彼の傷と私の傷
私が目を覚ますと、白い天井が見えた。
鼻をつくのは薬の香り。ここは医務室だろう。
……私はまた魔力暴走を起こしたんだった。隣のクラスの人たちからひどい言葉を投げ掛けられて暴走して……ルーカスが身体を張って止めてくれたのだった。おそらく魔力枯渇を起こしていたのだろう。
未熟な自分にため息が出る。
──どうして、私が地元で襲われたことをあの男子は知っていたんだろう。ルーカスが言い触らす訳がないし、もしかしたら新聞にのっていたのかな。今頃学校中に話が広がってるんだろうなぁ、気分が悪い。退院したら周りの人にどんな目で見られるんだろう。
私はベッドに横になったままもう一度重苦しいため息を吐き出した。
そういえばルーカスはどうなったんだろう。
私のせいで怪我をしたと思うのだけど……
「目が覚めたのね、ブルームさん。具合はどう?」
「! 先生、ルーカスはどうしていますか? 彼にまた怪我をさせてしまったんです」
様子を見に来た医務室のキルヒナー先生の問い掛けを無視して、ルーカスの容態を尋ねると、先生は苦笑いをしていた。
「彼も療養中よ。だけど会うはまた今度にしなさい。あなたは立て続けに魔力枯渇と精神疲弊しているの。まずは自分の身体を治すことに専念してちょうだい」
遠回しに面会禁止を命じられてしまった。
私の表情に不満が現れていたのだろう。キルヒナー先生はくすくすとおかしそうに笑っていた。
「同じ心配しているのね、クライネルト君も口を開けば『リナリアは目覚めましたか』って尋ねて来るのだもの。似た者同士よあなた達」
私のおでこに手を乗せて体温を計った先生は小さく頷き、「軽く食べられるものを持ってくるわね」と言って退室してしまった。
……ついさっき面会禁止を言い渡された私だったが、居ても立っても居られなかった。ベッドからそっと下りると、そそくさと部屋を出る。
ルーカスの入院している部屋へ向かうために。
男子と女子では分けられた部屋に入院させられる仕組みだが、部屋を探り当てるのはそんなに困難ではない。手当たり次第探せばいいだけだから。
扉を小さくノックすると中から応答があった。扉の奥から聞こえてきた声に、私の手の平がじっとり汗をかく。
どきどきする胸を押さえながらドアノブをそっと回して室内を覗き込むと、部屋の奥にあるベッドに腰かけたルーカスが読みかけの本を持ったまま、こちらを見ていた。
彼は既に治癒魔法をかけられた後なのだろう。目立つ傷痕はなかったけど顔色は優れない。それは私が怪我をさせた影響だと思う。あの時の彼はかなり出血していたから。自分が魔力暴走をした時のことを思い出して罪悪感で胸が苦しくなった。
「ルーカス」
「……! リナリア、君もう歩き回っていいの!?」
目覚めたばかりの私の体調は好調とは言えない。昏睡して飲食をせずに過ごしていたため、倦怠感で歩くことすら辛い。重い足を引きずるようにしてふらふらと室内に踏み込んだ。
それが頼りなく見えたのか。ルーカスは持っていた本をポイッとベッドの上に放り投げて、立ち上がるとこちらに向けて両腕を広げていた。
魔力枯渇からはまだまだ回復できていない自分の身体は思い通りに動いてくれない。もっと早く歩きたいのに、歩く度に疲労感が襲い、息切れしてしまう。
それでも私はルーカスに会いたかった。
彼の温もりを感じたかったのだ。
「ごめんなさい……また、私はあなたを傷つけてしまったわ」
やっとの思いで彼の前に辿り着けた私は彼に謝罪をした。
「何と言ってお詫びをしたらいいのか」
「リナリア、謝らなくていいんだよ」
どんなに言葉を尽くしても、償いにならない。一度ならず、何度も何度もあなたを傷つけてしまった。
どう詫びるべきかと考えていると、ルーカスが私の手を握った。
「!」
「あ、ごめん!」
それに私がびっくりして驚くと、彼がハッとした様子で慌てて手を引っ込めていた。私が男の人を怖がっていると気づいて気を遣ってくれたのだろう。
ルーカスは両手を後ろ側に持っていってなにもしませんよという仕種を取っていた。
「あの魔力暴走は君の心身の痛みだ。確かに君は僕や他の生徒を害したかもしれないが、原因は君に心ない言葉をかけてきた一部の生徒だし、君一人が罪悪感に駆られなくていいんだよ」
