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異界の放浪者  作者: ヒヨとモカ
第一章
5/9

4 桃太郎フラグは、折られていました。





期待したのは、柔和な瞳ときび団子。





*************





飛世(ひせ)の意識はあれからすぐに覚醒した。流れはあるものの激流というわけではない。水あるところに命あり。このまま流れていけば食べ物に出会えるんじゃないの?ということで、(さなが)ら川を流れる桃の気分で飛世は今、背中と尾を(いかだ)に穏やかな流れに身を任せていた。お腹を水面からだし、翼を広げると意外にも安定した。間抜けな格好である。


そんな鳥らしからぬ鳥に、物申すものはやはり、いた。


「…トゥエルンディー、ィアーモ」


呆れたような声。低い声質から男性であることは判った。


2度ほど急流のスリルを味わい、3度ほど転覆しかけ、4度ほど転覆し、森を抜け、眠りかけたところで、その声はした。このまま流されて、人にでも出会えば風貌や言葉から転生先がどの辺かくらいの見当はつくのかもしれない。そんな期待を込めて流れていた昨今。しかし、待てど流れど、川で洗濯するおばあさんはおろか動物の姿さえも見当たらず、飛世は少々がっかりしていた。そんな中での初めての人の声。生まれ変わって初めての、人の声である。言ってる意味がわからないとか、今の飛世には取るに足らない問題であった。とりあえず、意味の不理解から、ここが日本である、とう可能性は完全に消え失せてしまったが。


いずれにしろ、何処にあるのかイマイチ見当のつかない感度の良い耳で、何者かの気配を捉えていた飛世は、別段驚くことなく、誰だろうと声のした方を見上げた。もちろん体勢はそのままに。


―――まず目に入ったのが、アジア人には慣れ親しんだ黒い髪に黒い瞳。鼻筋のラインや切れ長の目など、顔の造形はヨーロッパ的。無造作に伸ばされた髪質もおそらくヨーロッパが近いだろう。褐色の肌はアフリカを思わせた。なんというグローバルファイス。――ここがどこか、まったくつかめそうにない――肢体もがっしりとしているし、全体に武骨さを思わせる印象。不器用なやさしさ、なるものを拝見させて頂けそうな風貌である。


…こういうのも、イケメンっていうのに入るのかな。


一人と一羽の絡み合う視線。


飛世は、急激に恥ずかしさがこみあげてきた。女性らしからぬ体勢をストライクゾーンど真ん中の顔に怪訝に見下ろされれば女として当然である。飛世はぐるりと体を反転させ、急遽水面を泳ぐ普通の鳥の体勢に切り変えた。


…好みの顔に、これでもかってぐらい見つめられて見ろ。たとえ、コイツちょっと頭おかしいんじゃねえ?っていうのかありありと判っていても、ときめかずにいられるものですか!!


そんな飛世の内心の葛藤など、傍目には判る訳もなく。しばらく無言で一人と一羽は見つめあっていた。が、先に男が呆れたように口火を切った。


「フィネ、スィーダェルーガ」


何を言ってるのか、さっぱりだ。まあ、こっちにおいで…とでも言っているとイイ!!


適当な要望兼妄想による推測を斜め45度クリーンヒットさせた飛世は、すいすいと男のいる川沿まで泳ぎ、川渕に手をつき勢いよく川から出た。翼を振り不十分に水分を飛ばし、男の方へてくてくと歩み寄った。その鳥らしからぬ一連の所作に男は目を丸くしたが、体格差により飛世がそれを見ることはなく。男を見上げた時には飛世は大きな布に覆われていた。突然の闇に緊張を走らせるも、水気を拭うようにがしがしと男の手が布越しに動きまわるのを知り、飛世は抵抗することもなく男の意のままにさせた。手が腹部に回った時は、さすがに蹴ったが。


「…ネヒャローティ。ビャル、ヨーブルトヌアファルリムディ」


…いや、だから何言ってるのかわからないって。まあ、鳥に話しかけるくらいだし、別に意思の疎通を図ろうとしてるわけじゃないんだろうけど。しっかし、何語だあ?これ。明らかに、日本語でも英語でもないし。ヴォンヴォン的(フランス語)でもないし、イッヒッヒ的言語(ドイツ語)でもないし。マイナー言語なのかな。


