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Still,  作者: ラヴィ太
1章
6/20

第5話 ~艶めく戯れ~

「お待たせしました」



 朱里が女子トイレから出ると、ドアより少し離れた位置に平井が待っていた。

 待たせてしまったという意識から、気持ち足早に近づく。



「急かしてしまったみたいでごめんなさい」

 平井は申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

 どうやら、トイレの個室前まで声を掛けにきたことを言っているようだ。

「そ、そんなことないです」

 ぶんぶんと両手を胸の前で交差させながら否定する朱里。

 声を掛けに来たのは『何かあったのでは』という心配する思いからであり、そういった気遣いは大抵の場合嬉しく感じるもので、逆に恐縮してしまう思いに駆られる。




 そんな朱里の様子をみて安心したのか、平井はにっこりと笑い掛けながら本来の目的地を告げる。

「さ、食堂に行きましょう」

「はい」

 頷いた朱里は、ゆったりと歩を進める平井に付いて行った。




 長めに感じる廊下を抜けると、エレベーターがあった。

 それに乗り込むと、平井は地下1階のボタンを押下する。

 反応した鉄の躯体はぶぅん、と低く地鳴りのような音を発しながら動き始めた。




「こちらが当院の食堂になります」

 平井は右手の掌を外側に広げ、差し示すように言った。

 彼女の表情はどこか誇らしげでさえある。



 予想だにしていなかった景色が瞳に映り、うわぁ、と朱里は感嘆とした息を漏らした。



 パステルカラーを基調とした外壁に、薄いベージュとダークブラウンのマス目状に区切られた、フローリングの床。

 三十帖ほどの広さに長方系の白いテーブルがいくつも置かれている。

 そして各テーブルには、肌色の足と薄いピンク色の背もたれが付いている椅子がある。

 天井はかなりの高さで、吹き抜け構造かと思うほどの開放感に溢れていた。



「ウチの自慢なんです、ここ」

 朱里の期待通りの反応に、平井は嬉々として小ネタを提供してくれる。

「とっても素敵ですね。落ち着いて食事が出来そう」そう同意する朱里。

 そのまま絶景をうっとりと眺めた。





 程よい満腹感で眠くなりそうなお腹を抱えて、朱里は病室へ戻る。

 あの外観を裏切らない、非常に美味しい食事だった。


 自らの病室へ差し掛かった所で、見知った顔があるのに朱里は気づいた。

 その顔の主は部屋のドアを開けて、部屋内へ首を向けたまま固まっている。



「ごめん、食堂に行ってたんだ」

 朱里は状況を察して、そう声を掛けた。

 声を掛けられた愛華は、ほっとした様に朱里へ向き直って笑みを浮かべる。

「だから居なかったんだね」

「うん」

「調子はどう?」

 どう、と問われて朱里は答えに窮する。身体であれば今の所は問題無いと思った。

 対して心の方は――。

「大丈夫だよ。どこも痛い所は無い……あ」

 朱里はそこで昨日と異なる違和感に気付く。




「その制服って……」

「ん? これ? これは学校の制服だよ」



 言われて気付いた様に、愛華は自身が着ている学校の制服に目をやった。

 愛華が着ているのは学校指定の制服のようだった。

 白のブラウスにリボン、ネイビーブルーを放つチェックのプリーツスカート。アウターには黒のブレザーを羽織っていて、そこにはエンブレムの刺繍が飾ってあった。刺繍は扇型の形をしていて、中には小さな王冠がすまし顔をのぞかせている。それが中々に可愛らしい印象をもたらせているようだった。そのエンブレムを見て、朱里は何故かトランプの絵柄を思い出す。



(考えてみれば当たり前だけど、愛華ちゃんは学生だったんだ……自分も多分そうなんだろうなぁ)



