4.訓練されていない素人達のやってはいけない技
テッジエッタが案内したのは千星技術学院の最下層にある、第十七研究室。または創設者の名を借りて〝ウルストラ〟とも。
魔偽術や魔偽甲の威力や性質などを測定・調査する施設の中でも、最も厳重であり強固の部屋である。
その部屋の中央に、テッジエッタ達はいる。
「ルールは至ってシンプル。ステファニーが降参するか、飽きるかだ」
「俺としては、もうちょっと複雑にして欲しいんだが……」
「いや、これ以上難しくするとステファニーは分からなくなる」
「フェイ、あなたはどっちの味方なの?」
「今は審判だから。どっちでもないよ、ステファニー」
ユキシロとステファニーは互いに指定の位置――距離としては五メートルくらいか――へと立つ。
その中央にフェイが立ち、右隣にテッジエッタ。リーリカネットといえば場外にて、義腕のデータ取ろうとしている――のだが、いまいち乗り気ではなさそう。というか、面倒臭そうにしていた。
この場所を貸す条件はテッジエッタが一部始終を記録し、それを千星技術学院に報告するということ。また、その情報は千星技術学院と記録者以外には公開しない。これは研究室の使用目的故に、元々存在するルールでもある。
要するに『【連星会】側の『魔物』の手の内を明かせるなら条件を呑む』ということだ。
(それに対してふた返事でオーケーしたのは、見ても分からないとか?)
テッジエッタは目の端でフェイを見る。
確かに〝魔剣〟ビロゥガタイドはソラノアが解明するまでは、まるで理解できない力ではあった。
(ただ、承諾の返事はステファニーだったのよね……)
そのため何も考えていないという可能性もある。
とにかく現状としてはユキシロが、敵に奥の手を引き出させる条件に持って行かなければならないということだ。
そのためには、テッジエッタは効果的な声援をかける。
「では。始め」
「ユキシロ! 勝ったらソラノアのパンツあげるよ!」
会心の一言に、ユキシロは思いっきりこけた。
◇◆◇◆◇◆
アホな声援にずっこけた隙を狙ってステファニーがスピアーを放つと、宗太は為す術なく吹っ飛ばされる。
(なんつぅっ!?)
腹部に味わう想像を絶したパワー。次の瞬間に走る背中へのダメージ。
しかし、そんなことには構っていられない。倒れている間にマウントポジションを取られたら不利になる。
だがあては外れ、仰向けに倒れていた宗太の目に飛び込んだのは、真上を飛んでいるステファニーの右膝裏だった。
まるで首を切り落とすかのように迫るレッグ・ドロップに、宗太は横へ転がって避ける。
先程まで自分がいた場所から、もはや爆破したのではないかというほどの激突音が響いた。
予想以上の威力に驚く暇などない。
宗太はすぐさま片膝立ちとなり、敵を迎え撃たんと構える――だが、爆発音とともにすでにそれが襲ってくる。
見えていたので状況は分かる。が、脳が処理するよりも早く、宗太は顔面を穿たんとするステファニーの左エルボー目がけ右拳を突き立てた。
僅かに衝突点をずらし、外へと往なしたのは宗太の意思だ。
義腕を信用していないわけではないが、本能が最小の被害を選んだ。
真横に来た瞬間、宗太はすでに構成していた熱衝撃波の魔偽術を放つ。
直撃したステファニーは為す術なく吹き飛ばされ、壁に激突した。
宗太は警戒を解かず、立ち込める煙の中にいるステファニーを見据えながら、状況を整理する。
(レッグ・ドロップの落下の衝撃を左足だけで受け、それをバネにして跳んできやがったってわけか)
耳に入った爆発の如き音から察するに、ステファニーの筋骨は並大抵のものではない。しかも平衡感覚も優れている。
(……おまけに受術耐性まで高いと来たもんか……)
まだ土煙で姿がはっきりと見えるわけではないが、映るシルエットは平然としている様子だ。
と、煙から突如として何か巨大なものが飛び出す!
(――足裏!?)
ドロップキックだと理解した頃には宗太はそれを顔面にもろに受け、壁にめりこんでいた。
ほんの数秒、壁に張りつけられたあと、宗太は自然と地面に落ちる。
視界こそぼやけているが、背面の激痛のお蔭で意識ははっきりとする。
宗太は追撃を恐れ――串刺し式をされる危険がある――、すぐさま立ち上がった。
が、それは杞憂で、ステファニーは仁王立ちでこちらを伺っている。
「凄いわね。私の殺人ドロップキック(弱)を喰らっても立てるなんて」
「殺人って……殺す気満々じゃねぇか」
「何言っているの? あなたは人じゃなくて『魔物』でしょ?」
「屁理屈だろ、それ」
強化された肉体でなければ、頭蓋骨が潰れていたか首が千切れていた。もしくは壁に叩きつけられることによって、肉体がグシャグシャになっていただろう。
「そろそろ、そっちからも何かしてきて欲しいわね」
「プロレスじゃねぇってんだよ!」
「そりゃそうよ。その右腕の性能を確かめるんでしょ?――あと私の力もね」
何が一番腹立つといえば、ステファニーは揚げ足を取ったわけではなく率直にそう言った。それが彼女の純粋なアホ面に書かれていることだ。
「《震烈輝座》!」
宗太の魔偽術はステファニーとの間に強い閃光が発せると、一気に膨れ上がり部屋を飲み込む。同時、膨張に伴って部屋が大きく揺れた。
直感的にステファニーには傷を与えられないことは察した。ただ、目的は敵の視界を奪い、一瞬でも足止めすること。
宗太は右腕を突き出す。
「当たれ!」
「《天蓋鏡座》!」
《震烈輝座》の残光の中で、ステファニーから何かが光った。
宗太は構わず魔偽術の光弾を放つ。
「マッスル・バリアー!」
なんて叫びながら、ステファニーはあろうことか光弾を殴って弾き飛ばした。
(冗談だろ!?)
