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たとえ我が願いで世界が滅びようとも  作者: pu-
第二章 魔人が生まれた時、青年は道を進む〈下〉
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2.望まれた姿。臨む姿。

「連なれよ星々――《縛霧座(メケビ)》」


 ロヒアンの魔偽術(マギス)は黒い霧となる。近づく速度こそ早くはないが、拡がるのはあっという間。ロヒアンの姿は瞬時に隠れる。

 星座から生み出されたそれに、一体どんな特性が付加しているのか。

 術図式とやらが読めれば対策もあるだろうが、宗太が行えることはこれくらいだ。


「邪魔だ!」


 強い意志とともに、黒い霧を振り払う。それだけ。

 宗太が黒い霧に触れると、放たれた極小の粒子は瞬時に拡がり、それを晴らした。


《迂闊に触るな。あの術図式は捕縛型だったぞ》

(だが、消せた。今は色々と試してこの力を知るチャンスだ)


 宗太は自らの腕に意識を合わせると、極小の光粒子が纏わり始めた。


「硬くなれ!!」


 粒子は望んだ形へと変質し、両腕が紫に包まれる。壊れることのない、攻防一体の紫色の籠手に。


《言うまでもねぇと思うが――》

(持続時間は五分前後だろう!?)


 宗太はオルクエンデが告げたリミットである五分を、有益に使うことに神経を注ぐ。

 その間に、ロヒアンは次の魔偽術(マギス)を展開する。


「連なれよ星々――《郡速矢座(スケターゲ)》!」


 星座はロヒアンの姿を隠してしまうほどの量の矢の群れとなり、一斉に迫る。


「吹っ飛べ、鬱陶しい!」


 それらの中央目がけ宗太は手を突き出すと、無数の光の粒子が掌から放たれ、相殺した。


「術図式の展開が出鱈目すぎる! 物質化した『魔法』(イグドラシル・ロウ)というのは伊達ではないということか!」


 吐き捨てるように叫ぶと、ロヒアンは鞘から剣を抜く。

 刀身に刻まれているのは――星座。


「《鋭鋼座(エサウオ)》!」


 今度は手を合わせることなく叫ぶと、剣に光が灯った。星座――魔偽術(マギス)が発動しているようだ。

 ロヒアンが真っ直ぐ駆ける。剣尖を自身の右斜め下に向けたまま。刃を返し、逆袈裟切りを狙うつもりか。

 宗太は斜に構え、それに対する。


《物理概念の一部を無視して、疑似的に鋭利化させるみたいだな》


 オルクエンデの説明は理解できない。

 だが構わず、こちらの左脇腹辺りに迫る光を伴った刀身を掴む。


「砕けろ!」


 意志を込め、宗太は言葉通りに剣を握り砕いた。


《なんというか、魔偽術(マギス)の尊厳を次々否定する攻撃の仕方だな――とはいえ、魔偽術(マギス)との戦い方としては定石通りだけどな。偶然だろうが》


 呆れつつも、宗太の戦い方を評価するオルクエンデ。

 それを適当に聞き流し、宗太はロヒアンとの距離を詰める。

 格闘経験どころか、殴り合いの喧嘩すらしたことがない。

 だが、戦えるという自信がある。


 ロヒアンがベルトから、肉厚のナイフが抜かれた。下から、胸か首を貫く軌道を描いて。

 宗太は構わず接近し、ロヒアンがナイフの軌道を変更できないギリギリの距離まで引き寄せる。

 ロヒアンの狙いは――腹部。

 感覚で察した宗太は一度、バックステップで退く。

 ナイフを躱すと間髪容れずに跳び上がり、ロヒアンの手首(細かく言えば尺骨茎状突起)を蹴上げる。

 爪先から伝わったのは肉を潰し、骨を折る感触。


「〰〰〰〰っ!?」


 声にならない悲鳴を上げるロヒアン。

 彼の手から離れ、虚空で放物線を描くナイフを滞空中に宗太は掴む。そして、落下と同時に勢いよく振り下ろして投擲する。

 ナイフは真っ直ぐ飛び、ロヒアンの左太腿に突き刺さる。鍔が肉に食い込むほど深く。

 着地した頃には、苦悶を浮かべるロヒアンは膝を突いて動けずにいた。黒い服は別の黒へと変色を広げていた。


「くそが!」


 ロヒアンは口汚く怒鳴り、折れた右手首に添うような形で手を組む。もはやその顔に、最初の頃の朗らかさなど皆無。怒りと痛みに醜く歪んでいる。

 そして、二〇近くの光の粒子が彼の前を漂う。


「啄め! 餌は張りつけられている! 皮膚の壁。肉の層。熟れた臓物はすぐそこだ! 翼を広げ、瞳を凝らせ! さあ、愚かなる鳥の隷僕よ、星王へと降れ!」


 長い詠唱だ。ロヒアンは妨害されてもいいように、いつでも迎撃できる態勢を取っていた。

 だが、宗太はあえて何もせずに、星隷が現れるのをじっと待つ。

 星座は複雑な文様を描き、その意味を肉付けしていく。

 現出したのは、鷲をさらに禍々しくしたような怪鳥。それは一気に天上高く飛翔し、青い空を旋回する。


(ちょう)星隷シェラクォ。まぁ、雷星隷ほどではないな。鳥葬には便利だが》


 こちらの出方を待っているのか、一向に降りてこようとはしない。

