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Still,  作者: ラヴィ太
2章
9/20

第1話 ~お着替え~

 玄関を上がって朱里が向かったのは、彩乃の居るリビングだった。

 途中の廊下ではきょろきょろと周りを見回しながら歩いた。小さな額縁に風景画が飾られていた。どこかの岬のようだった。透き通るような水面に凸凹とした歪な空が映っていた。作者のサインと思しき直筆のペン痕があったが、彼女にとっては聞いたことの無い名前だった。


 彩乃はストレッチをするように手をグーパーと繰り返して、手をほぐしていた。

 ガラス製のローテーブルには、入院中に使っていた荷物が載っていた。本来は朱里のものであったが彩乃はその荷物を持ってくれていた。



「荷物ありがとう。重かった……よね?」

「そんなこと気にしないの。貴女は入院中ほとんど動けなかったのだし、筋力も落ちてるはずなんだから」

「う、うん」

 朱里は伏し目がちに返事をした。

 顔の幼さだけでいえば、ともすれば中学生3年生くらいには間違えられる可能性のある朱里に、退院した直後だと言われれば、彩乃でなくとも荷物を持ってあげたくなる気持ちになるだろう。華奢な身体と下がり気味の眉も相まって、更に庇護欲を掻き立てる。

 彩乃はそんな彼女を見てしょうがないな、とでも言うように苦笑した。

「じゃあせめて、ひとまず、この荷物を自分の部屋へ置いていらっしゃい」

「分かった。あ、でも」

 顔を上げた朱里は張り切るように息を弾ませた後、言い辛そうに言葉を区切った。その一瞬の間で彩乃は勘付いたように歩き出す。数日前より劇的な変化を遂げた娘に対して、どのように接するべきなのか、彼女なりに慣れてきているようだった。

「貴女の部屋はこっちよ」

 その声を聞きながら、朱里は荷物を持って彩乃の背を追った。





 二人は木目調のドアの前に立った。ドアには白いプラスチック製カードが紐で掛けられていた。そのカードには『朱里の部屋』と書かれている。隣には同様に『愛華の部屋』とあった。


「うわ、一杯」


 まず朱里が目にしたのは、色とりどりのクッションだった。6帖半ほどのこの部屋は実にシンプルだ。薄型のテレビにベッド、机にはノートパソコンが無造作に置いてあり、本棚には流行りのコミックがずらりと並んでいる。部屋のコーディネイト自体に特徴的なものはないが、強いて挙げるとするならば、部屋内のいたる所に散乱しているヌイグルミやクッションだろう。中には一メートル近い高さを誇るものまであり、抱き枕の数には困らないと思われた。

 


「相変わらず凄い数ね」

 うんざりしたように彩乃が声を出した。その声はこれ以上増やしてはいけない、と念を押しているようだった。

「私は知らないから」

 朱里は自分のせいではない、と言いたかった。実際に収集した記憶は無い。それに近いニュアンスで抗議した。

「それなら、きっとこれ以上は増えないわね」

「えっと……多分」

 彩乃が安心したように、一つ息を吐く。そして腰に手を当てて言った。

「まぁいっか。荷物の整理は後で一緒にやろう」

「あ、うん。お願い」




 彩乃が部屋を出ようと廊下へ差し掛かった。直前、思い出したように振り向いて「お昼ご飯は何が良い?」と問う。問われた彼女はベッドへ視線を移して考えた。

「軽いものだったら、何でも」

「ん。オッケー」





 一人になった部屋で荷物をベッドに置いた。腰を下ろして、部屋内をぐるりと1周見回した。

 もしも、ピンクのカーテンやシートで彩られたファンシーな部屋模様だったらどうしよう、と。彼女はそんな心配をしていたのだった。しかし、その心配も杞憂に終わって内心で安堵している。確かにヌイグルミやクッションは多いが、こういった動物的なものを愛でる気持ちは誰でも持ち合わせているものだと思ったし、実際に目の当たりにしても不快感は無かった。




