3.調子のいい女
「ソウタさん……?」
手当てから戻ってきたソラノアからには、明らかな戸惑いが窺える。
そこに含まれているのは不安か心配。はたまた怯えか……
「確かにソラノアの言った通り、すぐに調子に乗ったね、俺」
あえて気づかぬ振りをし、できるだけ自然な苦笑をする。
ただ、あんなことをした直後で、自然体でいるのも怖いかもしれないが。
どう言葉をかけていいか。互いに迷う中、
「いやはや。〝魔人〟ってのは凄いんだね」
なんて、にやにやと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる、一人の女性が近寄ってきた。その手で小石を弄びながら。
「テッジ!?」
「ソラノアも治療、ご苦労様~」
このどこか緊張感に欠けるへらへら笑っている女性こそが、テッジエッタ・マラカイトということか。
そのテッジエッタは、宗太の肩を叩いた。やや雑に。
「君さ、星将をコケにするなんて、なかなか面白い宣伝だったよ――しかも、最後の自爆なんてわけ分かんなかったしね。何したのさ?」
「一種の呪いだよ。攻撃性の魔偽術を使えば、自分に跳ね返るっていうね」
そして、確証をした。この近くに他の【凶星王の末裔】がいるということに。『俺らに対して魔偽術なんて使うな』とは、つまりはそういうことだ。
しかも、対象の人数に比例する形で自らに返る威力が増加するという仕組みにもした。
故に、あの巨大な爆破全てをロヒアン一人が喰らったということは、あの魔偽術が広範囲だったか、ないしは多くの【凶星王の末裔】の関係者がいたということになる。
(宣伝はどこまで誇張されてくれるかな?)
これから、望まなくとも戦闘を行うことになるだろう。そのためには〝魔人〟の脅威の流布は必要不可欠になる。
いらぬ敵を増やしかねないが、メリットの方が多いと宗太は算段した。
「テッジはいつから見ていたんですか?」
「多分、最初から」
「なら、助けてくれてもよかったんじゃないですか!?」
「えぇ~。それじゃあ、つまんないじゃん! つまらないって、つまんないんだよ?」
わけの分からないことを言うテッジエッタに、ソラノアは溜め息を吐く。
その遣り取りで、なんとなく二人の距離感が掴めた。
「まぁいいです。ですけど、これからはしっかりして下さいね」
「りょ~かぁ~い」
「じゃあ、ソウタさん。私の案内はここで終わりです」
頭を下げるソラノアはどこか寂しそうに見えた。
それは宗太と離れるからではなく、これから先に起こる何かから目が背けられなくなったから。そんな感じがした。
「ソラノアはこれからどうするの?」
「特に予定はありません」
「そりゃそうでしょ? 元々はソラノアが〝魔人〟になるはずだったんだから」
「ん? それがなんの関係があんの? というか、ソラノアと合流するんじゃなかったの? 俺が来る来ない関係なくさ」
「まぁ、ある意味ではそうだけどさ。でも、あくまでも私が文化や政治、経済とかを補佐をするのは〝魔人〟オルクエンデなんだし」
「なんで、わざわざ? ソラノアが知らないはずないでしょ?」
「いや、だから。ソラノアは〝魔人〟になっちゃうわけじゃん」
互いに会話がどこか噛み合っていないことに、思わず首を傾げる。
何が足りないのか分からず、なんとも言えない気持ち悪さが二人を過った。
その中で、真っ先に齟齬に気づいたのは、話の当人たるソラノアだった。
「ソウタさんは〝魔人〟の力を持ってはいますけど、オルクエンデ様ではないんです」
「にゃんだって?」
発言にテッジエッタは俄かに信じられないといった感じだ。が、宗太を一目見、何か納得したように頷いた。
だが、宗太はその説明だけではいまいち理解できずにいた。
そんな彼に、ソラノアが説明を続ける。
