家出少年、その一
僕の名前は山吹陸斗、幻想世界での名前はリーディア・マクレンシア・ドルガー……微妙に名乗るのが恥ずかしい。
だって僕的には、なんて言うか……山吹陸斗であってリーディアじゃないって言うか。
というかカタカナ名とか恥ずかしいし、純日本人にとってはもう響きが恥ずかしい。
リーディアって顔じゃないだろ、って感じというか。なんというか。
というか僕もそろそろ十一歳という年齢的に私とか、俺とかに転換した方が良い気がしてる。でもずっと僕で通してきちゃった所為でなんか俺とか私って言うのが恥ずかしい、これはヤバい。
今日も家に引き籠って勉強中な訳ですけど、なんて言うか……文字だけが覚えられない。あーこれきっと僕は現実世界に居たら英語で躓いてた感じだよ、絶対だよ。
こんなグネグネした文字読めねぇよ、日本語が良いです。
そんなことをぼやいてたら、肩をちょんちょんって叩かれる訳ですよ。
そこに居たのはファントムメイドさん、ファントムって言うゴーストに近いアンデッドらしい。ゴーストと何が違うんだよって言うと、知能が有るか無いか、前世が有るか無いかの違いらしい。人影みたいな彼女は一応メイド服着てるけど、マネキンみたいで夜中とか見るとビビる。
あと、部屋勝手に入ってくんな。
『坊ちゃまは頑張ってますよ! 素敵ですよ!』
彼女達は喋れないからなんかホワイトボードみたいなので意思疎通してくる。
幻想文字が完璧に読めなかった時はもうファントムメイドが怖くて怖くて仕方なかった気がする。
今でもちょっと怖いけど。
『坊ちゃま、そろそろイズマ様が参りますよ。お部屋のお片付けはしなくて宜しいのですか?』
「……散らかってないと思うんだけど」
『いけませんよ坊ちゃま! 見えないところの汚れこそが体を蝕むのです!』
いや、そう言うならイズマが来る来ない以前に掃除しろよ。
……あぁ、用事が無い場合は入ってくんなって言ったからそれを実践してるのか。
良いよイズマなんて、病気にしてしまえ。
そうしたら家に来ないだろ、良いじゃん。病気になってしまえ。
むしろ病気になれ、胃腸に大打撃を与える病気になって苦しめばいい。
あの暴食商人め、幻想世界的に考えてアイツ背が小さい部類だろ!
すかしてんじゃねーよ!
きっとイズマの教え方が悪いから、文字が覚えられないんだよ。そうに決まってる。一時的で良いからそう思わせてくださいお願いします。
決して僕のやる気がないからとかじゃない、僕の所為では無い。
僕のモチベーションが悪いのはやっぱり食生活とかが合わない所為だよ、僕はね……焼き魚とご飯と漬物が無いと生きていけないの。味噌汁はもう体液だから。
それくらいにご飯は僕の存在に関わる問題だから。
別にこれは言い訳じゃないよ、弁明だよ。
……ごめん、やっぱりただの言い訳だと思う。
窓の外を見ればピンク色の花びらがひらひらしてる。
桜餅が食べたくなるけどお生憎様、これは桜じゃない。
魔法薬でピンク色に着色した別の木の花、本来はまっ白な花びらをひらひら散らす。
秋にはリンゴみたいな赤い実をつける、味は全くの別物だし……薬向けって感じの味だけどね。真っ白な花びらも風情があって良いと思うけどね、桜も見たいよね。
なんて言うか、これは現実世界への未練だよ。
突然幻想世界に来ちゃって、訳が分からない内にドルガー家の養子になって。
なんなんだろうね、まったく。まあ運が良い方だと思うけどね。
彩萌ちゃんは花が好きだったから、花を見ると元気かなぁって思う。
僕は女々しい、嫌になるくらい。
ずっと一緒だと思ってた、確信してた。漠然的にそう思ってた。
でもそうじゃなかった、きっと現実世界に居たってそうだったに違いない。
別々の道が用意されてる、同じじゃない。
悲しいけど、これが僕の現実だ。
僕は席を立って、前々から用意してた荷物を持って部屋から出て行く。
ファントムメイドが慌ててる雰囲気が伝わってくる、うるせー全てにおいて無音の癖にうるさくすんな。
僕が無視して歩いていれば、ファントムメイドが前に立ちはだかった。
『ぼっ……坊ちゃまその様な大荷物を持たれて何処へ行かれるのですか!?』
「ちょっとその辺散歩してくるから、イズマにはなんか珍味でも買ってきてやるからそれで許してもらえ」
『いけません坊ちゃま、アミスティル奥様が泣いて喜びます! ついに反抗期来たー! これが反抗期なのね! って喜んでしまいます!』
喜ぶなら良いじゃん、主人の前に立ちはだかってんじゃねー。
こうして僕は平和的に家出した、あっさり家出した。
もうちょっと引き止められるかと思ったけど、全然そんな事は無かった。
今まで溜めてきたお小遣い全部使ってやる、豪遊してやる。
あと、日常的に和食が食べたい。
……ちょっと引き止められたかったなんて、思ってないからな。
全然思ってないからな、もうちょっと家族家族しててほしかったなんて、全然思ってないからな。くそ……大嫌いだった兄ちゃんが懐かしいなんて、全然思ってないからな。
養母も養父もちょっと僕の事を玩具としか見てないような気がするなんて、そんなこと全然思ってないからな。
くそ、僕は泣いてないからな……。
くそっ現実世界に帰りたい……、彩萌ちゃんに会いたい。
結構、辛い。
――家出少年山吹陸斗、その一




