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異界の放浪者  作者: ヒヨとモカ
第一章
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6 はてさて、何をしましょうか。


飛世は、ぱちりと目を覚ます。


目を開けて周りを見渡し、ほっと息をついた。

……かなしい夢を見てた気がする。

誰がいた。 何を持ってた。

目を閉じても、そこにはもう何も映らない。疑問符だらけの変な夢。

覚えてるのはただ一つ。「かなしい」という感情だけ。


……まあ、いいや。

悲しいだけの夢なんて、忘れてしまうくらいでちょうどいい。

夢など記憶が作り出した単なる歪な話にすぎないから。

整合性など何もない。そこに意味など存在しない。


―――思い出す必要など、欠片もないもの。



************************



窓を見れば光を取り戻し始めた空から僅かな光が射し。

鳥たちは、朝の挨拶を交わすように、チュンチュンと騒がしい。

飛世はわずかに眉をひそめた。……こんな窓うちにあったっけ?

いつもと見える景色が違うことに、気付く。

急速に思考回路を回し始め、記憶の再生をはかる。

……そうだ。ここは、マンションの一室じゃない。

そして飛世は思い出す。昨日一日の出来事を。

―――「小鷹飛世」は死に、生まれ変わったのだという事実を。


飛世は、寝る前までの場面を思い出して、眼下を見た。

足元では、まだ男が眠っている。布団を下敷きにして。

昨夜は気付かなかったけど。

整然と寝台を覆う哀れな羽毛布団は、男の重さでぺしゃんこに潰れていた。

そして何故か、毛布だけが乱れた様子で壁際に山脈を作っている。

……これは、もともと使ってないな。そして、退けるのさえも面倒なのねこの人。

せっかくの羽毛布団が……と若干呆れもしたが。まあ、口出しする気はない。


それよりも、自分の身の振り方を決めないと。飛世は枕元をてしてしと横切る。

いずれ男の人もこの宿を出ていくだろうし、ずっと彼に御厄介になる訳にもいかない。

となると、まずは棲みかを作らないとね。どっか良い所ないか探そうかな。


飛世は、ベッド横の窓の格子に静かに飛び乗ると、怖々と窓の中央まで渡る。

…登山家ってこんな感じ?がけの斜面にできた細道を汗を流して渡る登山家の映像が脳裏によぎる。

飛世は、窓全体を見渡した。この窓はどうやら、取っ手と鍵がセットになった両開き式。今は、六時の方向に垂直に回されていて、鍵がかかっている状態。


中央の縦に奔る格子を伝い少し登ると、左足を取っ手にかけて握りこみ、ゆっくりと九時の方向に回す。

右側の格子を噛んでいた鍵が、かちゃりと小さな音を立て外れた。

飛世はそれを確認して、今度は外の方向へと押し出せば。足の長さの分だけ開き、すき間風が羽を揺らす。

飛世は、左足を右足に戻し、身体で窓を押し開けた。

……このままいなくなるのも失礼だし、男が起きる頃に一度戻ろう。今日中に出ていけば、迷惑にはならないでしょ。

飛世は逸る心を抑えきれずそのまま飛び立たとうと、格子を蹴り、空中へと身を投げた。


ところで。


「ドゥキクィテ?」という声とともに身体を何かに受け止められた。

身体を覆うものを見れば、手があり。そのまま部屋の中へと連れ戻される。

その手に伸びる腕をつたい背後を見れば、先程まで眠っていたはずの男が立っていた。


……き、気づかなかった。いつの間に起きてたんだろう。起きる気配も近づく気配も何もなかった。

起こしたら悪いと思って、細心の注意を払っていたはずが、こっちに気を取られ過ぎたのだろうか。

というか、何処から見てたの、この人。少なくとも、背後に立つまでの時間は見てたってことよね。

……もしや全部?全部なの!?人が苦労して、窓を開けてたのをずっと見ていたと!?


「ィアーモ、ソールクィテ?」


そして相も変わらず、意味不明なのは健在で、返事のしようもない。

もう!ちょっと出たらすぐ戻ってくるつもりだったのに。

お世話になった人に挨拶もせず居なくなる訳ないでしょう!?

男にとってはただの野鳥なのだからその可能性は十二分にあり得るのだが。飛世はそこまで考える余裕がなく。

黙って見られていたのが相当お気に召さなかったようで、ただぷりぷりと怒っていた。

なんせ鳥の横歩き。しかも忍び足。―――間抜けなのだ。


「サンナリキャカル」


……今のは、わかった。「飯」と「食う」

昨日聞いた気がするもの。どの単語がどれとか、わからないけど。何となく。

わざわざ鳥に宣言しなくても、勝手に食べればいいのに。意外と律義?

…はいはい、行ってらっしゃい。わたしも、出かけついでに食べてきますので。


「クィテデェマ」


いってきますっと飛世が飛び立つその前に。

必死で開けた窓は、男の手によって呆気なく閉められ、更には鍵まで掛けられて。

飛世の外出計画はあえなく失敗し、遠のく窓に飛世は虚しさを感じていた。


男が部屋を出て窓が見えなくなってようやく、男に抱えられていることに気付いたくらいだ。





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