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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第二章 魔人が生まれた時、青年は道を進む〈下〉
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7.戦果に見合った対価

 時計台は十八時を回り、日も落ち始めた。

 ソラノアはどこかで食事を済ましたのち、彼女の部屋へと帰ろうと提案してきた。

 しかし、宗太はもう一か所寄る必要がある。


(いい加減、俺の『宣伝』があの男に伝わっていてもいい頃だろうな)


 最悪、耳に入ってなくとも、奪い取った星将が持っていた印章がある。

 誇らしげに身に着けてあったのだから、それなりの意味を持つもはずだ。あのロヒアンという男が、お洒落という理由でつけていたとは考え難い。


「ソラノア、お父さんのところまで連れて行ってくれる?」

「えっ!?」

「話さなくちゃいけないことがあるんだ」


『どうして?』『何を?』――そんな当惑がソラノアの顔から如実に表れる。

 だが、確固たる目的はある。

 ソラノアを助けるためにこの世界に喚ばれたというのなら、それをこんな中途で投げ出すわけにはいかない。




 ソラノアの父、ジャック・リスフルーバがいる場所は街の中央にあるムーンフリーク会議場近くの議会委員宿舎。

 もちろん、娘だからと言ってすんなり入れるわけではない。

 事前に秘書に許可を取る必要がある。『ユキシロ・ソウタ様が謁見したい』と告げた際のソラノアは酷く緊張していた。

 なお、ソラノアはここに住んでいるわけではなく、ムーフリーク千星技術学院の寮でくらしているとのこと――つまりは、そこでソラノアと二人暮らしということになる。


(夢のような生活なのか。はたまた修行生活になるか……)


 あまり妄想せず、気を引き締める。

 ここから先、頭の中を桃色で埋め尽くして立ち向かえるほど甘い相手ではないのだから。

 議会委員宿舎は他の住宅地とさほど変わらず、豪華絢爛というわけではない。ただ、宗太が漠然と思っていたマンションのようなものではなく、完全に一軒家である。また、十二軒全てが高い壁に覆われ、分厚い門扉の前には屈強な守衛が三人立っている。

 守衛の一人に話しかけ、中に入る。


 ジャック・リスフルーバが住む宿舎の玄関前にもまた守衛はおり、門から家の中に入るまで十五分近く時間を有した。そのほとんどが確認の待ち時間だ。

 秘書の女性の案内でやっと家に入り、ジャック・リスフーバの執務室前に辿り着く。

 ソラノアはドアをノックし、「ソラノア・リスフルーバです」と扉越しにいる父にどこかよそよそしく名乗る。


『入れ』


 たった一言ではあるが、こちらの心臓を鷲掴むような冷酷さを帯びている。


「失礼します」


 あの時はフードによって断定できなかったが、髪の色もまた黒い。【凶星王の末裔】なる不気味な名を冠した長に相応しい、深淵のような黒だ。

 その男は机に向かい、ペンを走らせている。

 こんな男でも職務に追われるというのは少々滑稽ではあるが、入室者を見向きもせずに仕事を続ける様はまるで笑えない。不気味この上ない。


「なんだ?」

「一応、今日の活動報告をしておきましょうかと」

「不要だ。テッジエッタ・マラカイトから聞いている。それとも〝魔人〟はたかだか虫一匹を殺したことを自慢するのか?」

「俺にとってはただの虫ですけど、他の人間から見れば厄介な害虫だったんじゃないですか?」


 あえて喧嘩腰な態度を取る宗太に、ソラノアの顔が青白くなっていく。

 止めようとしている。背後でおずおずと手を伸ばしているのは分かる。だから、宗太は一歩進んで彼女の手が届かない位置に立ち直した。

 果たして、こちらをどう評価するか。

〝魔人〟の力を得て調子に乗っている男と見るか、元々そういった人間だとするか。それともやはり、興味を示さないか。


「ですから、褒美とか貰えると嬉しいんですけど。その方が、他の人達にも示しがつくと思うんですけどね」

「御託はいい。言え」 

「ソラノアを俺に下さい」

「へっ?」


 やや間抜けな声が室内に響く。声の主はソラノア当人。

 宗太は机に向かって仕事を続けるジャックを見据え、ジャックは全く見向きもしない。こう問いかける時でさえ。


「そんなもの、どうする?」

「心配ですか?」

「言葉を選べ」

「さいですか」


 やはり、この男は〝魔人〟の力に対してまるで恐怖を抱いていない。

 これは〝魔人〟の力というものがその程度のものなのか。はたまた、このジャック・リスフルーバが〝魔人〟以上の力を有しているのか。

 そして、もう一つ分かったことがある。腹立たしいことが。


(この男、娘のソラノアにまるで興味がないじゃないか)


 母親が分からぬ以上、断言はできないが、髪や瞳の色が違うことから実子ではない可能性はある。

 だからといって、今日現れた文字通りどこの誰かも分からぬ男に渡すことに、少しくらい躊躇いがあってもいいのではないか?

 しかし、このジャック・リスフルーバという男には、それがまるでない。今の言葉もただ純粋に、ソラノアを貰って何をするのかという確認だ。


「ソラノアには俺の魔偽術(マギス)に関する教師や補佐になって欲しいんですよ。今後の戦いで、必要不可欠でしょう?」


 それらしい理由を述べるが、ジャックは視線を向けるだけで何も言わない。

 嘘ではないが、本音でもないことを見抜いているのか……

 仕方なく、本音を口にする。正確に言えば、本音のように聞こえるものだが。


「ま。本当は単純に、ソラノアの処罰というのが気に食わないだけですけどね」

「どうでもいい。それにどうせ、それには我が子を孕むしか役は残っていなかったのだ。折角だ、ソラノア。〝魔人〟の子でも孕んでおけ。実験道具になる」

「……はい」


 瞬間、頭が真っ白になる。

 聞き逃すことのできない暴言に、宗太は偽りのない怒りを覚えた。

 冗談でも絶対に口にしてはならないことを、この男は平然と吐いたのだ。

 ――だが、ここで暴れ狂うほど純粋でも、愚かでもない。

 宗太は感情を押し殺し、拙く描いた予定通りに状況が進むよう心がける。


「じゃあ、お父様のお墨つきってことでいいですね?」

「こんな下らぬ確認をするために、私の時間を使ったのか?」

「俺にとっては重要なことだったんですけどね」


 暗く俯くソラノアの背中に軽く手を添える。もう用は終わったと伝えるために。

 その際、僅かに肩がはねたのは、どういった意味か。宗太は漠然と理解したが故に、突き止めることを放棄した。彼女の自責する視線も、あえて見えないようにした。

 扉を開き、ソラノアを先に廊下に誘い、宗太も続く。そして頭を下げる。


「失礼します」


 これである程度の準備は整った。戦うための準備が。

 いくつもの偶然に対し、最善の対処ができた。そう自負する。

 純粋な感情と歪んだ思惑を抱え、宗太は扉を閉めた。

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