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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第七章 宝探しが始まる時、参加者は知らず集う
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1.ようこそ僕らの無人島へ!

【凶星王の末裔】の大型蒸気船は、順調に目的地へと進む。

 宗太が読んだ帝都の上陸記録によれば、ランゲルハンス島には人間はおろか動物が一切存在していない。

 島の西側は沿岸部となっており、中央には木々が生い茂り、ほぼ手つかずの自然が残っている。

 東側は山岳地帯となっており、そこを『無望の霧』が覆っている。また【凶星王の末裔】の拠点でもある。

 山を繰り抜いた場所に拠点があるというのは、秘密基地のようでほんの少しだが宗太は興味があった。


(考えてみれば、船で海を渡るなんて初めてなんだよな)


 乗船して数時間後に宗太が思ったことは、「船酔いしなくてよかった」だ。

 陸地を離れてすでに五日目。予定では今日にもランゲルハンス島に着く。

 中途半端に余った時間を潰すため、宗太は部屋を出てデッキを目指していた。


 ジンクとの相部屋――何故、ソラノアと一緒じゃないのかと日々抗議している――から廊下を渡り、階段を上がればすぐに着く。

 故に、宗太の目の前に広がっているのは一面、青い世界だ。

 日の光を受けて、きらきらと輝く海面。

 この航海ですでに何度も観ているが、それでも素直に綺麗だと思える。


(男独りでロマンチックに浸ってる絵ってのは、なんというか悲しいよな?)


 客観的に自らの姿を想像するが、美しい自然の前ではそんなものなどどうでもよくなる。と、強く自分に言い聞かせる。

 風と船の影響を受けて波紋を変える海だが、その変化が実に穏やかなのはここにも大型生物が存在していないため。

 明らかな生態系の異常だが、海にこれといった異変は見られない。


(まぁ、あくまでも俺から見ただけだけど……)


 宗太自らの知識不足は、この異世界に来てから要所要所で思い知らされる。

 たとえば、この船だってそうだ。

 精通している訳ではないので、この船がどれほどの技術力で製造されているかなどは分からない。元の世界だと、一体どの年代で製造されているものなのだろうか。

 内装などは少しばかり古臭いだけで、充分な広さや設備があり不便さを抱いたことはない。


(テレビやパソコンこそ存在してないけど、電子レンジや冷蔵庫はあるんだよな……)


 ソラノアの部屋の家電は、宗太がいた日本に比べたら数世代も前のようなものばかり。

 かといえば、街の風景は近代的なものとはやや遠い。

 高い建物がないのは制限があるわけではない。飛行機は開発こそされているものの実用化は遠く、景観を意識しているわけでもない。

 単に建造技術が足りていないためである。


 自家用車は普及しているようだが、二一世紀現在のような流線型に近い、細部まで金属で覆われた形ではない。

 テレビなどで見たことがある、凸型に車輪をくっつけたような、車高が高く古いタイプ――宗太は知らないが、それはT型フォードに近い――のもの。


(あくまでも俺のなんとなくのイメージだけど。一九〇〇年初期から中期までが、一緒くたに合わさっているような感じなんだよな……)


 そのちぐはぐな技術力を埋めてしまうのが、魔偽術(マギス)という人の都合を無理矢理こじつけさせる異能だ。

(いや、むしろ魔偽術(マギス)を強引に常識の範囲に収めようとしている――そっちの方が正しいかも)

 魔偽術(マギス)は知識や概念を無視して、理想を現実化させる。

 それを駆使さえすれば、宗太がいた元の世界の化学技術さえも凌駕できそうな気がするのだが……


(いや魔偽甲(マギカ)は充分、オーバーテクノロジーか……)


 宗太は右腕に意識を持っていく。

 だがそこには腕はなく、肩口を覆うように呪符のような魔偽甲(マギカ)が張りつけられていた。これは星隷擬体を施すための下準備である。


(もっと真面目に勉強しておけば、技術進歩の違和感とか明瞭に分かったんだろうな。ほんと、こんなことになるならさ)


 それこそ『将来何かに役立つだろうが、何に使えばいいのか分からない』勉強は、ここで大いに役立ったかもしれない。

 今でこそ〝魔人〟などという世界の命運を握っている馬鹿げた存在だが、元に帰れば特筆した知識も能力もない、どこにでもいる人間なのだ。そう痛感させられる。

 沈んだ気分を誤魔化すように、宗太は視線を遠くに映す。

 ただそこにあるのは、世界を閉ざす雲のように白い壁だ。


(あれが『無望の霧』)


 人類を隔絶する謎そのもの。

 あの向こうに何があるのか。

 求めるものが、果たして存在するのか。


(最悪、あの手(・・・)を使ってでも……)


