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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第五章 仇敵と相見えた時、悪魔は定めを千切る
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エピローグ 「せめて、君にだけは……」

〝魔剣〟ビロゥガタイド(イサラ・トリティエ)との戦いを終え、すでに半日が経過した。

 イサラとの戦い直後、社から出て来た宗太を真っ先に駆け寄ったのがソラノアだった。その次に飛び出したのがジンク。

 激戦と喪失した右腕、加えて毒も相俟って宗太は歩くのがやっとの状態。

 ジンクの肩を借り、彼とソラノアの懸命な声かけによってなんとか意識を保っていたが、すぐに気を失った。


 ――そして今、宗太は目を覚ました。

 まず見えたのが、真っ黒な何か。

 焼かれた天井だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

【テーブルスナッチ】の館ではなく、村人の家のどこかだろう。ベッドに寝かされている。潔癖症ではないが、できれば女性が使用していたものであって欲しい。

 視界に入る屋根が、どうして焼かれているのかは分からない。立ち退きさせるために火を放ったのか、それとも抵抗してか。単に燃え移ったのか……

 答えの出そうにないことに頭を回しても仕方ないだろう。それに知ったところで、何かが変わるわけでもあるまい。


 起き上がろうと右手をつく――ことなどできるわけもなく、バランスを崩してベッドから音を立てて落ちる。

 割と大きい音だったのだが、誰かが来る気配はない。

 自力で起き上がらなければならないが、身体が思うように動かない。毒ではなく疲労から来るものだろう。

 左腕と両脚を動かすのだという自意識をかけ、数分かけてゆっくりと起き上がる。


 壁にもたれかかり深呼吸。それから壁に寄りかかりながら、まずは家を出た。

 そこからどうしたものかと、まだぼやける視界で見渡す。

 真っ先に長身の男性が映る。少し時間が経って焦点が合うと、誰であったか特定できるようになる――ショーダスだ。

 声をかけようとすると、彼と目が合った――瞬間、逸らされ、気づかなかったかのように歩き去っていく。

 宗太は仕方なしに、ふらつく――そこには二つの意味が含まれている。


 仲間の行動をあえて声はかけず、遠巻きに窺う。

 何をしているかといえば、単純に終戦後の始末をしているようだ。

 それを確認し、できるだけ遠い離れた場所へと歩む。

 祭りの当日であるのが嘘であるかのように、村には人の姿はなかった。


(確か、この村は当面は【千星騎士団】の管理下に置かれるんだよな)


 ムーンフリークで話を詰めていた時に目を通した計画書の文面を、なんとなく思い出す。

 その時の仲間の顔と、戦いを終えてすぐに見た同一人物達を宗太はどうしてか重ねた。

 ジンクに寄りかかりながら見た、ぼやけた視界に映る戦いの功績者に対する仲間の視線は、その人数分だけ異なっていた。

 顔色もまたそれぞれで、勝利に浮かれぬように自制をする者もいれば、後悔に似た渋面を浮かべている者もいた。そしてそれらが、宗太に対する評価の視線に直結している。


(まぁ、無理もないよな……大罪の片棒担がされたんだから……)


 それでも少しだけ嬉しかったのは、あれだけ反対していたジンクが宗太を心配していることだった。

 あまり村から離れるわけにもいかず、半壊した小屋の裏側に座った。

 学生時代の僅かな期間であったが、何故か孤立した時期を思い出し、少しばかりホームシックになりそうになる。

 思い出したくはないものではあるが、それでもこの環境から見れば少しばかりの愛おしさを抱く。

 あの時も確か、待つことでしか進まない時間を我慢して過ごしていた。


(今なら、〝魔剣〟の力を使ってどうにかできるかもな)


