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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第一章 魔人が生まれた時、青年は道を進む〈上〉
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3.万象を偽る力

 白装束達がそれぞれ繋げた星座は、目に見える半透明の壁や亀の甲羅のような盾、特別何かが出ているわけでもなく、星座が浮遊したままのものなど様々。

 どれもが防御のための何かであろう。

 ただ安堵がまるでないことから、それらがどれだけ心許ないのか想像できる。

 そして、ゆっくり、ゆっくりと縄張りでも示すかのようにその場を回る雷の獅子の強さも、それらが教えてくれる。


 雷の獅子は常に人間達の顔を窺い、隙を見せない。何かあれば真っ先に襲いかかり、命を奪うであろう。


(らい)星隷(せいれい)キュムケって殺す気満々だな。警戒心が異常だから気をつけろよ》

(他人事みたいに言うなよ!)


 声に、宗太は思わず毒づく。

 ――と、


(というか、いたのかよ!?)

《ああ。不本意ながらな》


 この事態を招いた要因の一人である〝魔人〟が、不服そうに返してきた。

 周りを一瞥するが、他の誰もが雷の獅子――〝魔人〟の言葉を借りれば雷星隷か――に警戒しており声に気づいていない。というよりも、聞こえていないようだ。


(つまり、聞こえるのは俺だけか?)

《そういうことだ。残念ながら、お前にしか干渉できない》

(そうかい。じゃあ確認だけど、お前が〝魔人〟なのか? その、オルクエンデとかいう)

《そうだ。俺が(・・)オルクエンデだ》


 そう強調したことから、先の会話も聞いていたということだろう。

 一方、雷星隷はこちらに背を向け、玉座にふんぞり返る男を見据える。


「何をしている。お前の敵はその目の前の小僧だ」


 男の冷たい言葉に、僅かながら耳を立てた獅子。

 すると、尻を向けていた雷星隷はすぐさま振り返り、飛びかかる!


「連なれよ星々!――」


 座ったまま少女が祈るように手を組んで叫ぶと、目の前に光の粒が現れ――数は五つ――、先と同じように繋がる。その連結速度は誰よりも早い。


「――《鱗盾座(トチタワエ)》!」


 繋がった星座は特に何かに変質するわけではなかったが、雷星隷の突進を受け止めて防いだ。


《術図式からして、簡易魔偽術(マギス)って言ったところか?》


 なんてオルクエンデは分析をするが、急な事態に宗太は目を丸くすることしかできなかった。

 雷星隷といえば、後方に跳んで距離を取った。頭を振り、飛びかけた意識を正常化させようとしている。


「何をしているのだ? ソラノアよ」

「彼はまだ状況が掴めていないんです! そんな人に星隷を仕向けるのは(こく)過ぎます!」

「それが〝魔人〟なら倒せぬわけがないだろう? それに〝魔人〟でなくとも、それくらい倒せぬものは必要がない」

「ですが!」

「次に手を出せば、お前を始末する――そいつを庇う前にな」


 宗太は横目で少女ソラノアを見るが、そう告げられてもなお自らの意思を貫き通す構えを崩さず、星座――魔偽術(マギス)というのか?――を消そうとはしない。震えてはいるが。

 何が彼女をそこまでさせるのか。宗太はいまいち掴みあぐねる。


(どうにしかしろよ!)

《俺は手を出せねぇよ。さっきも言ったが、この世界には直接干渉できねぇんだよ》

(じゃあ、このまま死ぬか!? お前は何か目的があって、俺を連れてきたんじゃないのか!?)

《いや。男だったら誰でもよかったんだ》

(そうかよ! でも、このままだとあの子は俺のことを庇っちまうぞ!)


 雷星隷はソラノアが出し続けている魔偽術(マギス)に警戒しているのか、じっとしたまま動かない。


(あん時の言葉は嘘か!? 『見た目のいい女を死なせるしかない世界ってのは、間違っていると思わないか?』ってのは!? 今、お前が守ろうとしたものが奪われかけてんだぞ! 最低限、俺は俺の犠牲(・・・・)をふいにするつもりはない!)

《……そうだな。よし分かった。貸してやる》


 オルクエンデはそう言うが、特に身体に変化はない。何かの準備でもしているのか。


「ありがとね。もう大丈夫だから。あとは俺がやるからさ」


 宗太はソラノアの肩を軽く叩き、前へと出る。

 だが、彼女の瞳には不安が拭えていない。正直言ってしまえば、宗太自身だってそうだ。


「大丈夫。一応、〝魔人〟の力は使える――って! だあああ! ちょっと待て! 早い早い! こっちは準備ができてねぇんだ!」


 ソラノアの庇護がないと判断してか、言葉の途中で突っ込んできた雷星隷に宗太はみっともなく叫ぶ。

 当然ながら言葉を聞いてくれるわけもなく、振り下ろされる灼腕に対し、咄嗟に腕を交差させて受けた。


(あつ)っ!?――い、だけ?」


 雷星隷はすぐさま後方に跳び、距離を取る。必殺の一撃だったはずが、結果を伴わせることができなかった。そのことを警戒してのことだろう。

 一方、宗太はそんなことをよそに、自らの腕を見る。

 命を抉らんとする爪は宗太の服だけを裂き、皮膚にはみみず腫れ程度の痕しか残っていない。裂傷も火傷もまるでない。


《肉体を持っては来れなかったからな。お前の遺伝子をベースに、こっちの世界で不自由ないように造ってやったんだよ――まぁ、ほとんどは俺の力に耐えられるようにだけどな》


 なら、残った肉体はどうなってんだ?――そう問おうとしたが、雷星隷と目が合い、言葉を飲む。

 怪物は少しでも目を離せば、今にも襲ってきそうな気配だ。


《というか、準備なんてとっくにできてんぞ。だから好きにやれ》

(おいおいっ!? 何ができんのかとか、呪文とか分かんねぇんだぞ!?)

