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Still,  作者: ラヴィ太
1章
7/20

第6話 ~優しい嘘~

 -1-



「藤宮朱里は私ですけども」



 名乗り上げた声は、先が読めない不安に包まれている。

 その名乗りを受けて、西本誠はより一層態度を柔らかくした。



「やはり、貴女でしたか」

 部屋にいる女の子二人の内、一方は制服を着込み一方は患者服である。考えてみれば一目瞭然の話だった。

「この度は事故で遭われたそうで。だいじに至らず良かったです」

「お見舞いにいらしたのですか、ありがとうございます」

 彼がどういった者なのか全く察しが付かず、かといってこのまま関係を尋ねるのも躊躇われた。

 見舞いに訪れたのならば、少なくとも自分に対して悪意を持った人間でないと推測出来る。彼女はそこまで考え一応のお礼を返した。

 

 しかし、どうしたものか、と思った。

 愛華に訊こうにも本人を目の前にして訊けるわけがないし、正体不明では何を話していいかも分からなかった。

 やはり、現在の自分は記憶を失っている、ということを話した方が良いのか。そこまで考え――


 ドアががちゃりと開く。平井がこつこつと無機質な足音を響かせながら部屋内へ入ってきた。

 彼女は無言で部屋内をぐるりと見回すと、西本誠へ顔を向ける。

 そしてそのまま彼の腕を掴む。



「すみません、西本さん。こちらへ来ていただけますか」



 朱里はどきりとした。口調自体は静かであったが、あの平井が心なしか怒気を孕んでいるように見えたからだ。

 目覚めてから初めて触れる、人間の強い負の感情だった。

 それが今自分に向けられているわけではないが、それがいつか自分にも降り注ぐのでは、というネガティブな思いに駆られる。



 平井に腕を掴まれた西本誠は、戸惑いの表情を浮かべながらも「え、えぇ構いませんが」と、受け答えしていた。

 掴まれた腕は放されることなく、そのまま連行されていく。

 朱里はその様子を呆然と見つめていた。意味が分からなかった。



「何だったんだろう……?」

 独り言と混ざり合った質問が声に出た。しかし――

 反応がなく、それは唯の独り言に成り下がった。



「……。愛華?」

「えっ、あっ、何!?」

 一体何に対して狼狽しているんだろう、と思った。それを掘り下げたい衝動に突かれる。

「いやだって、見知らぬおじさんがお見舞いに来たと思ったら、平井さんにすぐ連れていかれて……」

 そこまで言っても、まともな返事が返ってこない。

 明らかに何かを隠しているような様子に、核心を突こうとメスを入れる。

「何か隠してる?」

 ぴくっ、と愛華の肩が(うわ)ずった。

 一拍置いて「い、いやだなぁ。そんな訳無いじゃない」と弁解する。

 その置いた間こそが、肯定を意味すると彼女は気づいていない。

 取り繕うような笑みを貼り付けているのも、逆に痛々しく感じた。



「西本誠さんって、私の何だろう? 愛華知ってるよね?」

 このままでは納得の出来る解が得られない、と判断し質問を変えてみる。

「うん、っと……。あ!親戚の人だよ!」

 愛華は目線を左上に向けながら、困ったように答えた。



「本当に?」

「うん。本当」

 朱里は誤魔化された気がした。じぃ、と妹の瞳を見つめる。

 真剣な表情でそれを続けた。その内根負けすると思ったのだ。

 しかしその熱烈な視線を受けても、愛華の態度は変わらなかった。

 相変わらずの狼狽色で、朱里の瞳を見つめ返していた。




「はぁ。分かった親戚の人でいいよ」



 溜息を伴って先に折れたの朱里の方だった。

 口調・態度・雰囲気どれを取っても明らかな嘘だ。

 それは、言われた本人である彼女も感じ取る事が出来る程に顕著なものだった。

 にも関わらず白状しないのはある種の決意が見え隠れする。開き直りにさえ見えた。

 それならば、と暖簾に腕押しとばかりに諦めたのだ。



「でいいよ、じゃなくて親戚の人なの!」

「分かった分かった。きっとその内分かるよね。例えば学校の先生とか」



 そこまで言って不意に彼の言葉を思い出した。フラッシュバックのように脳裏を掠める。



『わたくし、西本誠と申します――』



 自己紹介をしていた。

 通常、知り合いに対して自己紹介はしない。つまり――事故以前からも会った事の無い人物だったのではないか。

 であれば、普通に彼と朱里の関係を問いたとしても問題無かったのではないか。



 それでも、朱里が組み立てられた推論はそこまでだった。

 他にも疑問は尽きないが、やはり机上の空論で終わってしまう。

 気にはなるが、いつまでも執着していても仕方ないと思った。



「それに……」

「え?」

「ううん、何でもない」



 本当に何でもないことのように、朱里は笑顔で首を振る。

 意図的に隠し事をされるのは気分が悪かった。

 しかし、過ごしたのが短い期間でも分かる。

 彼女の家族ならば、その隠す意図の中に底意地の悪い感情は介在していないのだと。

 そんな勘にも近いお告げが聴こえた気がした。







 -2-


 平井に連れられて西本誠が入ったのは、関係者以外立ち入り禁止の会議室のようだった。平井は同伴せず、廊下で待機つもりのようだ。

 茶色い長方形の長テーブルに、キャスター付きの黒椅子、無駄に幅のあるホワイトボード。何の変哲も無い会議室の構造がそこには広がっていた。

 彼がそこに入ると、まず目に付いたのは朱里を担当している医者だった。



「西本明さんを担当致しました、岸間です」

 岸間は西本誠に気が付くと、下ろしていた腰を上げて頭を下げた。