私の顔色を伺いながら言葉を選んで言ってくれた言葉は優しくて、そのあたたかさに私は縋りたくなった。──だけど私にそんな資格なんてあるんだろうか。
「でも私、あなたに噛み付いたわ……その、抱き着いてきたあなたが私を襲った相手だと錯覚してしまって」
この学校にあの男がいる訳がないのに、私はいまだに悪夢を見ているようだ。思い出して気分が悪くなった。
ルーカスはそれに複雑な表情を浮かべていたけど、「あの時も言ったとおり、あれで君が落ち着くなら肩の肉くらい安いもんだよ」と笑って返した。
一言くらい、私を責める言葉を言ってくれてもいいのに、ルーカスはどこまでも私の味方であろうとしてくれた。
鼻の奥がじんと痺れて涙が出てきそうだったけど、泣いちゃダメだと思って堪えた。
「こら! ブルームさん! あなたはまだ完全安静でしょう!?」
すんすんと鼻を啜って我慢していると、ドバーンとノック無しで扉を開けたキルヒナー先生によって強制的にベッドへ逆戻りさせられたのであった。
◇◆◇
ルーカスは重度の貧血対策のために毎日苦い薬を飲まされ、見えない部分が治っていない可能性があるからと念のために精密検査と治癒魔法の重ね掛けをされていた。
彼が負った傷は全部薬と治癒魔法で治せる怪我だと教えられて私はほっとした。
そうじゃなかったら私はどう責任を取るべきかと悩んでいた。慰謝料として滋養強壮のアンチークを生やしてお見舞いに持っていこうかと思ったけど、本人に辞退されたため何もできずに終わった。
一方の私は完全安静を解かれ、数日の経過観察になった頃には行動範囲が広がった。なので日中はルーカスの病室にお見舞いに行っては、彼とおしゃべりをして過ごしていた。
こんなことしている間にまた授業に遅れるよねとは思ったけど、そんなこと気にしていられない。
今はルーカスの方が心配だから、できる限り側にいたいのだ。
今日は医務室備付けのキッチンを借りてお菓子を焼いた。
そんなにレパートリーはないから、凝ったものは作れないけど、簡単なお菓子なら私でも作れる。作ったのはシンプルなマフィンだ。
彼は食べてくれるかなとドキドキしながらバスケットに入ったマフィンを持って彼の病室にひょっこり顔を出すと、ルーカスは本を読んでいた。いつも高確率で本を読んでいるので、見慣れた光景とも言える。
私が尋ねて来たことに気づいたルーカスは本に栞を挟んで、隣の机に置いていた。
「リナリア」
「体調はどう? あのね、マフィン焼いたの。おやつにどう?」
彼から名前を呼ばれただけで胸がドキッと高鳴った。
私は動揺を誤魔化すようにいそいそと病室にお邪魔すると、備付けのティーポットに新しい茶葉を入れて、魔法で熱湯を生成した。
「久々に作ったから量が加減できなくてたくさん作っちゃったの。余ったら他の人にあげるから、食べられる分だけ取って」
煎れたお茶をサイドテーブルに置いて、私は備付けの丸椅子に腰かける。ルーカスがマフィンを口にしている姿を眺めて……途中で紅茶を飲むのも忘れていた。
ルーカスはいいところのお坊ちゃんなだけあって所作が綺麗だ。もちろん食べ方もお上品だ。思わず見入っていた。
そして気づいた頃には、バスケットの中身は空になっていた。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「!?」
まさか全部食べてしまうとは思っていなかった私はぎょっとした。
「こんなに食べて……お夕飯入らなくなるんじゃ」
私は食べられる分だけとは言ったけど、夕飯が入らなくなったら元も子もないと思う。
だけどルーカスの反応はけろりとしたものだった。
「入院用の食事は量が足りないんだ。お代わりもできないし、丁度いいくらいだよ」
「深夜にお腹が空いて目が覚めちゃうんだ」と言うルーカスにとっては、前菜のような気持ちでマフィンを完食したのだそうだ。
足りない、かなぁ? ここの食事量、私には充分な量だけどな。マフィンだって試食で一つ食べたらお腹いっぱいになっちゃったし……
ルーカスは結構食べるんだな。男の子だからだろうか。
私の知らなかったことを知ることが出来て、なんだか嬉しかった。




