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Still,  作者: ラヴィ太
2章
12/20

第4話 ~疑念~

 -1-



 三月三日(月):今日は祝日だよ。やっほーい! そんなわけで愛華と渋谷でお買い物なのです。特に欲しいものはないけど、見てるだけで楽しいんだから買い物って不思議だよね(笑)ってそのつもりだったのに、結局2着も買っちゃって。。

 不満があるとすれば、店員さんが粘着質っぽかったことかなぁ。愛華と適当に回りながら見たいのにさ、くっついて離れないんだよねぇ……。あそこはもう行くやめよっかなー面倒くさいし! でもでも可愛いコ(服)をお迎えできて良かったッ


 三月四日(火):学校始まっちゃったよ(汗 どうしてこうも週明けはダルイんだろね。週明けが火曜にずれ込んでもダルイんだから、これが金曜までずれ込んでもきっとダルさは変わらないんだろうなー。

 そして今日は消しゴムを忘れてしまった。多分、昨日宿題をした時にペンケースに仕舞い忘れたんだよね。これはアレだね。わたしに宿題・勉強をするな、っていう神様のお告げに違いない! よし。もうこの先宿題はやらないことにした。陽菜ちゃんに写してもらおうーっと(笑





-2-




 朱里と奏太は商店街のゲームセンターで別れた。二人が出会った場所だ。また学校で、と再会を約束する言葉で挨拶を交わし、それぞれの家路に着いた。

 彼女は迷うことなく家へと帰宅することが出来た。途中で別の道へも進みそうになったが、朧げで曖昧で頼りない記憶が、辛うじてそれを押し留めてくれたのだった。活気のない商店街を突き進み、誰も居ないままの公園の横を通り過ぎ、見慣れつつある住宅街へ戻ってきた。




 午後六時頃だった。暮れる夕日が沈みきり、暗闇が降りつつある玄関を覆う時分、愛華が学校から帰宅した。

 朱里を見つけた彼女はまるで自分の事のように退院を喜んだ。細い廊下をひとしきり騒がせた後、彼女は言った。

「あっ、そうだ。ほら、あれあれ」何かを思い出そうとするみたいに、彼女の人差し指がくるくると宙を舞った。

「あれ?」

「確か日記付けてたよね? 読み返してみたらどうかな」

「そ、そんなのあったんだ」

 まるで寝耳に水のような事実を知った。朱里は自身の意外な趣味に驚く。

「うん。毎日書いてたと思うよ」

「そうなんだ……。うん、ちょっと見てみる。なんか恥ずかしいけど」そういって朱里は照れた笑顔をみせた。

 日記というものは基本的に書く本人しか、その存在が知られていない場合も多い。その存在を他人の指摘で知るというのは、考えてみればひどく間抜けな会話だったのかもしれない。彼女は、早速その足で自室へと向かうために、階段を上がった。






 部屋のドアを開くと、廊下の照明がどんよりと暗い部屋を僅かに照らした。部屋の電気を付けると、不完全だった部屋の明度は完全なものへと変化した。

 朱里は本棚から一冊の冊子を手に取った。それはコミックが詰め込まれた列にある、一つだけ異質な本。それだけが背表紙に何も書かれていない。

 




「ふぅ」朱里は読み終えた冊子を閉じた。溜息に混じってパタン、と閉じる音がした。閉じた反動で風力が発生したが、それは彼女の髪を揺らすまでには届かない。

 それを読んだ朱里は、全く知らない一人の女性の生活の一部を覗き見たようで、後味が悪いと感じた。

 読む前の、もしかしたら何か分かるかもしれない、という淡い期待はものの見事に裏切られたことになる。




 その冊子はオレンジに彩色されていて、白の水玉模様がアクセントを残すダイアリーだった。全ページに渡って縦型に丸くパンチがされていて、空いた空洞に金のリングが装飾されている。

 たった今、一通り目を通した日記を朱里は手に取って、改めて眺める。B6サイズほどの小さなタイプなのに、それは意外にもずっしりとした重さを伝えてくる。その中には見た目以上の想いと文字が詰まっているのだと、アピールしてくるかのようだった。

 




 一部の生活パターン、考え方や行動が記されたこの日記は、朱里にそれらの情報をもたらした。しかし、日記を読み進めていく内にこれは、『思い出そうする行為』ではなく、単に『朱里をコピーしようとしている行為』なのではないか、という疑念が沸いた。その考えは今の『朱里』と事故前の『朱里』は全くの別人であるかのような考え方だった。一度浮き出たそれは頭から離れない。『朱里』を知れば知るほどに、今の自分とはかけ離れた現実に彼女は気づいた。