「あの儀式で本来は、私の記憶や心はオルクエンデ様に上書きされるはずだったんです。ですから、テッジの役割は『私の肉体を持ったオルクエンデ』様の補佐。なので、器でもない私にはもう役割はありません」
「そういうことだったのか……」
オルクエンデの言っていたことを、ようやく理解する。
ソラノアを殺すというのは、肉体的な意味ではなく精神的なことだったのだ。
(俺みたいに、精神かどっかで同居することはできなかったってわけか)
ならどうして、宗太では可能だったのか。この世界の住人ではないから。それが今導き出せること答えだが正しいかどうかは分からない。
自分勝手に喋るオルクエンデが黙っているということは、何かしらの意味があるのだろう。宗太に知られたくない何かが。
「しょーじき、どういう理由か分からないけど君が器になってくれてよかったと思ってるよ」
「俺もこの世界に召喚されてよかったんだな」
正面にいるソラノアが、ソラノアとして生きている。
この世界に来てよかったと宗太は思えた。ほんの少しだけ。
宗太は小さく頭を振る。
一息ついて気持ちを切り替え、明るくソラノアに話しかけた。
「んじゃさ、予定がないならソラノアも一緒に来ればいいじゃん」
「何々? ソラノアにご執心なわけ?」
「まぁね。デート中だし」
「さすが〝魔人〟ね。何がさすがかよく分かんないけど、さすが〝魔人〟って感じだわ」
「そうだろ? なんかいまいち分からないが、さすが〝魔人〟って感じだろ?」
うんうん、と宗太とテッジエッタは頷く。
妙に意気投合している二人に、ソラノアはどこか置いて行かれているような感じがしてならなかった。
「んじゃ、そういうわけで、あとは任せたよソラノア」
「本気なんですか、テッジ!?」
「うん」
テッジエッタの『当たり前でしょ?』と言わんばかりの顔に、ソラノアは何も言えなくなる。
そんな彼女にテッジエッタはポケットから皺くちゃな紙を取り出し、握らせた。
「特に予定はないけど、大丈夫! 無理矢理にでも捻出するから!」
「でも、そういうわけには――」
「まぁ、最後にあたしに報告してくれれば問題ないわけだし! それによく知らない男にいちいち気を使うのも七面倒臭いしね!」
はきはきと青空のように清々しい笑顔を、テッジエッタは浮かべた。
そして、すぐさま踵を返す。ソラノアに何かを言われる前に。
「んじゃ、ユキシロ。ソラノアに色々教えてやれよ」
ぽん、と宗太の肩にテッジエッタが手を置く。
そして、顔を宗太の耳元まで近づけると、やや口調の早い小声でこう告げた。
「ちなみに君の今日の宿泊場所は当然、ソラノアの部屋だ。本来なら、オルクエンデの部屋になるはずだったんだからな」
もう一度と肩を叩くと、「じゃ~ね~」と手を振って人ごみの中に姿を消した。
「……もう」
宗太はなんとなく、ソラノアが普段からテッジエッタに面倒を押しつけられているのだろうと察する。それにやや押しに弱いことも。
それだけ、ソラノアは信頼されているのだろう。
「じゃあ、引き続き二人っきりでデートだね」ソラノアの『まだ言いますか?』と書かれた顔を見たからではないが、宗太は続ける。「――って、言いたいところだけど、そうもいかなくなったな」
「どういうことですか?」
宗太はなんとなく掌を開き、見つめる。
肉体は劇的に変化した。精神も順応させつつある。
だが、それだけでは足りない。
「今の戦いではっきりしたけど、やっぱり俺は戦闘はてんで駄目だな」
「そんなことはないですよ! 現に星将を倒したんですよ!?」
「ただの力技でね。だけど、それが毎回巧くいくとは思えない。オルクエンデと同等かもしれない『魔物』を敵にするならなおさらだ」
今の宗太に必要なのは、この世界での戦い方。
そして、多くの味方も、また。
「だから、戦い方を指導してくれそうなところを案内してくれない? できれば、魔偽術も」
「分かりました。案内します」
宗太の意志の固い双眸に、ソラノアは応えるように頷いた。