プロローグ 戦火の残滓
半ば強引に、それこそ家屋を破壊してまで、ノーグは村人達を戦闘領域から離れさせていく。
声を潜めた口汚い言葉こそ浴びるものの、石などはもう投げられない。
彼女は抵抗した者には、意識を失わない程度に痛めつけたのだから。犯人が分からない場合は連帯責任として無差別に、それこそ女子供、老人など構わず行った。
それ故に、村人達は完全に抵抗の意志を失っている。
と、連絡用の魔偽甲〔オレイアス〕が反応する。
《ソラノアです! 今、アイロギィ・スタンフクが現れました!》
「分かった。ソラノアは引き続きユキシロの補佐に当たってくれ。相手は〝魔剣〟だ。くれぐれも自衛が優先だということを忘れるな」
《分かりました》
ソラノアとの通信が切れると、今度はノーグが他団員の〔オレイアス〕へと繋ぐ。
「総員聞こえるか!? 予定よりも早いが避難が済み次第、各自館に向かってユキシロの助けに入れ!」
やはり予測通り、最奥の館にアイロギィは潜んでいた。
当然の結果と言えばお仕舞だが、何故だが引っかかる。
こちらの都合通り進むことなど、今が初めてではない。むしろ、そうなるために多くの準備をしているわけだから……
小さく頭を振り、優先すべきことへと意識を向ける。
「フラッパン! ここは任せた! 私は館に向かう!」
「御意!」
男性団員の一人、小太りのフラッパン・デテに命ずると、〔オレイアス〕をしまい、破壊された街灯の下をノーグは駆ける。
村の中央よりもやや奥に入ると、ジンク・セダーが敵を殲滅し終え、道の隅で捕えた敵と亡骸をそれぞれ拘束していた。
「ジンク! 私は最短の東側から行く!」
「分かりました! 俺は処理が終わり次第、中央から合流します!」
それだけを告げ、加勢を急ぐ。
林道に入ると、頭の天辺から爪先まで黒い外套ですっぽり覆われた、リーリカネット・イオがこそこそと作業をこなしていた。
彼女は戦闘技術が乏しいため、戦闘には直接参加してはいない。
代わりに、彼女特製の魔偽甲の罠によって敵の足止めを担っている。
その直接的な成果が、木々と一緒に括りつけられている者達だ。ざっと見ただけで、一〇近くはいるだろうか。
「トラップ♪ トラップ♪ 陰湿トラップ♪ そりゃ~トラップだから陰湿だ~♪」
喉が張り裂けるんじゃないかというほど、大きな声で歌うことさえあるリーリカネットだが、今は声を潜めている。
歌で敵を惹きつけて、罠に嵌める魂胆だろうか。相変わらず芸が細かい。
事前に登録した人間以外に発動する罠の群れを抜ける。
すると草の茂みの陰で、なんの性質を持つか分からない魔偽甲(なのかも定かではない)を、リーリカネットがつけていた。
「だっけど♪ うちのは正々堂々♪ 真正面から嵌めちゃいます♪ スポールマンシップ~推~奨~♪」
「引き続き頼んだ、リーリカネット」
「合点承知之助大左衛門時紀兼定!」
聞き慣れぬ名前を口にしたが、有名な罠師か誰かだろうか。相変わらず博識だ。
作戦開始から三〇分くらい経過し、敵はほとんど排除されている。拘束されていない者の姿もあるが、疲弊し、戦おうという生気は失われていた。
暗闇で明かりも乏しいが、地図は当然頭の中に叩き込んでいる。辿り着いた、この村の東側がどういった場所なのかも。
そこは空気が一変し、どこか厳かで重々しいもの気に変わる。
無神論者である自分でさえ、不躾に足を踏み入れることを躊躇う。
その空気の象徴である九十九鳥居。無数の鳥居が連なり、苔生す石畳と灯篭は実に幻想的だ。
人間の地と神々が御座す領域を結ぶ聖道。そこに。いや、その奥にノーグの視線が行く。
彼女は目を離さぬまま〔オレイアス〕を取り、テッジエッタへと繋ぐ。
「テッジエッタ。悪いが私は遅れる」
《……分かりました。あとは私が引き継ぎます。お気をつけ下さい》
テッジエッタが理由を訊ねなかったのは、こちらを察してだ。彼女はいち早く情報を把握し、次の展開を組み立てるのが得意だ。
〔オレイアス〕をしまい、両刃剣の魔偽甲〔スキョフニング〕を鞘から抜く。
(この先に何かがいる……)
所詮は勘でしかない。この刻一刻を争う状況で、無駄足を踏むリスクを背負う必要があるのか……
(いや、だからこそ、だ)
経験から生み出されるものであるが故に、信用に足りる。
この人と神を隔てる境界の先に、厄介なものが在ると。
一歩、領域に入る。
何かが変わるわけではないが、ノーグは自らの意志を変えた。
目的のために神聖を侵すことも厭わない、純粋な戦士へと。




