プロローグ 信実なる嘘つき
バスローブ姿のフェイ・テンユィは、このランゲルハンス島に建てた仮設拠点の個室で資料に目を通していた。
一通り目に通しているため、情報は頭の中に入っている。
ただ単なる手持無沙汰で、近くにあったものをなんとなく見ているだけだ。
その表紙に書かれた文字――ランゲルハンス島。
別名『亡霊達の棲む島』とも称される、アルトリエ大陸極東に位置する小さな島。
そんなふざけた名前も二つ名も、いつ誰がつけたかなどという記録は存在しない。
何もかもが都合よく、『七〇年前』前後の記憶と記録が曖昧だ。
(果たして何があったのか……それとも……)
「いい汗掻いたわぁ~」
フェイの思考を握り潰す、ステファニーの呑気な声と恰好。
髪を乾かし終えたステファニーに、先に上がっていたフェイが半眼のまま言う。
「とりあえずさ。何かを着よう、ステファニー」
「何を今さら」
「いやさ。第二戦なんか始められたら構ったもんじゃないから」
肉体関係のあるステファニーだが、彼女とは情愛や慈愛で繋がっているわけではない。
何せ彼女は〝筋肉しか愛せない悲しき女〟だ――そう名付けたのは他でもない、フェイなのだが。
何度も身体を交えたことがあるフェイの皮肉なのだが、ステファニー当人はどういうわけか『その通り』だと気に入ってしまった。
そして、ステファニーはフェイをこう名づけた。〝何も愛せない虚しき男〟と。
ごもっともだが、それを公言するつもりはない。二人だけの秘密というやつだ。
もちろん、一般的に言う『愛』でないことを互いに理解している。
「ソウタは私達と本当に手を組むかしら?」
「他の男のかい? 妬いちゃうよ?」
「ふざけないで」
ふざけた格好をしている人間には言われたくはないが、フェイは固く口を閉ざす。
怒りを買い、襲われたら困る。
「大丈夫だよ。ソウタが『無望の霧』の中へ入れば、確実に僕らと手を組む――組まざるを得なくなる」
「その根拠は?」
「身体を交えた人間には、秘密を明かさないのは基本中の基本だよ?」
うんざりとステファニーは溜め息を吐きながら、ベッドに座る。
こればかりは、最も信頼できる仲間たるステファニーにも言うことはできない。
理由としては情報源の都合なのだが、それとの関係性を反故にしてまでステファニーの信用を優先しようとは思わない。
(それくらいの信頼関係はあるしね)
フェイの思う通り、ステファニーはそれ以上追及する様子はない。
それでも彼女の不安を少しでも拭えるような、説得力のある言葉をフェイは口にする。
「それにさ。僕がその気にさせるのが巧いのは、君は体感済みだろう?」
「どの気にさせる気よ?」
じと目でステファニーが返す。
上手いことを言ったつもりだったが、滑ってしまったらしい。
と、ステファニーの瞳と合う。
「あなたは本当に『魔物』を救う気がある?」
彼女は逃すまいと強い視線を向けたまま、声のトーンを落として訊く。
フェイは双眸と向き合いつつ、背く。
「なんだい? 改まって?」
「率直な問いよ?」
「なら、既に答えは知っているだろう? 少なからず、僕は君を殺したくはない。さっきも散々、互いに確認し合ったばかりじゃないか。愛している、って」
「セックス中の戯言でしょ? 信じるわけないじゃない」
彼女の非の打ちどころのない正論に、フェイはぐうの音も出ない。
結論から言えば、『魔物』を救いたいのは本心だ。
が、求める結果は明らかに彼女とは違う。
ステファニーは薄々、その差異を勘付いているはずだ。組んで四年。身体を交えて五年が過ぎているのだから。
フェイが固く口を閉ざすのは、差異はステファニーが想像している以上に関係を破綻させかねないからだ。
「そうだな。『天使』の言いなりになるつもりはない――それなら信じられるだろ?」
「……そういうことにしておきましょう」
『天使』は『魔物』を生贄に捧げて、『魔法』を救おうとしている。
世界のために、自らを捧げようとする酔狂な者達と同じ場所に立つつもりなどない。
フェイが愚者達の顔を思い浮かべている中、尋問を半ば諦めたステファニーが自身のベッドへと向かう。『魔物』とはいえど、疲労というものはある。
大の字になってステファニーがベッドへと倒れ込まんとする、ちょうどその時だった。
「あっ!」
ステファニーが何かに気づくと、倒れまいと右脚だけで立ち、上半身は前方に突き出したまま。両腕は大きく広げ、左足は後ろへとピンと伸ばしてバランスを取る。
器用なことをするもんだ、とフェイは適当に感心していた。
そんな彼女が、その恰好のままこちらを向く。
そして、にやりと背中に冷や汗をかくほどの愛らしい笑みを浮かべた。
「拷問で真実を吐かせるって言う方法もあるわよね?」
拷問は大陸条約に反する行為だが、所詮は抑止力と見せしめ。惨劇の前後の話であり、只中に於いてはなんのの効力も持ってはくれない。
フェイは表情をひきつらせつつ、少なからずあと三戦くらいは覚悟しなければならないことを察した。




