2 三途の川を、見つけました。
―――これは、なに?
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なんで、死んでるのにお腹すくんだろう。
…食べるのって、栄養補給のためだよね。身体が欲するものでしょ?もう、身体はないから、必要ないはずなんだけど。それともあの世には、あの世専用の身体でもあるのかな。あの世…ってもうこの世になっちゃったんだ。そもそも死後の世界に、食べ物ってあるの?
果たして、お腹がすくから食べ物があるのか。
果たして、食べ物があるからお腹がすくのか。
―――始まりは、どっちだ!
まあ、ニワトリと卵どっちが最初?ってのと一緒だよね。つまり、考えたって意味がない。
なんてことをうだうだと考えながら、食料調達に出て数刻。飛世はどこからか澄んだ音色を聞きつけて、てくてくとその音のする方角を歩いていた。耳が良すぎたのか、歩くのが遅すぎたのか。さらに数刻して、飛世はようやく大きな川を見つけた。
……あれって、三途の川?わたし、案外まだ渡ってなかったりするのかな。いや、もう渡った後なのか?どっちだ。にしても、三途の川もイメージと違うなあ。花に溢れてる感じでもないし、ヘドロ川って感じでもないし。お迎えなるものも見当たらない。おじいちゃんもおばあちゃんもどっちに行ったんだろう。どっちでもいいから、早く迎え来ないかな。そして、食べ物を恵んでほしい。あるのなら。
飛世は、川の全容が見渡せる所まで近づいて、感嘆の声を上げた。その川は本当に大きかった。身体の数倍の大きさを持つ川。川縁には草が生え、所々水面から顔を出した石が、流れに逆らって泳ぐ魚の群れの行く手を阻んでいた。どこからか続く川の先端は、鬱蒼と生えた木々の間に消えていく。―――澄んだ空気に清涼な川。地獄といわれれば、何処がだ!と言いたくなるけど、天国といわれれば、まあ、そうなの…かな?………と思う。
…死後の世界って生前と、あまり変わらないの?
飛世には先程から驚きと感動の連続である。
小一時間ほど、歩き詰めだった飛世は喉に渇きを覚えて川縁に近づいた。そして川を覗きこんだとき、飛世は重大な事実に気づいてしまった。
…ここに来るまでに、おかしいなと思うことは確かにあったよ。異様に視界が広いし、地面も近い。歩幅が小さくなったのか、歩けど歩けど思うように前に進まない。いつもは、20分足らずの距離も今日はなぜか1時間以上かかっている気がする。死後の世界なんて、実際見たこともなかったから、案外こういうものなのかなと思って深くは考えていなかった。鼻が異様に大きくなった気がしていたけれど、正確に見えているわけでもなかったから、気のせいだとも思っていた。
水面に映った自分の顔を、見るまでは……
―――これは、なに?
飛世はぐわりと視線を水面から引きはがし、顔を上げた。
そして、両手を空高く伸ばしその腕を注視する。
ソレは、腕というよりも翼の形状をしていた。
―――これは、なに?
指を動かせば、びっしりと生えた羽の先端がばさばさと揺れる。その拍子に一本の羽根が川に抜け落ち、驚いた小魚たちが水底の石の下に隠れた。その様子を視界の端で捉えながら、一瞬体が浮く感覚がして、飛世は驚いて足に力を込めた。ガキっという音がする。その音にも驚いて足元を見下ろせば鋭い鍵爪が川縁に食い込んでいる。
―――これは、なに?
足元を見下ろした拍子に水面に再び顔が映る。鼻だと思っていた、鋭利に尖ったもの。ソレは、鍵針のように先端が下方に曲線を描いた、口ばし。
―――これは、なに?
慌てて後ろを振り返れば、羽毛に覆われた胴体の先に、ピンッと張り詰めた尻尾立っていた。
―――これ…は……
飛世は、脳裏に浮かんだある可能性に身体に戦慄が走った。
まるで、正解だとでも言うように、尻尾がぴるぴると震える。
拭いきれない事実。
水を飲もうとして、手ではなく頭が出た、という事実。
―――これって…動物の…習性。