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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第三章 祭事が行われる時、狂宴は知れず開かれる
20/112

1.それでも夜は過ぎ、朝はやって来てしまう

 ――朝を迎えた。


 本来なら、迎えるはずのなかった朝を。

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、ソラノアの白い顔を照らす。

 目覚めとしては、正直言ってしまえばいいものではない。時計はまだ六時を半ばまで回った程度。いつもなら、もう三〇分は寝られていたはずだ。

 ごろり、と横になり、陽光に背を向ける。

 朝が弱いため頭が呆けているのはいつものことだが、今日は寝る時間がいつになく短いせいもある。


(なんてことをしてしまったんだろう……)


 ソラノアは自らの浅ましさと過ちを、ソウタに就寝の言葉をかけたあと責め続けていた。布団に入り、目を瞑っても。

 しかし、本能というものは残酷で愚かなもので、いつの間にか寝てしまっていた。それでも、いつもよりは寝つきが悪い。


 もう一度目を瞑っても、眠気はやって来ない。

 しばらくそのまま、布団の中へ潜る。

 だが、昨日の夜の愚行が頭を過ってしまう。


 仕方なく寝ぼけ眼を擦りながら、ソラノアはベッドを何度か躊躇いはあったものの出ることにした。

 朝食を取ることはおろか、二人分を作るとは思っていなかった。

 また、昨日は買い出しに行くのは忘れていたため、冷蔵庫の中には僅かな食料しかない。記憶が確かなら、萎びたきゅうりが一本あったくらいか。


(馬鹿な抵抗しちゃったな)


 覚悟はしていた。命を捨てることを。

 だがどうしても、自分の代わりとなる〝魔人〟オルクエンデに抗いたかった。そんな惨めでちっぽけなことでも。


(結局は、全然心なんて決めてなかったんだ……)


 そっと扉を開けると、ソウタが布団を被って部屋の隅で小さくなって寝ていた。トイレやキッチンの進路に邪魔にならない場所で。

 音を立てないように足音を殺して、キッチンへと進む。


(ソウタさん、ちゃんと寝られてるのかな?)


 布団を被っているため、寝顔は見られない。が、寝息のようなものが聞こえることから、睡眠はできているのだろう。

 冷蔵庫を開ける。

 真ん中に堂々ときゅうりが一本、鎮座している。思った以上に萎びて。


(食べに行くしかないかな?)


 時計を見ても、先程と大して時間は進んでいない。

 学院寮の食堂は八時には開くが混雑する。外食も少し遠いところでも九時に開く。

 なんとなはしに、腹をさする。


(どんなに悔いても眠気は来るし、お腹は空く……)


 そんな人としての当り前の生理が、残酷にさえ感じる。

 まるで反省していないように、糧にしていないような気がしてならない。

 少し手を下ろし……止める。

 つくづく思う。覚悟なんてしていなかった、と。

 心も身体も、純潔も。何もかもを捧げようと決めていた。

 だが現実は、ただ勢いに、成り行きに、それに何よりソウタに全てを任せ、押しつけようとしていた……


(ほんと、なんにも考えてなかった……)


 自らの思慮の低さに、勢いよくバタンッと冷蔵庫の蓋を閉めてしまう。


「んっ……」


 布団の動く音とともに、ソウタの声が聞こえた。

 大きな音を立てたことを悔いても、もう遅かった。振り返れば、ソウタが目を開けてこちらを見ていた。


「あぁ、ソラノア……おはよ」

「おはようございます。すみません、起こしてしまったみたいで」

「ん? あぁ……まぁ……大丈夫だよ」


 むっくりと起き上がるソウタには、どこか気だるさが垣間見えた。


「ソラノアが朝ご飯作ってくれるの?」

「……すみません。こんなのしかなくて……」


 ソラノアは申し訳なく、その萎びたきゅうりを取り出して見せる。

 それにソウタはプッと吹き出し、声を殺して笑う。


「どういう状況で、それが残ってるわけ?」

「まぁ、色々あって……」


 よっぽどツボに入ったのか、ソウタは笑いっ放しだ。

 そんな姿に、ソラノアも少し釣られた。


「……で、それを両端から二人で一緒にかじる?」


 なんて冗談を言うソウタ。

 まるで昨日のことを気にしないように、彼は振る舞ってくれる。


「いえ。ソウタさんだけで大丈夫ですよ」

「わぁ。悲しいくらい親切だね」


 ソラノアもまた、できるだけ昨日の日中に近づこうとする。

 それでも、昨夜のことをなかったことにはできない。してはいけない。自らを戒めるために。ソウタとの約束を反故にしないために。


「で、朝食の当てはあるの?」

「二階に食堂があるのでそこに行きましょう。八時には開きますけど、少し早めに出ないと混んでしまいますので」

「まだ、時間があるのか……」

「ですね」

「かといって、そのきゅうりをかじるのはな……」

「まぁ、勿体ないので、これは漬物にしましょう」


 塩を取り出し、ソラノアは軽く準備に取り掛かろうとする。


「そうだ。その前に、ソラノア」


 と、ソウタが綺麗に畳んでいた自らの服の上に置かれた何かを手に取った。

 そして、「これ、貰ってくれる?」と手渡してくる。


「ありがとうございます」


 受け取ったそれは掌大の薄紫色をした、花のような形を模したバッジだった。


「でも、どうしたんですか、こんな綺麗なもの?」

「まぁ、元は星将がつけていた勲章なんだけど、それを魔偽術(マギス)で加工したんだ――一応、建前としては〝魔人〟補佐の印ってことでさ。こういう造形は書店のポップ作りで慣れてんだ。ほんと、イメージ通りの工夫ができる魔偽術(マギス)はこういうのには便利だね」


 さらっとソウタは言うが、魔偽術(マギス)をイメージ通りに再現するには相当の技術と知識、加えて意志と想像力が有する。 

 それを熟したのは、ソウタの想像力が精密なのか。それとも〝魔人〟オルクエンデの力か……


「モチーフは桜か何かですか?」

「まぁ、そんな感じかな? 真っ先に浮かんだのがその形だったから。ただ特に花言葉とか知らないから、詳しく突っ込まないでね。なんとなく、だから」


 桜の勲章は精巧にできており、思わず細かい場所まで魅入ってしまうほど。

 一通り眺めたあと、ソラノアは胸につけてみた。


「パジャマにはつけなくていいんじゃないかな?」

「そっ!? そうですね!」

「なんか、そこまで喜ばれるとちょっと照れるな」


 頬を掻き、照れ臭そうにするソウタに、やや浮かれていたソラノアは顔をますます赤くした。

 自らの顔に触れると、知らぬ間に表情が綻んでいたようだった。


「……嬉しいですから」


 そう口にするのは、少し恥ずかしかったが。それは紛うことなき本心だ。

 これができ上がった理由にどんなことが含まれていようとも、ソウタが作ってくれたことに変わりないのだから。


「じゃあ、ひとまず置いてきますね」


 ソラノアは漬物の準備をそのままにし、部屋へと戻る。

 そして、机の中央に置く。外出用の携帯品のすぐ隣に。


(私も、私にできることをしよう)


 勲章を見つめながら、ソラノアは心に決める。

 まだ、これからの自分が何をできるかは分からない。

 だがそれでも、今の自分にできることをやってみようと思う。

 ソウタのために。自分ができることを。

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