4.【テーブルスナッチ】
〝魔剣〟ビロゥガタイドがあるという【テーブルスナッチ】の名の由来は『テーブルに出されたものは、そのテーブルごと奪う』という意味と、ノーグはうんざりと説明した。
その拠点であるここ、ニェク村が星地と確認されたのは四年前。九つ在る星地の中で唯一、『魔物』の現出後に確認された場所である。
村には宿泊施設を建設するような土地はない。また田畑を整備しても、この祭事だけで村を賄えることもできない。なので、外来者は隣町の宿泊施設を利用する。故に、今この村にいる大半の者がニェク村住人ということになる。
そういった状況の中、ソラノアは自分達の、あからさまな場違いな格好に少しだけ気が引けた。
黒装束の牧師と修道女の辛気臭そうな、しかも軽装鎧を身に纏っている集団が、そんなめでたい時に来るなんて思ってもいなかっただろう。
無言で村を闊歩するこの姿は、彼らから見れば葬儀屋か死神にでも見えるかもしれない。
ソラノアは隣で歩くソウタを見やる。
緊張していないわけではないだろうが、表情は穏やかだ。
――それが、ソラノアには少し不安だった。
そう抱いてしまう、きっかけ。
今作戦の最終打ち合わせをした、二日前の夜を思い出す。
◇◆◇◆◇◆
ソラノアは宗太への魔偽術の講座を終え、一旦ソウタと自宅で食事を済ませてから、最終打ち合わせを行う場所へと向かった。
それは部屋からでも行ける。だが、許された者しか入ることができない。
〝魔人〟オルクエンデを召喚した儀式部屋のように、ムーンフリークのどこかに存在する密閉された部屋だ。
前日のソラノアの無事を祝うパーティーで、みなソウタと顔を合わせているため、会議は全員が揃ったところですぐさま行われた。
ソラノアも自宅に戻ってから説明していたので、ソウタはすぐに作戦を理解したようだった。
とはいえ、作戦といっても『剣の御子』アイロギィ・スタンフクを見つけ、ソウタがとどめを刺す。一般人の犠牲は最小に。【テーブルスナッチ】は生死を問わない。そんな感じであったが。
作戦開始時刻や散開時の捜索の割り振り範囲、素性の割れている【テーブルスナッチ】工作員の最新情報などを伝え終えた直後だった。
黙々と聞いていたソウタが口を開いたのは。
「魔偽術によって空間を連結するとかできないの?」
「と、言いますと?」
脈絡もなく問われたことに、ソラノアが返す。
「たとえば海を繋ぐんだ。そして拠点を水攻めにする」
思わずソラノアはソウタを見やる。
それに対して返したのは、上座のノーグだった。
「お前、どういうつもりで言っている? 戦場はお前の試し場ではないんだぞ?」
「こういうのもなんだが、ユキシロ。相手は人間なんだぞ?」
「だからだろ?」
ノーグに続きジンクは諭すが、ソウタはぶれることなく返した。
彼の真意が見えず、隊全員が宗太に注目する。ほとんどが訝しむように。
ソウタはそんなソラノア達に説明する。
「被害を最小限にするためには、俺達がどれほどの力を持っていて、かつ残虐なのかを見せつけるのが早い――なんなら、俺がでも構わない」
「そうだとしても、無理な話だ。ソラノアから魔偽術の講座は受けているのだろう?」
「ええ。大規模になればなるほど、術図式は大きくなり見破られやすい。また、より精密になるから、少しでも崩されれば機能しなくなるんでしょう?」
ノーグにそう返す宗太。それに故に彼女の表情はますます険しくなる。
「分かっているなら、どうして?」
「可能性と価値の話です。それが不可能でもやる価値が見出せるなら、実行すべきだと思ったんですよ」
「つまりは、術そのものが失敗でも虐殺をやる覚悟が、こちらにあると知らしめるのが目的というわけか」
「ですけど、魔偽術が防がれるのを見越してやった脅しと取られる可能性あるかもしれませんね。みなさんの雰囲気だと」
ソウタはノーグとのやり取りで策を諦める。
そんな彼にどこか一抹の不安が過ったソラノアは、ソウタの提案が非現実的であることを補足した。
「それに大規模な虐殺は大陸条約違反になります」
「その効力はどういったものなの、ソラノア?」
