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リナリアの幻想~動物の心はわかるけど、君の心はわからない~  作者: スズキアカネ
この恋に気づいて

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ふたりきりの遭難


 モヤモヤ続きの長期休暇は終わり、新学期が始まった。

 学校に戻れてホッとしている私だったが、なんとなく浮かない気分で学校生活を送っていた。考え事が増えたというか、どこかぼんやりしているとニーナにも指摘されたけど、どうにも心の憂いは晴れないのだ。どうしようもない。


「今日は森林で薬草採集をします。はぐれないよう、団体行動をするように」


 今日は課外授業を行うみたいだ。

 前もって険しい道を歩けるような動きやすい服を持って来るようにと言われていたので、それを身につけて森へ踏み込む。

 他の人はみんな滅多に入らない森にドキドキしている様子だった。私は何度もここには来ているのでそんなにワクワク感もなにもないけど、土の元素が沢山いるこの空間は居心地がよく、気分が軽くなった気がした。


『リナリアだ』

『今日はどうしたの? 人間達がいっぱい』


 木の枝にとまっている鳥たちが話しかけて来る。私は顔を上げて彼らに挨拶した。


「おはよう、みんな。今日は課外授業なのよ。薬草採集の実習なの」


 今は問屋に行けば大体の薬草が手に入るけど、実際に自分の目で判別できるようにというのが今日の実習の目的である。


『気をつけて』

『沢山雨水を吸ってるから滑るよ』


 私達の目的を理解した彼らが警告してくれる。

 雨か。確かに言われてみれば地面が柔らかい感じがする。足を持ち上げると長靴にべっちょり泥がついていた。これは気をつけて歩かなければ転倒するかも。


 話しかけて来る動物たちと言葉を交わしながら私はグループについて行く。森の奥に進むにつれて、雨で緩んでいた地面に足を取られて転倒する人もでてきた。思った以上に悪路のようだ。滑ってこけないように、細心の注意を払って前へ進んだ…──つもりだった。


 ズルッと足を取られた私は踏ん張る暇もなくどしゃっとお尻から倒れ込んでしまった。


「いたた……」


 あぁもう最悪。今の衝撃で顔に泥が飛んできた。服に泥が染み込んで動きにくいし、手も靴もどろどろだ。


「大丈夫? リナリア」

「平気」


 手を貸そうとするイルゼの手を断る。その手を掴めば、イルゼを巻き込んでさらに被害を拡大してしまいそうな予感がしていたから。なんとか自力で立ち上がろうと両手を地面に付くが、両手は泥に沈み込み滑る。