――一通り、気が済んだのだろう。男が飛世から布を取り去り、胡坐をかいていた男の隣に置いた。開けた視界に、飛世はさっきまで飛世を包んでいた布が、男のシャツだったことを知った。何故って…理由は聞かないでほしい。


何事か呟き小さく笑う男の手は、今度は毛並みを整えるように動く。厚くて武骨な手。反してその動きは繊細で、飛世はその気持ちよさに知らず目を細くした。頭を撫でる手は、空気を入れるように羽毛に指を通していく。それは背中、翼と続き、気を好くして男の指遣いに身を任せていた。しばらくその作業が続き、手が胸部に回ろうとして、飛世は男の手を払いのけるように蹴り上げる。も、男の手に捉えられる。一向に離す気配のない様子に、どうしたのかと見上げれば、男は4本の鉤爪を見つめていた。……鳥の足がそんなに珍しいか、青年よ。と首をかしげるもその理由などわかる訳もなく。


ぐっくぅぅううぎゅるるる


飛世の腹の虫が、次の進行を促した。腹の音に男は笑い、シャツを肩にかけると、飛世を抱き上げ歩きだす。ついでに、羽ばたかないように翼を抑え込み、つつかないようにか指先で首を固定されていた。それにはちょっと不快だった飛世は、突っ張ろうとするも、男は飛世の足を上手い具合に避けるだけ。せめて首だけでもと首を振ろうとするが、決して強くはない力に動くこともできず男を見上げる始末。――はなせこら。イケメンといえど、これは頂けない。――ありありの不満を込めて、ぐっと首に力を入れ飛世は一声鳴いた。それを見ていた男が、飛世の気持ちを感じ取ったのか定かではないが、何事か呟いて首から手を離した。翼は変わらず固定されたままであったが。まあ、しかたない。飛世は、ふんと息をつき、その手に収まっていた。


しばらく川沿いを歩き枝分かれした道を行くと、飛世は小さな村のような場所に連れられた。入口では馬車が来訪者を迎え、木造の家が楕円状に隣接している。男は、村に入ってすぐの二階建の建物に足を踏み入れた。入って正面のカウンターには椅子が四脚並べられ、丸テーブルが無造作にフロアに置かれていて食事処のような雰囲気。男は、カウンターを軽く叩くと、


「ワグツェ!オルヴェナリキャロープェ。ウェルヂ!」


と叫んで、カウンター横の階段を上がった。階段から2つ目の部屋。男は鷹をテーブルに乗せると、


「ニフコヅァウェデェモ」


頭を一撫でして、男は部屋を出て行った。ほどなくして、戻ってきた男の手には皿が二つ。その一つを飛世の前におき「ディ、カルデェモ」と呟き、自分の分を食べ始めた。どうやらこの男は、食事を用意してくれたらしい。男の様子に、飛世は自分の皿に目を向ける。


目の前におかれたのは、肉じゃがのようなもの。男の方を見れば、同じ具材に乳白色のスープ。どうやら、クリームスープのようだ。飛世は、いざ食べようとしてあるものが無いことに気付き、男を見上げた。それに気づき、男も飛世に目を向ける。


「?トゥエカルビヌ?」


…いえいえ、いただきます。いただきますがしかし、スプーンもないのにどうやって……手ですか、手で食べろということですか。素手で掴んで口の中に掻っ込めと。鳥に向かって何という仕打ち……てそういえば、わたし鳥だった。スプーン使えないじゃん。翼で握る方法なんて知らないよ。そうだよね、わたし鳥だもんね。口ばしで食べろってことだよね。当然だ。…このイケメンの前で。なんという羞恥プレイ……まあ、そんなの気にしないけど。結局鳥だしね。鳥が恥じ入っても気味が悪いだけだよね。


飛世は、男の質問に、とっさにそう答えていた。


口ばしで食べるのは、意外と苦戦した。というのも、鳥には歯がない。必然的に、丸飲みしなければならないわけで。噛みたい衝動に駆られて、何度か口をパクパクさせるも、中途半端につぶれるだけで、後は流し込む、を繰り返した。なかなかの苦行。満腹感とともに、喉に違和感までもが蓄積していく。しかし、料理の味は絶品といえる。飛世は、小さく噛み切り潰しながら、もくもくと食べ続けた。



「キシェ?」



「キィッ」



「ヴィ」



満足げに鳴いた鷹に、男は微笑した。



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