エピローグ 青年と〝魔人〟
ソラノアが冷静を取り戻したあと、宗太はオルクエンデと話をつけると彼女と別れた。
彼女もまた、目視こそできるが動きのないイサラ・トリティエが、一体どういう状況にいるのか。〝魔剣〟ビロゥガタイドの能力がなんだったのか。それを調べるために、ショーダスと意識の戻らないホウナとともに他の団員を待つことにした。
宗太はしばし、人目のつかない裏庭を進む。
(何が犠牲にしてでも、だ……)
自らの弱さに、宗太が吐き捨てる。
そして何より、想いだけの覚悟だったことが情けない。
ソラノアを傷つけまいと。泣かしたくはないと思ったのは本心だ。笑っていて欲しいというのは宗太自身の願いでもある。
だというのに、この体たらく。不甲斐なさ。
(力があるだけじゃ駄目だ)
月夜が僅かに零れる木々の下で、宗太は胸中で呟く。
(だから、オルクエンデ。教えてくれ。お前の力を)
語りかけるが、返答はない。
木の葉が風に揺れる音しか宗太に届かない。
(……聞いてんのか?)
しばし間を空けたあと再度、訊ねるものの結果は同じ。
今の今まで行われていた戦いが幻であったかのように、静けさが広がる。
(おい。いるんだろ?)
いやむしろ、先程までの戦いの顛末が、この静寂か。
何もかもを破壊し尽くした惨状の、当然の末路なのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいいのだ。
(おい、オルクエンデ! いい加減に返事しろよ! ガキみたいにいじけてんのか!? それとも、俺に怒られるのが怖いのか!?)
《うるせぇぞ!》
(……お前がな)
それほど鬱陶しいものでもなかったが、宗太はうんざりと返す。
(つーか、なんだ。凹んでたのか。意外に繊細なんだな)
《……お前もだろ?》
(やっぱ凹んでたんだな)
意外な一面。というか、そういった感情があるのかと宗太は率直に思った。
《なんなんだ、お前は? どうして、ついさっきお前を裏切ったやつにそうも軽く話しかけられる?》
訝しむオルクエンデからはどこか、宗太を気持ち悪がるような感情さえ滲む。
人外の力を使い、振る舞っていたというのに、今の彼はまるで人間のようだ。
(いまいち分かんねぇからな。裏切った動機が。利害は一致していたはずだろ?)
だからこそ、知るべきなのだろう。〝魔人〟オルクエンデを。
しばらく無言が続く。
宗太は瞑目し、オルクエンデの解答を待つ。
瞼の裏に映るのは暗闇だ。当然、オルクエンデの姿が見えるわけではない。
しかし、葛藤する様は容易に想像できた。
何を信じ、どこに進むべきか。
深い理由や経緯など宗太には分からないが、オルクエンデは確かにそれらを一度失ったのだ。
《……一致なんかしてねぇんだよ》
悩んだ末。沈黙からの第一声は、真実から始まった。
(どういうことだよ?)
《お前が『魔法使い』となって元の世界へと帰還した時、この世界は――いや、『魔法』の影響圏内に在る全世界はどうなる?》
「えっ?」
《この世界の現状が、まさか『魔法』の一部が分断されているからだけだと思っていたのか? 今でこそ『天使』どもが代役を担っているが、あくまでもその場凌ぎだ。『魔法使い』が戻らない限り、世界の破局は必ず訪れる》
思わず声を漏らした宗太だが、オルクエンデは構わずに説明をする。
《それと忘れていないか? お前の世界もまた、末端とはいえ『魔法』の影響圏内だということを》
言われ、ハッとする。
オルクエンデといえば、宗太が完全に理解するまで言葉を控えていた。
(つまりお前は、俺を『魔法使い』として縛りつけようとしていたってわけか)
《……それで、真実を理解したお前はどうするつもりだ? それでも世界に戻るつもりか?》
(それしか方法がないならな)
即答できたのは、答えが始めから決まっていたからだ。
『世界を滅ぼさなければ帰れない』――その想定し得る最悪から目を背けないようにするための、ただの虚勢で自制だが。
だからこそ、宗太はこう言える。
(だけど、諦めるのはまだ早ぇだろ? 何か別の方法があるかもしれない)
《奇跡に縋るつもりか?》
(あればいいとは思うけど、期待はしないさ。奇跡ってのは理不尽に存在するもんなんだしよ)
《理不尽?》
(そうだろ? 俺が戻って来られたのが、まさにそうじゃないか。あの奇跡のようなもんは俺にとっては都合は良かったが、お前にとっちゃ不都合そのものだったろ?)
《あれが奇跡かどうかは怪しいがな》
宗太はおろかオルクエンデさえ、この状態に戻った理由が分からない。
ただ、二人が抱く疑問はそれぞれ違うだろう。
宗太が入れ替わった方法すら分かっていないのに対し、オルクエンデは『元に戻ることがない』という前提があり、それを覆されたのだから。
《だが、それと今抱えている問題は全く違う。『魔法使い』に関する問題は、この世界のシステムそのもの。不変で不壊の根幹だ》
(だから、いちいちお前だけで解決すんな。まずは何も知らねぇ俺に、お前が知っていること全てを晒せ。お前に都合の悪いこと含めて全部な。お前が勝手に諦めて立ち止まられると、まだ進んでもいねぇ俺は、第一歩目すら踏めねぇんだぞ?)
正直、オルクエンデを説得できるかなど定かではない。
だがそれでも宗太は叫ぶ。それこそ、まだ一歩も進んでいないのだから。諦めるには早過ぎるのだから。
(いいか、オルクエンデ! 立ち止まってる暇があんなら、どこでもいいから転がってでもまず進め! 立ち上がれねぇなら手を上げろ! 叫んで求めろ! じゃねぇと、俺がこの世界を滅ぼすぞ!)
《この俺を信用するつもりのか?》
(どうだかね? ただ、お前が俺を信用しているくらいには、信用するつもりだけどな)
信じる信じないは二の次だ。
今はただ、進むしかないのだ。どんなに険しく、危うい道でも。
立ち止まれるはずがない。そんな道なら、なおさらに。
《なんだか、お前の方が悪役だな?》
(初めから、正義の味方になったつもりはねぇけどな)
それにオルクエンデがふっ、と鼻で笑ったのは、この世界に来たきっかけを思い出してだろうか。
宗太はそんな彼に、どれほどあるかは分からないものの、二者との間にある壁の一つがなくなったのを感じた。
(もう戦いの中で足引っ張んなよ?)
《もう戦いの中で凹むんじゃねぇぞ?》
そして、宗太はみなの元へと戻る。
今度こそ〝魔剣〟ビロゥガタイドを倒すために。




