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リナリアの幻想~動物の心はわかるけど、君の心はわからない~  作者: スズキアカネ
乱れる乙女心

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古代呪文と失望


「フロイデンタールさん! もう試合はおしまいです。指示を聞かない場合は規定違反となり失格になりますよ!」


 審判から警告がされているのに、彼女は詠唱を止めなかった。彼女の焦げ茶の瞳はまっすぐ私へと注がれている。

 その瞳に含まれた感情は憎悪。私のことが嫌いで憎くて目障りで仕方がないといった感情が伝わってきた。


 重い魔力がずしりと私の周りに集結して来たのを肌で感じとった。

 まずい。逃げなきゃとは思うけど、切り裂き呪文で深手を負ってしまった身体が動かないし、声も出せないから手も足も出ない。

 彼女は私を始末するつもりなんだ。どうやってこの場を乗り切れば……!


『Προστατέψτε το Linaria Bloom, όλα τα στοιχεία που με υπακούουν!』


 ぎゅっと目をつぶって襲いかかるであろうさらなる痛みに身構えていると、私の周りをひんやりとした半透明の壁が包み込んだ。数秒後にガガガッと大きな打撃音が響いたけど、それらすべてを壁が防御、吸収してくれた。

 先程まで私を囲っていた嫌な感じの魔法の気配は壁によって遠ざけられたみたいだ。


 ドロテアさんによって放たれたよくわからない呪文のあと、遠くで男の人が何かを叫んでいた。あれも、古代呪文だろうか。一部に私の名前が組み込まれていたように聞こえたけど、あの声は、彼の……

 打撃音が消えると、ふっと周りの壁が消失した。


「おしまいだ、ドロテア。彼女にはもう戦闘の意思がない」


 地面に俯せになった私は、自分を守るように立つ彼を見上げた。

 ドロテアさんに対峙した彼は、いつでも防御できるように身構えていた。


「まだ試合は終わっていませんわ!」


 彼が私を守ったのが癇に障ったのか、癇癪を起こしたように怒鳴ってきたドロテアさん。


「リナリアは既に降参している。審判の試合終了宣言を無視したのは君だろう」


 それに対してルーカスは落ち着いた声だった。ドロテアさんの非を指摘して、彼女が何かを言い募ろうとするのを遮った。


「わたくしはっ」

「君が今使おうとした魔術は、ドラゴンの妙薬でないと治せない高度な切り裂き術だね? 禁術すれすれの危険な魔術だ」


 私のいる場所からはルーカスがどんな表情をしているかわからない。

 しかし、余程恐ろしい顔をしているのだろう。先程まで怒りの形相だったドロテアさんの顔色が青ざめ、たじろいでいた。


 ドラゴンの妙薬じゃなきゃ治せないって、それ結局治せないってことじゃ。今じゃドラゴンの妙薬なんてどんなに金を積んでも手に入らないってのに。


 ドロテアさんが放とうとした魔術がそんなにも恐ろしいものだったとは知らなかった私は今になって恐怖に震えた。

 そこまでしてでも私を始末したいのか。治せない大きな傷を負えば、私がルーカスから離れると思ったの……?


「どういうつもりでその呪文を掛けようとした。彼女に一生残る傷を与えようとしたのか」


 問いかけの形をしているが、ルーカスは彼女の弁解を聞く気はなさそうだ。ドロテアさんを断罪しているような雰囲気すらある。危険な術を使用した彼女にルーカスは本気で怒っている。


 ドロテアさんはルーカスに怒られて涙ぐんでいた。まるで小さな子が親に叱られたみたいに見えるが、彼女のしようとした事は子どものいたずらとは全く違う。そんな可愛らしいことではない。

