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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第四章 宿敵と相対した時、魔物は運命と踊る
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3.人外の庭

 ニェク村に古くから神々の庭と崇められる、この九十九鳥居。

 鳥居が九九本あるというわけではなく、この鳥居一つ一つに神、または霊魂が宿っているのだという――加えて、実際の本数は一〇〇を超えるという話だ。


 ノーグは最奥に潜む何かを確かめるため。そして討つために疾走する。

 左右には鬱蒼と茂る木々。複雑な文様が刻まれた石畳。等間隔で灯される灯篭。気になるのは、どれもがさほど古くは見えないということ。

 考えられるのは、六年前の出来事を機に改修されたということ。夜目が効くとはいえ、詳細はさすがに分からない。加えて、確かめる暇もない。


 同じような光景が延々と続く。

 前も後ろも同じ風景というのはいささか不気味ではあるが、人の領域ではないことを演出するには最適なのかもしれない。

 やがて、聖道の終点を示すかのように、目の前に人が住めそうなほどの大きさの社が現れた。


 ノーグは上がり、観音開きの扉を開ける。

 薄暗い部屋に灯る、揺らぐ火の明かり。全体こそ把握できないが、奥に何かがいるのははっきりと分かった。


「随分と不躾ですね」

「お前は誰だ?」


 女の正論に耳を貸さず、乱暴に上り込みながらノーグが問う。

 しかし、女は座したまま。

 近づくと、その白い肌と金の髪が確認できる。薄い唇も髪と同じ色の瞳も動かさない。ただただ責めるように、こちらを見るだけ。

 いくらこちらが情報を持っているとはいえ、親切に対応してくれるほど愚かではないようだ。


 だが、この女がアイロギィ・スタンクフの右腕である、イサラ・トリティエだということはこの距離まで来れば確信できる。

 イサラという女とアイロギィとどういった間柄かなど知らないが、共に行動することが多いとされている。

 それが今、分かれている。

 女だからといて、戦闘から外されたわけではないはずだ。右腕として(・・・・・)常に共に(・・・・)行動している(・・・・・・)のだから。


 ノーグは強く踏み込み、イサラへ奇襲をかける。

 イサラは表情を変化させず、片膝立ちになると腰に携えていた刀の柄に手をかけた。

 ノーグが〔スキョフニング〕を振り下ろすと同時に、イサラが刀を抜き上げた。

 すぐさまノーグは後ろへ跳びながら剣を逆手に持ち替え、叩きつけるように振り下ろす。

 刀はノーグの腹部すれすれの虚空を裂いた。それは単にノーグが避けただけでなく、イサラが中腰のまま横に跳んだのも要因だ。

 故に、〔スキョフニング〕は敵を突き刺すことはなく、床板を無残に貫くしかなかった。


「随分と疾いな」


〔スキョフニング〕を抜きながらノーグは苦笑いするが、イサラはやはり無反応。

 だが、顔は僅かに変化している。初撃で腹を掻っ捌けなかったことに、少しばかり動揺しているのだろう。

 一方、ノーグは抜刀の速さは想定内であったものの、イサラの反射速度は予想外であった。

 順手に持ち直し、イサラへ追撃する。

 イサラは立ち上がり、応戦する。


 衝突する二本の剣。剣花が散り、薄暗い部屋を照らす。

 イサラは力勝負せずに、ノーグの左側を斬り込む。

 斬撃に対してノーグは手首を捻り、剣を逆さにして腹で受ける。その反動を利用して刀を弾き、手首を戻しながら今度はノーグがイサラの左を袈裟切りする。

 が、イサラは半身引き、躱す。

 ノーグはさらに踏み込んで喉を突かんとするが、刀で往なされた挙句、内側に潜り込まれて逆に右腕のつけ根を狙われる。


(南無三!)


