2.魂を刈り取る剣
一帯を燃焼させながら進む巨大な熱球は、黒い腕ごと宗太を包み爆破した。
「ソウタさん!?」
「ソウタ君! 助けに来たわ!」
予想だにしなかった事態に困惑するソラノアの横から、そう叫んで飛び出してきたのは、《雷豪熱座》の術者ホウナ・サナックなのだが……
濛々と立ち込める爆煙の中、最初に脱したのは直撃を逃れたアイロギィだった。彼はソラノアとホウナを見ることなく、立ち込める煙の中を警戒している。
と、壁が音を立てて崩れ、火が弱るものの煙は燻り続ける。この部屋に留まるのは危険かもしれない。
「……普通に、喰らったんですけど!」
崩れた瓦礫を殴り飛ばしながら抜け出た、宗太の第一声が響く。
「君の受術耐性なら大丈夫だったでしょう!? 私の唯一の自慢の高受術耐性を、あっさり抜いてった君なら!」
「ええ! お蔭様で!」
「それに変な腕から脱出できたでしょう!? 私、割と救世主!」
「だあああ! なんでここの女性は、みんな個性的なんだよ!?」
思わず、足元の壊れた壁面を蹴飛ばす。
アイロギィへと向かうが、彼はいとも簡単に避けた。
「そんな暢気なこと言っている場合か! 崩れるぞ!」
ホウナが出てきた同じ穴から、長身の男性団員であるショーダス・パンクが駆け込んで来た。
その登場に誰よりも反応したのは、様子を伺っていたアイロギィだ。
「四人か……まぁ、充分だろう」彼は手を組み、「連なれよ星々――《脆崩座》!」
アイロギィは自身の前に現れた術図式を地面に叩きつけると、星座が部屋の隅へと伸びる。
瞬間、足元の床が抜けた。
みながまず始めにしたのは足元の確認よりも、アイロギィの動き。
アイロギィは右半身を内へと捻り、『剣』を構えていた。まるで何かを射出でもさせるかのような姿だ。
離脱するために、踝まで抜けた床から出ようと一歩踏む。と、その床も抜けて足元を取られる。
まるで雪面にでも変化したかのような、脆弱化した床。加えて、ショーダスが告げたように、部屋がミシミシと悲鳴を上げ、部屋自体が揺れ出す。
「くそ! 吹っ飛べ!」
「連なれよ星々――《層多壁座》!」
不安定な足場なため正確に定めるのを放棄し、宗太はアイロギィに館が崩壊するのを覚悟で衝撃波の魔偽術を放つ。
ソラノアはそれを理解し、魔偽術の多層壁を形成して崩壊とアイロギィの攻撃に備える。
そして、アイロギィは捻った反動を全開で使い、身体を外へ『剣』とともに目一杯振る。
――俺は、どこだ?
刹那、意識が戻る。
一瞬だけだが、気を失っていたようだ。
(いや、違う……)
宗太は自らを否定し、訂する。
(魂の解放だ)
あの瞬間。どうしてか、自分の身体がどこにあるのか分からなかった。
それはまるで幽体離脱でもしたかのように魂が肉体から離れ、還るべき場所を見つけられずにいた。視覚的なものはないが、感覚的にはそうとしか言えない。
「ホウナ!」
ショーダスの声に、ハッと我に返る。
肩越しに振り返れば、ホウナが白目を剥いて倒れ、顔面蒼白のショーダスが彼女を抱えている。
《層多壁座》を継続できなくなっていたソラノアは、目を見張ったまましゃがみ込み、自らを強く抱き締めている。いや、自身の肉体が在ること確かめているのだ。
「ちっ! その展開の早い魔偽術は厄介だな」
宗太が放った衝撃波は避けられたようで、アイロギィは渋面を浮かべ、片膝こそついているものの無傷である。
ただ、理由は分からないが、宗太の魔偽術によって『剣』は万全に使うことはできなかったようだ。
追撃をしてこないことから、連発はできないのだろうか。
だが、その憶測で飛び出すには危険すぎる。
何故なら、今のアイロギィの攻撃がまるで分らないから。完全に見えなかったから。
もし、アイロギィの現状が演技なら、不可視の攻撃をまともに喰らったら取り返しのつかない事態になるかもしれない。
(いや! 逃げ腰になるな!)
日和った自分に活を入れる。それに自分にも切り札はある。
「二人とも、ホウナさんを連れてまずはこの部屋から脱出して!」
返事はないが、宗太にそれを待つ余裕などなかった。
『剣』が、どういったプロセスを経て発動するのかなんて分かりやしない。
なら、やれることは攻撃させないこと。それしかない。
「捲れ上がれ!」
術図式は宗太の真下へと張りつくと、床板が捲れ、波のようにアイロギィへと迫る。
宗太は結果を見ず――どちらにせよ、捲れた床板で視界が遮られている――、脆い床を駆ける。そして、まだ崩れていない壁面に手を突く。
「弾けろ!」
星座が壁を走ると砕け散り、アイロギィがいるであろう場所へと目がけた散弾を化す。
これで倒せるとは思わない。だが、数秒間この部屋に留めておければいい。
後方を一瞥すると、ソラノア達の姿はない。
「抜けろ!」
術図式が纏わった拳を宗太は地面へ叩きつけると、衝撃が拡散し、この部屋と地下を隔てる壁を完全にぶち抜く。
自由落下の最中で、崩れ落ちる瓦礫に紛れるアイロギィの姿を確認する。
魔偽甲を使ったのか、彼は光の繭のようなものに包まれ、破片の直撃を防いでいた。
(色々と備え過ぎだろ!)
宗太は毒づきながらも、これである程度の確信ができた。
アイロギィは宗太とは違い、肉体が強化されていない。
最低限、瓦礫を無視できるほどには。故に、切り札はまだ使わなくてもいいだろう。いや、この状況で使用したら、館も自分もどうなるか分からない。使うべきではない。
瞬時に取捨を選択し、宗太が魔偽術を展開すると、目の前に星座が浮かぶ。
得意な衝撃波の魔偽術ではない。この数秒で最大級の威力をぶつけるには、見よう見まねだが、確実に自分の想像よりも強く速いこの簡易魔偽術だ。
「《竜牙爪座》!」
轟音を上げる衝撃波は、アイロギィの胸の中心を彼を包む繭ともども貫いた。