「ねぇ、お姉ちゃん疲れちゃうでしょ? 部屋入ろうよ」

 そう言って、愛華は姉の背中をぐいぐいと押した。そのままベッドへと座らせる。

 ふかふかベッドの上からちんまりと正座で見下ろす朱里と、来客用の簡素な椅子から見上げる愛華。



 で……何だっけ、と唇に人差し指を当てて呟く愛華。

 そしてすぐに「そうそう、制服」と思い出す。

「うん。やっぱり学生だよね」

「そうだよ。やっぱり……まだ思い出せない?」

 少し声のボリュームが落ちた。愛華の気遣う心がみえるようだった。朱里は力なく首を縦に振った。ばつの悪そうな顔をして愛華は言葉を継いだ。

「えっとね、私達は私立霜月(しもづき)学園高等学校の生徒。私は二年生でお姉ちゃんは三年生だよ」



 そこからは愛華による、朱里の身辺講座が始まった。

 家族のこと、学校のこと、友達のこと、普段の振る舞い、家のこと。

 様々な事柄を興味深げに訊いては、朱里は喜怒哀楽の感情をくるくると動かした。

 不安が八割以上を占めていた心は大分軽くなったように思えた。

 もちろん、愛華とて全てを把握しているわけでは無いため、退院して実生活がスタートしたら、未知の事柄に遭遇して戸惑うこともあるだろう。



「今日はね、始業式だから行く時間がいつもより遅いんだ。だからその前に病院寄れたの」

 それが何故こんなにも朝早く来れたかを尋ねた、愛華からの回答だった。

 そして、彼女の説明から今は四月なんだな、と思った。

 いくら学校が遅いといっても、朝なんていくら時間があっても足りない位にやることがあるだろう。特に女性には。そんな中でも自分への見舞いへきてくれたことを嬉しく感じる。





「あ、そうそう!」



 愛華はぽむ、と両手を叩いた。



「ん?」



 がさごそ、と音がする。どうやら彼女はバッグから何かを取り出しているようだった。

 朱里が不思議に思いながら成り行きを見守っていると、大きめの紙袋が出てきた。



 紙袋を差し出しながら「ふへへー」と、愛華。

「それはなぁに?」

 お行儀の悪い笑い方を姉として注意すべきだろうか、と迷いながらも朱里は自身の疑問を優先してみる。



「おうちから、お姉ちゃんの着替え持ってきたよ」

「あ……」

 言われて初めて気が付いた、というような声。



「ありがとう。忘れてたから助かる」

「え、こんな大事な事忘れてたの……?」

 返す言葉も無かった。

 それと同時に非常に助かったという安堵感。

 何しろ下着の替えさえも無かったのだから。




 しかし、それもつかの間――次の質問で朱里は目を丸くする。



「胸は大丈夫?」と。




 愛華はさも当たり前の事の様に、笑顔を保ったまま言い放った。

 質問の意味がよく分からずに返答出来ずにいると、突然彼女は姉の後ろへひゅるり、と回り込んだ。




 朱里は仄かな甘い香りと首筋に当たる吐息に、身震いしそうになる。

 不意を付かれた、と思ったのは吐息を受けた後だった。

 正しい認識も出来ぬまま、自身の両脇から二本の腕が生えるのを見た。

 ぬっ、と生え出た二本はそのまま、胸へと伸びて――。



「んっ、あぅ……」

「へっへーん。あ、ほらやっぱりブラしてないじゃない」



 愛華はしたり顔で指摘をする。

 しかし、朱里はそれどころではなかった。



「ちょっ、ダメ……だからっ」

「付けないと、形崩れちゃうでしょー」

「そん、な……事言っ、たって……ッ」



 逃れようと身を(よじ)って抵抗するが、一回り違う体格差に為す術も無く封じられる。

 妹による愛のこもった蹂躙が始まった。

 服の上から乳房を愛撫される度に、艶掛かった吐息が漏れ聴こえた。その声を自覚して、朱里はより深く羞恥に身を固くした。

 揉みしだかれたそれは、ふにゃりふにゃり、と自由に形を変える。愛華はその反応を楽しむように嬉しそうな表情をのぞかせる。

 



「はぁ、ん……っ」

 次々と送り込まれてくる未知の刺激に抗うように、意識して声が出ないように唇を結ぶ。それでも喉元から滲み出る声は侵攻を止めない。

 されるがままになろうと諦めたかけた朱里は、じわりじわりと込み上げてくる素性の分からない感覚が込み上げてくるのに気づいた。

「な、なにこれ……っ」

「お姉ちゃんどうしたの?」

 分かりきった顔で尋ねるその顔は、まさしく天使のような悪魔の笑顔。

「分かんない! けど……っ」

 叫ぶように答えた朱里は、虚ろな目で空気を求めて口をパクパクと動かした。

 何かくる、と身体が警鐘をかき鳴らしたが、そこで不意に刺激が止んだ。

「あ……」

 電池が切れた玩具人形のように、がくんと頭が垂れた。

 その声が名残惜しげにも聞こえたのは、愛華の気のせいだったのだろうか。




「もー、可愛いなぁお姉ちゃんは」

 そう言うと、愛華は今まで揉みしだいていた手を腰へと回した。後ろから腰に手を回して、朱里を抱きすくめるような構図になった。ぶらんぶらん、と愛華が左右に揺れると、釣られて朱里の身体も左右に揺れる。

