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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第六章 物語が終わる時、住人は結末後も生き続ける
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6.アルトリエ大陸の一握の闇

「ぁぁぁああああああああああああっ!!」


 悲鳴とも怒号とも取れる叫び声を上げたのは、宗太でもステファニーでもなく――


「私がくっつけたやつ、ぶっ壊れたぁぁぁあああああああああ!」


 ――隅っこで観戦していたリーリカネットであった。

 ただ、宗太の耳にはそれは入らない。

 瞳に映るのは、まるで氷のように粉々に砕けた自身の右腕。

 スローモーションで見えるその結果は、ゆっくりと宗太に敗北を自覚させるように刻み込む。


(ちくしょう……)


 ようやく吐き出した言葉とともに、時の早さが戻る。

 バラバラと崩れ落ちる分身の音を聞きながら、宗太は己の弱さを噛みしめた。

 そこでようやく、部屋中が冷えていることに気づく。それこそ吐息は白く、床が凍りつき、所々に霜が生じているほどに。


「……相討ちってとこかしらね」


 額に脂汗を滲ませるステファニーは息を切らせながら、自身の右腕を抱える。

 傷が一切つかなかったその腕は、血だらけでズタズタ。筋肉が裂け、折れた骨が飛び出している。


「それで顔面や胸を撃ち抜かれたら、確実に死んでいたわね」


 痛みに耐えながらも、どこかステファニーが満足気に話しかける。

 そんな彼女にフェイが駆け寄り、祈るように手を組んだ。


「連なれよ星々――《聖慈癒座(ヨズーソ)》」


 星印に包まれたステファニーの右腕は、見た目の上では完治する。

 しかし、魔偽術(マギス)による強制自然治癒によって疲労はより浮き彫りになった。


「で、満足したわけ?」

「ええ。なんだかんだで楽しめたわ」


 寒さに身体を摩るテッジエッタが訊くと、ステファニーは満面の笑みで頷いた。


「で、あなたは満足したの? フェイ」


 腕の具合を確かめながらステファニーがフェイに問うと、彼は宗太の正面に立つ。


「さて、そろそろ本題に入ろうと思うんだけど」

「いや、俺はもう一刻も早く帰りたい」

「でもさ、どうして僕らがわざわざ任務を放り出してここに来たか、知りたくはないか?」


 それがテッジエッタに言ったものだというのは分かった。

 しかし彼女は何も言わず、ただ言葉を待つ。宗太もそれに倣い黙ることにした。

 フェイはやや残念そうに溜め息を吐いたあと、まるで別人のような真剣な面持ちで宗太と目を合わせた。


「ソウタ。君に僕らの仲間になって欲しい」

「【凶星王の末裔】を裏切って【連星会】にか?」

「いや、そうじゃない。僕達は【連星会】にこそ席を置いているが、何も彼らの意見に賛同しているわけじゃないんだ。僕らは『魔物』を集めている」


 もしこれが先の戦いの直後でなく、かつフェイ・テンユィの胡散臭さを知らなければ。その真摯な態度と口調に、手を差し伸べていただろう。

 だがどうしても、腑に落ちないことがある。それを解決しない限り、手を組もうとは思えない。


「なら、殴り合いする必要はあったのか?」

「それは君の実力を見るっていうこと。そして、君にとって僕らが有益であることを確かめる……ってことにしてくれないかい?」

「ほんと、なかったんだな?」


 気まずそうなフェイを宗太は半眼で見やると、彼は視線を泳がせた。

 嘆息する宗太は、とっとと話を終わらせるために相手の懐に飛び込む。


「で。あんたらが『魔物』を集める理由はなんなんだよ?」

「計画戦争を阻止することだ」

「計画戦争?」

「単純に言えば、『魔物』達の殺し合いをさせるための舞台(せんそう)ってことよ」


 その返答はテッジエッタのものだった。

 恐らく、本題以外をフェイに話させると逸れることを察したのだろう。ないしは、宗太が余計な情報――宗太自身が知らない知識――を漏らさないためかもしれない。


「それを止めたいのか?」

「当り前だろう? そんな戦争が始まれば、僕ら『魔物』は一人しか残らなくなる――このアルトリエ大陸に大きな傷を残して」

「だけど、どうやって?」

「簡単よ」


 話に割り込んだのは、ストレッチを始めているステファニーだった。屈伸をしながら、彼女は進める。


「私達『魔物』が助け合えばいいわ。そうすれば、『魔物』を一つにしようとする殺し合いの舞台は必要なくなるんだから」


 あまりにも馬鹿馬鹿しい、荒唐無稽の綺麗事。

 それは彼ら自身が、誰よりも分かっていることなのだろう。

 だからこそ、彼らは真面目に説明をする。


「所詮は理想論かもしれないけど、だからといってやる前から諦める理由にはならないわ」

「だけど『魔物』の力が一つに集約されて、初めて『魔法』(イグドラシル・ロウ)の性能が回復するんだろう?」

「そうかもしれないけど、こう解釈もできないかい? 全ての『魔物』の力が一つに集約されればいい、って」


 フェイが言うことは、やはり希望的観測にしか過ぎない。

 だがしかし。そもそも『魔物』を一つにするという話も、所詮は他人から聞いたことにしか過ぎない。

 根本そのものを疑い、希望へ進むという選択肢も確かにある。

 その宗太の揺らぎを感じてか、フェイがさらに話をする。


「それに計画戦争は、僕らだけの問題では終わらない」

「と、いうと?」

「計画戦争は何も、世界救済だけが目的じゃない――少なからず【連星会】は破滅の回避後を想定して、狂った計画を組み込んでいる。その一つが次世代改造人間(ハイキメラ)の製造」


