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リナリアの幻想~動物の心はわかるけど、君の心はわからない~  作者: スズキアカネ
乱れる乙女心

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しっぽの揺れは心の表れ


「ルーカスとブレンに聞かされていたけど、リナリアさんは2つの天賦の才能を持ってるんだってね」

「是非見てみたいわ。良かったら能力をお披露目してくれない?」


 緊張でカチコチしてたが、クライネルト夫妻は親しげに話しかけてくれた。なにも私の通心術と変幻術をその目で見てみたいと言うではないか。ふたりとも好奇心に満ちあふれた期待の眼差しを向けてきた。


「構いませんよ」


 ルーカスのご両親の前で良いところを見せて印象付けたいと考えた私は席を立つと、彼らから数歩離れた。

 そして目を閉じて真剣を集中させる。


「まぁ! 猫ちゃん!」


 猫に変化すると、マリネッタさんが黄色い声を出した。

 ルーカスのお母さんも猫が好きなのかな。


 だけど私が変身できるのはこれだけじゃないんだ。

 続いて小鳥に変化して空高く飛翔して見せる。ぴゅーんと広いお庭を飛び回り、ぐるんと一周すると戻ってきて地面に降り立つ。

 お次は犬に変身した。


 ドヤッと自信満々にお座りしてみせると、近づいてきたクラウスさんが私の前で膝を曲げてしゃがみこんだ。


「見事なものだな。こんなにも自由自在に変化できるのか。素晴らしい」

「わふ」


 褒められて嬉しかったので、ありがとうございます! と言おうとしたら口から出てくるのは犬の鳴き声だった。

 そんな私を見下ろしたクラウスさんは目を細めて私の頭を撫でてきた。私は固まる。

 ルーカスのお父さんに頭撫でられちゃった……!


 ぽかんとクラウスさんを見上げていると、脇の下に手が回された。そして私の体は宙に浮き上がる。


「リナリアに触らないでください」


 犬形態の私を軽々抱き上げたルーカスによって距離を取られたクラウスさんは残念そうな顔をしている。

 ルーカスは「全くもう…」と呆れ半分に私を抱え直していた。彼の腕の中で現状把握した私は顔から火が出てきそうだった。


 ──ご両親の前で恥ずかしい!

 こんな、こんな姿を初対面の相手に見せるなんて!

 ルーカス、今は二人きりじゃないのよ、こんなことしたらご両親の心証が悪くなっちゃうでしょう!?


 私は短い腕を伸ばして、肉球をルーカスの頬に押し付けた。離してと拒否したのだ。

 なのに私の心がルーカスには伝わっていないようで、彼はふふふと楽しそうに笑っていた。


「しっぽが揺れてるよ、リナリア」


 指摘されて犬姿の体を見下ろすと、私の隠しきれない下心に反応してちぎれんばかりにぶんぶん揺れているしっぽが見えた。なにこれ! 動きが止まらない!

 焦っている私をルーカスは嬉しそうに見下ろしてくる。

 もー! 人のことからかってー!

 私は犬語で文句を言った。


「アウアウ!」

「かわいいね、しっぽは素直だ」


 ルーカスはデレデレになって私を撫でてきた。

 どこ撫でてるの、そこお尻だよ!


 好きな人のご両親がいる前で、好きな人に体を撫で回される私の気持ち、あなたにわかる!?

 もう耐えられない! 恥ずかしくて無理!

 私は暴れてルーカスの腕から脱出すると、走って彼から距離を取った。


「ウーッ」


 ルーカスに『私は怒っている』と威嚇するが、彼はしゃがんで「おいで?」と手を広げてくる。

 あのね、忘れているかもしれないけど私、人間なの。しっぽフリフリしながら飛び込むと思われたら困るんですけど! そんな優しく微笑まれても私は行かないから!

 あぁ何故なの、私は怒っているはずなのにしっぽが、しっぽが勝手に揺れる……!


