第10話 恋人ごっこと嫉妬
今日も至と歌恋は仕事に向かう。今日は新規の担当となるので、自己紹介から始まる。怖がって逃げてしまう人間も多いので、その場合は相手を動けないように金縛りにして自己紹介するらしい。死神からは逃れられないというのは本当だ。生きている者は死神の言うことを聞かなればいけない。聞かなくても死ぬ運命は変わらないのに。歌恋も違う意味で死神からは逃れられない運命となっている。
「立花涼香さん。俺は死神の四神至だ。あなたは九十日の余命となる。この世での未練があれば我々が誠心誠意サポートをして、よりよい最期を届けたいと思う。何か要望があれば言ってほしい。ただし、九十日間は自ら命を絶つことはできない。その間は我々の監視下にあるので、人に迷惑をかけるなどの行為があれば我々が阻止する」
心配することはなかった。彼女はとても落ち着いていた。
彼女は大病を患い、闘病生活が長いため、死期を覚っていたのかもしれない。
「初めて見る死神さん。噂通りの美形なのね」
立花涼香はとても冷めた瞳をしていた。十九歳という年齢よりもずっと大人びた雰囲気を纏っていた。美人薄命と言われるのはこういった美しい人が若くして死んでしまうからだろうか。
「持病があるから、そろそろヤバイなとは思ってたんだけどね」
まだ十九歳なのに、この世から消えないといけない宣告をされるなんてこの世は不公平なのかもしれない。しかも、死神に目をつけられなければ、知らずに死ねたと思う。なぜ死神は死を宣告するのだろう。理不尽な制度にやるせない気持ちになる。
「じゃあ、あたしとつきあってよ」
涼香が至に思わぬ提案をした。
歌恋にとっては、ドキリとする言葉だ。胸がチクリと痛む。
至は仕事となるとどんなことも引き受ける。仕方がないが、それが掟だ。
花嫁になる相手がいても、担当になった者の要望は仕事として快諾するのが当たり前の業務だ。
歌恋にとって、一番大事な男性が担当者の恋人になるとしても仕事だから快諾しなければいけなかった。
至に迷いはなく、その場で快諾した。普段他の女子に興味がない至だが、仕事となると話は別だ。担当となった人間の要望は極力引き受けるし、仕事ならばどんなことでも未練がなくなるまで付き合うことが四神家の普通だった。
歌恋は両思いの愛しい男性を仕事とはいえ、温かい目で見守る。それはとても複雑なことだった。付き合って間もない至と歌恋。二人はお互いのことをまだ理解しきれてはいなかった。これから愛を深めていく時期。お互いのことを知っていく楽しい時期にこんなことをしなければいけないとはなんたる皮肉だろうか。至は基本塩対応。きっとこの女性も嫌になってもっといい人を紹介してほしいというかもしれない。至のことを嫌いになってほしいというのが本音だった。
「わかった。付き合おう」
少しばかり至が微笑む。珍しいことだ。至はどんなに女子が騒いでも、表情一つ変えない。どんな美人が告白しようと興味を持たない。その至が承諾したのはとても意外なことだった。死神としての使命が交際を許可したのだろうけど、交際というのはどの程度をいうのだろうか。彼氏と友達は全然違う。思春期の娘を持つ親みたいに恋人と友達の違いに思い悩む。
「イケメンと恋愛するっていうのがあたしの未練だと思うんだよね」
クールビューティーという言葉が似合う美人。
雰囲気が透き通っているような感じがする。
肌は白く日の当たる場所にあまり行ったことがないような雰囲気だった。
至の性格は一途だ。わかってはいるけど、なんだかとても不安だ。
「はじめに言っておこう。俺の手伝いをしているのは俺の花嫁となる歌恋だ。今回は死神としての使命を果たすために特例としてあなたとの交際を許可した。しかし、本当に愛しているのは歌恋だ。その気持ちが変わることはない。それでもいいならば、交際は可能だ。あくまで仕事だ」
ちゃんと歌恋のことを説明してくれた。その誠実な対応に嬉しい気持ちになった。
「死神は超一途っていうのは有名な話。イケメンなら二番の女でもかまわないよ。歌恋さん、あなたの彼氏を少しだけ貸してね」
涼香は気にも留めていない様子だった。
「交際とは言っても、最大限手つなぎとハグまでだ。あくまで期限付きの交際であり、俺の気持ちは歌恋にある」
いつもはっきりとした物言いをする至。ちゃんと線引きした付き合いをしてくれるということがはっきりわかって少しばかり安心した。手つなぎとハグまでなら、キスとかそれ以上の関係はないってことだから。
「付き合うからには、監視中は二人きりにしてほしいな。本当の彼女の前であまりイチャイチャできないでしょ」
イチャイチャという言葉に反応してしまう。
いつのまにか至が歌恋を愛するのが当たり前だと思っていた。
イチャイチャされたら嫉妬の渦に呑み込まれてしまうことは歌恋はとうの昔に理解していた。いつの間にか至を独占することが普通となっている自分がいることに驚く。嫉妬という感情を初めて持っていることを気づかされた。こんな黒い感情を持っていたことに驚いていた。
人に愛されたことがない歌恋は愛されるというだけでずっと幸せだと思っていた。でも、至に愛されてからはそれだけでは満足できない性格に変化していた。他の人を見ないでほしいという気持ちが芽生えていた。
