1.正義の使者
「術図式への直接干渉だと?」
星座――魔偽術が消えたことに動揺する青年。
こちらを睨みつけてこそいるが、動揺し、次をどうすべきか混乱しているようにも伺える。
その隙に宗太は、ソラノアに自らの思い違いを小声で確認する。
「あのさ。ソラノア達が、世界を支配しようっていう【凶星王の末裔】なの?」
「えっと、そうですけど……?」
『なんでいまさら訊くんですか?』と言わんばかりの顔をするソラノア。
ただ、その声はすぐ隣に立っている宗太でさえ、辛うじて捉えられたほど小さい。
(つまりは、俺が下手に口を出さない方がいいってことか)
ソラノアに任せ、宗太は沈黙に徹する。
「その異能の力は危険だ」
ぼそり、と青年が口にする。
青年の瞳の意思はより強固に、より狂気に。
「この星将ロヒアン・マーチアントの名に於いて、星々の光を閉ざす悪疫たる【凶星王の末裔】を断罪する」
ソラノアのあの表情がさらに曇り、「星将……」と呟く。
意味こそは分からないが、危険だということは把握できた。
「待って下さい! 滅茶苦茶です! それに仮に私達が【凶星王の末裔】だとして、独断で裁く権利はないはずです!――この地では信仰の自由があります!」
「それは土足で星地を踏み荒らした君達が、無理矢理作ったルールだろう? 本来なら従う所以はない。それに何より、星の加護を独占しようとする悪は断罪されて然るべきだ」
「たとえそうだとしても、それが今のルールです! 秩序を守るのがあなたの役割なんですから、それに準じて下さい! それでも許せないというのなら、異議を唱えるに適した場所で意見して下さい!」
「分かった。そうするとしよう」
参ったといわんばかりに、ロヒアンは溜め息をする。
だが、ここにいる誰もが察している。まるで通じていないということに。
彼の瞳が正義というに闇に、より深く染まったから。
「ただし、悪の蕾をそのままにもしておくわけにはいかないだろう? 連なれよ星々――《風撃波座》」
「連なれよ星々!――《流逸壁座》」
ソラノアはロヒアンの前に光粒子が現れた瞬間に、魔偽術を構成した。
ロヒアンの星座は繋がった瞬間に轟音を伴った突風を発生させたが、ソラノアが作った光の障壁が全て上へと受け流した。
ただでさえ口論によって注目の的となりつつあったというのに、魔偽術の衝突によって周囲の人間が集まり始めてしまう。
目立たない方がいいのか。それとも群衆を味方につけるべきか。それを判断するのは、ソラノアの方が正しいだろう。
宗太は瞑目し、自分は何をすべきか算段する。
理想はこの状況を回避すること。
(いや、違うか)
宗太は自らを否定する。そして、今度は冷徹に考える。
むしろ、この状況をどう使うか。何か利用できないかと。
(ほんの数時間前までは、こんなことを考えるなんて思わなかったな……)
この何もかもが理不尽な現実に於いて、自分はどこに、どう立つべきか。ここに来てから、常にその選択を迫られている。
(別にここに限ったことじゃないか)
数時間前と後で決定的に違うことは、直接的に命に関わっているだけ。それだけだ。
立ち位置の把握など、今までもやっていたことだ。
「あなた正気ですか? 私が防がなかったら……」
「正義に犠牲はつきものだ。大悪を滅するのに躊躇などできるものか」
平然と言ってのけるロヒアンに、過敏に反応したのは宗太でもソラノアでもなかった。
『何を言っているんだ、この男は!?』『ここはムーンフリークだぞ! 信仰の自由があるだろ!』『どうでもいから騒ぐな! 商売の邪魔だ!』『【千星騎士団】の質の低下っていうのは本当なんだな!』『可愛い子、頑張れ!』『突っ立ってねぇで、お前もなんかやれよ!』
外野の非難が目立つのは【凶星王の末裔】の声か。世間一般の声か。それとも単に、ロヒアンに対するものか。
