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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第五章 仇敵と相見えた時、悪魔は定めを千切る
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6.「死んでやるよ」

「ああああああああああああ!」


 命を蝕まんとする風化は、ついには肘から上腕へと進み始める。


《焼き切れ!》


 宗太は頭の中で響く、オルクエンデの言葉を理解できなかった。

 予想外の危機に悲鳴を上げパニックになる宗太に対し、イサラはとどめを刺さんと手を伸ばす。

 ただ彼女の手には力が入っておらず、まるで助けを求めるかのようだ。


《大丈夫だ! お前ならできる! 腕の代わりならなんとかなる! 捨てるんだ!》


 怨敵に触れんとするイサラの腹をアイロギィ(ソラノア)が蹴り飛ばして離し、すぐさま宗太の腕目がけ剣を振り下ろす。

 朽ちていたからか、強化されていた腕はいともたやすく切断された。

 当然のことながら、ソラノアにはオルクエンデの声が届かない。状況から察したのだろう。

 狭範囲ながら一定空間の詳細を自動書記する魔偽甲(マギカ)〔プランシェット〕。それに記された状況から察したのだろう――ただ、事象を事細かに、それも高速で書き記していくため、必要な情報を即時判断するには相当の技術を必要とする。


《焼いて止血しろ!》


 風化こそ塞き止められたものの、今度は出血死の危険が浮上する。

 ソラノアにはできぬ以上、宗太自身がやるしかない。


《世界を滅ぼしてでも元の世界に帰る――あの気概はどこ行った!?》


『元の世界に帰る』――その言葉が霧散しかけた宗太の意思を、辛うじて留めた。

 宗太は自らの肩のつけ根を掴むと、術図式が傷口を覆い、火炎の魔偽術(マギス)がそこを焼く。

 歯を食いしばり、地獄の激痛に耐える。

 脂汗が浮かび、視界が滲む。それでも声にならない悲鳴は、欠けた歯と血とともに口の中に収めることができた。


《お前まで息を荒げるな。全てが台なしになるぞ》


 想定していなかった窮地と腕の喪失。それに苦悶の痛みに、宗太は完全に冷静さを失っていた。

 眩暈がし、身体がふらつく。


《大丈夫だ。落ち着け》


 その状況を回復させようとオルクエンデは宥め続ける。


《お前は俺の言葉を聞けた。腕を捨てる判断ができた。ショックはあるだろうが、お前は大丈夫だ。冷静だ》

(……ああ)


 ここでようやく、宗太は我に返る。

 だがそれでも、数秒前のような冷静さは取り戻せそうにない。何せ、右腕を動かそうとしても当然のことながら言うことを(・・・・・)聞かない(・・・・)のだから。


「はははっ! いい様じゃないか! だが、まだだ。まだそんな苦しみでは終わらせない。喉が千切れるまで泣き叫ばせてやる!」


 動揺を隠せないでいる宗太をイサラが嗤う。寝転がったまま、起きようとしないみっともない状態で。

 動けないのは疲労か苦痛か、それとも(・・・・)……

 ただ肉体的限界はイサラの顔は歪み、額には脂汗が浮かんでいることからも伺える。

 やはり、時間干渉は強化されていない身体には酷なのだろう。


「動けない癖に偉そうに……」

「動かなくとも、私には殺せる」


 それは嘘ではないだろう。現にその宣言とともに、彼女の周りに数多くの術図式が張り巡らされた。

 だがそれは長くは持たない。それが可能ならとっくにこちらは負けている。イサラ自身が触れない限り干渉できないほど疲弊しているのは、もう分かっていた。


「違うだろ? 動かしたくても動けないんだろ?」


 宗太は鎌をかける。事態に確証を得るため。

 対し、イサラは何も言わない。表情を変えず、宗太を嘲笑する。

 その回答に宗太は確信を持つ。

 虚勢や虚言が自らの窮地を露呈しかねないとイサラは咄嗟に判断し、口を噤んだ。

 仮にその読みが外れたとしても、もはやイサラはこの敗北から逃れられないところまで来ている。

 宗太は戦いの決着を告げる言葉を口にする。


「動けないのも無理はない。魔偽術(マギス)によって生成された毒ガスにあてられ続けてたんだからよ」


 わざわざ宗太が説明した理由をイサラはすぐに理解し、表情を強張らせた。


「さあ、これでお得意の時間異層への移動による逃亡もできなくなったぞ。こっちの時間を刻んで反撃しようが逃げようが、てめぇの時間は止まらねぇんだからよ」


 戦闘の開始時から、宗太が構成した《禁鎖檻座(アキサーク)》には僅かな隙間があり、そこから無味無臭、無色透明の毒ガスを注入していた。さらに鎧三人の肉体からも同質の魔偽術(マギス)が漏れ出していた。