「本当可愛い。つい悪戯したくなっちゃうよね」

 もうしたじゃん、という言葉が喉元までせり上がった。けれど文句を言うよりも息を整えたかった。

 揺れがおさまると、ぼふっ、と朱里も道連れにベッドへ横たわった。二人してベッド上で横に向かい合いながら、見つめるような格好になる。

 行き場を失った朱里の”ナニカ”は身体と感情の底に堕ちていった。彼女は深呼吸するように大きく肩で息をしていた。



「何すんだ」多少の時間差を感じたものの、やっと声を上げることが出来た。吊り上げた目で抗議の意思を示す。

「私より十センチは低いのに、胸だけ大きいなんてズルイよ」

 そう言う愛華の目は笑っていた。答えになっていない、と朱里は思った。

「そんなの知らない」

「だから、腹いせに揉んでみましたー」

 ブラジャーの有無は口実だった。こんな理不尽が世の中にあっていいのだろうか、と白いシーツに顔を押し付けながら彼女は絶望した。



 急に愛華は遠くを懐かしむように、目を細める。

「こんなことするのは、もう何回目かな。いつもお姉ちゃんは負けちゃうねっ」

 その言葉から、彼女達姉妹にとってこれは日常の一つなのだ、と朱里は思った。女性同士の、姉妹同士のスキンシップというのはこれが当たり前なのか。今の彼女に判断はつかなかった。



(今更そんな慰められても、恥ずかしいものは恥ずかしいってば……)

 


「次やったら、怒るからね」朱里は羞恥心を誤魔化すように宣告した。

「そう言うのも、いつも通りだね」

 とびきりの笑顔で言われ、これ以上の反論する気力を削がれる。

 その言葉で朱里は『朱里』になれた気がした。偶然でも無意識でも彼女をなぞれた。たとえ一瞬でも良いんだ、と。




 こんこん――

 人為的な音が響いた。ドアを外側からノックする音だ。

 穏やかで幸せな夢の中から、強制的に呼び戻させるような鋭さを伴っていた。

 姉妹は二人して、いそいそとベッドに座りなおす。



「はい」

 答えながらも朱里は不吉な予感がした。がちゃり、とドアが開く。

 はたして姿を現したのは、50代ほどの大柄な男性だった。彼は被っていた帽子を取って、胸の前に提げた。

 突然の見知らぬ来訪者に朱里と愛華の視線が交錯した。その目はお互いに『知らない人だ』と訴えているのが分かる。



 男性は二人を認めると、口を開いた。

「こちらに、藤宮朱里さんがいらっしゃる、と訊きまして」

 よく通る重低音だった。

 男性はアルマーニのスーツを着ていた。皺一つないくっきりとしたシルエットに、縁の無いメガネと口髭を生やしている。

 ジェントルマン、と称するのに何の違和感も無い印象を抱かせる。



 男性の声を受けて、朱里は小さく手を上げて名乗ろうとした。

 しかしその前に彼は「あぁ、申し遅れました」と、気さくな笑顔を向けて続けた。



「わたくし、西本(まこと)と申します」

 彼は軽く腰を折って挨拶をした。



「……ッ」

 その瞬間、愛華が息を呑んだのに朱里は気付いた。

 横に視線を移すと、床を見つめながら開いた瞳孔が頼りなく揺れている。異様な空気に居心地の悪さを感じた。

 ひとまずは挨拶をしなくては、と名乗りを上げる。



「あのっ……藤宮朱里は私ですけども」

 朱里は控えめに手を上げながら申し出た。

どもです。作者です。


すみません!

ジャンルを恋愛、としておきながら未だそのような要素が皆無ですね(汗

あと数話で退院となり日常生活へと展開する予定です。


朱里について少々。

元々は明だったわけですが、現在の朱里は『朱里』としての記憶も『明』としての記憶無く、『自分』というものが確立されておりません。故にキャラクターとしても淡白というか、個性的な部分が余り目立たない印象かと思います。

話数が進むにつれて、そちらがどのように変化していくか作者自身が楽しみにしていたりします。

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当作者の短編です。「Still,」との関連性はありません。
お時間ある時にでも、覗いてやってくださいまし。
わたしとケイと彼とサクラ

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