プロローグ 歪に、歪み、歪む
この世界に何かが起き、少なからず七〇年以上が経つ。
その何かが『魔法』が原因だと、私は知っている。
その何かを『魔法使い』が仕組んだと、私は知っている。
そして、その何かはこの村の住人にとって、どうでもいいことだということも、また。
私は、村人が『剣の神子』を祀る祭事の準備を視界の片隅で確認しつつ、村の奥へと戻る。
祭事は一〇〇年以上続いている。と、されている。
誰かに祭事がいつ始まったのか。どういった経緯で始まったのか。それを訪ねると、当り前のように同じ答えを返す。
『一〇〇年以上前、聖なる剣を持った神の子が禍の怪物を薙ぎ払い、この村を救った。その翌年から、救済の日を祝っている』と。
まるで遺伝子や脳内に書き込まれているかのように、この村の住人はそう説明する。
恐らくは、それは七〇年以上前から変わらずに、疑わずに続けられていたのだろう。
それが、小さく、それでいて強く変質したのは六年前だ。
「あぁ……神子様」
こちらに気づいた老婆が膝を突き、魔偽術でも唱えるかのように手を組む。
だが、その白濁した瞳に私は入っていないだろう。
老婆は私の隣を歩く、六年前に現れた『剣の神子』に頭を下げる。
が、『剣の神子』は特に何を言うわけでも、見るわけでもなく真っ直ぐ進む。私もそれに続く。
老婆はそれで構わなかったのだろう。去っていく『剣の神子』の背を拝み、何度も頭を下げている。確認せずとも、幾度もあった光景なので容易に姿は想像できた。
この『剣の神子』が現れたことで、この村に根づいていた伝統に歪みが生じた。
伝承が現実化してしまったことによって、彼らの信仰が歪曲し、狂い始めたのだ。
ある者はただただ盲目的に縋り、崇めるだけになった。
またある者は、この機を利用し、金儲けを企んだ。
目に見えぬものであるが故に、答えもなく自由に、それでいて同方向に向けざるを得なかった信仰と習慣。それと妥協は、確かに存在するものせいで、各々の欲望を絡めることができるようになってしまった。
それが最も具現化したのが、この祭りだ。
身内だけで行われていた奇祭は現実化した伝説の登場により、外に目を向け、手を伸ばし始めた。
だが、観光客を求める一方、より狂信的に信仰によがるようになる。
故に、この祭りが本祭と後祭の二日に分かれることとなった。
それもまた妥協であり、村という閉鎖的で互いに監視ができるような空間では、そうせざるを得なかった。
明日の本祭は主に伝統に重んじた、内々の内容。後祭はほとんど縁日や出店がメインで、『剣の神子』の力を観光客に披露し、金を吐かせようとする内容だ。
これは【テーブルスナッチ】のよい資金収入源であり、【連星会】との繋がりを円滑にする機会でもある。隣町は【連星会】が管理し、出店なども彼らのものなのだから。
「一応伝えておきますが、明日、祭事終了後にルマエラ・カーナーとの謁見がありますので」
「【連星会】の遣いだろ? 面倒な時に……」
「だからでしょうね。あなたが疲労して思考が低下している時を狙って、あちらのいいようにことを運びたいんでしょう」
「そんな単純じゃねぇっていうの」
「いえ。単純馬鹿ですよ?」
「お前な……」
呆れ、顔を手で覆う彼に、私は前を見たまま告げる。
「でも大丈夫です。私がいます」
彼は顔を覆ったままだが、小さく吹いた。
私もまた、口角が吊り上げる。
たとえ、どんな敵が来ようが。どんな策が迫ろうが。構わない。
それら全てを、無為にできるのだから。
こちらには物質化した『魔法』――『魔物』の一柱、〝魔剣〟ビロゥガタイドが在るのだから。
そして、私と『剣の神子』であり【テーブルスナッチ】の長でもある、アイロギィ・スタンフクは部屋の奥へと戻った。