 朱里はヌイグルミを弄っていた。マスコット的なキャラクターが人気で、熊をデザインしたものだった。感触が気持ち良くついつい手が伸びてしまう。

 暫くそうしていたが、本棚にあるオレンジの背表紙に目が留まった。コミックと同じ列に並んでいるが、それだけ背表紙に何も描かれていなかった。絵も文字さえも無い。何となく気になって、本棚から取り出そうとした。



 控えめなノックが響いた。

 朱里はどきりとした。いけない事をしてしまって、それが大人に見つかってしまった瞬間の感覚に似ている。



「お昼ごはんだよ」

 彩乃が顔をのぞかせた。わざわざ二階まで呼びに来てくれたのだった。

「は、はーい」

 朱里は微妙な笑い顔でそう返事した。





 昼食はパスタだった。具にはエリンギをバター醤油で炒めたものが使用されており、何ともいえない食欲をそそる香りがリビングを満たしていた。

 朱里は午後に辺りを散歩してくるつもりだ、と彩乃に言った。すると、彩乃は警戒心を強めるように注意をしてくる。




「いいけど、余り遅くならないようにね。それから国道の方へは行かないこと」

「国道はダメって。どうして?」

 前半は常識的であったため、首を経てに振ることに何の躊躇いもないだろう。けれど後半が納得出来ない彼女はその理由を尋ねた。

 彩乃は急な質問を予期していなかったのか、言葉を詰まらせた。

「車が危ないからに決まってるでしょう?」

「そんな。信号くらい分かるって。小学生未満の子供じゃあるまいし」

 朱里は心外だと言わんばかりに反論した。その反論を押え込むように、彩乃は更なる言葉を追加した。

「今の貴女はまだ心配だもの。途中でふらついたりしたらどうするの」

 真剣味を帯びた言葉に、深刻そうな雰囲気が漂う。それを和らげたくて苦笑しながら朱里は言った。

「……そんなこと言ったら、どこにも行けないよ」

「だ、か、ら。国道以外をお散歩すれば良いって言ってるの」 

 彩乃はぴしゃりと言い放った。どうやら朱里に反論の余地は無いようだった。そして彼女は不承不承といった体で仕方なく了承した。

 







「うわぁ、やっぱりスカートばっか」

 眼前に広がる衣服たちを目にして、朱里はげんなりとした様子で唸った。額を右手で押さえながら天井を仰ぐ。

 今現在も履いているのはスカートだった。愛華が自宅から持ってきてくれたのは、見事にスカートのみであったため、抵抗感を拭いきれずとも履くしかなかった。何かの拍子にふわりと上がりかけるスカートは、足元を不安にさせる。心許なくて落ち着かなくなるのだった。



 出かける前に着替えようと思った彼女は、自室にてクローゼットを開けていた。

 思った通り、そこには女性のための装いが多数仕舞われていた。

 一つスカートを広げてみた。グレーの膝上十センチほどと思われる、普通のスカートだった。

 ここまで大量に所有しているからには好きだったのだろう。それを見ても全く着用したい、と思わない自分を朱里は不思議に思った。しかしそれも記憶が戻るまでなのだろう。記憶が戻った暁には、これらの服たちも愛おしく思えてくるのだろう。彼女はそう思うことにした。それ以外の結論が思いつかなかった。

 スカートを片付けようとして、ふと気づいた。内側に何か見える。そのままでは確認しづらいと判断して裏返しにしてみて、彼女は目を見開いた。


「へぇ」


 今まで何の変哲も無いスカートが、3段のフレアスカートに変化していたのだ。

 段々には控えめながらもフリルが付いていて、殊更に女性らしさを強調する。今の朱里には名称が定かではなかったが、それはリバーシブルのフレアスカートであった。素直に感心すると共に少しだけ興味が湧いた。だが所詮興味だ。着用したいとまでは思わなかった。そのまま片付けた。