 聞き慣れぬ言葉がさらに変化し、宗太は思わず眉根を寄せた。


「現状だと魔偽術(マギス)魔偽甲(マギカ)、それにステファニーの脚のような星隷擬体は、どうしても拒絶反応や限界が生じてしまう。そのためにあらかじめ、適性の高い人間を造ろうとしている」


 視界の端でテッジエッタを伺ってみると、彼女は特に同様はなかった。

 果たしてそれは、知っているからか。それとも想定の内なのか……


「まぁ、計画戦争の裏で企てられているのは、次世代改造人間(ハイキメラ)の素になるための人間――人造人間(ホムンクルス)を造る計画だけどね」

人造人間(ホムンクルス)って……」


 どこか嫌そうにうんざりと呟いたのは、壊されていた義腕の部品を入念にチェックしていたリーリカネットだった。

 テッジエッタも似たような顔をしている。

 宗太は『ホムンクルス』という言葉が、何を意味するのか。中学時代にその手の本を読み漁っていた彼には、作り方さえもなんとなく知っていた。

 そして、フェイが説明した人造人間(ホムンクルス)の製造方法は、その知識とほとんど似ていた。


 フェイ曰く、遥か昔。まだ魔偽術(マギス)という言葉がこの世界に現れる前――つまりは七〇年以上前と言うこと――、錬金術師達が考案した人造人間(ホムンクルス)の創造方法は、人間の精液と血液を使った非現実的なものであった。

 ただ当然、成功例などない。


 ――そして、ここからがこのアルトリエ大陸独自の作り方へと繋がっていく。


「時は流れて――と言っても、これも七〇年以上前だけど――かつて世界を混沌に落としたという『魔王』がいた。それを討伐するべく、どこからともなくやって来たというのが――」

「『勇者』ウルストラ・キャラウェイ」


 フェイに促され、やや面倒臭そうにテッジエッタが補足した。

 いきなり『勇者』の話をされたことに困ったが、人造人間(ホムンクルス)の製造法。そして何より、それを阻止しなければならない理由に繋がるのだろうと口を挟まず、耳を傾けた。


「そして、のちに『凶星王』と呼ばれる者だね」


 意外な単語が出たことに、宗太はピクリと反応してしまう。

 自分が席を置く【凶星王の末裔】とはつまり、『勇者の末裔』ということなのか?

 ただ、一つの疑問が生じる――何故、『凶星王』などという禍々しい名が残ったのだ? 『勇者』という輝かしいものではなく……


「【千星騎士団】によって倒された『勇者』。そして、その後に現れる【凶星王の末裔】――今の時勢だと、随分と皮肉だよね?」

「別にあれ(・・)が寝返ってこっちに来たところで、担ぎ上げることはないわよ。それに単なる噂でしょ?」

「つーか、話ずれずれ。何? 歴史詳しい自慢? 言っとくけどこの場の歴女人数ゼロだけど」


 テッジエッタの返答のあとに、リーリカネットが溜め息交じりに続いた。


「一人くらいは知りたいかなって思って……」

「気にはなるが、お前から聞きたくはねぇ。たとえ話しても、お前のムカつく声質を上書きするために、ソラノアからもう一度聞く」


 宗太が吐き捨てるが、フェイは頷くだけ。

 ただ、彼の顔は確かに言っていた。『僕も男なんかに説明したくない』と。


「じゃあ、話を戻して。ウルストラはいずれ来る脅威への対抗策を考えた。それは自身の延命ではなく、複製――というか自分の力を継ぐ者の創造だった」

「それが人造人間(ホムンクルス)か?」

「そう。だが錬金術なんかに頼らず、彼は新しい人造人間(ホムンクルス)の製造方法を考案する。生産性こそ劣るもものの、現実的に作ることができるもの――なんだと思う? 案外、単純だよ?」

「もったいぶらずに言えってんだよ」


 宗太の言葉は、テッジエッタとリーリカネットの総意でもある。


「答えは、女に産ませる」

「は?」


 思わず宗太の声が出たのは、本当に単純で当たり前のことだったから。


「普通に妊娠させれば子供は作れるだろ?」

「いや、そうだけど……」

「戦争の混乱や国内治安の不安定を隠れ蓑にして、大量の女を攫う。あとは孕ませればいい。これなら錬金術なんていう絵空事ではなく、自然条理に則った実に現実的な製造方法だ」


 淡々と常軌を逸した事実を語るフェイ。

 ただ、そこに憤りはなどの感情はまるで見えない。


「そして【連星会】のプランには、それと同じことが想定されている。相違点はウルストラの時は女性や女児を攫ったが、【連星会】はもはや性別なんて関係ない。攫った男や子供は、第一世代改造人間(キメラ)の被検体として改造。のちの第二世代を造るための母体と種だ。女はそのまま孕ませ、人造人間(ホムンクルス)を出産。場合によっては第零世代として改造して」


 聞いただけで吐き気がするし、身の毛がよだつ。

 そんなことを思いつくだけでなく、実行しようとているのか?

