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私のものではない  作者: 深雪
1/1

厚い雲が街全体を包む。肩が濡れるとお喋りに夢中になっていた少女たちは足早に帰り、車がワイパーを動かしライトを点けると空はもう真っ暗だ。雨が降るのはわかっていた、なのにアナウンサーの声を音楽の用に聞き流したことを後悔した。冷たい。胸下まである黒い髪が雫を垂らし制服のシャツから肌が透ける。家までの500メートルを走る気にはなれない。


「永田ー!永田ー!」誰かが呼ぶ。耕佑だ。「こうちゃんどうした」「送るから」手には2本の傘がある。家から取ってきてくれたのだろう。少し小さめのタオルを持たされるそれだけで舞美は雨が止んだ気がした。二人並んで歩く。並んで歩く私たちは知らない誰かから見ればカップルなのだろう。こうして傘は持ってきてくれたが耕佑は二歩前を歩き、決して鞄を持ってくれたり手を繋ぐわけではない。確かではないこの気持ちがこの距離となり、ただただ優しい耕佑の気持ちが距離を埋めてくれている。


「傘ありがとうタオルはまた返すね」「じゃあ」帰って行く背中にまた気持ちを確信した。「ただいま」言ってみただけ。毎日こう言い聞かせる。今日は何を作ろうか。小学生の時に母がいなくなって以来、食事を作るようになった。最初はハンバーグだのチャーハンだの定番しか作れなかったが今はレパートリーも増えて困ることは少なくなった。父も喜んで食べてくれる。


私も大多数の人のように高校へ行き大学へ行き、会社で働き、結婚して子供が出来るのだろう。大多数の人がそうなるように私自身もその大多数に入るのが夢だ。

父は小さな工場で働き、母は専業主婦だった。二人が17歳の頃に私が生まれ、私が11歳の時に離婚した。最初は些細なことだった。妹の有美の躾についてケンカになり母が有美を連れて実家へ帰ってしまった。二人ともまだ若いのでそれぞれやり直そうということになったらしい。そもそも仲のいい家族ではなかったので離婚と聞いたときもそうかとしか思わなかった。父はそれ以上何も言わなかったので小学生なりに気を遣い何も聞いてはいない。

いまこうして学校へ行き、ご飯を食べ、ゆっくり寝られることが何より幸せなんだと思う。それ以上は贅沢なんだと。


父が帰り食事を取ると舞美にとっての贅沢が訪れる。携帯を開くと耕佑からのメールが入っていた。(風邪引くなよ、明日暇?)また優しさで距離を埋めてくれる。大丈夫、暇とだけ返しベッドに寝転ぶ。思わず緩んだ顔にまた一つ確信する。耕佑とは小学生のときずっとクラスが同じだった。永田と名取で年度始めはいつも隣の席だった。明るく誰にでも優しく、勉強ができて剣道が強いそんな耕佑と仲のいいことさえ誇らしかった。中学に上がってからはクラスも離れ、少し素っ気なくなったが相変わらず優しく夜になればメールをくれるのが嬉しくて毎日舞い上がってしまう。

返信を待っている間に寝てしまったようだ。時刻は2時28分日付も変わっていた。受信メールは三通。(図書館ついて来ない?)、(寝たか?おやすみ)あと一通は迷惑メールだった。図書館はよく行く。小さい頃は隣の公園で遊んでいた。いまでも帰り道寄って友達と話すこともある。耕佑とは行ったことはなかった。これはデートの誘いなのだろうかと思うと緊張した。それと同時に大切なことを思い出した。受験生であり今日はテスト前である。朝に返信しようとそのまま寝た。


次の日は涼しく梅雨を忘れさせる天気だった。耕佑を玄関で待ちながら、耕佑のことを考えるとそれだけですごく贅沢だ。迎えに来てくれた耕佑と図書館までの15分を歩く。クラスの友達のこと、昨日のクイズ番組のこと、私が話しているときふいに耕佑が言った。「永田のそういうの好きだな」

もうそこからは何も気にならなかった。恋は贅沢ではなかった。こんなに身近にあるんだと思うとブレーキがかけられなかった。耕佑に舞美は聞く、「私のこと好き?」

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