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Still,  作者: ラヴィ太
2章
15/20

第7話(1) ~朱里の場合~

8月23日付けで、当作品を章構成へと変更しました。

よろしくお願いします。

 朱里は頭を抱えていた。無理だ、と悶々とした唸りをあげている。

 脱衣所にある細めの姿見を前にして朱里は立ち往生していた。

 姿見には幼い西洋人形のような顔立ちの少女が映っている。薄い茶色の髪には緩めのウェーブが掛かっており、それは整った目鼻立ちを際立たせるように大人の風格をほのかに添えている。華奢な身体に細くしなやかな手足が伸びていて、その健康的な白さは指先まで続いていた。低めの身長に豊満なバストがアンバランスに主張している。



 脱衣所の奥は浴室となっている。

 愛華にお風呂が空いた、と言われた朱里は入浴するかどうか散々に迷った。その上で不本意ながらも、脱衣所までは足を運べた。

 脱衣所に来た以上、通常は衣服を脱ぎ、浴室へ移動し、入浴を開始するものだろう。

 しかし彼女はそこまで行き着くことなく、浴室を前にして進めずにいた。



 朱里は事故以前の記憶に思いを馳せた。

 そこには若い成人男性の姿が浮かび上がった。

 女性が苦手で上手く会話をすることが出来なかった彼は、結果として、異性と付き合った経験はついに訪れなかった。



 当然ながら、事故後に入浴することは幾度となくあった。しかし、その時は自身を女性だと思い込んでいたし、それが他人の身体であるなどと夢想さえしなかった。

 朱里は記憶が戻ってから初めて、鏡に映る少女を見た。そこに映るのは全くの見知らぬ少女だった。異性と付き合ったことのない明として考えれば、それは今までの常識を覆すほどの衝撃である。

 入浴をするには服を脱がなければならない。服を脱ぐ、ということは裸になることと同義である。それを想像しただけで朱里は顔の温度が上がってくるのを自覚した。

「これなら、記憶なんて戻らなければ良かったのに」

 朱里は涙目になりながら一人ぼやいた。

 次に脱衣所にある小さな丸い椅子に腰をかけた。真面目な顔をして思案にふける。愚痴をこぼすだけでは進展しない、と朱里は思ったのだ。



 彼女が入浴にあたって腹をくくったのは割りと早かった。

 前途多難であることは想像に難くなく、心はずっしりと重くなっていたが、これを怠ることによって健常的な生活が遠のくのが我慢ならなかった。その想いだけを胸に、勢い任せで脱衣所へと向かった。無策であった。結論からいえばいざ、という時になって鏡を前に尻込みしてしまう有様だった。


「そうだ」

 やがて何か思いついたのか、両手をパチンと合わせた。よほどの名案と思ったのか、叩く手はよく弾んだ。

 彼女は脱衣所を出て、リビングへと向かった。

 リビングの端には小さな襖があり、その奥は物置となっていた。以前病院から帰宅した際、荷物の一部をここにしまった。その時に知ったのだった。スペースはあまり広くないようである。朱里はその中から一つの布切れを手に取った。灰色で細長いはちまきのような形だった。額に巻くにはぴったりだろう。

 脱衣所に戻る途中で愛華と遭遇した。彼女は朱里の手にあるものに、目を留めた。

「あれ? 何でそんなの持ってるの?」

 しまった、と朱里は思った。

「こ、これは」朱里の不審な様子に妹は何かを感じ取ったらしく、ずいと愛華は顔を近づけてきた。

「何でもないから」叫ぶように言い放ち、朱里は脱兎のごとく逃げ出した。向けた背から、何かを言う愛華の声を感じた。聴こえない振りをして朱里は脱衣所へと急いだ。

 朱里が脱衣所へと戻ったときには肩が上下していた。息を整えながら、なんて自分は臨機応変な対応が出来ないのだろう、と心が重くなった。何も逃げ出すことはなかったのではないか。

 しかしそこで事情を説明しようにも、その説明が殊更(ことさら)に難しかった。どのような説明をするにしても、自分が元男性だった経緯は伏せねばならない。それを踏まえた上で今からやろうとしていることを説明しなければならないのだ。それがどれほど至難なことか、考えるだけで知恵熱が出そうだった。そして彼女は、要らぬ心配を掛けるくらいならば黙っておいた方が良い、と判断を下した。


 鏡を前に朱里は布切れを手に取った。それで目を覆い、後ろに結んだ。

 すると、朱里の視界はたちまち暗闇に包まれた。完全な暗闇ではない。脱衣所の照明が、布切れにある繊維と繊維の間を縫って網膜へと差し込んでいるのだろう。そのほんのわずかな光が朱里の視界を照らていた。

 朱里の考えた案は目隠しをすることだった。目隠しをすることで少女の裸体が視界に入らなければよい、という結論に達したのだった。勿論、暗澹(あんたん)たる視界の中では動作が困難だろうことを覚悟した上だった。



 早速、彼女は衣服を脱ぎにかかった。手探りで胸のボタンを外す。

「あっ……」

 朱里は思わず声を漏らした。ひんやりとした空気を胸に感じたからだった。その空気は、空いたボタンの隙間から胸の谷間へと入り込んだ。

 そうか、と朱里は思った。視界が遮られた場合、それ以外の四感が失った視覚を補おうとする。そのため視覚以外の五感が研ぎ澄まされたような気がした。自らの息遣いが耳朶に響く。それは妙に艶っぽく聴こえた。

 朱里はすぐに作業を再開した。

 上着を脱ぐために、両手で交差してながら裾の部分を持った。そのまま上へと引き上げる。

 手早く済ませようとしたために焦り、存外に乱暴になってしまった。服はすっぽりと抜けきれなくて、肩の辺りに引っかかってしまう。その拍子に体全体にも力が加わり、朱里は後ろから誰かに背中を押されたような感覚を覚えた。

 暗闇の中、外部から力が加えられるとどうなるか。方向感覚が普段よりも落ちているため、自分が無重力にでもいるかのように上下左右の感覚に自信がなくなる。

 朱里はバランスを崩し、床に転がった。その瞬間に盛大な音が響く。騒音めいたその雑音は家中に拡散していく。

 痛みに呻いて朱里は腰に手を当てた。転んだはずみで服は脱げていた。

 じんわりとした痛みの次に感じたのは焦りだった。今の音を聞きつけて誰か家の者が様子を見に来るかもしれない、と思ったのだ。半裸で目隠をし、床に寝そべっている状態の彼女は、到底他人には見せられない格好であることは誰の目にも明らかだった。

 薄暗い視界の中、床に手を付いて起き上がろうとする。

「お姉ちゃん、今の音は」

 扉を開け放つ音がした。愛華が姿を見せた。同時に朱里は息をのんだ。手の平に冷や汗が滲み始めた。

 幸運というべきなのか、目隠しの取れていない朱里には、愛華がどんな顔をして朱里を見ているのか分からなかった。

ども。作者です。

ここまでお読みいただきありがとうございます(ぺこり



ほぼ週1ペースだったのですが、少し乱れてしまいました。

なるべく頑張りますが不定期になってしまいそうです。

まぁそこまで楽しみにしている方は、そう多くないと思いますが!笑

楽しみにしている方がいれば、それはそれでとっても嬉しいことです。えぇ。

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当作者の短編です。「Still,」との関連性はありません。
お時間ある時にでも、覗いてやってくださいまし。
わたしとケイと彼とサクラ

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