 悪の道に足を突っ込んだ宗太ではあるが、それでもその狂気にはまるで賛同できなかった。


「でも、何のために? 計画戦争に投入でもするのか?」

「いや、計画戦争そのものは、そうも長くは続かない。ただ問題は終戦後――と言うよりは救済後か――の大陸の覇権争いだ。そして、次世代改造人間(ハイキメラ)はその争いに投入させる」


 そこから始まるフェイの話では、計画戦争という世界の終焉の回避方法は、必然的に次の厄災を引き寄せるのだという。

 それこそが、アルトリエ大陸の覇権争い。

 計画戦争では、アルトリエ大陸の三大勢力の内、【千星騎士団】、【凶星王の末裔】の長が、それぞれ演目(せんそう)中に舞台から退場する。もしくは、その後に戦犯として裁かれる。それが新大陸条約によってか、もっと別のものかは、その時になってみないと分からないが。


 これにより【連星会】の一強になるわけではない。

 二つの組織がなくなることにより、大陸のパワーバランスは一気に崩壊し、多くの国が自動的にほぼ同じスタートラインに立ってしまう(・・・・・・)

 妥協と打算によって繋がっていた【連星会】の面々は、大きな抑止力がなくなることでそれぞれが台頭せんと暗躍を始める。

 それは当然、【連星会】だけでなく【千星騎士団】や【凶星王の末裔】に支配されていた国々も同様だ。

 そして、アルトリエ大陸は戦国時代を迎えることとなる。


「想定されるその闘争は計画戦争よりも長く、それでいて泥沼になると推測される。何せ、それにはシナリオなんてないんだからね」


 宗太からすれば、基本的に自分が元の世界に帰った後のことなのでそこまで興味はない。

 だが今ここで、そういった態度を取るわけにはいかない。

 テッジエッタ達に悟られぬよう、それとなく興味を持つ振りをする。


「まぁ、色々と問題は分かった――で、理想論以外で具体的には何をする気なんだ?」

「まずは『無望の霧』の中にあるとされる、〔天命の石版(トゥプシマティ)〕を僕らが手に入れなくてはいけない。これさえ手に入れば、計画戦争は遅れるか大きく見直される。そして、『魔物』達は自然と集まらざるを得ない」


天命の石版(トゥプシマティ)〕という、計画戦争を大きく変え得る謎の単語。

 次々に新しいキーワードが追加され、宗太はやや着いていくのに苦労する。

 そして、それが気にならなかったわけではない。

 が、問えば話が長くなるかもしれない。加えて、【凶星王の末裔】の中の誰かが知っている可能性がある内は、そちらに聞くのが得策だろう。


「〔天命の石版(トゥプシマティ)〕を求めて、『亡霊達が棲む島』ランゲルハンス島に集まるのは単純に、現在進行形で調査している【凶星王の末裔】。そして今回、合同する【連星会】。ルマエラ・カーナーが釣った【ローハ解放戦線】は、神都が裏で糸を引いている。故に必然的に【千星騎士団】が暗躍するはずだ。おまけに【ローハ解放戦線】には〝魔眼〟がいる」

「豪華オールスター夢の共演ってか?」


 ただでさえ『無望の霧』という未知の場所だというのに、役者が大勢揃ってしまう。

 どういった事態に陥るのか、今後の状況がまるで想像できない。


(……今後……?)


 ふと、宗太は今の状況(・・・・)がどういったものなのか冷静に考える。

〝魔炎〟に散々絡まれたあと、〝魔弾〟の話を長々と聞かされている――


「今、何時!?」


 ――ソラノアを待たせたまま。

 なんだかんだで聞き入ってしまったことに、宗太は今さらながら気づいた。

 途端、全身に悪寒が走る。

 時計を見やれば、ソラノアと別れてから三時間近く経っている。

 義腕接続の時間を互いに長く見積もっているとはいえ、二時間近くはソラノアを待たせていることになる。

 普段ならそう怒りはしないだろうが、今日は色々と彼女に対して悪ふざけをし過ぎている……

 と、にんまりと実に楽しそうに、悪魔の笑みを浮かべるテッジエッタが追い打ちをかける。


「ソラノアって結構、根に持つ方よ?」

「痛いほど知ってるよ、こんちくしょう!」


 宗太は壊れた右腕の応急処置などすっかり忘れ、全力で駆け出した。

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