《いや、いっそ冗談であって欲しいぞ》
ソラノアに学んだ受術耐性の概念からすれば、充分にあり得る芸当だ。だが、いざふざけた光景を目の当たりにすると、悪夢としか思えない。
――しかし、その芸当を視界が奪われた状態で行えるのか?
《恐らくは《天蓋鏡座》とかいう魔偽術の影響だろう》
(……詠唱はなかった。なら魔偽甲か? それともそれが〝魔炎〟の能力か?)
だが、あの僅かな時間で魔偽甲を取り出し、発動することなどできるのだろうか?
光が消滅すると同時にステファニーが飛び出す。双眸は異様な光が灯っていた。
何か判断するよりも先に、宗太は横に跳んでステファニーの間合いから逃れる。
と、ステファニーの手から真紅の炎が点った。
(いよいよ〝魔炎〟の本領発揮か?)
『魔物』の不条理な力に、感覚をより鋭敏にさせていく。
(ちなみに、あれが何か分かるか?)
《炎だな》
(いや、さすがの俺でもそれは分かるぞ?)
《問題は何に反応して、あの炎が燃えているのかが分からないことだ》
この手の異能の対応はそれなりに分かってきている。
絶対に触れないことだ。
しかし、それを踏み躙るかのように室内が延焼していく。
「ステファニー、僕らがいることを忘れてないかい?」
「言っとくけど! 割と考えて行動しているわよ!」
炎によって、宗太の行動範囲と視界が徐々に狭められていく。
ただどうしてか、身体は冷めていく一方だ。
(この炎に怯えでもしているのか?)
宗太の直感を証明するかのように、ほんの僅かだが全身が強張る。
思わず舌打ちをする。何故ならステファニーはその隙を外さないし、そのために何かをしたのだろうから。
ステファニーが仕掛けた次の攻撃は単純かつ、効果的なものだった。
真正面からのフライング・クロスチョップ。
それが首や胸ではなく顎へと直撃し、宗太の意識が飛ぶ。
《起きろ!》
強化された肉体はオルクエンデの意識への直接の呼びかけもあり、すぐに回復した。
同時、目の前こそ真っ暗で何も見えない――袴のせいだと早々に理解する――が、平衡感覚から自分の身体が逆さまになっていることに気づく。
それが分かるタイミングで、頭部がステファニーの太く硬い太腿で挟まれる。
何をされているのかすぐに分かったのは、ステファニーのこれまでの攻撃内容と宗太が最も好きな技と合致したから。
(ツームストン!?)
敵の身体を逆さにした状態で抱え、膝をつくと同時にその脳天をキャンパスに叩きつけるという危険技。それがツームストン・パイルドライバー。
好きで何度も見ているが、当然喰らったことはない。が、その危険性は知っている。
(まともに喰らえば頸椎が損傷するか、首が折られる!)
グンッと落下を感じる。
刹那、宗太は右腕で目一杯天井を殴って穿ち、言葉にもならない何かを叫びながら衝撃波の魔偽術を放つ。
首から落ちるという最悪の事態を回避し、かつツームストン・パイルドライバーの威力を殺ごうとした。
が、ステファニーは一切構わず、床に宗太を埋め込むかの如く叩きつける。
齎された結果は、宗太が胸元まで床にめり込んだという現実。
ただそれは宗太の魔偽術によって開けた穴であるため、頭部や頸椎の損傷はない。
しかし、支えに使った右腕と肩には壮絶な痛みが残り、まともに動きそうにはない。
宗太が行動するよりも先に、ステファニーに野菜のように引っこ抜かれる。
再びツームストン・パイルドライバーを使うのかと思ったが、彼女は崩れていない床に宗太を仰向けで寝かせた。
そして側面から宗太の身体に覆い被さり、左脚と首を抱えで抑え込む。
「回れ!」
動きを封じられようが、魔偽術が放てれば問題ない。宗太の臍の辺りから旋風を生じさせ、ステファニーの拘束を無理矢理引き剥がす。
吹き飛んだステファニーは空中でバランスを整え、綺麗に着地する。
一方の宗太は、諸々の痛撃のせいでよろよろとみっともなく立ち上がるのがやっと。
「なんでフォールしてんだよ!?」
「いや、フィニッシュ・ムーブが決まったかなって思ったから」
相も変わらず、悪びれる様子もなく率直に返すステファニー。
「つうか! そもそも素人がプロレス技なんてかけんじゃねぇよ! 常識だろうが!」
「私達は非常識の塊じゃない?」
「だから屁理屈だろうが!」
突っ込む余裕を見せるも、内心は狼狽していた。
じわり、と一つの疑念が胸の奥から滲み始めている。
拭おうとするが、それは一向に消えない。
どうしようもなく、宗太は胸中でその弱音を吐いた。
(この化物をどうやったら、殺さずに倒せる?)