 その毒ガスは性質こそ一酸化炭素に近いが、あくまでもこれは魔偽術(マギス)によって作られた特殊なものだ。

 性能を単純化させることで術図式を組み易くし、オリジナルにすることで解毒を困難にさせている。

 もちろん、毒ガスや細菌を利用した魔偽術(マギス)は大陸条約に違反する。


「さあ、どうする?」


 刀での勝負に持ち込んだのは近接攻撃をさせ、視界を狭めるため。策を張り巡らせた周囲や毒を仕込ませていた全身甲冑に、目を向けさせないためだった。


「……はははっ」


 乾いた笑いをするイサラ。

 それは確かに諦めの感情を吐露していたが、何を諦めたのか(・・・・・・・)までは分からない。


「……どのみち、もう私の願いは叶わない……」


 イサラの脳裏に映る、願った未来。

 愛する者と同じ時間を過ごすという些細な願望は、滲んで消える。


「ならせめて道連れになれ! こんな嘘だらけの世界もろとも!」

《まさか、『星約』を交わしたやつ全ての魔力も使う気か!?》


 怨叫とともにイサラの周り広がっていた術図式が増幅し、複雑化していく。

 術図式が広がり、広がり、広がり……

 全てを心中させる術図式は部屋中を覆う。もしかすれば、外にさえ溢れているかもしれない。

 だが、まだ時間への干渉は行われていない。

 術図式を読み取れない宗太はオルクエンデに問う。


(どうなっている?)

《はっきり言っちまうとわけが分からん……ただ言えることは、何もかも巻き込もうとしている》

(どういうことだよ?)

《出鱈目に組まれている部分もありゃ、しっかりと構成されている部分もある――それらが『魔物』の力で強引に『魔法』(イグドラシル・ロウ)を偽ろうとしたら、どんな暴走が起きるか。見当もつかねぇ》

(なら止めを刺すか?)

《いや。まだ触れるな。それが策かもしれない》

(なら、どうする!?)

《時間が経過するのを待つしかない――だからせめて、魔偽術(マギス)で少しでも術図式の構成を遅らせるしかない》


 宗太は魔偽術(マギス)を放つために右腕を突き出す――が、当たり前のように意思通りに動いてくれていたものはすでに存在しておらず、勢いでバランスを崩しそうになる。

 踏みとどまり、代わりに左腕を正面に向けた。


 右腕を突き出さずとも術図式は構成できるが、一種のマインドセットを兼ねていた。そのため魔偽術(マギス)を構成するのに、僅かばかりの疎外を及ぼす。

 練度の低い熱光線は真っ直ぐイサラに直撃する。

 しかし、結果は何も生まず、傷一つつけられない。


「くそっ! 防御は健在か!」

《そんなことは分かりきったことだ! 続けろ! 少しでも防御に気を取らせることが出来れば、時間干渉の完成を遅らせられる! 時間さえ経てばこっちの勝ちだ!》


 宗太はアイロギィに触れると、体内の毒を全て解放させるために死肉を魔偽術(マギス)によって崩壊させ、滅び切る前にイサラへ蹴飛ばす。

 これは宗太の命をも蝕みかねない――ワクチンを作る余裕はなかった――危険な賭けだが、事態を早急に終結させるためにはこれしかない。

 アイロギィがイサラに触れる直前に、彼の身体は完全に崩壊し、見ることも感じることもできない毒が溢れ出す。


 だがもう、イサラは動じない。

 彼女はもう目を瞑っていた。だが、死んだわけではない、手を組んで術図式を構成し続けている。

 その姿はまるで、棺の中の亡骸のようにも見える。


「はははっ……広がれ……もっと……もっと……」

(どこまでやる気だよ?)


