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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第六章 物語が終わる時、住人は結末後も生き続ける
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プロローグ ルマエラ・カーナーのちっぽけな野心

 ジャック・リスフルーバは執務室にて、とある男が来るまでいつも通りの仕事を熟している。表向きのムーンフリーク議会委員の職務を。

 書類に目を通し、サインをするだけの無意味な作業だ。他のことを考えながらでもできる。

 チェリオ隊の帰還から三日――つまり〝魔剣〟ビロゥガタイドとの戦いを終え、五日が経過したということだ。

 今作戦の経過の全てはすでに報告が済み、証拠となり得るものは全て処分した。こちらに来たもの。ニェク村に残したもの全てだ。


(予定通りだ)


 事の推移にジャックは胸中で呟く。

 ただ、それが誰の予定通りなのか。それが問題だが。


(少なからず、我々の計画からは外れていない)


 ふと、目に留まった書類。大して読まず、それにはサインをせずに丸めてくずかごに捨てる。

 これも想定内だ。今作戦に対する、【千星騎士団】内部からの反発は。

【千星騎士団】として実行した【テーブルスナッチ】殲滅は、半ば強引に踏み切ったこともあり、【千星騎士団】内でも意見が分かれている。

 それとは別に、異を唱える者はまだ存在する。


 その一つが、今日来訪する【連星会】だ。

【連星会】の使者であるルマエラ・カーナーが、ムーンフリーク(・・・・・・・)議会委員(・・・・)である(・・・)ジャック・リスフルーバの下に訪れたのもまた、計画から逸脱するものではない。

 と、扉が鳴る。


「リスフルーバ議員。ルマエラ・カーナー様がいらっしゃいました」

「通せ」


 予定時刻きっちりなのは、単に合わせて来たのか。それとも秘書が待たせたのか。

 恐らくは後者だろう。入室してきたルマエラ・カーナーの表情から読み取れた――いや、秘書のシェルリア・クワの清涼な表情を見た時にはもう察していた。

 立ち上がり、応接室へと続く扉へと向かう。


 シェルリアに促され、応じるルマエラの年齢は三〇にはまだ届いていない。だが、見た目は四〇以上だ。それは疲れた顔をしているからか。それとも広い額のせいか。

 どうでもいいことが、人間関係を巧く回すには気を遣わなければならない。

 どうでもいいことで、計画に支障を来されることは勘弁願いたいのだから。


「こちらへ」


 応接室には高級なソファやテーブル、美術品などが溢れている。その中には目立たない程度に家族写真もある。

 当然趣味ではなく、自らの立場に合った――いや、それよりもワンランク上か――舞台装置だ。もちろんそれらは質問されれば説明でき、薀蓄も混ぜられる。

 ルマエラが座るのを確認してから、ジャックも続いた。


「本日は?」

「リスフルーバ議員。互いに時間も惜しいでしょうから、端的に――今後は我々【連星会】の準備が整わぬ内に、他国に刺激を加えることは避けていただきたい」

「――というよりも、【連星会】に。ではないのか? 君達のニェク村への強制捜査と【テーブルスナッチ】の壊滅が気に食わない。いや、〝魔剣〟を奪われたこと、か。端的に言えば」


 ジャックは表情を変えず、ただ事実を淡々と口にする。

 一方、ルマエラは小さく嘆息し、商人としての繕った笑みから、交渉人としての鋭いものへと切り替えた。


「そうですね。【連星会】の一部――あなた達(・・・・)の仲間は【千星騎士団】に組して、計画戦争を前倒しする意見も強くなっています」


 ルマエラが『あなた達(・・・・)』と強調した理由を、空とぼけて問い返す必要はないだろう。

 この男がどこまで知っているか。その一言だけで、だいたいは把握できた。


あなた達(・・・・)が世界を勝手に救ってくれる。それは結構ですし、誰もが望むことです」


 暴走した『魔法使い』の手によってこの世界に齎されたという、確約された破滅。

 それを回避するための舞台こそが計画戦争である。


「ですか『世界の破滅は回避されましたとさ。めでたし。めでたし』――とは、いかないんですよ。そこで幕閉じをされては困るんです。破滅を回避した意味がない。我々は世界が救われたあとの世界を、生き抜かなくてはいけないんです」


 ルマエラは怒りにも似た瞳で当り前のことを口にし、続ける。


「世界が救われた代償に、このアルトリエ大陸が草木一つ生えない死の焦土になる。ないしは、人類の三分の二が死滅する――そんな救世をあなた達(・・・・)は平然と行おうとしている。確かに『魔法』(イグドラシル・ロウ)は森羅万象を御するかもしれませんが、この大陸を動かしているのは紛れもなく人間なんですよ」


 ルマエラの主張に、ジャック・リスフルーバの鉄面皮が僅かだが緩んだ。

 これが(・・・)ジャック(・・・・)リスフルーバ(・・・・・・)でなければ(・・・・・)気づかぬほど小さく、鼻で笑ったのだ。

 ただ、それが何を意味するのか。ルマエラには判断しかねた。

 そして、それをわざわざ説明してやるほど、ジャックは親切ではない。


「で、その前置きから、私は君の何を叶えればいい? 計画戦争は、私一人の手でどうにかなるものではない。仮に君達【連星会】が【千星騎士団】と本格的に手を組むというのなら、その時点で私がこのアルトリエ大陸に戦争を引き起こす。火種はいくらでもある。どこからでも計画戦争に雪崩れ込ませる。『魔法』(イグドラシル・ロウ)の完全崩壊を回避するために、必ず――その際の損害は試算したか?」

