5.「心がないのはお前の方だ」
死したはずの愛する者との、思いがけない再会。
それは果たして、喜ぶべきことか――その解答はイサラが示していた。
宗太は冷酷に理解する。彼女が感動に震えているわけではないことは。喜びに瞳が濡れているわけでもないことは。
アイロギィはその動揺を突くように、剣先をイサラの腹部へと突き立てる。
イサラは避ける。ものの、反応が遅れたのか服が僅かに破られた。
彼女の表情は明確になっていく。
それはまさに、悪夢を目の当たりにした顔そのもの。
「連なれよ星々――」
イサラは迫り来るアイロギィ以外の鎧兵二人に対し、魔偽術を構成する。
その手を組む様は、まるで希望に縋るように映った。
悪夢の中でも、救いが残っていることを信じて。
あるはずのない。あるべきではない最悪な答えが決して現実として現れないと願って。
「――《千切塵座》!」
極小単位の粒子状刃の魔偽術をイサラは放つ。
意思を乗せた魔偽術は鉄仮面のみを定め、他二人の仮面が削り剥がされる。
現れたのは土色をした二〇代半ばの男と、顔の下半分が焼き爛れた年齢の判断がつけ難い女性。
名前は知らない。
少なからず、宗太は。
「……嘘だ」
全てが白日の下に曝され、イサラは確かによろめいた。
故に、攻撃してくる彼らを迎撃することもできず、逃げ回ることしかできない。
正体を暴かれた三人から離れ、決定的瞬間を狙う宗太をイサラは睨みつけ、もはや悲鳴にも似た激情をぶつけた。
「遺体を使ったのか、オルクエンデ!」
◇◆◇◆◇◆
――時間は遡り。
宗太は必要なものが揃ったとソラノアに呼ばれ、彼女とともにリーリカネットの作業の進捗具合を見に行こうとしていた。
(【凶星王の末裔】なんていう禍々しい組織名なんだから、俺の作戦にノリノリで賛同したって良さそうだよな)
彼らと出会って五日程度だが、そんな良識のない人間はこの組織に於いてジャック・リスフルーバ以外に出会ったことがない。
ソラノアによる〝魔剣〟の力の説明のあとに話した宗太の作戦は、仲間のほとんどを狼狽させるものだった。
それは捕虜を人質にして社の中へと導かせることと、時間干渉の対策だった。
その中の一つが精神のない者を使う――つまり遺体を操り、精神干渉を防ぐという道徳に反するもの。
ジンクが怒って当然の内容だ。他の団員も表にこそ出さなかったものの、明らかに嫌悪が漂っていた。
しかし、それ以外の最速の対策が思いつくこともなく、ノーグが意識のないホウナを作戦に使用しないことを条件に承諾した。
互いに無言のまま進んでいくと、リーリカネットを中心にした数名が作業をしている。
遺体の損壊具合を確かめつつ、屋敷から集めた鎧を組み合わせているようだ。その中のいくつかはもう術図式が刻まれていた。
「リーリカネット。進み具合はどうだ?」
「トム吉のために持ってきた予備を使っているから、そこまで時間はかからないよ」
宗太は見ず、リーリカネットは術図式を刻みながら答えた。
「いや、トム吉って誰だよ?――まぁ、話の流れ的には俺なんだろうけど」
「特徴なし無能確約機能不全チキン野郎を略して、トム吉。ったく。なんでそんな長い名前なのさ!」
「まぁ、なんというか。悪いな」
この状況に於いてもなおいつも通りなリーリカネットに対し、宗太も相応の適当さで返した。
彼女は今、拾い集めた鎧一式を魔偽甲〔リンドブルム〕へと改修している。魔偽甲〔リンドブルム〕の能力である《傀我儡座》によって死体を操作する寸法だ。
「どれくらい使える?」
「ギリ三体」
「時間のない中ではいい数字なんだろうな」
「というか、トム吉が三体以上同時に操作なんてできないでしょ? ましてや戦いながら。そんな甲斐性があるなら、今頃はハーレム街道を突き進んでるでしょ?」
「何が悔しいって、一切否定できないところだな」
ふざけているものの的を射ているリーリカネットに、宗太は本当にそう思った。
「で、どうすんのさ?」
「まぁ、複雑な操作はする必要はないからな。最低、適当に手足が動いて攻撃しているように見えりゃいい」
「本命じゃないとはいったって、適当な操作してたら真意がバレかねないよ?」
「なら、その死体は私が操作します」
話に割って入ってきたソラノア。
恐らくはリーリカネットはそれを促していたのだろう。そして宗太は、できるだけそう出てくることを避けようとしていた。
「いや、それは駄目だ」
「どうして、私が行ってはいけないんですか?」
「こんな非道を君はやるべきじゃない。死体を操り、敵の心理を突くなんてことは」
「リーリカネットやみんなは行っているじゃないですか? それに例の魔偽術は私が組みます」
「だけど、直接手を下しているわけじゃ……」
「ソウタさんが私の何を知っているんですか?」
まごつく宗太にややきつい口調で言い放ち、ソラノアは続ける。
「私も【千星騎士団】としても、【凶星王の末裔】としてもそれなりに任務は熟しています」
ソラノアの告白に宗太は思わず顔を上げる。
彼女の顔に特段の変化はなく。それだけに当然ことを言ったのだと理解できた。
「処女だけど処女切ってるってわけさ」
「リーリカネット?」
やはり顔を上げずにへらへらと言うリーリカネットに、ソラノアはやや青筋を立てて睨みつけた。
「あのさ、トム吉。ここまで来て中途半端な覚悟はどうかと思うよ?」
作業の手を一度止め、リーリカネットは宗太の目を見る。