「意地悪したら嫌われるわよ、ルーク」


 笑いを押し殺したような声が降って来たかと思えば、背後から抱き上げられた。


「ワゥ!?」

「ふふ、本当にかわいいわね、先代陛下が溺愛していた犬と同じ犬種かしら?」


 あぁ、次はマリネッタさんに抱っこされてしまった……

 なんだこの状況。

 彼女はそのまま元の席に戻ると、私をお膝に乗せて優しく愛でていた。私はこの家の愛犬だったかなとついつい錯覚してしまいそうになる。


 ──さっき脱出した時、ルーカスに威嚇するんじゃなくて、元の姿に戻れば良かった。マリネッタさんのお膝の上で私は「きゅぅぅん」と切なく鳴いたのであった。



◇◆◇



 ルーカスが「そろそろリナリアを解放してください」と注意してくれたおかげでようやく人間に戻れた私は、席に着いてひと心地ついた。

 しかしまだまだ気は抜けない。どこからどう見ても年代物の上質なカップを割らないよう、傷つけないようにお茶を啜った。


 ルーカスとクライネルト夫妻とひとつのテーブルを囲むようにしてお茶をしていた。側には使用人が控えている。──気分はまるで貴族の優雅なお茶会である。

 お茶くらい私も飲むけど、こんな優雅なテラス、家にはないし、高そうな茶器を使うこともない。あぁ、私は別世界に来てしまったなぁ。好きな人のお宅に招かれたと浮かれていたはずの私はいろんな意味でドキドキしていた。


「グラナーダではよく食べられてるお菓子なの。久々に作ったんだけど味はどう?」


 ナッツの上に蜜のかかったお菓子に舌鼓を打っていると、マリネッタさんが味を聞いてきた。

 なんと、これは彼女の手作りだったのか。


「初めて食べました。美味しいです」

「グラナーダはこちらと比べて貧しい国ではあるけど、養蜂が得意な虫人が多くて蜂蜜が安く手に入るの。あちらでは蜜を使ったお菓子が主流なのよ」


 そういえばうちの商会でもグラナーダ産の蜂蜜の瓶詰めが入荷されることがあるなぁ。もっぱらパティスリーが注文したものだけど、その中でも質がいいものは王侯貴族行きつけの百貨店に卸されているんだ。

 虫人か。こっちではあんまり見たことないけど、どんな感じの人たちなんだろう。


 そういえば私って虫に変化できたりするのだろうか。考えたことなかった。

 少し興味が湧いたけど、鳥に食べられたり、人に見つかって殺されたりする恐れがあるのでやめておくことにした。


 話によるとルーカスのお母さんは元々南の国グラナーダからこちらに引っ越してきたそうで、平民身分ではあるがその実、貴族様の隠し子として生まれた人なんだって。訳あって祖国を捨てる形でシュバルツにやってきたとか。

 ご両親は私たちが通う魔法魔術学校で出会ったのだと言う。血の濃さ問題に関してはクラウスさんとマリネッタさんは血縁関係がない間柄とのことだ。


 彼らに聞かれるがまま私たちの学校生活の話をすれば、ふたりは自分たちの昔話を交えて話してくれた。在校時代が違うことで異なることもあったけど、共通点があったりしてなんだか嬉しかった。ルーカスのご両親に親近感を抱けたからだ。

 ちなみに医務室のキルヒナー先生は夫妻の在校時代からいらっしゃったそうで、彼女の話題でも盛り上がった。……キルヒナー先生は20代後半くらいだと勝手に思っていたけど、実は何歳なんだろうと思ったのはここだけの話だ。


「それでね、この人ったら卒業パーティで」

「マリィ、その話は勘弁してくれよ」

「その話好きですね、母さんは」


 話を聞かされる前からルーカスは飽きるほど聞かされて来たみたいな反応をしていた。仲のいいご両親みたいだから、普段からのろけられているのだろうか。


「私にプロポーズするつもりで、色々と小細工を仕掛けていたそうなのだけど……」


 マリネッタさんが笑いをこらえながら旦那さんの笑い話をお披露目しようとしたその時、遠慮がちに近づいてきた黒い影があった。

 ──クライネルト家の使用人さんだ。

 多分使用人の中でも地位が高い立場の人だろう。執事さんだろうか? ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、燕尾服を身につけたその人は申し訳なさそうに口を開く。


「ご歓談中のところ申し訳ございません……ルーカス様」

「なに?」


 指名されたルーカスは怪訝な表情を浮かべていた。なぜなら、使用人さんがほとほと困り果てた顔をしていたからだ。


「ドロテア様がいらしています」


 執事さんの口から告げられた来客の知らせ。その瞬間、ルーカスから表情がなくなった。

 そして、ドロテアさんの名を聞いた私は自然と身構えていた。戦闘大会の時のことを思い出して、さっきまでの楽しかった気持ちが一気に落ち込んでしまった。


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