悪戦苦闘の末、ようやく見つけたスキニータイプのデニム柄パンツ。あまり使わなかったのだろう、綺麗に畳まれて奥の方に仕舞ってあった。



 朱里は姿見の前に立った。スカートのチャックを一番下まで下ろす。それは何の抵抗も無く、すとん、と床に落ちた。

 姿見へ視線を移すと、そこには下着姿のまま頬を紅潮させた、儚げな少女が映っている。早る気持ちでデニムに足を通した。動きがぎこちない。

 下は着替えたが上はそのままで良いのだろうか、と彼女は疑問に思った。しかし合わせ方やコーディネートが分からなかった。迷った末そのままでいる事にした。違和感があれば彩乃が指摘してくれるのでは、という淡い期待もある。




 朱里はキッチンに居る彩乃に話しかけた。

「ちょっと、出てくるね」

 シンクに向かって洗い物をしていた彩乃は振り返り、少し驚いた様子でまじまじと見つめてきた。奇異なものを目にするような視線に当てられて、朱里はいたたまれない気持ちになった。



「えっと、やっぱりどこかオカシイ……?」



 心の声がそのまま現実の声となった。

 流行に行き遅れてそれを指摘されるような、気恥ずかしさが込み上げる。俯いた顔が自然と上目遣いになった。




 彩乃はもう一度下から上へ、朱里の全身を見回した。

 下はスキニータイプのデニム。インナーには黒いクルーネックのカットソーを着ていて、アウターには薄手のベージュがかったガーディガンニットを羽織っていた。そして胸の部分をボタンで留めている。そこに女性特有の艶かしさはなかったが、丸みを帯びた身体とデニムから浮き出たくっきりとしたボディラインが、彼女を女性であると知らせる。




 そして、彩乃は首を横に振った。

「ううん。全然変じゃないわ。ただ貴女がスカート以外履くの、久しぶりに見たから驚いただけ」

 そう言われるのは朱里としては予想の範疇だった。誤魔化すように笑う。

「やっぱりそうだよね、はは」

「急にどうしちゃったの?」

 朱里は怪訝そうな顔を向けられて、少し焦った。

「いや、えっとスカートの気分じゃなくて」

 あんなクローゼットを見た後にパンツルックで現れれば、誰でも不思議に思うだろう。そのクローゼットを知っている彩乃も例外ではないはずだ。一方で合わせ方に違和感が無いというのに、朱里としては心中でそっと胸を一撫する。

「ただ……そうね」

 そう言って彩乃は、少し考え込むような仕草をした。

「腕時計くらいしても良いかもね。シャープで綺麗目なのをすればアクセントになって、よりキュートに見えると思う」

「あー、腕時計。忘れてた」

 キュートさなど求めていない、と朱里は内心で思いつつも、確かに腕時計は付けてはおらず頭にさえ全くなかった事に気づいた。事故の際に携帯電話が破損してしまっている、という話を入院中に聞いていたため、単純に時刻を知る手段としても必要だろう、と判断した。 

「取って来るね」

「うん」




 朱里は階段を上がり自室に入った。

 クローゼット周辺を探したが腕時計が見つからない。机の奥の小物が並んでいる箇所に、腕時計を発見した。

 腕に巻くバンド部分はシルバーで、文字盤には薄紫を基調とした色合いが輝いていた。目を凝らさないと分からない程度の彫りで、小さくハート型があしらわれている。非常に小さいタイプで時刻を知るため、というよりも装飾品としてのポジションが近いような、そんな印象を朱里は抱いた。




 そして腕時計を嵌めて、玄関へ移動した。

「いってきまーす」

 キッチンにいるであろう彩乃まで聞こえるように、朱里は少し声を張った。

 すぐに、いってらっしゃい、と奥の方から彩乃の送り出す声が聞こえてきた。姿を見せないままなのは、洗い物を続けているからだろうか、と朱里は考えた。



 朱里がドアを開けると、春の生暖かい風が流れ込んできた。その風に手招かれるように地面を踏みしめた。

ども。作者です。


2次元も3次元もスカートは至高だと思います。

何というか色んな夢が詰まってるんです。

このような物言いだと、男性にしか共感を得られないような気がしますが(笑)

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当作者の短編です。「Still,」との関連性はありません。
お時間ある時にでも、覗いてやってくださいまし。
わたしとケイと彼とサクラ

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