「裏切る気ですか?」

「元々、裏切っているのは私達(・・)だということは、君は知っているのではないか?」


 含みを持たせながら会話をするのは、互いに距離を探り合っているが故。

 このルマエラという男――いや、彼の言葉を借りるなら私達(・・)以外か――が、どこまでこの世界の真相を知っているか定かではない以上、こちらから必要以上に情報を開示する必要はない。

 この世界の根源的絶望を、口に出す必要はない。

 と、ルマエラが「まぁ、そうなりますよね?」と言い、ため息をついた。それにはあからさまな諦めが混ざっている。


「でも、それらは上司に言えと言われたことなので、忠告はしておきました。それに私としても、戦後対策準備が整わぬ内に始められても困りますっていうのは本心です」


 この時にはもう、偽りの怒りはルマエラの双眸からは消え、商人らしい掴めぬ道化の仮面に戻る。


「我々、【連星会】の譲歩内容は以上です。これからどう動くかは、お任せします」


 そう言うものの、席を立とうとはしない。それどころか何も喋らずにこちらの顔を伺うだけ。明らかにこちらに何かを求めている顔だ。

 このまま知らぬ顔で突っ放してもいいが、表情の意に面倒が纏わりついているようにも見える。

 仕方はなしに、ジャックが切り出す。


「何か他に?」

「いえ。何せこれは私の個人的な願望でして、切り出していいものかと……」


 わざとらしい言い訳に、ジャックは睨みだけで『さっさと言え』と返した。


「実はですね、あなた方――【凶星王の末裔】が例の島で行っている『無望の霧』の調査に参加させていただきたいんです」

「『無望の霧』の調査なら、君のところでもやってるだろう?」

「そうですが。北部は小国が連なっていますからね。加えて、私達のところは陸に面している帝都領とは違って、海まで出なければいけませんから。資材の投入も困難です。それに何より、【連星会】の同盟国でない国への領海侵犯を招く危険があります――もっと言うなら、仮に『無望の霧』で何かを見つけたらルールはあるとはいえ、【連星会】内でも軋轢が生まれますしね」


 自嘲気味なルマエラから察するに、【連星会】内のいざこざには心底うんざりしているのだろう。

 ただ、同情も労いもしてやる義理はない。


「それで私達のメリットはなんだ? 弱味も旨味もないぞ?」

「すでに餌を撒きました」


 ルマエラの胸ポケットから差し出された、一枚の紙。

 彼が広げると、簡潔に書かれた内容がすぐに読めた。

 視線を上げ、ルマエラの瞳を見やる。


「だからどうした? 【ローハ解放戦線】が襲ってきたところで、迎え撃つだけだ」

「それはどうでしょう? 『魔物』の一柱がいることを貴方が知らないはずがない」

「だから言っているのだ。『だからどうした?』と」


 何を根拠に言っているのか、ルマエラには分からないだろう。

 ただそれは同時に、ルマエラがこの状況をひっくり返すジャックが知りえないカードをすでに手元にあるということとでもある。この提示された一枚の紙など、単なるきっかけでしかないのだから。


「言い忘れていましたが。私達は二体の『魔物』をすでに霧に向かわせています――名目上は彼らの掃滅です」


【ローハ解放戦線】は大陸条約に指定される、帝都オルフィシーからのローハ地区の独立を掲げるテロリスト集団。

 条約締結国の領域内なら、その地の代表の承認さえ得れば、他国でも討伐活動を認められる。

 逆に言えば、アルトリエ大陸の安寧を盾にされる以上、それを反故にすれば他の締結国からの反発は避けられない。活動要請が発生してしまえば、受けざるを得なくなるのが現状であり、時折思い出したかのように問題に挙げられてはうやむやになる議題である。


「もちろん、すでに帝国王の許可を頂いております」


 ぴくり、と確かな反応をジャックが見せる。

【凶星王の末裔】と帝都オルフィシー側が一枚岩ではないため、こちらに情報が渡ることなく事が進むことはよくあることだ。

 だが、ジャックが反応したのはそれが理由ではない。

 ルマエラは意に勘付いたことを理解し、続けた。


「『天使』は『無望の霧』内での『魔物』の衝突は避けたいはずです。なら当然、彼らは使うでしょう。彼らの御遣い――『魔法遣い』を」


 ルマエラが場に出した切り札は確かに有効だ。

『魔法遣い』は対処できないことはないが、そのためにはこちらの計画を遅らせざるを得ない。加えて被害も必然的に出る。


「もし同意していただけるのなら、貴方達の作業の邪魔はさせません。何せ、私達の仲間も守る意味が出てくるんですからね」


 ジャックは瞑目し、すぐに答える。


「許可しよう。だが君達の身の安全までは保障できないことは承知しておくことだ」

「恩情に感謝します」


 生真面目な顔でルマエラは頭を深く下げる。

 だが、その態度とは裏腹に、ルマエラの心の奥では薄暗い感情が肥大していく。

 何も世界の全てが貴方達(・・・)――『星約者』の思い通りになると思うなよ、と救世の英雄達を出し抜かんとする野心が。

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