 宗太は仕方なく、鳥星隷を無視してロヒアンへと歩み寄る。

 瞬間、隙を狙って鳥星隷は急降下してきた。


「捻じ切れろ」


 触れるどころか見るまでもなく、食い殺さんと迫って来た鳥星隷は、まるで雑巾でも絞るかのように空中で限界まで捻じられた。

 羽毛と肉片と血と骨……それらが惨たらしく混ざり合い、雨のように宗太とロヒアンの間に降り注ぐ。

 漂う死臭は鼻が曲がりそうなほどにきつい。

 その残虐性に、周囲の人間の血の気が引いているのを感じ取れた。


《なるほどな。《縛霧座(メケビ)》は偶然にせよ。だから、相手の魔偽術(マギス)を否定する戦い方をしていたわけだ》

(ああ。魔法だろうが魔術だろうが魔偽術(マギス)だろうが。そういうのは自分の願望を乗せて使うもんだろ?)


 そう。わざわざ星隷さえも召喚をさせたのは、敵を完全に否定し、圧倒的力の差を見せつけなければいけなかったから。

 切り札を無為にし、心を折ることが宗太の狙いだった。


「手品ショーはもう終わりか? そろそろ、俺も行くぞ?」


 声を低く、ゆっくりと告げる。できるだけ、迫力が帯びるように。

 この時になってようやく、ロヒアンから恐怖が滲み始めた。

 だが、自らの正義と信仰が邪魔をし、逃げられなくなっている。


「伏せろ」


 宗太が思うと、ロヒアンの頭上に無数の粒子が現れ、一斉に降下して彼を押し潰す。僅かな抵抗こそしたが、すぐに地面に寝そべってしまう。

 もはや、身体は言うことを聞かない。首から上を除いて。

 この状況――ロヒアンはみっともなく見上げ、それを宗太が見下すような形になるように魔偽術(マギス)を使ったのだ。


「俺は成り行き上、【凶星王の末裔】にいるが、別にそれを支持しているわけではない。というよりも、何を支持しているわけでもない。俺は俺の信念で動いている。だから、俺の線引きは俺の味方か敵か。ただそれだけだ。お前らの飯事に付き合うつもりはないんだよ」


 この星将という位は、【千星騎士団】の中でも高位に値するのだろう。

 そんな男が、子供のように弄ばれる様は周囲に大きな印象を残すはずだ。

 そのために宗太は〝魔人〟の力を見せつけていた。その圧倒的な力を。残虐な力を。

 そして、この戦いを見ているであろう数人の関係者に伝わればいい。こちらが誰の味方に持て気にもなれるということを。

 最後に、宗太は屈み、できるだけ視線を合わせてやる。


「とにかく。あんたはもう一切、俺らに対して魔偽術(マギス)なんて使うなよ? 約束を破れば、その因果はお前に返る」


 髪を乱暴に掴んで、無理矢理目を合わせさせた。

 宗太は無言でロヒアンの胸にある勲章を毟り取ると、その場に捨ててやる。

 このような屈辱まで受けても、この男にできる抵抗など睨みつけることだけだ。

 が、それも地面に顔を叩きつけて無駄にしてやる。

 加えて、効果があるかは分からないが、宗太が魔偽術(マギス)を使用したことは見えなかったはずだ――それを構成する際に、先までとは違った『何か』が脳内に浮かんだが気にする余裕は宗太にはなかった。


《あはははっ! 凄いな、お前! どうして、そんなことができる!?》


 オルクエンデが笑う。

 褒めるように。嘲るように。

 オルクエンデは宗太がどんな魔偽術(マギス)を、どういった意図で使ったのか理解しているのだろう。

 と、宗太が張っていた結界が解けた。籠手も同様に光粒子へ還る。


「みんな、その惨めな男のために道を開けてあげて」


 捨てた勲章を立ち上がりざまに拾うその〝魔人(そうた)〟の柔らかな口調に、聴衆が言葉通り移動する。そして、『さあ、見世物になってみすぼらしく歩け』と言わんばかりの道が完成した。

 ロヒアンを押さえつけていた魔偽術(マギス)は取り払われ、自由の身となる。皮肉だが。

 弱々しく立ち上がり、彼は左足を引きずりながら人で出来上がった道を通る。

 その頃には自然と宗太に対する歓声と、ロヒアンに対する嘲笑と罵声が溢れ出した。

 恥辱と憤怒にロヒアンの身体が震える。

 そして、誰かが投げた小石が頭部に当たった。


「馬鹿にするな! 連なれよ星々!――」


 怒り狂ったロヒアンの目の前に光の粒子が現れる。


「危険です! みなさん、離れて――!」


 術図式を見てか、まだ手当の途中だったソラノアが叫ぶ。

 しかし、もう遅い。


「――《破天爆座(ケビアトヒ)》!」 


 繋がった星座が一段と強く光り輝くと、轟音と伴って爆発した。

 ロヒアンが。

 ロヒアンだけが。


 事の顛末はロヒアンが自爆をしただけだった。

 被害はない。ただただ、ロヒアンが自殺しただけだ。

 彼がついさっきまで立っていた場所を眺め、宗太はぽつりと言う。


「たった五分も我慢できなかったのかよ」

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