1.人非ずものの力
横薙ぎに、長い腕を鞭のようにしならせ、宗太の左側を狙うアイロギィの黒い剣。
間合いの外から来る大振りの攻撃に、宗太は魔偽術で壁を形成し、受け止めんとする。
光の壁に黒い剣が衝突すると、いとも容易くかち割り、勢いをさほど殺すことなく迫る。
しかし、そのもぎ取った一瞬で、宗太はアイロギィによって作られた間合いを崩そうとした。
が、彼の左腕から伸びていた分銅に右脚を絡め取られ、機会を失う。
黒い剣は宗太の左首へと疾る。
「《層多壁座》!」
宗太の首元に星印が配置され、立体交鎖がなされた。
咄嗟に構成した星座――簡易魔偽術は光の壁となり、首を撥ねんとする黒い剣を再び妨げる。
結果は先と同じで、すぐに破られた。だが、次の壁が再び攻撃を妨害する。
アイロギィは力を込めるが、幾層にも重ねられた障壁はその威力を殺いでく。
宗太は右脚を退き、固めた拳でアイロギィの胸の中心を砕かんと突く――前に、アイロギィは後方へ逃れてしまう。
「魔偽術で『剣』を受け止めちまうとは。さすがは『魔物』ってところか?」
右半身を前へとずらし、アイロギィは黒い『剣』を構え直す。
宗太はすでにアイロギィから外されている分銅を、左脚を振りながら解く。
(ソラノアにはつくづく感謝しなくちゃな)
防御系の魔偽術は、攻撃系よりも単純な構成で展開も早いから覚えた方が役立つとソラノアは教えてくれた。加えて、〝魔人〟の言うところの簡易魔偽術なら、それは格段と飛躍するはずだとも。
簡易魔偽術の利点は、星印配置と立体交鎖さえ覚えていれば、勝手に術図式になることだ。
宗太が普段使う即席の魔偽術は、願望を瞬時に現実化できる。が、繊細さを欲するとなると、より精密に考えなければならないため、瞬時に構成して放つのは難しくなる。
故に、今のように早さを求められた時。より正確に、緻密に最大の威力を発揮できるのは、九九のようにただ覚えておけば術図式になる簡易魔偽術だった。
「ソラノア。予定通り、あいつは俺がやるから。君は自衛に専念していて」
「――分かりました」
間があったのは、彼女なりの心配があってのことか。
だが、ソラノアを守りながら戦うのは、宗太の実力では不可能に近い。
本気を出したら、自分が一体どんな力を解放してしまうのか分からないのだから。
退避していくソラノアを守るように、宗太が移動する。
アイロギィは前に跳び出し、再び間合いを詰めに図る。
宗太もまた近づく。剣なら内に入った方が有利だ――これは単純に経験から得た答え。
ノーグから受けた訓練は戦闘技術を覚えるのではなく、戦闘経験を積むことだった。四日間という短期間で付け焼刃程度だが、数多くの戦いを宗太は経験した。
と、アイロギィが裾口から万年筆のような筒を取り出す。
「《裂針鳴座》」
魔偽甲を発動させ宗太の足元へと投げる。床にぶつかった瞬間、筒が真上へ炸裂し、中に詰まっていた無数の針が射出された。
宗太自身こそ無事だが、微小の針は装備には突き刺さった。
問題はない。
宗太は『剣』の出方を警戒しつつ、自らの右肩を引き、アイロギィの攻撃の支点たる右肩を拳で突かんとする。
その時だった。針は細かく震え、鎧星隷の声のような甲高い音を発したのは。
いきなりのことに、宗太は思わず止まる。いや、止まらざるを得ない。
三半規管に影響でも与えるのか、視界が歪み、うねる。距離感が取り辛い。というよりももはや、立っていること事態が困難だ。掌を手前についたつもりだが、実際はどうなのか見当もつかない。
軽装鎧などに刺さった針を払うが、簡単に折れてしまう。その状態でも音は響く。折れて針先が埋まったため、取り出すのは難しい。
(学んだとはいえ、足りな過ぎる……)
魔偽術や魔偽甲との戦闘も訓練した。が、その種類はごまんとあり、宗太程度の経験値では状況把握から察するのは困難だ。
宗太が自らの失策に舌打ちしている間にも、生まれた隙を狙ってアイロギィは『剣』を振り下ろす。
避けるため、宗太は右に跳んだ――つもりだったが、アイロギィとの距離が急に縮まる。
(くそ! 前なのかよ!)