 悪意を持って、私を害そうとしたのだ。


「この大会は戦闘大会ですのよ!? 戦って相手を倒しただけです! わたくしは悪くありませんわ!」

「確かにこの大会は身分の垣根な対戦く、手加減無しで戦うものだが、最初から相手の口を塞いで、一方的に叩くのは正々堂々とは言えないんじゃないか?」


 私はまったく戦わずに終わりましたけどね、と思ったらルーカスが私の代弁をしてくれた。

 あぁ我ながら情けない。魔法の一つも使わずに敗退だなんて、恥を晒しただけで終わったよ。


「君のしていることは度を超えたイジメだ。降参してる相手をこてんぱんにやっつけるのは死体叩きもいいところだ」

「ルーカス! わたくしはただ……」

「失望したよ、ドロテア」


 幻滅したのを隠さないルーカスの声音。

 短い言葉だった。

 だけどその言葉は他のなによりも彼女の心に穴を開けたらしい。

 ドロテアさんは大きく目を見開くと、ぼろぼろと涙をこぼしていた。それを見た私まで泣きたくなったのは何故なのだろう。


 涙を流すドロテアさんから関心をなくしたルーカスは踵を返し、いまだに地面に倒れ込んでいる私の傍らにしゃがんだ。 


「リナリア、助けに入るのが遅くなってごめん」


 彼は真っ先に私にかかった口縛りの呪いを解いてくれた。やっと声が出せるようになった私の口から漏れ出た単語は「いたい」の一言である。

 とにかく全身痛い。早く私を医務室に連れて行ってください。ルーカスが助けに来てくれたことで緊張が解けて涙まで出てきた。


「悔しい、負けた。何もできなかった」


 ぴすぴす鼻を鳴らしながら泣きじゃくる私に彼は治癒魔法をかけてくれる。温かい力が身体に流れ込んできて、安心して気が抜けるとますます涙が溢れて来る。


「だから止めたのに。この大会は腕に自信のある人間ばかり出るから危険だと」


 私の泣き言にごもっともな返事をして来るルーカス。説得されたときに同じこと言われたもの、わかってるよ。それを無視して強行した自分の自業自得だものね。

 でも私にだって譲れない理由があったんだよ。


「ルーカスに賞品の本を贈りたかったの。もらったネックレスのお返しまだ出来てないから」


 治癒魔法で傷が治されて痛みが緩和して楽になったけど、いつもの如く貧血で身体が重いため私は自力で起き上がれそうになかった。

 それに気づいたルーカスは私の背中の下に腕を通して身体を抱き起こしてくれた。

 そして私の瞳を覗き込み、困った風に微笑んでいた。


「気持ちだけで充分だよ。僕のためを思うなら、心配させないでくれ」


 そう言っておでこ同士をごっつんこされた。

 ぐりぐりされるがこれは怪我人だから加減して罰を与えているのだろうか。


「あなたが喜ぶ顔が見たかったの」


 確かに私は無謀だったかもしれない。

 だけどなにもせずにいられなかったのだ。

 好きな人の喜んだ顔を見たいと思うのは当然のことでしょう?


 ルーカスは私をそのまま横抱きで抱えて、大会真っ最中の実技場を後にした。


「只今の試合、数々の違反が見られたため、ドロテア・フロイデンタール嬢は失格となります!」


 背後ではドロテアさんの規約違反により、ドロテアさんが失格になったことが告げられている。

 ルーカスはそれに振り返ることもなく、すたすたと歩いていく。


 ……いつもみたいに浮遊術を使って運べば良いのに。重くないのだろうか。

 そうは思ったけど、彼にくっつけるまたとない機会だったのでわざわざ口には出さない。下心がばれない程度に彼に寄り掛かってくっついてみた。


 この距離だと彼の心臓の音が聞こえる。私と同じ速度で鳴る心臓の音。大きくて温かい腕に抱えられて私は幸せな気持ちでいっぱいだった。


 ──あぁ、好きだなぁ。


 踏んだり蹴ったりな試合だったけど、ルーカスにお姫様抱っこされたからツイてるかも。

 ドロテアさんに関しては……好きな人に失望されたのは可哀想だけど、私を本気で害そうとしたと知って同情する気は失せてしまった。



 私はルーカスによって一般塔の医務室に運び込まれ、出迎えたキルヒナー先生から「あんな危険な大会に何故出場したのか」と説教されたけど、ルーカスの腕の中の温かさを思い出してニヤニヤしていた私は先生の説教を耳から垂れ流していた。


「ブルームさん、なにを笑っているの!」


 不真面目な態度とみなされて、キルヒナー先生にさらに叱られた。

 ごめんなさい、自分の態度が悪かったです。


「先生! 怪我人です!」

「えぇい! そこへ一列に並べなさい! しみる薬を塗りたくってやりますよ!」


 そのあと、大会出場者による負傷人が次々に流れ込んで来たので、お説教は途中で切り上げられた。キルヒナー先生は半ギレ状態で生徒たちの治療に当たり、とても大変そうだった。


 先生は不定期に行われるこの大会が昔から大嫌いらしく、開催反対派なのだという。看護されながらグチグチと大会開催者の悪口を聞かされたが、私は黙って聞き役に回っていた。


 こうして私は数日の入院を余儀なくされたのである。


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