2.テッジエッタ・マラカイトのささやかな願い
リーリカネットが働く鍛冶屋にて。ベッドに腰かけたまま、宗太は装着した義腕を一通り動かしている。
見た目はブリキのようだが、実際は魔偽術をベースにして生成された魔偽甲の合成金属〔ヒヒイロカネ〕というものが使われているとのこと。
接続部の手術は昨日行われたが、魔偽術と魔偽甲を併用したためか二時間足らずで施術が終わった。術後も半日ベッドで寝かされただけで、日常生活に戻れるまでになったほどだった。
今日は三〇分ほどで接続が終わり、今はその直後である。
「どうよ、トム吉?」
「……まぁ、違和感はない……のかな?」
「なんじゃい、そりゃ」
曖昧な感想に、後片付けを行うリーリカネットが首を傾げた。
ちなみに接続は簡単であるが故か、店主のレイグオットは別の場所で仕事をしている。
故に、彼女はややテンションが高い。宗太はテンションが高いところしか見たことはないが。
「ま、思うようには動くんだよ。加減とかも齟齬はない。だけどなんていうか、やっぱ自分の腕じゃないっていうか……」
「まぁ、右腕の方が重くなるし。触覚も疎くなるからね」
正直、触覚まで再現されているとは思わなかったので有難かった。
が、それはそれで少し厄介で、ゴム手袋を一枚隔てたような感覚が、着けたばかりということもあり、まだどうしても慣れない。
と、扉を叩く音が鳴る。
「腕生やした? ユキシロ」
「おう。お陰様でな」
店内に入ってきたテッジエッタに、生やしたばかりの右腕を振る。
ただ、彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、何かを探しているよう。
「ユキシロ。ソラノアは?」
「腕を接続して動けない内にご飯買いに行っちゃったよ」
「何? 愛で空を覆い隠すんじゃなかったの?」
どうやら今回も、人混みで一部始終を盗み見ていたようだ。
なので説明は省き、結末だけを告げる。
「延期になった」
「時期は?」
「未定」
「いや、もうさ。無理くりにでも実行しちゃいなさいよ」
と、リーリカネットが割り込んで、「青姦?」
「う~ん……残念だけど条例的にアウトね」
テッジエッタは腕を組み、眉根を寄せながら返した。
そんな彼女の態度に、宗太は胸躍らせて訊く。
「というか、俺の恋に応援しちゃってくれてる感じ?」
「どっちかっていうと、ソラノアの方ね」
「まさか俺、脈あり?」
「そっちの気はどうなのよ?」
テッジエッタの半眼に宗太は愛想笑いを浮かべるしかない。ある意味、テッジエッタは誰よりも厄介な相手だ。
小さく溜め息をつき(少し期待していたのか?)、テッジエッタは独り言のように語り始めた。
「あたしとしてはさ、あの子はもう恋くらいしちゃいなさいって思うわけよ? もう〝魔人〟の生贄じゃなんだから」
「テッジエッタはさ、ソラノアとどのくらいの付き合いがあるんだ?」
「一〇年以上はあるかな?」
当時を思い出すように、天井を眺めながらテッジエッタはぽつぽつと喋る。
「あたしが出会った時から、あの子は〝魔人〟の器としての――生贄としての自覚があったから。だから恋なんてしようとは思わなかった。友達になるのだって、苦労したくらいなんだからさ」
つけ足した一言にどんな苦労があったのか。テッジエッタの苦い顔から少しだけだが、分かった気がした。
「それでも、好きなヤツとかいなかったの?」
「その興味なさそうな口調……ほんと、ユキシロはあの子に恋心抱いてない感じね」
「いや、あるある。だって好きな子の傾向とか聞きたいじゃん」
「いまいち心こもってないわよ? 仮にそれが本心でも『過去の男なんて気にするような、小さいタマの男は嫌いよ』って返すところね」
「手厳しいね」
どうやらテッジエッタは、本気でソラノアを心配しているようだ。
なら、自分はどうなんだ?――一瞬、そんな問いが頭をかすめたが、宗太はそれを拾いはしなかった。
現状の関係性をベットに、乗る意味も利益もない賭けをするメリットはない。
そんな二人に、意外にも真面目に片づけ続けるリーリカネットが近づいてくる。
「でさ。いつまで店で駄弁ってんの?」
「それもそうだな……とはいえ、どうしても不安が残るんだよな……?」
「おっ! いっちょまえにクレームか? 金払わない気か? 賠償金取る気か? 一家離散させるつもりか?」
「そんな気持ちは更々ないな。特に何故か目をキラキラ輝かせて言ってくるやつには」
「えぇ~面白そうじゃん。募る苦しみと怨嗟の果てに、このラヴリーなリーリカネットちゃんはユキシロという諸悪の権化を滅し、アルトリエ大陸の永久的アイドルとして名を刻ましたとさ。めでたしめでたし。とか、憧れるじゃん」
「アイドル志望だったのか?」
思い起こしてみれば、ファーストコンタクト時には奇声を上げ、暴れていたか……
「う~ん……考えてみれば、それほど魅力はないか……十二カ月連続リリースとか大陸全土制覇ライブとか、財産分与とか遺産とか面倒臭そうだし。ラヴリーな遺骨の奪い合いで大陸を戦争に巻き込むわけにもいかないしなぁ」
「すげぇな、永久的アイドル」
ある意味、殺人スケジュールと言うに相応しいのかもしれない。
そんなことを宗太が思いついていると、机の上にある道具を適当にいじっていたテッジエッタが訊いてくる。
「話逸れまくってるけど。何が不安なのさ、ユキシロは?」
「ん? あぁ……まぁ信用していないわけじゃねぇけどさ。戦闘に――特に『魔物』との死闘にどこまで通用するのかがさ」
「まぁ、『魔物』ひっ捕らえて戦うわけにもいかないしね」
「専用の投網があるわけでもないし。好物も分からなけりゃね」
テッジエッタのあとに、リーリカネットは網を投げる素振りをして続けた。
彼女らの言い分は最もだ。『魔物』との戦いはぶっつけ本番にするしかない。
しばらくはチェリオ隊や、ソラノア監修の元で行う【凶星王の末裔】達との訓練で様子を見ていくしかないだろう。
仕方なく、宗太はソラノアの部屋に戻ろうと立ち上がる。
「ならその調整、手伝ってあげましょうか?」
奥から女性の声が聞こえる。
見やると、扉の前に立つそれは、袴にタンクトップ、金のアフロという不思議なファッションをした大男。このセンスは異世界特有の者なのか。
なんて思いながら大男を一通り確認すると、妙な違和感があることに気づく。
改めてもう一度、宗太はそれがなんなのかを確かめる。
声の主は優に二メートルは超える、巨木のように太く黒い手足を持った巨漢。
(巨漢……?)
宗太は自らの違和感の正体に気づく。
声は確かに女だった。が、目の前には確かに日に焼けた肌を持つ、筋骨隆々の大男がいる。
(あれは胸筋なのか?)
その男(?)には豊満な二つの塊が二つある。加えて、喉仏はない。
ただ、顔をまじまじと見れば女性的である……のだが……
「あんたはオカマ? オナベ?」
率直に訊くリーリカネットの図々しさに感謝する宗太。
そんな不躾な問いには慣れているのか。闖入者は特に心を乱すこともない。
「申し遅れたけど、私はステファニー・ジェイソン。紛うことなき純正で純粋な女性よ――ただ、そうね。私達の関係ならこっちの方がいいかもね――」
女(自称)は一息吸い、間を空けてからはっきりとそれを言う。
「私は〝魔炎〟アジュペイトランクリよ」