 避けるのは不可能と判断したノーグは、軽装鎧の肩部で滑らせる賭けに出た。

 肩に刺さるか、もしくは刃を返されて首を撥ねられる危険がある。そのため、ギリギリまで引きつけてから肩を落とす。

 刃尖が触れる――右肩に衝撃が走った。


 結果は滑らせたわけでも、貫かれたわけでもない。イサラに肩を弾かれ、完全に間合いの外へと逃げられた。

 刀が突き刺さり、抜けなくなること。ないしは一瞬の隙を生むこと危惧したのだろう。現にノーグは、肩を貫かれた際に左手で相手の眼球を潰そうと構えていたのだから。

 剣を構えたまま、二者は睨み合う。

 そして、どちらからともなく仕かけ、斬り結ぶ。


 静寂を裂く、刃同士の嘶き。

 触れ合うのは常に一瞬。

 ノーグは剣撃を受け、イサラは躱す。

 相手もこちらの狙いを理解しているのか、無理に攻め込んでは来ない。こちらの狙い。武器破壊を。


 躱し、往なし、受け、返す。

 通常、ノーグの攻撃は剣撃に打法を交えるのが主体だが、下手に手足を出せない。

 戦いの経過そのものはそれほど長くはない。が、常に気を張らねばならぬ一撃決殺の間合いでの攻防は神経をすり減らし、疲労を増幅させる。

 だというのに、イサラが一瞬だがぴたりと止まり、「……アイロギィ」小さく漏らす。


 あからさまな油断だが、ノーグはどうしてか攻め入ることができなかった。

 それこそ勘だが、踏み入ったら理不尽に(・・・・)殺される(・・・・)。そう思えた。

 剣を横に払ってイサラはノーグから距離を取る。やはり無表情には変わりないが、それでも刀の軌道に乱れが――焦りがある。


「連なれよ星々――《覇脚座(ケュクヒ)》!」


 星印がイサラの足に纏わる。

 主に脚力を底上げ、一時的に加速度を増加させる魔偽術(マギス)は発動した瞬間にはもう、彼女の姿を消していた。

 瞬く間の出来事にノーグはすぐに館へと足を向けたが、内心、小さく狼狽していた。


(いくらなんでも、速過ぎる)


 イサラが使用した魔偽術(マギス)覇脚座(ケュクヒ)》は、高性能の術ではない。

 そもそも魔偽術(マギス)そのものが、接近戦では有効な手ではない。

 一瞬の攻防を駆け引きする状況に於いて、手を組んで祈りを捧げねばならない魔偽術(マギス)を構成して発動するより、次の手を出した方が早い。喧嘩ならともかく、死合いなら術図式など簡単に見破れるのだから。

 加えて、《覇脚座(ケュクヒ)》は戦闘向きではない術だ。

 肉体の負担が激しく、加速度も肉体を行使する程度のもの。あくまでも人体の限界が術の限界だ。

 そのはずなのに、イサラは瞬きをする間よりも早く姿を消した。


(呆けている場合か!)


 いらぬ分析を中断し、ノーグもまたアイロギィの下へと向かう。

 イサラ・トリティエの参戦が、ソラノアとユキシロに何を齎すのか想像できぬのだから。


   ◇◆◇◆◇◆


「ソウタさん、無事ですか!?」


 崩れ落ちた瓦礫と品物などが積み重なった、この地下の巨大倉庫へと降りて来たソラノアを、宗太は気を留めることなどできなかった。

 魔偽術(マギス)が直撃したはずのアイロギィが、全く傷を負っていないから。


「どうして――!?」


 あの光景は現実だ。《竜牙爪座(エタギエョル)》で胸を貫いた、あの光景は。


「質問すりゃ、なんでもかんでも、教えてもらえるなんて、思ってんじゃねぇよ、ガキが」


 アイロギィがそう粋がるが、息も絶え絶えで疲労は拭えない様子だ。

 宗太が魔偽術(マギス)を外したのか。それとも、アイロギィが受け切られたのかは分からない。


(駄目だ。ここで使うしかない。この切り札を)