 薄暗い感情を抱きつつ、宗太は決心する。

『無望の霧』に強行するための下準備はとっくにできているとはいえ、使わないに越したことはない。


「あっ、ソウタさん」


 背後から声をかけられたソラノアの声に、宗太が振り返る。

 そんな彼女の顔が、日に日に疲労が濃くなっているのは誰から見ても明白だった。


「俺が言うのもあれだけど、あまり無茶してくれないでよ?」

「大丈夫ですよ。今も少し休憩を取ろうと来たわけですし」


 星隷擬体を行う前提で事は進んでいるものの、まだ決定というわけではない。それほど危険であり、また星隷の選択も難しいようだ。

 この話をすると彼女をさらに追い詰めそうな気がしたので、宗太は関係のない軽い話題をする。


「ランゲルハンス島って『亡霊達が棲む島』って言われてるんだよね? やっぱ、出るの?」

「ええ割と」

「割と?」

「そうですね。多い場所ですとほんと人間よりも、〝ゴースト〟の方が多い場所もありますし」


 宗太はやや悪戯な表情で、ソラノアに訊ねる。 


「ソラノアってさ、幽霊とか怖い?」


「怖くはないですけど、苦手かもしれませんね」


 眉根を寄せて、やや深刻そうにソラノアは続けた。


「まず、魔偽術(マギス)が効きませんから」

「おう?」


 思った方向とやや違う恐怖に、宗太は変な声で聞き返してしまう。

 一方、ソラノアは厳しい表情のまま話す。


「それに変なテンションで絡んでくることもありますし……覗きやセクハラもありますし……」

「えっと……それは……」


 どう反応すればいいか宗太が迷っていると、遠くに島のようなものが見えるようになる。

 妙な方向に進みつつあった話はひとまず置いておき、島のことで何か面白いことでも言おうと宗太が目を凝らす。

 が、ますます困惑することとなる。


「……なんだ……あれ……?」


 宗太を心底、惑わせるもの。

 それは断崖絶壁にかけられた、一際でかい横断幕のようなもの。

 船が近づくと、なんと書かれているかはっきりとする。

 やや土色に変色した横断幕には、しっかりとこう書かれていた。



『ようこそ僕らの無人島へ!』



 宗太は一度瞑目し、深呼吸を一つしたあとでソラノアに確認する。


「あれは【凶星王の末裔(きみたち)】がつけたの……?」


 そうだとすると、宗太が勝手に想像している【凶星王の末裔】のイメージが完全に壊れる。

 いくらいろんな仲間と接触しているとはいえ、彼らとのファーストコンタクトは『ジャック・リスフルーバに雷星隷で襲われた』なのだ。

 どこかで『【凶星王の末裔】=ジャック・リスフルーバ』の式がある宗太にとって、目の前の悪ふざけは違和感しかない。

 ただ、ソラノアが言う答えは、宗太が想像しているものとかなり違うものだった。


「いえ。〝ゴースト〟です……」


 幽霊の専門家ではないので詳細など分かりもしないが、それでもどこか幽霊の悪戯という感じがしない。

 なんというか、怖くない。


「〝ゴースト〟って幽霊が?」

「そうですね。いくら外しても外しても、彼らは懲りずにつけるそうです」

「幽霊が?」


 宗太の疑問に、ソラノアは少し困った顔をする。


「恐らくはソウタさんの言う幽霊と〝ゴースト〟はやや違うんだと思います」

「と言うと?」

「端的に言えば、〝ゴースト〟は『無望の霧』周辺にて出現する変な幽霊ってところでしょうかね」

「変なの?」

「だいぶ変ですね。ちなみに今でこそ友好関係にありますが。あの横断幕を何度も外された腹いせに、〝ゴースト〟達に調査隊が襲われたことがしばらく続きました」

「さっき言ってた『敵対すると厄介』って、そのこと?」

「そうですね。ただ、一例にしか過ぎないんですけど」


 思い出すだけで疲れるのか、ソラノアのただですら疲弊した顔がさらにげんなりとしたように見えた。


「なんなんだよ、〝ゴースト〟って……」

「色々と解釈はあるんですけど、ほんと『よく分からないもの』なんですよ」


 正体不明という点においては、ある意味で幽霊らしいのかもしれない。


『はぁ……』


 宗太とソラノア。何故か同時に出た溜め息に、お互いに顔を合わせてしまう。

 そして思わず、くすくすと笑い始める。


《船内にて〝ゴースト〟が多数発生! 敵対傾向がある模様!》


 そんな小さな青春をぶち壊す、船内警報。


「これはまずい状況?」

「正直言うと、分かりません――少なからず、どうでもいいか。最悪か。その二択だと思います」