《んなもん必要ねぇよ。お前は、いや俺は『魔法』(イグドラシル・ロウ)の一端を使役できんだ。望めば、世界は偽りを愚かしくも信じる》


 言われ、試しに隙を伺う雷星隷に念じる。

 すると、雷星隷の周りに一際小さい光の粒が無数現れる。ただ、星座のように繋がることはない。


「消えろ!」


 瞬間、音もなく光の粒子とともに雷星隷の姿が消えてしまった。言葉通りに。


「ははっ……」


 思わずから笑いが漏れる。胸中で『マジで消えた』と呆気に取られた。

 これで満足か。そう口にしてやろうかと玉座にいるソラノアの父だという男を睨むが、表情はまるで変らない。値踏みの途中の顔だ。

 どうして、そんな態度なのか。その疑問はすぐに解消される。真正面で、地面が弾けるような音がしたから。


「――って、姿が見えなくなっただけかよ!?」

《ははっ! 消えたことには違ぇねぇな!》

(笑ってる場合か!)


 黙視できなくなったが、どういうわけか気配を察することはできる。

 おぼろげに輪郭だけは捉えられる不思議な感覚に委ね、噛み砕かんばかりに開かれた口腔をギリギリまで引きつける。

 喰い千切られる紙一重の距離を狙い、後方に跳んで回避する。

 すぐさま宗太は半身ずらし、閉じたばかりの口をフロントチョークに近い形で、抱えるように捕える。


「うっし。まずは抑えた――って、この毛一つ一つが刃物になってんのかよ!?」


 オルクエンデの計らいで、身体が切り裂かれることはない(チクチクするが)とはいえ、服は別だ。上下ともにずたぼろになっている。離脱しようと暴れられるのだからなおさら。


 だが、離すわけにもいかない。

 この雷星隷は予想外の事態が発生すると、すぐさま距離を取ろうとする。

 そのため、力づくで逃がさないようにしなければ、こちらの攻撃を当てるのは困難だ。


 これで確信したのは、身体の方だけでなく反射神経、動体視力までもが向上していること――ついでに見た目も良くしてくれればよかったのに。

 膂力などが向上したとはいえ、抑えておくのも長くは続かない。体重差は埋められないのだから。


「え~と、なんだ? そうだな――死ね」


 語彙のなさに僅かな羞恥心を抱くが、結果を欲するならこれが適切な言葉だったと自らに言い聞かせる。

 しかし、雷星隷の周りに光の粒子こそ現れたものの、腕を振り解こうと暴れ回る。死の兆しはまるで見えない。そして、粒子はすぐに霧散した。


《そんな抽象的で品疎なイメージじゃ、そいつの受術耐性なんて破れないぞ。もっと具体的にイメージしろ。敵の死を。殺す(すべ)を》


 そう言われても――と胸中で零しそうになる。が、それは理性で抑えていた下らない倫理観だと、それこそ本当に心の中にいるもう一人の自分が否定する。

(いや、違う。紛れもない俺だ。俺の心の残虐な闇の部分だ)


 人として表には出せない。しかしながら、人だからこそ持ち合わせている残虐性に宗太は手を伸ばす。

 瞑目し、意志へと繋ぐ。押し込んでいた倫理外の思考へと。

 そうだ。この状況下に於いて、もはや自分の拙い力で最良の理想など望めるはずがない。

 目の前の獣は敵だ。生半可な心では、ただ無為に殺されるだけだ。


 ――そして、思う。

 前脚が千切れろ――極小の光粒子が雷星隷に纏わりつくと、腕にかかっていた獣の重さが増す。雷星隷は前脚を失ったせいで自分の体重が支えられなくなり、身を預けざるを得なくなっていた。

 宗太は腕を離し、足元で悶えているであろう、未だ光の粒に囲まれている雷星隷に向かって命ずる。


 後脚がもげろ。

 首が捻じれろ。

 上体が潰れろ。

 身体が裂けろ。


《おいおい。さすがにそこまでやりゃ、死ぬぞ》


 オルクエンデの制止に、宗太はようやく思考を止める。と、浮かんでいた光の粒子が役割を終えて霧散する。

 息が荒くなっているのを、今になってようやく気づいた。

 周りを見やるが、彼らの緊張が薄れることはない。

 それは不可視となった雷星隷が、死んだかどうか分からないからか。

 それとも、宗太の残虐性が見えてか……


「見えなくして正解だったかもな」


 少なからず宗太の瞳には映らなかった、その無残な死。

 自分の中にあった闇の深さから目を背けることができたのは、果たして良かったのか。悪かったのか。

 宗太はそれに対する答えを出すことに、目を背けた。

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