 宗太は独り。自らの笑えない冗談に溜め息を吐いた。


「こんなところでどうしたんですか、ソウタさん?」


 と、声がかけられ振り向くと、ソラノアが少し不思議そうな顔を浮かべて立っていた。


「駄目ですよ、まだ安静にしていないと……」

「いやまぁ、みんなが働いているのに寝てるのは気まずいし。起きたら起きたで仕事回されそうだし――あんだけ戦ったからね。少しサボってもいいでしょ?」


 苦笑いを浮かべる宗太に、ソラノアは何も言わずに隣に座った。


「ソラノアもサボり?」

「私も結構、戦いましたしね」


 どここか悪戯っぽく、ソラノア。

 こちらの本心を理解してくれたのだろうか。それとも、仲間達の雰囲気から察したのだろうか……


「あれから――俺が気を失ってから、どうなったの?」

「この村の最終的な調査を今しているところです。ソウタさんが〝魔剣〟と戦っている時にはもう、村人を隔離し終えていましたから。明日にはまずは私達の班がムーンフリークに戻ります」

「でも、【テーブルスナッチ】の残党が残っているんじゃないのか?」

「それは〝魔剣〟の最後の抵抗によって、ほぼ全員が魔力の枯渇によって廃人化してしまいました。隠れていた者もいたようですが、もはや抵抗する力はないようです」

「後始末が楽にはなった――って、いうのは不幸中の幸いかな?」


 口封じをする手間が省けたのは、正直有難い。

 隔離した村人から噂が広まるかもしれないが、行った数々の非人道的な行為は見られていない。

 それが尾ひれがついて広まり、真実に似寄る可能性もある。だが、その頃には裏工作は終えているだろう。


 なんだ。サボらなくても、自分の仕事はとっくに終わっているじゃないか。

 宗太はもう働かなくていい口実を見つけ、ほっと息を吐く。

 ちょっとだけ肩の力が抜けた気がした。

 もういいのだ。

 少なからず、今だけは……


「ソウタさん……?」


 ソラノアが不安そうにこちらの顔を覗く意味を、宗太は分からなかった。


「どうしたの?」


 彼女は戸惑い、言葉を選ぼうとしている。

 ソラノアはどうしていいのか分からず、宗太の頬に触れた。

 そして、流れていた涙を拭う。

 無自覚に流れていたそれを意識すると、何が原因なのか容易に理解できた。


「罪の意識は残っていたんだな……」


 宗太の乾いた笑いが震えている。

 大丈夫じゃないじゃないか――オルクエンデも、きっとそう言うだろう。

 意識せずに閉じ込め、目を背けていた道徳的感情が、壁が緩んだ途端に滲み出た。 

 分かってしまった。もう、塞き止めることはできない。

 感情を、ずっと抱いていた気持ちを、もう止められない。


「俺は、間違ってる……」

「……はい。間違ってます」


 迷ったソラノアの同意は、少しだけくぐもっていた。


「でも、正しかったです。私達は生きています。ソウタさんのお蔭で助かりました」

「ホウナさんは?」


 宗太の口角が吊り上る。

 ただ別に、ソラノアの揚げ足を取ったわけではない。


「まだ目は覚めていません。それでも死んだわけではありません。生きているなら、可能性はあります」

「詭弁だよ。それに俺は仲間に大きな心の傷を負わせたよ――聞こえたんだ。イサラに結界を解かせるために拷問を働いた時、『もう、やめて』ってさ……」


 ただ、責めたかった。許したくはなかった。

 自分自身を。

 宗太本人を。

 いっそ、壊れたいとさえ思う。

 何も感じず、ただ目的のためだけに動く人外になりたかった。


 ――でも、中途半端なところでなれないでいる。

 人間でいたいと、今更ながら縋ろうとしている。

 それどころか自白することで報われたいと願い、あまつさえ救われたいとさえ思っている。


「ソラノア……」

「はい」

「多分、俺はもっと酷いことをするかもしれない。それは誰のためでもなく、俺自身のために。俺だけのために……」

「はい」

「それでも……せめて、君だけには……」


 言葉が、詰まる。

 これ以上、自らの感情を口にしてしまったら……

 全てを無責任に曝け出し、それをソラノアに掬って(・・・)貰ったら……

 そうしたらもう、自分はこの世界から帰れなくなる。

 ソラノアを独り、残せなくなる……


「……いや、なんでもない。忘れて」

「……はい」


 それから二人とも何も話さぬまま、ただ時間が過ぎるのを待った。

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