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リナリアの幻想~動物の心はわかるけど、君の心はわからない~  作者: スズキアカネ
この恋に気づいて

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血まみれの狐


 翌日から早速、私は放課後の森林巡回を開始した。

 その日最後の授業が終われば、ひとり教室を飛び出して、鳥たちに異状はないか尋ねながら森の中を歩いた。草木が覆い繁った場所を歩くものだから靴はドロドロ、着ていた洋服は引っかけて破けたりしたけど、今の私はそんなこと気にしていなかった。

 それを繰り返して、動物達の安全を確認する日々を送っていた。


 もしかしたら犯人は怖いもの見たさで黒呪術を使ってみたかっただけで、あの一回だけで怖じけづいた可能性もある。それならそれでいい。

 だけど二度目は絶対に許さない。


 私はやる気に満ちていた。今なら誰にも負けないくらいの気持ちでいっぱいだった。

 毎晩草まみれ、足元泥だらけになって帰寮する私のことをイルゼ達が心配しているのはわかっていたけど、ひとりでどうにかするんだ。

 私が犯人を取っ捕まえて、動物達を守るんだ!


 その意気でガタッと席を立ち上がると、教材の入ったかばんの持ち手を掴んだ。いざ! と校舎を飛び出した私は、迷わず森へ足を踏み入れた。


「リナリア、ちょっと待って」


 その気合いも、私を呼び止める声によって出鼻を挫かれたが。

 教室から追いかけて来たらしいルーカスが疑いに満ちた眼差しで私を見ていた。

 あっ、森に侵入するところ普通に見られちゃった。


「これからどこに行くの? ──君の用事ってなに?」


 疑問の形をしているが、完全に不審に思われている。

 いつになく圧がすごくて、彼が怒っているようにも見えた。


「この間先生に黒呪術のことを聞いていたらしいね」

「なんで知ってるの!?」

「エーゲル先生に聞いたからさ」


 ちょっと先生! なんで言っちゃうのさ! あれか、私が危険因子に見えたからルーカスに監視を命じたの!?


「一体なにを調べているの?」

「いや、私が黒呪術を使うとかそんなんじゃなくて」

「そんなことわかっているさ。……君、最近僕のこと避けてない?」


 不機嫌に細められた瞳に睨まれた私はぐっと息を飲み込んだ。


「そ、そんなことはないよ?」


 やだなぁ、そんなことあるわけないじゃないか。あはは、と笑ってみせたが、ルーカスの眉間のシワはそのまま。疑惑は晴れないようだ。


「僕が何かしたかな?」

「そういう訳ではないよ」


 ルーカスの将来を心配して、と言ったら、「他人のことより自分のこと心配したら?」とか言われそうなので間違っても口に出せない。私が口ごもって口元をもごもごさせていると、前にいるルーカスはさらに不機嫌になっていた。

 私が及び腰になっていることで逃走を察知したのか、右手を捕まれて逃亡防止をはかられる。信用がない私。


「はっきり言ってくれないと、直すところも直せないだろ」

「いや、ルーカスが悪いとかじゃないから……」


 よかれと思って距離を作ったのに、ルーカスの不快を買ってしまっているようだ。おかしいな。彼を怒らせる意図はなかったんだけど。

 なんか緊張で手に汗かいてきた。ごめん、ベタベタして不快かもしれない。


「ルーク」


 彼女の声が、変な空気が漂っていた私たちの空間を切り裂いた。

 ビクッと震えたのは私だけじゃない。手を握っていたルーカスの手も一緒に震えていたから。

 なんで一般塔の敷地内に彼女がいるのかという問いはするまい。彼女はルーカスに会うためだけに毎回規則違反をして一般塔へ入り込んでいるのだから。

 彼女の視線はルーカスから私に。そして握られている手に向かった。焦げ茶色の瞳が細められ、ギロリと睨まれて私は泣きたくなった。


「……なにを、していますの?」


 握ってるのはルーカスだし、私たちは別にやましい関係じゃないし。

 こうなると思っていたから距離を作ったのにどうしてこうなってしまうのか。

 貴族様に目を付けられたら、平民はひとたまりもない。どうしてくれるの、ルーカス。


「ドロテア、今はリナリアと大事な話をしているから外してくれ」

「わたくしには聞かせられないお話ですの?」


 あぁぁ修羅場! なんか私が当事者みたいな修羅場演出するのやめて!

 手を引っ込めようとするが、ルーカスの手はしっかり解けないように私の手を握っている。それがますますドロテアさんの勘気を買うんだってば!


「その方はルーカスの何ですの!?」


 癇癪を起こしたかのように怒鳴るドロテアさん。

 なにって、クラスメイトで友達だよ。そのほかに何が有るっていうのだ。

 しかし私に発言権はなさそうなので、ルーカスの顔を伺うと、ルーカスは難しい顔をして黙り込んでいた。

 ……え、クラスメイトで友達だと紹介できない存在になりつつあるの私。仲間とすら思われていない?