 宗太とソラノアはひとまず、各々の部屋に戻るために階段へと向かう。

 階段が見えたと同時、降りるのを阻むかのように見知らぬ男が三名飛び出してきた。

 彼らはみな、絵に描いたような、見るからに野盗といったずたぼろの服装だった。

 宗太は咄嗟にソラノアを庇い、前へと出る。


「潰れろ!」


 光の粒子が彼らを包み、宗太の願望がこの世界を偽る。

 ――はずだったが、圧殺されるべき者達は魔偽術(マギス)など意に介さず宗太を殴りかかる。


「早速お出ましかよ、〝ゴースト〟!」


 最初に仕掛けてきた〝ゴースト〟の殴打に対し、クロスカウンターを狙った宗太の拳が〝ゴースト〟の顔面に突き刺さる。

 その時、宗太が真っ先に思ったことは『幽霊の割に確かな感触がある』だった。

 顔面を潰された男は、風船のように身体を弾けさせて霧散した。血も肉片も、一切撒き散らすことなく。


(なんだ? この妙な感触は?)


 違和感を確かめる暇なく、残りの二人の内正面にいる〝ゴースト〟を掌底で胸部を砕き、それと同時に後ろ蹴りでもう一体の腹部を貫く。

 だが息つく暇もない。デッキの両端と階段から、様々な服装、年代、性別の〝ゴースト〟達が大挙して来るのだから。


「くそ! どうなってるんだよ!?」


 宗太はソラノアを守るように、押し寄せる〝ゴースト〟を殴り、蹴り、海へと放り投げる。

 一人一人容姿を確認しているわけではないが、彼らには共通点がまるで見られない。もはや時代さえも違うだろう。

 加えて、抱えている感情も様々だ。


 はっきりと怒っている者もいれば、嘆いている者。泣いている者。笑う者。無表情や、捉えにくい者さえも。

〝ゴースト〟達は口を開き、こちらに何かを訴えかけている。

 だが、声としてはまるで届かない。辛うじて聞こえるものは、呻き声に近い。

 事態を整理する間もない状況ではあるが、その中でも不確かなものが明瞭になりつつもある。

 それは妙な感触の正体だ。

 直接攻撃すればするほど、それがはっきりとして来る。


(皮膚の内側に空気が目一杯詰まったってところか?)


 温もりや骨肉の硬さはない。

 そこにあるのは人の皮と、奥に詰まる硬くも柔らかくもない何か。

 確かに人間ではないが、かといってなんなのかも分からない。

 そんな不気味なものが、どこからともなく湧き出し、宗太とソラノアをその物量でじりじりと追い詰めてゆく。


「ソウタさん! 私も戦えますから!」


 ソラノアが一歩前に出、〝ゴースト〟を迎撃する。

 (へり)に押し込まれ、海に落とされそうになるのをなんとか食い止めようとした。

 宗太は女性であるソラノアが真っ先に狙われることを危惧し、近づこうとする。

 が、予想とは反して、〝ゴースト〟達はソラノアを見向きもせず、一直線に宗太へと向かってくる。

 好都合ではあるが、この量は厄介だ。


(ほんと、改めて魔偽術(マギス)の利便さを痛感するよ!)


 胸中で愚痴っている間に、宗太は〝ゴースト〟の群れに呑まれる。

 この時にはもう、視界からソラノアが消えている。


「ソラノア、大丈夫!?」

「はい! なんとか大丈夫です!」


 階段側から聞こえる、息苦しそうなソラノアの返答。

 この瞬間、宗太の脳裏にソラノアの言葉が過った。『覗きやセクハラもありますし』という、腹の立つことが。


「ソラノア! おっぱいとかお尻は無事!? どさくさ紛れに触られてない!?」

「されてませんし! そんな心配どうでもいいです!」

「いや、どうでもよくない!」

「ほんと! この問答はどうでもいいんで、事態を解決しましょう! そうすれば、その心配事もなくなります!」


 この会話ではっきりしたことは、痴漢紛いなことはされていないということ。

 そして、ソラノアに全く干渉してこないということ。


「これがお前らの無人島の歓迎の仕方とかじゃねぇよな!?」


 答えを求めた叫びではないが、誰一人返しはしない。

 少し聞いただけでも意味の分からない〝ゴースト〟であるが故、この状況は全く持って理解しがたい。

 すると、宗太を掴んだ一体の男の〝ゴースト〟が、腕を握り潰さんばかりの力で掴む。

 その〝ゴースト〟はまるで宗太の疑問に答えるかのように、怨嗟のような表情を近づけ、はっきりと言い放った。


『お前を霧の向こうへは行かせない!』

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