「規模にもよりますが、大陸条約の加盟国に攻め入る大義名分を与えます。それに術者全員がアルトリエ大陸を追放されます」
「『無望の霧』に追いやられるってことか」
「死刑よりも残酷だと言われているな」
最後の一言はジンクのものだった。彼もまた、ソウタに懸念を抱いていた。
仲間を犠牲にする――卑怯だと自覚しているが、ソラノアはそれがソウタの枷になると思えた。
それからソウタは淡々と聞き、時折疑問を口にする。が、特に奇抜なことは口にしないまま、最終打ち合わせは終わった。
◇◆◇◆◇◆
犠牲を最小にするためとはいえ、あの時に垣間見せた優しい面とはまるで異なる、暴力的で残忍で冷徹な思考にソラノアは恐れを抱いてしまった。
何せ、表情は至って真面目で、普段講義を受けている時とまるで変らなかったから。
まだ五日しか知り合っていないのだから、彼のことを詳しく知っているわけではない。自分の知らない面をまだ見せていなくても不思議ではない。
だがそれでも、心配だった。自分の知らないソウタがいることが。
優しい彼が、残虐に手を染めるかもしれないことが。
(そんなのは私のわがままだけど……)
そうしている間にも事態は進む。
異様な集団に誰かが通報したのだろうか。祭りの責任者か村の代表かは分からないが、年配の男が近づいて来た。
「【千星騎士団】御一行が、わざわざこんな辺鄙な村の祭りに参加していただけるのですか?」
老人特有の朗らかな雰囲気を醸す笑みに対し、ノーグに愛想は皆無だった。
「アイロギィ・スタンフクをこの場に呼んで欲しい」
「はて、そのような者は――」
「そうか。なら、捜索をさせて貰う」
俄かに周囲がざわつく。
一方、団員――【凶星王の末裔】達は一言も発せず、予定通りゆっくりと散開を始める。
「ちょっと待って下さい! どのような権限で村を荒らすというのですか!? 明日は祭事の本祭ですよ!?」
「【テーブルスナッチ】を匿っている嫌疑は幾度とかけられていたんだ。我らが正義に於いて断罪する――それ以上の理由が必要か?」
そのノーグが〝魔人〟を召喚した日の、星将ロヒアン・マーチアントの姿が重なった。
歪んだ正義感というものは、相手に恐怖を植えつける。それを訂することができないと分かるから。
「隊員よ! これより違法集団【テーブルスナッチ】の首魁アイロギィ・スタンフク捕縛作戦を開始する!」
『はっ!』
それを合図に、みな各目標地点に向かって走る。
村の若者が制そうとするが、鍛え耐え抜かれた精鋭を足止めすることはできない。
ソラノアは予定通り、ソウタのあとに続く。
自分達が向かうのは、村の最奥。そこには大きな屋敷があるという。
ソウタの背中を追う。彼の顔は窺えない。今、どういう心境か計り知れない。
「おい! 待ってってんだよ!」
中肉中背だがどこか暴力的な雰囲気を醸す若者が、ソラノアの肩を掴もうと手を伸ばす。
ソラノアは咄嗟に構え、敵を受け流そうとした。
が、それよりも早くソウタが男の腕を取り、魔偽術を構成したのち、近場の家の壁目がけて放った。
男は音もなく、壁にぴったり嵌る――術図式から察するに、魔偽術は男が壁に触れた瞬間に、彼の身体の形通り壁をくり抜き、拘束するもの。放り投げる力そのものは、彼の自力である。
ソウタは身動きの取れなくなった男など見向きもせず、再び走り出す。
それから行く手を阻む者を、ソウタは時には最少の動きで。またある時は魔偽術によって強引に。
人間などまるで相手にならないほど、圧倒的な力を見せつける。
彼がそう思われることに傷つくとは分かっていながらも、そう感じざるを得ない。その淡々と、単純作業でもこなすように敵を排除する姿を見てしまうと。
それでいい。目的のためには小さな障害に構ってなどいられない。
それでいいはずなのに、ソラノアの胸の奥がざわつく。
(……いざという時は、たとえソウタさんに軽蔑されても、敵視されてでも私が止める)
そんな訪れるはずがない時を、どうして想定してしまったのか……
盲目的に信頼することが助けることではない――ソウタを案じてしまう自分への言い訳のように心に刻む。
自己嫌悪に苛まれつつ、ソラノアは足を進める。