 見知らぬ他人を助ける勇気を。

 はっとさせるほどに愛らしい、人々を惹きつける容姿を。

 姉妹で無邪気に買い物を楽しむ姿を。

 確信犯的な勢いで学校の課題を疎かにすることを。

 彼女は何一つ実感出来なかった。




 その現実は自分のことを『朱里ではないのだ』と、有無を言わさずに突きつけてくるようだった。

 それを認識したとたん、彼女は鈍い違和感を感じた。とくん、と胸が一際大きく跳ねるような感覚。


 

 鈍い違和感は両脇に置いて、彼女は思考を続けた。しかし、考えれば考えるほど、答えのない迷宮に足を踏み入れたかのような終わりのない思考回路が、首をもたげてくる。そのループはエラーを起したプログラムのように、絶えず実行し続ける。解の見出せない思考は脳髄を突いて刺激し、べとべととした嫌な発汗を促す。

「はぁっ」

 過呼吸のような音を鳴らして、朱里は左手で胸を押さえると、膝ががくりと崩れた。彼女の視界に、急加速で机が顔に迫ってくるさまが映る。それに合わせて重力に沿っていく身体を、間一髪右手で机を支えて受け止めると、その拍子に冊子が床に転がる。ぱさりと音がして、冊子は見開き一杯に横たわった。




 荒い呼吸を整える朱里の瞳は、落ちた冊子も拾わずに床を一点に見つめていた。ただ、たまたまそこに目の位置が来たからその床を見ていただけ、というように実際は何も見てはいなかった。

 突き上がる衝動は止まらない。それは不安という名の情。それは朱里の内面から喉元へ、何度も猛進するように攻撃を繰り返した。

 耐え切れず、朱里は片手で頭を抱えるようにして、慟哭にも似た声を喉元から絞り出す。そしてついに彼女は部屋を飛び出した。





 ドタドタと周囲を気に留めない足運びで階段を降り、サンダルを引っ掛けて玄関に立った。その騒音を聞きつけた愛華が、慌てた様子で玄関へ駆け寄った。

「お、お姉ちゃんどこ行くの?」

 愛華の問う声と朱里が外へ出て行くのは、ほぼ同時だった。





 朱里は薄っすらとした外灯を頼りに、とぼとぼとした足取りで歩いていた。彼女は家を飛び出した後、当てどもなく出鱈目に息を切らせて走り、見知らぬ道に出たところで足を止めたのだった。彼女は現在、家からどの程度離れた場所なのか、自分がどこにいるのかも分からない状態だった。

「何してんだろ」

 彼女は暗い空にぽつり囁くようにいった。空は曇りに覆われて、星はその煌びやかな姿を勿体つけるかのように隠している。

 先ほどの壊れそうに軋んだ胸の動悸は、いくぶん収まっていた。爆発しそうな焦燥感は矛先を求めて体中を暴れていたが、それは夜の街を駆け回ることの疲労感によって紛れさせることが出来た。けれどそれは根本的な解決になっていない。そもそも何が問題なのかすら、彼女は正しく認識出来ていなかった。 




 彼女は道に迷っていた。覚えのない道をただただ、何も考えずに走ったのだから当然の結果だった。細い路地はどこを通っても似たような風景ばかりが広がり、それは先ほども一度通ったのではないか、という既視感を漂わせる。

「こっち、かな?」

 先の見通せない暗い路地に足を踏み入れた。その表情はおどおどとした雰囲気が窺える。

「いや、やっぱり」と、いくつかの分かれ道を右往左往しては、進むべき道を決めかねていた。

 誰か地元の人でも通りかからないか、と彼女は藁にもすがる思いで、辺りを見渡すために後ろを振り返る。すると、朱里の眼前に何かが迫り、反射的に動きが止まった。





「おっと」

 男性の声がした。

 あ、と朱里の視界に広がるのは人間の体なのだと気づいて、彼女は一歩足を引いた。

「いきなり立ち止まって振り返っちゃいけない」

 朱里の鼻先にぶつかりそうになったのは、四十代と思われる男性の胸だった。どうやらサラリーマンのようだ、と彼女は推測した。紺のスーツと白のワイシャツを着込み、緩んだネクタイをしていたためだ。ワイシャツが第二ボタンまで外れているのをみると、おそらく会社からの帰路なのだろう。訝しげな表情で朱里を見ている。

「ご、ごめんなさい」朱里は申し訳なさそうに、頭を下げる。その一方で幸運だ、とも思った。彼女は現在進行形で迷子である。

 まぁいいか、と一瞥をくれてから立ち去ろうとするサラリーマンに、朱里は引き止めの言葉を掛けた。

「え? 何?」

「だから、あの、道に迷ってしまって」

 語尾に差し掛かる頃にはしぼんでしまって、朱里の声は聴き取りにくかった。それでも彼は半信半疑のように「迷子?」と聞き返した。

「はい」

 正直に答えた彼女は、彼から嘗めるような視線を受けて、逃げるようにうなだれた。朱里からは、よもやこの歳になって迷子とは、という視線にみえて恥ずかしくなった。

 観察し終わった彼は、「どこの駅に行きたいの?」と意外な言葉を口にした。朱里としては面倒に関わるのはごめんだ、とばかりに逃げられると思っていたのだ。彼女は自然と笑顔になっていく。





