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Still,  作者: ラヴィ太
2章
10/20

第2話 ~お散歩~

 朱里は外へ出て小さな鉄扉を開けた。首を回すと、左右に道が分かれているのが分かった。

「どっちだったっけ」

 この場合のどっち、とは国道ではない方のことを指した。

 首を傾げて腕を組む。すぐに閃いたように顔をあげる。

「多分こっちかな」

 そう言って、国道とは反対方向の左側へと行き先を定めて、足を動かした。

 どうやら私は道を覚えるのはそう得意ではないらしい、と朱里は思った。




 朱里にはこれといった明確な目的地が無かった。そもそも地理も分からず、一帯の地名もあやふやだった。だからこそこうして、実際に歩いてみて早く街の中を把握したかったのだ。

 そうしてふらふら、と気の向くままに周りを眺めながら歩いた。先ほど、彼女は地理の弱さを自覚したばかりだったが、何となく見覚えのある景色を辿れば帰れるだろう、という楽観的思考の下足を動かした。




 五分くらいは歩いただろうか。辺りには似たような軒並みが揃っていて、未だに住宅地を窺わせる雰囲気のままであった。

 と、そこで少し景色に変化がみられた。

 彼女から向かって右側に公園があった。

 ブランコ、ジャングルジム、シーソー、鉄棒、砂場等、定番といえる児童向け遊具が設置されていた。小さ過ぎるわけでもなく、かといって園内での移動が大変という規模でもなく、おおよそ中規模といったところだろうか。鉄製の遊具には所々錆びれがみられ、近年に出来た公園ではないことを知らせる。





 朱里は公園内に足を踏み入れた。ブランコへと一直線に進む。両脇の鎖に捕まりながら、椅子に座った。浅く呼吸をしながら園内を見つめる。

 そして考えた。自分は昔、ここで遊んでいたのだろうか、と。愛華と一緒に砂場を駆け回り服を汚しては、その度に母に叱られていたのだろうか。

 そうして在りもしない自身の軌跡を夢想する。


 彼女はそっと地を蹴った。ゆらり、と僅かにブランコが揺れた。しかしそれ以上の力は加えず、小さな揺れはすぐに収束へと向かった。

 鞦韆(ふらここ)と揺れて、長い髪もそれに半瞬遅れて付いていく。ざわめく、ゆらめく。波々と。


 やがて彼女は立ち上がった。次の場所へと移動するためだ。数々の遊具を振り返りながら公園を後にした。







 道を覚えやすいように、彼女はなるべく方向を変えずに進んだ。大きな路地を真っ直ぐ突き進む。

 次に姿を現したのは商店街だった。駅のある国道側を避けて歩いたため、隣駅に近い商店街のようだった。その駅も利用者が多くないためか、商店街自体もあまり大きくないようである。