「あ、これはこれは。西本です」

 西本誠も同じように頭を下げる。

「西本さん」

「はい」

「今回の事故については、本当にお気の毒です」

「いえ。先生も尽力されたと思います」

 医者は決まり文句のように悔やみの言葉を述べると、西本誠は恐縮した様子で言葉を返した。



「それで、何故私はこちらへ連れて来られたのでしょう?」

 西本誠は当然の疑問をぶつける。

「すみません、何も言わずにこのような場所へお連れしてしまって。あの場では仕方がありませんでした。無礼をお許しください」

 そこまでいってから、どうぞ、と岸間は着席を促した。彼はそれに従って席に着く。



「ではまず……西本さんは藤宮さんのお見舞いにいらしたのですか?」

 岸間は質問をした。その声はあくまで事務的に徹しようとしている向きがある。

「えぇ。私は明の伯父であり、唯一の親族です」

 答えてから西本誠は目を伏せた。

 そして、それだけで岸間は全てを理解したように、瞳の奥を光らせた。

「なるほど」岸間は指を組んで、西本誠を見据える。「つまり――」

「明さんの親も既に他界している今、代わりに謝罪出来るのは私だから、ということでしょうか」

 ずばり言い当てられて、西本誠は嘆息した。

「そういうことです。事故が怒った原因は明のようですから、きちんとした謝罪が必要かと思ったんです」




「お気持ちは分かりますが……」

 岸間は難しい顔をした。逡巡しているようにもみえる。

 彼は険しい表情のまま口を開いた。

「実は……藤宮さんは現在、記憶障害――つまり俗に言う記憶喪失の状態にあります」

 西本誠は伏せていた顔を上げた。見開いた目で、その驚きと衝撃に息を呑んでいる。

「え、それは……」

 辛うじてそれだけを声に出していたが、意味は成せていなかった。

「いいですか、よく聴いてください」

 岸間のその声は暗に落ち着け、と言っているようだった。




「記憶障害の原因には大きく分けて、『外傷性』『心因性』『薬剤性』『認知症』等多く考えられます。今回は『薬剤性』はまずあり得ませんし、『認知症』も年齢からしてあり得ません。残る可能性は『外傷性』か『心因性』です。『外傷性』については頭を打った際の脳への損傷が原因ですね。これは今後精密検査を行います。では後の『心因性』はどうでしょうか」



 岸間はそこまで一気にまくし立ててから、ふぅ、と息継ぎをした。

 ペットボトルのお茶を口に含む。ごきゅ、と嚥下する音が響く。静かなこの部屋では目立った。




「心因性というのは」

 岸間は問うためにどうでしょうか、と言ったわけではなかった。あくまで会話におけるテンポの一つで、自身がスムーズに喋るための潤滑剤だ。

 そんな彼の真意など知るはずもなく、西本誠は『心因性』について答えようと口を開く。

「えぇ」

「ストレスとか、そういったことですよね?」

「まぁ間違ってはいませんね」



 岸間はペットボトルの頭頂部――締まったままのキャップ部分を弄びながら答える。

「『心因性』はストレスやトラウマ等を起因とした意味を持ちます。つまり事故そのものの体験が、彼女の心には耐え切れなかった。耐え切れない心は壊れる前に自己防衛を張ります。それが全てを忘れることです。」

「そんなことが……」

 西本誠は信じられない、といった面持ちで呟く。

「いえ、あくまで可能性の一つですが」




 岸間は改めて西本誠に向き直った。西本誠はその気配を察して、僅かに背筋が伸ばした。



「そこでお願いがあります」

「はい」

 低い空調が響く室内に、僅かな緊張が走った。

「貴方が西本明さんの親族だという事は暫く伏せて頂けないでしょうか」

 西本誠はやはり、といった顔で険しい表情をした。それは彼にとって予想された言葉だったのか。

 彼の返答も訊かずに、岸間は続けた。

「彼女は恐らく自分を責めたでしょう。自分のせいで明さんを死なせてしまった、と。だから心を閉ざして、事故の記憶も一緒に封じ込めた。そんな彼女が遺族とどんな顔をして会えばいいのか――」

「そう……ですね」

「これは医者としての判断です。どうかご協力頂けませんか」



 そう懇願された彼は、得心した顔で頷いた。

「ありがとうございます」

 同意を得て安心したのか、岸間は顔を綻ばせた。




「ふぅ」

 西本誠が退出し、一人残った岸間は盛大に伸びをした。

「間一髪だったな……平井が訪問者名簿を見て気づかなかったら、厄介な事になっていたかもしれない」

 右手で自身の肩を揉み解しながら、一人ごちた。

 背もたれの身体を預け、天井を仰ぎ見る。

 やがて休憩が終わったのか、パンっ、と両手で頬を叩いて気合を入れると、彼は部屋を退出した。

どもです。作者です。

ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。



後半はやや説明パートで退屈かもしれませんね(苦笑

しかし、愛華のついた嘘が何なのか推測出来る、大事なところでもあります。



ちなみに岸間のいう記憶喪失の原因やら、トラウマやら色々言ってますが……はてさて、実際はどうなのでしょうか。そもそも今記憶を無くしてるのは、明ですしね。



いや、しかし暑い。

これで七月頭とか信じられない。(白目剥きながら)

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当作者の短編です。「Still,」との関連性はありません。
お時間ある時にでも、覗いてやってくださいまし。
わたしとケイと彼とサクラ

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