「後はこの道を真っ直ぐ行けば、大通りに出るから」

 道案内をしてくれる、というサラリーマンに朱里は最寄駅をいった。それに加えて、そこから国道のある大通りに向かいたい、という旨も添えた。すると彼は駅まで道を案内してくれたのだった。現在は駅から歩いている途中である。

 細い路地にいる二人からは、奥の方にいくつかの信号と様々な車が通るのが見えた。それは彼の言が正しいことを教えてくれる。





「ありがとうございます。ここまでくれば後は分かります」

 朱里は深く腰を折って礼の言葉を述べた。きめ細やかな長い髪がそれに合わせて踊る。



「いや、当たり前のことだよ」彼は謙虚にいって、「それに」と朱里を見て続けた。

「私にもね、君くらいの娘がいるんだ」

「そう……なんですか」

 あぁ、といってから彼は寂しそうに目を伏せた。

「でも、最近は相手にしてくれなくてね。話しかけても無視だよ。きっと家にお金さえ入れとけば、後は用がないんだ」

「そんな」

 悲壮感を漂わせて悲しい言葉を吐く彼に、朱里は困惑した。吐き捨てられた言葉はどこまでも濁った色をしていた。朱里は遠くから車の走行する音を聴いた。

「ケンカでもしたんですか?」

「いいや」

「だったら」そこまでいったところで、やっと彼は伏せていた目を上げた。朱里と視線がぶつかった。「きっと今だけですよ」

 それはきっと、思春期特有の感情だ。たいした理由もなく親と話したくなくなる。自分のしていることを見られたくない、知られたくない。友達と親を会わせたくない。それら全てに言いようのない照れ臭さが立ち昇ってきて、それを切り裂くようにシャットダウンしたいのだ。




「そうかな」

「そうですよ。娘さんが今おいくつかは分かりませんけど、きっと大学受験をする頃には普通に接してくれます」

 朱里は励ますように微笑んだ。

「だといいな」そういって彼も笑窪を見せると、顔の表面が歳相応の皺に塗れた。それを見た朱里は上手くいくといいな、と思った。

「でも……大学受験ということは後五年くらいは我慢の時ということか」

「え? 五年って」

「だって、君、今は中学一年くらいだろう?」

 朱里は耳を疑い、目を丸くして、息を呑んだ。そしてすぐに顔を赤らめた。

 『私にもね、君くらいの娘がいるんだ』朱里はこの言葉で、彼の娘は高校生だと思っていた。つまり自分は――






 面倒に感じた彼女は、自身の年齢を訂正しなかった。したところでさしたる支障はあるまい、と判断した。

 道案内をしてくれた心優しい彼に分かれを告げ、改めて帰路に着こうと朱里は前を見据える。彼女の前方には広大な道路が寝そべっている。

 記憶を探ってみると、確かに朝はここを通って家まで歩いたのだと朱里は思い出した。点滅する歩行者用の青信号に焦りながら、横断歩道を渡る。渡りきった瞬間に信号が赤に変化した。

 そのまま自宅へ続く細道に入ろうとした時、朱里は視界の端に揺れる何かを見た。振り返るとそこには花が添えられていた。

 道路脇のガードレールの下、自動車と歩行者の境目にそれは置いてあった。誰かが不注意で落としたわけではない、冠婚葬祭の意が込められた花。



 はっとしたように、朱里はその花を見つめた。何かを語りかけるような、訴えかけるような不思議な感覚を纏っている。

 花以外の全てが透明に溶けてしまったかのように、朱里の視界にはそれしか目に映らなかった。まるで他の情報は不要である、と脳が判断したかのようだった。

 一歩、朱里は花との距離を埋めた。じわり、と何かが胸の奥底で漏れて滲むような、波打つ感覚が流れてくる。



「ここ……知ってるかも」

 誰にともなく、彼女はそう呟いた。

ども。作者です。

ここまでお読み頂きありがとうございます(ぺこり


私の思春期/反抗期は小学校高学年~中学二年くらいまでだったと記憶しています。

人によって様々なのでしょうか。

男子か女子かでも、時期や傾向などの違いが出そうな気がして興味深いですね(笑

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当作者の短編です。「Still,」との関連性はありません。
お時間ある時にでも、覗いてやってくださいまし。
わたしとケイと彼とサクラ

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