5 始まりの日は、こんな感じでした。
男はすでに食事を終えて、わたしが食べ終わるのを待っていたようで。
空になった皿を重ねて部屋を出ていき。間をおかずして、とんとんと階段を降りる音が耳に届いた。
申し訳なさと興味本位もあって後を追おうかとも思ったけど、思ったよりも食べすぎたようで。
わたしは身体を楽な体制に落ち着かせて、男の帰りを待つことにした。
といっても、待つだけなのはやっぱりヒマで。
改めて状況でも把握しようかなと、部屋を見渡した。……まぁ物はほとんどないけどね。
ちょっと堅そうなベッドが一つと、テーブルとイスが空間を埋めるように置いてあるだけ。
まさに、簡易的な宿屋の風情。ベッドの毛布は乱れたまま。あの男はここに寝泊まりしているんだろう。
にもかかわらず、男の持ち物は無いに等しい。ていうかない。着替えなどの類もない。
……旅先にしても、もう少し荷物があってもよさそうなものだけど。男のひとってこういうもの?
数少ない光源は、テーブルの上におかれたランプと窓からさす光くらいで。
今はランプの灯は消され、外の光だけで室内を照らしている状態。それでも十分な明るさではある。
外の明るさは、ここに着く前、むしろわたしがこの世界で覚醒した時と何ら変わりないように見えた。
あまり時間が経っていないのか。奇妙に思いながらも、たいして気にも留めず、ただ窓の外を眺めていた。
遊びから帰ってきた子供たちが、宿の前を走り抜ける。
斜め前の家には、同じくらいの年の子が、母親と手を繋ぎ入って行った。
窓から見える家にしてもそんなに数は多くない。6,7軒とかそのくらい。
住人は、おそらく百人にも満たない。
それでもみんなみんな楽しそうな嬉しげな、活気のある声が飛び交う。
こういうのもなんかいいなぁ…なんて思ったりもして。
そんな村を守るようにして生い茂る木々。森が近いせいか。
何羽もの鳥が、気ままに飛びまわっていた。
その光景をただ眺め続け、わたしはふと思い至ってばさりと翼を広げた。
空気を地面に押し付けるように動かす。
おおっ…浮いた。まだちょっと不安定だけど、飛んでるよ。
鳥の時の記憶がないから、飛べるか不安だった。けどどうやら、大丈夫みたいね。
身体が覚えてるってこういう感じなんだ。んー、ちょっと楽しいかも。
初めは、ふよふよと不安定に浮いていた飛世も、何か掴めてきたのだろう。
そう時を待たずして、普通に飛べるようになっていた。
飛世はひたすらに部屋の中を旋回し続け、子供のころの夢を24歳にして存分に満喫していた。
「……ィアーモ、ウィマヂローティシェン」
いつの間に入ってきたのか。男が、ドアに背を預け立っていた。
黙って見ないで、声かければいいのに。
はしゃぎすぎた恥ずかしさは、小さな不満にすり替わり。
それは心の中だけでこぼすとして、お帰りの意味を込めてキィと一鳴きするに留める。
近づけば、せっけんの香りがかすかにした。皿を下げるついでに、風呂にもでも入ったのだろう。
「スィーダリーネディマ」と男は寝台に横になった。
あれ?もうそんな時間??
窓からのぞく空を見れば。
……さっきまでの明るさはなんだったんだろ。
いつの間にやら。そこはもう、夜の様相。
きっと、活気よく歩いていた人たちも皆帰ったのだろう。村は静かな色をまとい。
家々の出窓から漏れる淡いオレンジの光が、静かな温かさを教えていた。
とたんに意識は急激に眠気を呼び起こし。
飛世は枕元に華麗に着地して、そのはじっこで丸くなった。
「……ソヅァリーネ?」
「キィ」
男は何事か言っていたが別段気にする様子でもなかったので。
飛世は適当に相槌をうち目を閉じる。
―――わたしの最初の一日は、そうして眠りに着いたのです。