 彼女は左右を見渡しながら歩いた。こんなお店があるんだ、とその程度の感想だった。

 ゲームセンターが見えた。朱里は入り口から中へと視線を移してみると、UFOキャッチャーが見えた。中に入ってからクレーンが吊るされているボックス内を見てみた。

 カラフルなクッションや、形容しがたい生物の人形、実用的なUSB搭載の備品等、様々な景品が人為的な匂いで配置されていた。思わず食指が動く。

 その時、朱里の脳裏に母のうんざりとした声がリフレインしてきた。かき消すように首を振って再び歩き出そうとした。




「ねぇ」

 朱里は声を掛けられた。まさか自分に向けられた言葉とは思わず、反応を示さなかった。

 朱里の視界に若干影が落ちる。不審に思い顔を上げると見知らぬ男性が、彼女の前に立ちはだかっていた。




 二人組みの男だった。

 一人は黒い短髪で髪を逆立てている。私服を着ているが高校生くらいの年恰好であった。

 もう一人は金髪の緩いパーマをかけている、一人目と同じの年に見えた。学校の同級生同士、というのが一番しっくりくる関係に見える。




「ねぇ、シカトとか酷いんじゃねーの?」

 にやにやとした嫌らしい顔を向けて、男は言った。

「……何ですか?」

 声を掛けられる理由など無かった朱里は、警戒心を隠そうともせず身を固くして返事をした。




「おい止めろよ、どうせお嬢様だろ。俺らなんて眼中にないんだよ」

 金髪の男が言った。

「あぁそっか。身分が違いすぎて、下々の奴らなんかは見えなくなるんだなきっと」

 二人は向かい合ってげらげらと、下品な笑い声をあげた。

 自分たちから声を掛けたのにも関わらず、朱里など居ないかのように話を進める二人に彼女は腹が立った。




「別にお嬢様なんかじゃ」

 彼女は語気鋭く言い返した。

「へぇ。じゃあさ。俺らと遊ぼうよ」

「そうそう。UFOキャッチャー見てたじゃん。興味あんでしょ?」




 じゃあさ、の意味が朱里には分からなかった。支離滅裂もいいところだ。繋がらない文脈に、どう返せばいいのか付いていけない。

「ちょっと。ちょっと……見てただけです。興味なんかありません」

 苦しい言い訳だったが、とにかくこの場から早く立ち去りたかった。ボックス内を凝視しておいて、興味が無いなどとまるで寝言の類だった。やはりというべきか、それでも彼らは引き下がらなかった。

「少しくらい良いじゃん」

「どいてください。もう行きますから」





 朱里は強行突破しようと思った。ここに留まって良い事など一つもない。

 くちゃくちゃと、音を立てながらガムを噛んでいる短髪の男に、生理的な嫌悪感を感じながらもどう動こうか、と思案する。

 入り口は非常に狭く、開店中は自動ドアも閉まらないようになっているようだった。狭い故に二人が並ぶだけで、入り口は塞がっている状態になる。しかし、その二人の間にはほんの僅かな隙間があり、自分の体格ならばその間をすり抜けられるのでは、と思った。

 更に彼女は辺りを観察した。首は動かさずに目だけで辺りを窺う。他に客はいないようで、店員らしき人も見当たらなかった。





「俺らUFOキャッチャーすげー上手いんだよね」

「マジでプロ級だから」

 彼女は返事をしなかった。聞き流しながら動くタイミングを計る。






 ここだ、と思った瞬間に朱里は足を前に出した。隙間をめがけて駆ける。

「あ、こいつ!」

 短髪が唾を飛ばしながら、眉を上げた。

 朱里は風を切るような感覚に包まれながら、成功する予感を握り締めた。しかし、そこまでだった。

 不意にぐらり、と身体が覚束なくなる。三半規管が麻痺したかのように方向感覚が分からなくなって、足の自由が利かなくなった。加速していた身体はすぐには止まれない。慣性の法則に従ってバランスを崩し始めた。

