滑稽な愛の形
目付きが悪く、危ない香りを漂わせ、女という女を誘惑する彼は、今珍しく私を見て哀しそう表情をしている。
やめてよ、そんな顔をするの。初めて見た。
彼は女癖が悪く、いつも見知らぬ女をとっかえひっかえ。
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、知らない女のむせ返りそうに甘ったるい香水を纏い、私へと帰ってくる。
…そう、私は一応彼の恋人なのだ。しかし私は一度も彼に嫉妬をしたことがない。
いや、嫉妬はするがそれを態度に出さない。
何日も帰ってこなかったり、朝帰り、毎日香水が変わっても、首筋に赤い跡あっても彼と付き合ってから一度も咎めたことが無い。
怒ったことも一度もない。
そりゃ、本当は彼と過ごした見知らぬ女を殺したくなる。彼を思いっきり平手打ちをかまし、泣きついてやめてよと懇願したい。
彼もそれを望んでいるのだろう。
だけど、私は絶対にしない。
私は彼を傷つけられない。私が傷ついても、彼は傷つけられない。
罵って、暴力を振るうのも、咎めるのも彼の何かを壊しそうで怖い。
傷つけることは罪!幼い頃からそう言われ続けた私。
だから絶対に出来ない!馬鹿なの、愚かなの、そして狂っている!
あまりにも可笑しく滑稽な臆病者。恋人なのに、なんにも言えない!
彼は今までに見たことのないくらい、苦しくて切なそうな…そして、悲しい表情をしている。
じり、じりと静かにその長い足で座り込んでいる私へと迎う。
抱き締められれば、ほらまた知らない女の香水。首筋には赤い跡。朝帰り。昨日もお楽しみだったのね、とふと知らない女の香水に吐き気を催しながら思った。
「なぁ、」
彼は抱き締めたまま、その眩暈のするような甘い低い声で私の耳元に囁く。
「…俺を何とも思わないのか?」
「じゃあ貴方は?」
「愛している。」
嘘、嘘、嘘。じゃあなんで、浮気なんてするのよ。
私が嫌なら、嫌いならさっさと別れてしまえばいい。
「ふーん…。」
「お前は俺のことどう思ってるんだ。」
「愛しているわよ。」
「なら…なんで、何にも言わねぇんだよ。」
嗚呼!なんと哀れなのでしょう!
強がりで悪の道へ突き進む貴方は哀しそうに私を見るのです。
私からの愛を得体が為に。
「だって貴方を傷つけてしまうでしょう?本当は貴方に愛された女を一人残らず殺してやりたいわ。貴方を平手打ちしたいわ、首を絞めて私だけを見てと言いたいわよ。だけど、私は絶対にしないわ。」
「俺にはお前しかいないんだ…傷つけられても構わない。女なんて全員一夜限りだし、お前しか満たされない。お前に愛されたい、振り向かれたい。好き過ぎて頭が可笑しくなるくらい好きだ、愛している。」
一夜限りだなんて。今までの女は絶対、私よりスタイルがよくて美人だろう。
なのに私だけ!なら、浮気なんてしないで欲しいし、ずっと、ずっと私といてほしい。
そうね、誰の目にも触れないように監禁してほしい位だわ!
そうしたら永遠に、一緒に、いられる。
ねぇ、そうでしょう?
「…本当にそう思う?」
「あぁ…。」
「なら今すぐ関わりのある女と別れて私だけを見てよ。私しかいらないなら、私を閉じ込めてよ。そうしたら、いくらでも傷つけてあげるわ。愛してあげる、嫉妬してあげる!貴方を私色に染めてあげるわ」
そう言って、数多の女と関係を持つ哀れな彼にキスをした。
好きよ、頭が狂うくらいに愛している。
こんなに言っているのに、もし貴方が浮気をしたら私は貴方に関わる女を全員殺し、貴方を殺し、自害いたしましょう。
傷つけることは罪だから、傷つけるより大罪である殺人をし自殺します。
おかしいでしょう?だけど、私は貴方以上に貴方を愛しているのです!
滑稽な愛の形
(嗚呼!哀れな貴方!悪の道へ突き進み、数多の女を虜にする貴方!)
(私は世界で一等、狂おしい程に愛しています。)