 それならば足の力だけで立ち上がろうと踏ん張ったが、場所が悪かった。ズルッと足を取られた先は運悪く下り坂。しかも崖みたいに急になっている。


「きゃあああああ!」

「リナリア!?」


 泥で体勢を崩した私は転がり落ちてしまった。真っ逆さまに急降下する体は自由が利かずに、転落していく。イルゼが手を伸ばすが届くはずもない。

 途中木にぶつかるなりして止まってもいいはずなのにこの体はうまくそれを避けて、小枝や生い茂った草にぶつかるだけ。草木をなぎ倒して転がり落ちていく音だけが耳に届く。

 最後にどすんと背中をしたたかに打ち付けた私の意識は一気に遠退いたのである。



◇◆◇



 ぼんやり意識を取り戻しはじめた私が最初に意識したのは、鼻につくのは湿った土の臭いだ。続いて草の濃い匂い。

 そうだ、私は泥に滑って転落したんだ。

 急いでみんなのところへ戻らなきゃとは思ってはいても、全身が痛くて動かなかった。


「我に従う光の元素達よ、リナリア・ブルームを治癒し給え」


 誰かが呪文を唱えると、あたたかいものが全身を満たして体に力が湧いてきた。

 体が楽になり、私がうっすら目を開くと、そこには私を覗き込む群青の瞳があった。


「……ルーカス」

「……意識が戻ったんだね、よかった」


 どうして、彼がここにいるんだろう。

 私の記憶が正しければ私は泥に滑って単身で転落したはずなんだけど。


「リナリアが転落した際にヘルマンさんが騒いでいた。だから君の姿を追って転送術で飛んだんだ」


 つまり、騒ぎを聞き付けてすぐに駆けつけてくれたというわけだ。なんという無茶をするんだろうか。


「あ、危ないよ、私を助けようとしてルーカスが危険な目にあったら」

「君に言われたくないな。君は本当に事件や事故に巻き込まれやすいね」


 私は心配して言ったのに、ひどいや。

 そこまで言わなくてもいいじゃない。


 ルーカスは私を発見した後、安全な場所に誘導して治癒魔法を掛けてくれた。それでなんとか大きな怪我は治ったので、みんなと合流しようと提案したけど、遭難の可能性を示唆された。


 転送術で学校へ戻る方法もあるけど、その場合ルーカスしか飛べない。人を連れての転送術は深刻な魔力枯渇を起こすらしく、私を置いてけぼりにすることになる。

 仮にルーカスだけ転送術で戻って助けを求めたとしても、地理がわかりにくい森の中での捜索は困難を極めるらしい。発見が遅れたときのことを考えると私をひとり残しておけないと言うのだ。


 もしかして、詰んだ?

 森の中で白骨化した私達の姿を想像して青ざめる私に反して、ルーカスは余裕そのものだった。


「我に従う眷属よ、我の声に応えよ」


 ルーカスが呪文を唱えると、彼の影から白い毛皮がにょっと出現した。


『なぁに? ルーカス。私のお昼寝の時間を奪うほどの用事なのかしら?』


 のびーっと呑気に体を伸ばしている彼女は大あくびをもらしていた。


「トリシャ、遭難した。この森の中を移動するのは難しい。助けを呼んで来てほしいんだ」

『あらら、珍しいドジしちゃったのねぇ』

「リナリアが転落して負傷している。治癒魔法で粗方治したが、完治はしていない。容態が変わる恐れもあるから僕はここから動けないんだ。頼むよ」


 猫らしい猫であるトリシャは主であるルーカスの頼みにひょうひょうとした態度をとっていたが、ルーカスの頼みを聞いてやることにしたらしい。


『仕方ないわねぇ、この貸しは高いわよ』


 トリシャはそう言ってフッと姿を消した。

 眷属も転送術が使えるんだろうか。主人の魔力を媒体にしているから普通の動物よりもいろいろできるのかな。


「トリシャを学校へ送った。ここで大人しく助けを待つんだ」


 なるほど、その手があったか。

 その場合先生達は広い森の中を隈なく探さなきゃいけなくなるけど、私達の状況は悪い。体力温存のためにもここを動かないのが一番安全な方法なのだろう。


 私が運び込まれたのはちょっとした洞穴だ。ルーカスが燃料になりそうなものを集めて火を付けてくれた。それに加えて狭い範囲内の温度を一定の温度に保つ魔法を掛けてくれる。


「広範囲を温められるものじゃないから、少しでも寒気がしたら言ってくれ」

「それなら」


 私はルーカスの隣に座ってぴったりくっついた。それにルーカスが目を丸くしていたので、くっついて暖を取ったほうがいいと提案した。

 何故か彼の身体が緊張でピシリと固まったけど、きっと疲れているんだろう。私を助けるために奔走していたみたいだから。

 本当に申し訳ないことをしてしまった。


 徐々に夜がやってきて辺りが暗くなった。風が吹きすさぶ音が獣の声に聞こえるけど、私は怖くない。だってこれは動物の声じゃないもの。

 暗くて静かな森の奥。私たちは身を寄せ合って静かに助けを待っていた。

 心細くて不安なはずだけど、ルーカスがいるだけでなんだか心強い。私の心は不思議と落ち着いていた。

 パチパチと火を弾くたき火を見つめてぼんやりしていると、沈黙が気まずいのか、ルーカスが口を開いた。


「…学校が始まってから君は考え込むことが増えたね」


 隣に座る彼を見上げると、彼はこちらを見ていた。たき火に照らされた彼の表情は静かで、いつもとは違う雰囲気があった。


  いつもの青い瞳は炎の色がちらちらちらついて、まるで彼の瞳が燃えているようだった。


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