 しまった、と思った時には金髪の男に体当たりするような姿勢でぶつかっていた。

 彼女はぶつかった衝撃と反動で後ろに倒れ、尻餅を付いた。なにか物が落ちたような鈍い音がする。カーディガンが床に触れてしまった。


「いっ」


 すぐにじんじんとした痛みがお尻から這い上がってくるのを、朱里は感じた。

 痛みに呻きながら見上げると、金髪の男が頭を押さえていた。どうやら体重差もあり倒れこそしなかったが、ふらついた拍子で自動ドアに頭をぶつけたようだった。



「てめぇ、やってくれんじゃんよ」

 二人の男は怒りに顔を赤くしていた。特に被害を被った金髪の男は、今にも飛び掛ってきそうな勢いで息巻いていた。

 じわりじわり、と近づいてくる。シューズが床を擦る、耳障りな音が響く。

 近づく度に朱里の顔が陰影で覆われていった。それは最初に声を掛けられた場面と重なるが、また違った意味を孕んでいた。



 途中でふらついたりしたらどうするの――

 朱里は母の言葉を思い出した。万全でない自身の体調を呪った。



 金髪の男が朱里の腕を掴む。勢いだけに任せて、尻餅状態だった彼女を無理矢理に立ち上がらせた。長い髪が揺れる

「い、痛っ!」

 とても強い力だった。朱里の骨は悲鳴をあげる。

 掴むのと平行して、彼は訳の分からない罵詈雑言を喚き散らした。

 音割れしそうなボリュームに、何を言っているのか朱里は正確に聴き取れなかった。浴びせられる汚い言葉と明確に向けられた悪意に、本能的な恐怖を感じて身を竦ませた。

 容赦なんて全く無かった。これが男の力なんだ、と初めて男性が恐怖の対象に見えた。

 


「は、離してよ」

 朱里は震える心を摩りながらも何とか声を絞り出す。

「はぁ? まずは謝罪だろうがよ」

 金髪の男は、ぎらついた目で朱里を見下ろしながら言った。その目はどんな言い訳も受け入れない、という目をしていた。

「そんなの……だってあなた達が」

「おい、それよりさ」

 短髪の男が朱里の言葉を遮った。その声に、金髪の男は視線だけを寄越す。そして短髪の男が続けた。

「トイレに連れ込んじまおうぜ」

「お、それいいな」

 その言葉の意味を正しく理解し、金髪の男は唇の端を上げた。



「それってどういう……」

 朱里は言葉の意味を咀嚼しようとしたが、痛む腕がそれを邪魔する。

 ここのゲームセンターのトイレは一つだけだった。男女兼用となっていて、スペースとしては広めに作られていた。以前より、客からトイレを男女別に増設するように、と要望が相次いでいることで有名だった。そしてそれはまだ果たされていない。





 朱里は想像した。連れ込まれたトイレの個室で二人から殴る蹴るといった、嵐のような暴行を受けるのだ。寿命が縮まるようなバイオレンスな映像が現実味を帯びて迫ってくる。

 これから自分に降り注ぐだろう受難を思って、心が縮こまる思いがした。果たしてそれは、男達が想像する内容と一致していたのか。

 強がりを見せていた朱里だったが、徐々に心の防壁にひびが入り始めた。膨らむ恐怖感は本人の意思を無視して、涙腺を刺激する。



「そそる顔すんなぁ」

 泣き出しそうに黙り込んだ朱里をみて、短髪の男は満足そうな声を出した。

 いつだって強者は高圧的な言動で弱者の心を鷲掴みにして支配し、弱者もまた、それを強制的に享受させられる。そして、その様を確認してはまた、強者は愉悦に浸ってほくそ笑むのだ。



 と、そこで何かが放物線を描くのを朱里はみた。

 それはゆっくりと弧を描きながら宙を舞い、金髪の男の後頭部へと直撃した。

 こん、と乾いた音がしてそれは転がった。飲み干されて中身が無くなった、赤いラベルの空き缶だった。



 男が振り返ると、そこには制服を着た少年が投球フォームのまま固まっていた。

 同時に、朱里は掴まれていた腕が軽くなるのを感じる。

「あ。やべ、やっちまった」

 しまった、と失敗を悔いるような声で、少年は言った。

ども。作者です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ユーザー登録して1ヶ月ちょい経ちましが、お気に入り登録してくださる方が徐々に増えてきて嬉しい限りです。

これからもよろしくお願いします。



公園に出て来た『鞦韆』はブランコの昔の読み方です。

「しゅうぜん」「しゅうせん」と読んだりもするようです。ここでは擬音に近いニュアンスで「ふらここ」と使ってみました。



次回は少年が大活躍……!?笑

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当作者の短編です。「Still,」との関連性はありません。
お時間ある時にでも、覗いてやってくださいまし。
わたしとケイと彼とサクラ

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