 籠手の魔偽甲(マギカ)〔アンタイオス〕に意識を持っていく。

 使用すれば絶大な威力を発揮するが、一度しか使えない上に加減ができず、制御が困難だ。それに何より、この館そのものを消滅させる危険性さえある。それを地下室という密閉空間でやるにはリスクが大きい。

 が、躊躇える理由はもはやない。


「《傀我儡座(キウギリウ)》!」


 鎧の魔偽甲(マギカ)〔リンドブルム〕を発動させ、思考通りの、寸分違わない動きを自らにさせる。

 宗太は脳内にある、この屋敷の地図を広げる。

 ここは地下とはいえ、裏庭の地上から荷物を直接搬入できる構造だ。そこまで行けば、館を全壊させずに済む。


 残骸を踏み分け、飛び越えながら宗太は限界を無視した速度で駆け、アイロギィを殴りつける。

 黙視困難の突きのはずだが、やはり頬を掠めるだけで直撃しない。

 構わず膝を突き上げて腹部を狙うが、距離が足りずに空を切る。

 アイロギィの黒い『剣』が宗太の左肩から右腰へと刃が走る。しかし、強化された宗太の肉体にダメージはない。目に見えたものは。


(――いや。あの時みたいな魂が抜ける感覚はない!)


 それが自信となり宗太はさらに攻める。魔偽甲(マギカ)を使えなくさせるほど速く。鋭く。

 宗太が殴り、アイロギィが斬る。

 その余波で棚にある盗品や、それらが詰まった木箱などが破壊されていく。


〝魔人〟と〝魔剣〟の戦い。

 そこにはもはや、ソラノアが入り込む余地はない。

 誘導していることを相手も読んでいるかもしれない。しかし、宗太の猛攻になすがままといった状況だ。


(いける――いや、やってやる!)


 打法に極力、館の基礎に影響を与えない程度の魔偽術(マギス)を混ぜる。

 アイロギィは宗太の魔偽術(マギス)を警戒してか、常に避ける。



 終結の形は、徐々にその姿を露わにしていく――



 破壊によって戻る道を塞ぎながら殴りつけていくと、目的の場所である搬入口に辿り着く。すんなり来られたことが少々気がかりだが、今はその好機に縋るしかない。

 超接近の攻撃から宗太は摺り足で半身退き、魔偽術(マギス)を構成する。


「《炸炎座(アオケシ)》!」


 星座は変化し、宗太とアイロギィの間に、小さな爆発を起こす。

 アイロギィは衝撃に後方に仰け反る。それを狙い、宗太は胸ぐらを掴む。

 攻撃と逃亡を阻止するため宗太はアイロギィの右手首も掴むと、切り札を――籠手の魔偽甲(マギカ)〔アンタイオス〕を発動した。


「《暴餓獣座(エャスギエガ)》!」


 すると籠手の一部が開き、そこから尋常ではない量の魔力が溢れる。

 攻撃するたび。防御するたびに魔力が蓄積される――鎧星隷ラグスワーグの能力がすぐに気づけたのは、これのお蔭だ。

 溢れる魔力の全てを使い、宗太は魔偽術(マギス)を構成する。


「跡形もなく消し飛べ!」


 術図式は衝撃波へと転換し、ゼロ距離で放たれたそれは、アイロギィはおろか屋敷そのものを吹き飛ばす。

 轟音だけで屋敷を全壊させかねない威力を伴った衝撃波は、その奥の森すらも更地へと変えてしまう。

 そして衝撃波が消滅すると、月と星々の光が宗太を照らし、静けさが優しく包む。そこにアイロギィの姿はない。



 ――たとえ、それがどれほど残酷で、望まぬものでも……



「――っ!?」


 宗太は森の奥のそれ(・・)に息を呑み……絶望を抱く。

 全てを賭けた一撃は、そのことごとくを粉砕した。

 アイロギィ(・・・・・)以外の(・・・)周囲全てを(・・・・・)彼に一切の(・・・・・)ダメージを(・・・・・)与えることなく(・・・・・・・)

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