「とっくに引き返せない場所まで来ているのに、それでも戻ろうとすることがどういった意味か分かる? その道の先にあるものは、何も得ず、全てを失った隔絶地だよ?」
リーリカネットはつくづく正論を突いてくる。
そうだ。もうとっくに、みなを犠牲にしているのだ。
ここに来て綺麗ごとで状況を不利にすることは、その犠牲を踏み躙ることだ。
「……分かった。ソラノア操作は君にお願いする」
「はい。任せて下さい」
頷くと、ソラノアはリーリカネットに魔偽甲〔リンドブルム〕の詳細を聞き始めた。恐らくだが、これで今よりも複雑な動きができるだろう。
進んでいく状況に、宗太は思わず零す。
「まさか、よりによって君に正論を言われるとは思っていなかったよ」
「ソウタさんが私の何を知っているんですか?」
ソラノアの口調を真似るリーリカネットに、宗太は思わず苦笑した。
◇◆◇◆◇◆
イサラの叫びに宗太は冷たく言う。
「死人なら精神時間なんて関係ねぇだろ? 心なんてありやしないんだ」
「ふざけるな! 心がないのはお前の方だ!」
「いんや。あるから分かるんだよ――お前がして欲しくもねぇことがさ!」
手を突き出し、広範囲を定めた衝撃波の魔偽術を放つ。鎧の三人組ごと。
威力そのものは大したことはない。が、死した仲間を使われ、挙句に捨て駒のように扱われる。そのことに憤怒しない者はいないだろう。
宗太の魔偽術はアイロギィを始めとした鎧達の足を止めてしまった。
その隙にイサラは間合いから離れる。
だがそれでいい。こちらとしても、彼らを早急に始末されると作戦に支障を来す可能性を増すこととなる。
と、軽い眩暈に宗太は支障を来さない程度に躓く。
(自分でも知らない内に、興奮しているのか?)
呼吸を整えようとするが、むしろそれによって呼吸が早くなってしまう。
一方、イサラは肩で息をし、怒りに呼吸を荒げていた。のだが、徐々に乱れがなくなり彼女の呼吸が穏やかになっていく。
そして、一つ息を大きく吸い、精神統一するように吐き出した。
「……すまない」
ぽつりとイサラが口にすると、彼女の目つきが変わる。
きつく、冷淡なものに。
それが何か嫌なものを招くと宗太は咄嗟に感じたが、具体的なものが分からない以上、何をしようがない。
「連なれよ星々――《覇脚座》!」
手を組むイサラに、術図式は願った未来を具体的な事象へと変換する。
瞬速を得たイサラはまるで宗太の悪寒を証明するかのように、迫って来た顔の焼き爛れた女に触れ、不確かな感情を現実のものへと体現する。
齎された結果は、女は動きを止めた。
――だけ。
だが、鎧の女は膝から崩れ落ち、不愉快な騒音を立てて地面に倒れた。
地面に叩きつけられたそれは、衝撃で肢体がバラバラに崩れた。
「なんだ!?」
宗太が何が起こったのか判別するよりも早く、イサラはアイロギィではない鎧の男へと触れる。
やはり何をしたかは瞳に映らず、結果だけが目に見える。
男は先の女と同じように崩れ、身体が破損した。
衝撃で飛び出した鎧の中身は、まるで木の枝のような何かだった。
(ちっ!)
宗太はイサラの行動に思わず舌打ちする。
彼女はこちらの予想よりも早く、決断してしまった。
(追い詰めすぎたか)
綱渡りの作戦だ。小さなミスがこれまでの工程を破綻させ、作戦そのものを瓦解させかねない。
もはや宗太自ら率先してイサラに立ち向かい、彼女の精神を削り取るしかない。
(――だけど、今の力はなんだ? 精神時間への干渉じゃないとすれば、時間そのものに対する干渉か?)
《詳細はまだ分からないが、恐らくはそうだ。だが、時間への直接干渉は肉体への負担が大きい。そうも連発はできないはずだ》
連発こそできずとも一撃で大ダメージになりうる危険性はある。宗太が気を引き締めると、イサラが《覇脚座》の瞬速を駆使してこちらに突っ込む。アイロギィを残して。
アイロギィを攻撃から外したのは位置関係か。それとも彼女の心がそうさせたのか。
イサラは刀を使わず、まるで地獄に引きずり込む亡者のように宗太に触れようとする。
鎧二人を止めた力が、どういったものかまるで分らない。が、本能が彼女に触れることを拒む。
宗太もまた、直接的な攻撃を避けて魔偽術を構成しようとする。
だが、《覇脚座》による高速攻撃のせいで術図式を組む前に展開を変えられ、その選択の隙に触れられそうになる。
アイロギィには元か攻撃させるつもりはないが、イサラは始めからいないかのように一切手を出さない。
決定打を生み出せず、宗太が防戦に回り続けていると、イサラが宗太の目に向けて唾を吐き出した。
宗太はそれを反射的に右掌で防ぐ。
今の液体が毒なら、瞳などの粘膜に入ったら危険だ。右腕に傷はあるが、元々イサラが口に含んでいたものだ。そう強いものではない。
そう踏まえ、宗太は魔偽術を放つために右腕を突き出す。
「――っ!?」
衝撃の事態に宗太は完全に固まる。
正面に向けたその右腕。その右掌が干からび始めていた。
まるでその部分だけ年老いたかのように、骨と皮だけになっていく。
動かぬどころか感覚さえも朽ちていく風化の浸食は、土に染み込む水のように掌から手首、やがては腕へと広がる。
「うぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!」
それが全身を朽ち果てさせるものだと悟った瞬間、宗太の悲鳴が社の中を木霊した。