「黙れ。連なれよ星々――《氷剣座》」
手を組んだロヒアンの目の前に現れる星座。それらは氷へと変質し、あろうことか宗太やソラノアではなく、騒ぎ立てていた外野へと飛来していった。
そして、氷刃は無差別に周囲の人間に突き刺さる。
「おい! 何やってんだよ!?」
「私に異を唱える者は【千星騎士団】に仇なす者――つまり【凶星王の末裔】としてこの二人と同様に断罪する」
思ってもいなかった凶行に、パニックになるに人々。
逃げ惑う者と動けずに蹲る怪我人。それを支える人。加え、騒ぎに集まる野次馬が混ざり合い、一帯は混沌となりつつある。
「ソラノア! もし治療とかできるなら、攻撃受けた人のところ行って! この頭のネジをどっかに捨てちまったバカは俺がやる!」
「分かりました! 任せて下さい!――怪我をなされた方はどこにいますか!?」
ソラノアの声かけに傍にいた人間達が応答し、彼女はそこへと駆ける。助けを求める声は一つ二つではない。
この状況を作った張本人、ロヒアン・マーチアントの顔色はまるで変わらない。
何をもって無関係の人間を攻撃したのか。本心がまるで掴めない。
だがはっきりするのは、この男は本心で犠牲を厭わないつもりだ。
宗太は白装束達が使った魔偽術の一つであった透明の壁を思い出し、それをベースに宗太は術を想像する。
「守れ!」
周囲に小さな光の粒に覆われ、不可視の結界を形成する。
群衆が広がったお蔭で、プロレスのリングくらいの空間ができあがった(感覚なので、合っているかは曖昧だが)。
《言っておくが、今のお前のへっぽこ魔偽術の持続時間なんて、五分も持たねぇぞ》
(それだけありゃ、充分だよ)
もう、覚悟もへったくれもない。
やらなければいけない。
人間に対して、命を奪いかねない暴力を振るうことを。
「裁かれる覚悟ができたか?」
「勘違いすんな。通り魔を取り押さえる準備だ」
「言っておくが、私は何も推測だけで〝魔人〟と断じているわけではない。確証があって行っているのだ――私は天帝の言葉を授かった。天を司る彼の者が嘘をつくわけがなかろう?」
「それと関係ない人間を襲うのは別だろ?」
「それは彼らが悪い」
そう、断言するロヒアン。
この男に腹は立っている。
だが、頭の中は思ったよりも冴えていた。
そして、自分が怒りを沸々と煮え滾らせている。そう思わせる演技ができていると自覚できた。
「【千星騎士団】の信仰がどうたら言うつもりはねぇが。とりあえず、天帝とやらに言っとけ。言葉は意味と理由を理解して貰うように、きっちり伝えろ。なんなら詳細な資料も付けろって。仕事の基本だぞ? それとも、お前んとこの天帝ってやつは、現場の状況を知らねぇのか?」
言いながら、まだどこかに残る躊躇を押し殺していく。
自分はどこまでできるか。
戦えるのか。
望んだ通りに。
都合のいいように。
(迷うな。それしかない。やらなければならないことをやるだけ。いつも通りだ)
自らに言い聞かせ、宗太は正面を見据える。
接客業をやっていたからか、理不尽に離れている。系統と程度こそ違えど。
それに宗太のいた世界にだって、命に関わる不条理が降りかかることだってある。
変わっていないのだ。異世界にいたとしても。
だから。世界が変わらないのだから、自分が変わるしかない。
(それにこのロヒアンとかいうやつの滅茶苦茶な言動の中でも、唯一同意できる言葉があるしな)
敵を滅するのに、躊躇なんてできない――その言葉を胸中で反芻する。
そして、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
宗太は敵をきつく睨み、言う。
「これ以上、犠牲を出させない」
「それはこちらの台詞だ、〝魔人〟」
そして、ありもしない正義と歪んだ正義が衝突する。