4.「これは悪同士の醜い戦いだ」
紅く染まるイサラの掌。もはや形のなくなった少女カラオナの肉片を眺め、その肩をわなわなと震わせる。
「もう少し早く出てこいよ。仲間、死んじまったぞ」
「貴様……」
血肉を抱き締めると、衣服は赤黒く染まった。
宗太はそのイサラの横を通り過ぎ、社の中へと向かう。
「どこに行く?」
「男女二人が密室でやることなんて決まってるだろ?」
「ふざけるな!」
「冗談くらい巧く返せよ」
手を振り、宗太は社へと入る。
部屋は完全に和風な作りであり、異世界という場所にいるせいもあって、なんとも言い難い違和感を覚えた。
内装は質素なもので板張りの床に神棚と、その真下に鞘に納められた刀が奉られている程度。生活をするための場所ではないのは明らかだ。
天井も高く、戦うに充分な広さがある。
「早く上がって来いよ。俺もこの身体がまだ本調子じゃないんでね。あの場所で戦ったら、余波で捕虜を殺しかねない」
「どの口が言う!」
激昂するイサラを、宗太は冴えた頭で分析する。
どうやら、イサラは雪城宗太という人間ではなく、オルクエンデという『魔物』として捕えている。
それはこちらにとって、好都合に他ならない。
「それとも何か? 本当は仲間を殺して欲しかったのか?」
挑発に答えず、イサラは睨みつけたまま階段を上がる。
宗太は彼女を背にしながら奥へと進み、飾られた刀を手に取った。
イサラは咄嗟に駆ける。武器破壊を恐れて。
しかし、宗太はイサラの懸念に反して彼女へと刀を放った。
「ハンデだ。受け取れ」
放物線を描いて彼女の手に渡る刀。破壊せず、しかも手渡すことにイサラは怪訝に感じているのだろう。
もちろん意味がある。見下し、相手を煽る他にも。
それでも一つ問題があるとすれば、それが魔偽甲の可能性があるということだ。
魔偽甲の危険性は痛いほど分かっている。
イサラが抜いた刀は、反りがあることから日本刀に近いものなのだろう。つくづく、異世界に於いて宗太の中で異物感が拭えない。
改めて思う。この世界はなんなのだ、と。
《んなことは、あとで考えろ》
オルクエンデの注意に、宗太は今、自分が思考すべきことへと切り替える。
「《禁鎖檻座》」
術図式が浮かび、星印が部屋の隅々に張り巡らされる。すると、宗太が構成した魔偽術は不可視の檻へと変形した。
これで五分間は、イサラをこの社に閉じ込められる。
「逃げるとでも思ったか!」
刀を構え、飛び込んで来るイサラに宗太は次の魔偽術を構成する。
「《岩雨座》!」
展開された術図式は岩石の雨へと変質し、社内に降り注ぐ。
両者分け隔てなく。無作為に。
宗太は長時間の時間異層形成はできないと踏み、回避困難な長期広範囲攻撃を仕かけた。無作為な攻撃なら、こちらの時間を刻んだところで関係ない。
それに対してイサラは素早く反応し、回避しながら両手を組む。
「浅知恵だ! 連なれよ星々――《拒歪座》!」
術図式は光の障壁となってイサラを囲う。
そして、振り落ちる岩がイサラの周りを守るそれは触れると、その軌道が歪んで逸れた。
(ちっ)
《肉体は補強されてないとはいえ、魔力は『魔物』の域か》
宗太自身の受術耐性の高さによる消耗戦に持ち込もうとしたが、こちらの意図はイサラに瞬時に読まれてしまった。
《岩雨座》を解除し、宗太はイサラを守る《拒歪座》に触れる。
意志を注ぎ、魔偽術の壁を剥ぐ。
それとほぼ同時して。突如、全身甲冑を纏った者が三名、《禁鎖檻座》を通過して侵入してきた。
鎧には複雑な文様が刻み込まれている。さながら鎧星隷だ。
物言わぬ彼らの感情は仮面によって覆われ、全く読み取ることはできない。
手に持つ大剣を構え、各々が敵に向かってその凶刃を向ける。
「――っ!?」
真っ直ぐと。イサラへと。
後方に跳んで横薙ぎに払われた剣を躱し、唐竹割りで振り下ろされたものを刀で往なす。最後の突き立てられた剣尖は、左手で剣の腹を弾いて避けた。
「連なれよ星々!――《太刀鼬座》!」
イサラを中心に旋風が発生し、近づく者を斬りつける。
刻まれる鎧は金切り声を上げ続ける。それでもなお構わず、三人組はイサラへと攻撃を測った。
「卑怯者が!」
「誰が一対一って言ったよ!? いいか! これは悪同士の醜い戦いだ! いい加減、自覚しろ!」
その混戦に宗太自身も加わる。
宗太は右手を突き出すと《太刀鼬座》に切り裂かれるが、魔偽術の解除には成功した。
それから常に鎧三人の後ろに位置し、宗太は隙を突いて魔偽術に光弾を放つ。じりじりと部屋の角に追い詰めながら。
しかし、イサラには焦りは感じられない。
ただ意味は、すぐに現れる。
《来たぞ!》
「《固時結座》!」
オルクエンデの合図とともに、宗太は魔偽術を構成する。すると術図式が目の前に浮かび、光の粒子は彼の中へと解け込んだ。
宗太は一瞬、身体が意識からずれたような錯覚を得る。
これはまさに〝魔剣〟の力――『魂の解放』だ。
しかし、宗太に前のような大きな違和感はない。すぐさま固めた拳をイサラへと振るう。それどころか、鎧の三人さえも何もなかったかのように攻撃をする。
「連なれよ星々――《覇脚座》!」
イサラは魔偽術による超加速の突進で、前を塞ぐ二人の鎧の間を強引に抜ける。
衝撃に鎧二人は弾き飛ばされ、大きな音を立てて床に倒れた。
だが、ダメージは細身のイサラの方が大きい。
盾にしたのだろうか。イサラの左腕は折れ、血だらけになっていた。
(なんとか巧くいったな)
ぶっつけ本番の作戦に、宗太は小さく安堵した。
宗太が使った《固時結座》は、かつて星将ロヒアン・マーチアントが宗太に使おうとした魔偽術だ。
喰らわなかった術なので何を齎すのかは知らなかった。が、オルクエンデにこの戦いに於いて、緊急回避術として使えると説明された。
対象者の時間的思考を数瞬だけ停止させ、その隙を突く。それは魔偽術としては高度な、しかして時間干渉としては低級の術である。
ただ《固時結座》は、宗太自身にしかかけていない。
それがイサラにとって、理解ができない要因だ。
鎧三人組は何もしていない。可能性があるとすれば、彼らが身に纏っている鎧が魔偽甲ということ。だが、そんな高度なものが存在するのか?――イサラの戸惑いの思考は、手に取るように分かる。そうなるよう、仕組んでいるのだから。
その間に鎧が起き上がると、その内の一人の仮面が砕け、素顔が露わになった。
「どういう――っ!?」
その中身にイサラは愕然とし、混乱は酷く膨らむ。
予想通りの反応に宗太はあえて口角を釣り上げ、悪意の笑みを浮かべた。
だが、イサラの瞳に宗太は入っていない。彼女は目の前の事態を信じられず、目を離すことができず、真っ白な頭でそれを呟くことしかできなかった。
「……アイロギィ……?」
暴かれた仮面の下には、死したはずのアイロギィ・スタンクフが確かにいた。




