眺めたあと、島に起きた異変を答えた。
「一部の〝ゴースト〟達が、この島のどこかで〔天命の石版〕が現れたって騒ぎ出したんだ」