結果として『剣』を避けることは成功したが、下から突き上げられたアイロギィの足が宗太の顎を強襲する。
意識を失わなかったのは、単に運がよかっただけだろう。
宗太は倒れるより前に、アイロギィとは真逆の方向へ。瞑目し、紐の魔偽術を構成する。視界を失くせば、幾分かは音による妨害を受けずに魔偽術を構成できた。
術図式が変異し、形成された紐が伸びて壁へと接続する。あとはそれを縮めれば一時離脱ができる。
その一瞬で負った症状を判断するしかない。アイロギィは迫って来ているのだから。
顎が砕けることも歯が折れる様子もない。だが口の中は切り、血の味が広がる。
「おいおい。なんつー頑丈さだよ。それがお前の能力か?」
アイロギィが愚痴を零すが、音を発する魔偽甲のせいで正直そう喋ったのかやや怪しい。
(まずは鬱陶しい、この魔偽甲をどうにかしないとな)
揺らぐ視界で僅かに捉えたものは、アイロギィが左手で何かを握ったこと。
宗太はアイロギィから離れるため、構成速度の早い簡易魔偽術を構成する。
「《昇波円座》」
突き上げられる衝撃波は円状に広がり、アイロギィを弾き飛ばした。
(これで五分稼げる!)
アイロギィが床に転がっている隙に、今度は宗太がいつも行う即席の魔偽術を構成し、纏う。今なお鳴り響く、魔偽甲の不快音を相殺する音を。
光の粒を纏った宗太の視界は元に戻り、五体が思ったように動くようになる。
宗太は手を突き出し、使い慣れた衝撃波を放とうとする。
だがそれよりも早く、アイロギィが倒れたまま左手に握っていたリボルバー式の拳銃の引き金を引いた。
被弾しても傷つけられない肉体を得た宗太ではあるが、弾道を見切ることができる動体視力を駆使して避ける。その銃弾に嫌な予感がしてならなかったから。
銃弾は宗太の後ろの壁を撃ち抜くが、特段変化はない。
だがアイロギィは立ち上がりながら、一発一発距離を取るかのように発砲し続ける。
針の魔偽甲が宗太の脳裏に過る。
いくら強化された肉体、防具があるとはいえ、避けられるものは喰らわない方がいいだろう。
「《腕暗追座》」
アイロギィが引く最後の一撃は明らかに魔偽術が施された、魔偽甲の銃弾だ。
当然、避ける。銃弾が後ろの壁に着弾した頃には、宗太は衝撃波の魔偽術を構成していた。
音も気配もない。ただ、寒気が宗太を振り向かせる。
そこには光を放つ壁から黒い腕が生え、宗太を捕まえんと伸びていた。
(くそっ! 壁に撃ち込まれた銃弾が星印ってことかよ!?)
それが失態だったと、宗太は毒づく。
何故なら、アイロギィが『剣』をこちらに突き立てんとして来たからだ。
宗太は見向きせず、構成していた魔偽術をアイロギィがいるであろう場所目がけて闇雲に放った。
事態は最悪だ。
衝撃波は避けたようで、アイロギィは右へと移動していた。そして、黒い腕に宗太は掴まれ、拘束される。
「連なれよ星々!――」
部屋の壁面に空いた破壊穴。そこにいた、仲間として同行した柔和な女性団員であるホウナ・サナックが手を組むと、術図式が展開された。
「――《雷豪熱座》!」
その彼女から放たれた魔偽術は紫電迸る火球へと一瞬にして変わり、宗太の視界を埋め尽くした。