 即答しないルーカスの態度に傷ついていると、パタパタと小さな羽ばたきが複数聞こえてきた。

 森の奥深くから超速球で飛んできた彼らは私を発見すると、口々に叫ぶ。


『リナリア助けて!』

『あの変な魔法使ってる奴が現れた!』

『狐が苦しそうにもがいてるんだ!』


 鳥たちに聞かされた話に血の気が引いた。

 出遅れた……!


 私はルーカスに握られていた手をおもいっきり振り払うと、鳥たちに手を伸ばす。


「場所はどこ!? 私をそこに案内して!」

『でもリナリア、ひとりでは危険だよ。誰か強い大人を』

「大丈夫! 早く私をそこへ」


 羽ばたいていた鳥の足先がちょん、と手の平にぶつかる。

 その瞬間、私の周りの空気が揺れて、体が吸い込まれていく感覚を味わった。


「リナリア!?」


 焦るルーカスの声が聞こえた。

 どうやら私はまた意図せずに魔法を使用してしまったみたいだ。



◇◆◇



 私が降り立ったそこは、定期巡回している位置より更に森の奥深くだった。空間移動した? 呪文を唱えていないのにどういうことだろう。現在の位置を確認しようとと周りを見渡すも、周りは木に囲まれていて位置が把握できない。

 私が森に入るときは遭難防止で紐を引っ掛けて順路を印つけているけど、今日はなにもせずに森の中に入ってしまった。どうしよう、どちらに向かえば良いのだろうか。

 草がぼうぼうに生えている道をかき分けて、宛てもなく歩を進めようとしたその時だった。


「ケーン!」


 その悲鳴は木々にぶつかり、不気味にこだました。


「我に従う風の元素達よ、切り裂け!」

『痛い! 苦しい! やめて!!』


 何者かによる呪文と、吹きすさぶ風の音、悲痛な叫びに、全身の毛がぞぞぞと逆立つ感覚を味わった。


「はは、のたうち回ってるぞ」

「きたねぇ、血が飛んできた」


 私よりも一回りも二回りも体の大きな人たちが狐を囲んで笑っていた。おそらく上級生の男子生徒達だ。狐の苦しむ姿を鑑賞して笑っている。その狂った感覚に私はぞっとした。

 彼らは地面で暴れ回る狐を見下ろして、なにやらぶつぶつと呪文を唱えていた。


「──汚れた獣よ、我は命じる。我に従い、我の意のままに操られよ」

「やめて!!」


 また新たな呪文を弱っている狐に向かって唱えようとしていたので、私は背後から男子生徒を突き飛ばした。彼らが驚いている隙をついて、血だらけになって弱り切った狐を抱き上げると、その場から駆け出した。


「なっ」

「おい今の聞かれた。まずいぞ、捕まえろ!」


 現行犯で捕まえるつもりだったが、ここは狐の命が最優先だ。

 早く治してあげないとこの子は死んでしまう。


 黒呪術の正式な呪文は知らない。だけどさっきあの男子生徒が唱えていたのは、文言からして相手を従わす魔術だと思う。眷属の契約とは違う。一方的に押さえ付けて自由を奪うそんな魔法。

 法律上では、人や獣人相手に使用してはいけないもの。しかし、動物である狐相手なら罪にならないから、彼らは娯楽でも楽しむかのように残酷な呪文を唱えたのだ。


 もしも狐が苦しみの挙げ句死んだとしても彼らは誰も哀しまないし反省もしない。おもちゃが壊れたと思うだけで、また新たな生贄を探そうとするに違いない。

 冗談じゃない。そんなの私が阻止して見せる!


「捕縛せよ!」

「!」


 木々に隠れながら移動して相手との距離を離そうとしたが、急に体が丸太になったみたいに固まって動かなくなった。

 狐を腕に抱いたままどしゃっと地面にこけた私は痛みに呻く。すかさず狐を潰さぬよう、自分の右腕で受け身を取った。擦り傷どころか皮がズルむけになっていそうだが狐が無事なことを感謝しよう。


「見たからには逃さねぇぞ……」


 目撃者の私を逃がすまいと私を捕縛した男子生徒達がじりじり近づいて来る気配がした。

 せめて狐だけでも逃がせたらと思ったけど、狐は意識朦朧としているようだ。拷問を受けて衰弱しているんだ。


 どうする、体が動かない状況をどうやって打破する?

 考えろ、諦めるな。私しかこの子を救えないんだぞ!

 

「ふざけるな、禁忌とされる黒呪術を使う方が悪いんでしょうが!」


 体が動かないので、口を動かして相手に反論すると、男子生徒のひとりは舌打ちし、他の人たちも「誰かに飼われてるわけじゃないから良いだろ」「人間相手に使ったんじゃない」と言い訳していた。

 反省の色が全く見られない。


 なんて人たちなの……!

 動物には生きる権利がないって言いたいのか。

 もしも自分たちが同じように力有るものに虐げられても仕方ないと諦められるのかこの人たちは!


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