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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第四章 宿敵と相対した時、魔物は運命と踊る
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6.約束

 ユキシロ・ソウタが戻って来ない。


「……どういう……ことですか……?」


 最も恐れていた、答え。

 なのに、どこかでそう返って来るのが分かっていた。

 そして、それを嘘だと強く否定することができないのも。

 それは目の前にいるのが、人智を超越した〝魔人〟オルクエンデだとはっきりと見せつけられたから。


《ふむ。詳しく言えば、ついさっきまで主人格であったソウタ(こいつ)は、二度と主人格として現れねぇってことだ》


 自らの胸に指を立て、オルクエンデは続ける。


《言っておくが、ソウタ(こいつ)が俺に任せたんだぞ? 〝魔剣〟の力の一部を、星約によって分け与えられていたアイロギィ・スタンクフを倒すためにな》


 突きつけられた信じたくはない事態に、ソラノアの頭の中が希薄になっていく。

 ただ、次の言葉が彼女を戻す。


《それに何より、ソウタ(こいつ)は。この世界の全てを犠牲にしてでも、元の世界に帰ろうなんて考えてる腹黒いやつだぜ?》

「えっ?」


 思わず声こそ出るも、ソラノアはそこまで動揺はしていなかった。

 むしろ、心の内が少し晴れたくらいだ。


(だから、不安だったんだ……)


 ソウタが本心を隠していたから。本当の表情を見せているようで、その真実を見せようとしなかったから。

 今ならソウタの薄暗い心の闇を。残虐を口にする意図を。正面から向き合えそうだ。

 と、オルクエンデが無意識に俯いていたソラノアの顎に指をかけ、視線を合わさせた。


《でも俺は違う。俺はこの世界を救ってやる。別にお前達のためじゃない。俺が生きるためだ――信頼できるだろ?》


 そのオルクエンデはまるで、勝ち誇ったようだ。

 ソラノアは彼の黒い瞳から逃げない。


「ソウタさんを返して下さい」


 一言一句、決して聞き漏れさせることのないようにソラノアは言う。

 はっきりとした口調で言い返して来るとは思っていなかったのか、オルクエンデは言葉を呑んだ。

 しかし、間はほんの僅かだけ。

 オルクエンデはそんなソラノアに、嬉々として表情を歪ませる。それはソウタが見せるとは思えないものだ。


《そうだな――》


 ソラノアの肩を乱暴に掴み、


《お前が俺に抱かれるってなら、考えてやってもいいぞ!?》


 ソウタの口を介して吐き出される、醜悪な台詞。

 満たされようとする欲望に、オルクエンデは高笑いを抑えられなくなる。


《はははっ! お父様に俺の子供を孕めって命令されてんだろ!? それにお前は、一度は操を捧げようとしたしな!?  はははっ! あああはははっ! 最高だ! 俺の子か! まさに俺が生きている証明じゃないか!》


 そんな彼の顔をソラノアは反射的に叩いた。

 心底、腹が立ったから。


《あ?》

「私は約束したんです。私自身から傷つくことなんてしないって」


 ここまで腹立たしいのは、いつ以来だろうか。

 すぐに思い起こせないのは、頭の中が込み上がった怒りに埋め尽くされていたからだ。


「ソウタさんは言ってくれたじゃないですか!? 『君には笑っていて欲しい。正直、俺に戦う理由も覚悟もない。でも、ソラノアが笑っていられるなら、少しは戦えるかな』って!」

《何を急に? それにそんなの詭弁だろう?》

「あなたには訊いていません!」


 ソラノアは本当に(・・・)腹が立つ人へ(・・・・・・)と、怒りをぶつけ続ける。


「ソウタさん! あなたから言って下さい! 裏切るなら! 踏みにじるなら! せめてあなたの口から、あなた自身からして告白して下さい!」

《滅茶苦茶だな。それとも時()稼ぎのつもり()?》


 舌なめずりしながら口にしたオルクエンデの言葉に、何者かのおぼろげな声が混じる。

 奇妙な現象に驚いたのはソラノアよりも、オルクエンデの方だ。

 今まであった余裕が、音を立てて瓦解していくのが手に取るように分かる。


《どういうことだ!?》


 咄嗟に、オルクエンデは自らの口を手で押さえる。その手が――いや、身体は震え出した。

 先のイサラ・トリティエを連想させたが、それほど大袈裟ではない。

 しかし、オルクエンデには大事のようで、天を仰ぎ、何かに対して激昂する。


《どういうこ(ソラノ)とだ!? 話が違う(ア……)ぞ!?》


 オルクエンデの声に、僅かだが宗太のものが重なる。

 その異様に、〝魔人〟はますます困惑する。


《冗談じゃない(ソラ)! 愛の力なんてふざけ(ノア……)たものじゃない(い……)んだろう!? それともお前達は俺を謀った(るの……)のか!?》


 ソウタの声はオルクエンデを突き破るかのように、輪郭を露わにする。


《なんなんだ(そこに……)!? なんな(いる)んだお前は(の……)!?》


 オルクエンデはその目で、ソラノアを見る。

 怯えるように。蔑むように。恨むように。

 しかし、その瞳に何が映っているのかは分からない。

 そして、ソラノアもまた、その目でオルクエンデを見る。

 はっきりと映す。その瞳に。ソウタの姿を。


「私はここにいます! いますから! だから戻って来て下さい、ソウタさん!」


 ソラノアの叫びに、彼の腕が真っ直ぐ伸びる。その手をソラノアが強く握った。


「ソウタさん!」


 すると、ソラノアの手が強く握り返され――


「俺と代わ(ク……)れ、オルクエ(ソ……)ンデ!」


 ――声質が完全に逆転し、ソウタのものへと変化した。


「ソウタさん!? ソウタさんなんですか!?」

「……うん。俺だよ、ソラノア」


 やや疲れたように微笑むその顔は、まさしく宗太のもの。

 ソウタが戻ってきた。それにソラノアの瞳から自然と涙が零れる。

 安堵に、彼女は思わずその場に座り込んでしまう。


「えっと……ごめ……」

「謝らないで下さい! 許しませんから!」

「えっ!?」


 激昂されたことに、ソウタは目を見張る。

 涙目でソウタを見、中腰のまま固まる彼に怒鳴り散らす。


「だってソウタさんが言ったんじゃないですか!? 謝り過ぎるなって! それに自分が傷つくようなことがするなっても!」

「いやまぁ……確かにそうだけど――」

「なのになんで!? ソウタさんから、どんどん破るんですか! 一方通行の約束なんて、ずるいですよ……」


 ほとんど息継ぎなしで、ソウタの返答を遮ってまで喚き散らしたせいか、言いたいことがまだあるのに言葉が途切れる。

 一度勢いを失くすと、何を言いたかったのか分からなくなる。

 感情がごちゃ混ぜになり、想いが言葉として形作れなくなる。

 それでも、一番言いかったことをソラノアは口にする。


「……本当に……心配したんですから……怖かったんだから……」

「ごめ……」


 ソウタは言いかけたものを呑み込み、


「ありがとう」


 泣きじゃくるソラノアを強く抱き締めた。自分がここにいるのだと、実感するために。させるために。


「よかった……本当によかったよ……」


 くぐもった声でそう言いながら、ソラノアは抱き締め返す。

 夜風は寒いが、それでもソウタの腕の中は暖かかった。

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