 部屋の中の術図式に目立った変化は起きていない。だが、異変もない。

 この〝魔剣〟ビロゥガタイド(イサラ・トリティエ)は、アルトリエ大陸全てとともに心中する気なのか……

 外の状況を聞こうとしても、連絡手段を持ってはいなかった。

〔オレイアス〕を持って来なかったのは、万が一的に奪われ、こちらの受信機を介して作戦がイサラに伝わる危険性を完全に排除するためだった。


(いや。外の様子を知ったところで、この状況が変わるわけでもない)


 頭を振り、再び魔偽術(マギス)を放つ。

 だが、衝撃波はイサラには届かず、狙った場所とは違う位置に着弾してしまう。

 外したのが、時間を刻まれたからではないと宗太はすぐに察した。

 立っていられず、片膝立ちになる。眩暈と吐き気がゆっくりとだが襲い始めてきた。


(まずい……)


 イサラの方が重度の症状を負っているはずだのが、死に際で踏み止まっている。


「さすがに大陸全土は無理か……せいぜい、この村の周囲を巻き込む程度が限界か……」


 それは己への嘆きではなく、破滅への開始宣言だと宗太は口調から理解した。


「ふざけんなっ!」


〝魔剣〟の暴走を止めるべく、宗太は今できる最大級の魔偽術(マギス)を構成する。

 ――と、術図式が光を失い、消え去っていく。

 イサラの最期の願いを象るもの、全てが……


「どうして!? なんで!?」


 その異常に真っ先に反応したのはイサラ。そして、それに答えるかのようにオルクエンデが呟く。


《魔力の枯渇だ》

(どういうことだ……? 魔力を奪ったんじゃないのか?)

《『星約』を繋ぎ止める魔力さえもなくなったってわけだ》


 消えゆく星印(ひかり)を、イサラはなんとか留めようと腕を伸ばそうとする。

 だがもう、彼女にその力は残っていない……


「どうして……?」


 俄かに受け入れ難い現実にイサラの顔は硬直し、見る見る内に蒼褪めていく。


《もはやビロゥガタイドに抵抗する術はなくなった。魔力が枯渇すれば、あとは廃人になるだけだ》


 それを合図に宗太は、全てを失った〝魔剣〟ビロゥガタイド(イサラ・トリティエ)の元へと一歩一歩、ゆっくりと歩み始める。死へのカウントダウンだと分からせるかのように。

 イサラは逃げ出そうと足掻く素振りを見せる。が、毒に侵された身体はもう動かない。それにもはや、目もまともに見えていないようだ。

 音だけを頼りに、イサラが宗太に向かって力なく罵る。


「死ね――死ね……死んでしまえ……」

「死んでやるよ。寿命を全うしてな」


 泣きじゃくり始めたイサラに、宗太は見下ろしたまま冷徹に返す。


「……許すものか」

「お前に奪われた人間全てが、そう思ってんだよ」


 知りもしない者の声を代弁するつもりはない。ただ、この無自覚の性悪に知らしめてやりたかった。自らを省みずに救われようとしていた愚かさを。

 それが宗太自身の性根の悪さを映しているのだと、自覚しつつ。


「お前など――!?」


 イサラが今際の力を振り絞って罵声を上げとうよしたが、宗太がその口を踏みつけて黙らせる。


「よかったな。最後に被害者達の無念が知れてよ」


 それでも何かを叫ぼうとするが、宗太の靴底が塞ぎ、僅かに漏れる形のないものしか響かない。


「情けなんてかけてやるもんかよ」


 イサラに暴れる力など残ってはいない。

 足掻くことさえ許されず、最後の些細な抵抗すら果たせず、何も満たされぬままに死んでいく。

 悪に染まった者が迎えるべき、正しい結末だ。

 光はますます溢れ、それに比例するようにイサラの輪郭がおぼろげになる。

 ふいに宗太の足がイサラの顎を砕く――いや、すり抜けたのだ。

 そしてついに、〝魔剣〟ビロゥガタイド(イサラ・トリティエ)は消滅した。

 床板に涙の跡を残し。

 その顔(・・・)を浮かべて。


(やっと終わった……)


 宗太は深く息を吐き、ソラノア達の元へと踵を返す。

 疲労に押し潰されそうになる中で、宗太の脳裏には今見た、『魔物』同士達の殺し合いの決着が焼きついて離れない。

 最後に見たものは、ビロゥガタイド(イサラ・トリティエ)の顔ではない。

 あれは悪なる者の、哀れな末路。

 あれは不徳なる者の、合わせ鏡。

 あれは宗太自身の顔、そのもの。

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