でも、これは死にゆく人に最高の死を迎えてもらうための仕事だ。最高の死を提供するためにはプロとしての意識が大切だ。それは配偶者となる花嫁にとっても大切なプロ意識だ。理解することの大切さを身に染みて感じる。理解して寄り添う気持ちの大切さ。以前至の母親から花嫁にとって大事なこととしてアドバイスをいただいたことがある。
「花嫁にとって大切なことは夫の気持ちに寄り添うこと。理解して信じることなのよ」
甘く優しい口調の中に信念を感じた。優しそうなお母さん。若くて甘い感じがする。でも、芯が通っていて凛としている。あの美しいお父さんを支えるだけの器を持った女性。共に苦楽を味わう彼女には人には見えない苦労があるのかもしれない。
死神族の頂点となる男性の妻というのは並大抵のことでは務まらないだろう。あの美貌を持つ男性を夫にしているのならば、女性関係で悩むこともあったのかもしれない。あんなに美人で心も寛大な女性。私には遠い道のりだ。むしろ、美しい容姿は絶対にお母様を超えることはない。あんなに美人な母親を持つ至だから美意識は高そうだが、運命という名の本能にとても忠実で、普通の女性でも花嫁としての運命を感じたら一直線だ。ありがたいことだけど、未だに信じられないのが本音だった。
それを考えると歌恋は自分なんかに死神の花嫁が務まるのか不安に思う。育ちがいいわけでも度胸があるわけでも知性が高いわけでもない。普通以下のスペックの歌恋がなぜか次期当主の死神の花嫁になっていることに今更ながら不安を感じる。
「死神は美しいって聞いていたよ」
涼香が至に話しかける。こう見ると美男美女でお似合いかもしれない。
「誰に?」
「私の祖母だよ。多分あなたの祖父に会ったことがあるんだと思う。四神の当主となる男性はとても美しかったと何度も聞かされたからね」
「そんな縁があったのか」
至が女性と普通に会話をしているのはとても珍しい。
普段の至は嫌な顔をあからさまにして、面倒なことはしない。
これが、仕事だから当然なのだと思う。
少しばかり寂しいと思うのは慣れない幸せのせいかもしれない。
至がいつも歌恋だけに優しいことに慣れていたせいだ。
「永遠っていう死神の寿命は本当はどの程度なの?」
涼香が質問する。これは歌恋もずっと疑問だったことだった。
「多分だが、実年齢が二百歳になった時に、半分の百歳の容姿になると聞いたことがある。例えば、百歳のときに、半分である五十歳程度の容姿になるということだ。人間でいう百歳はかなりの高齢であり、死神にとっても実年齢が二百歳になれば体力は百歳程度。仕事ができる年齢ではなくなっている。死神の夫婦は、死が近くなると仕事を引退して誰にも知られないように夫婦で最期を過ごすと聞いている。だから、夫婦の時間は永遠と言われるんだ。あくまで伝承だがな」
「不老不死ではないのね」
「死神族が死ぬと明言はされていない。それは、死神は神に近い存在だから、人間とは違うということを示したいという代々のならわしなのかもしれない。俺の祖父は今八十歳くらいだから、見た目は四十歳くらいになっているな。まだまだ元気だから仕事はしているが、息子に既に当主の座を譲っているので、地方の田舎を中心に仕事をしていると思う。曾祖父には会ったことはあまりないが、百歳をこえているので、見た目は還暦くらいかもしれないな。曾祖父も歳と共に仕事はあまりやっていないかもしれないな」
「ちゃんとゆるやかに歳をとるんだね」
「不老不死のような話は神格化するために作った話だろうと思う。実際はゆるやかに歳をとる。永遠というのも誇張された表現であり、夫婦で最期は添い遂げるのだと聞いている。死を公にしないためにも田舎で隠居暮らしをしてこの世を去るというならわしがあるのだと思う」
「じゃあ、死神族も私たち人間と同じ部分を持っているんだね」
「人間と違う所もあるが、人間から派生した一族だからな。根本は同じだと思っている」
「なんだか、死神が近く感じるな」
「涼香さんは落ち着いているな」
「涼香でいいよ」
二人の視線が重なる。意外と距離が近い。これが人生初のヤキモチなんだと自覚する。このことを伝えたら至はどんな顔をするのだろうか。喜んでくれるのだろうか。それとも、仕事なのにと言われてしまうのだろうか。
「多分、私の祖母は死神に恋してたんだよ。初恋の人は死神って言ってたから」
「涼香の祖母は死神とどういう縁があったんだ?」
早速涼香呼びなことにやっぱり嫉妬してしまう。
至が他の女性とにこやかに話すことがあるなんて。
他の女性の名前を呼ぶことがあるなんて。
そんな些細なことで、至が他の人の物になってしまうのではないかと不安になる。
「おばあちゃんには仲のいい友達がいて、その人が余命わずかだったみたいなんだ。そんな時に、死神が現れたらしい」
「死神は普通は忌み嫌われる存在だけどな」
至の負のオーラは忌み嫌われてきた証なのかもしれない。
人に心を開かないのは、人から嫌われてきたからだ。
死を運ぶ不気味な存在ということをふと忘れていた。
普段の至は穏やかで一途で美しい。
でも、対象者はたとえ死ぬ運命だったとしても、死神のせいで死んでしまうと思ってしまう。死神がいなければ、死ぬとは思わないことが多い。この制度はとても厄介で、死ぬことが決まった人の未練を残さないように手伝っているのに、死神のせいで死ぬと誤解されやすい。因果な仕事だ。
涼香が説明する。
「おばあちゃんの友達の願望をかなえるために死神と協力したって言ってたなあ。まだ十代で男性に免疫がないのに美形な死神が現れたら好きになるでしょ」
「そういうものなのか。涼香の祖母は健在なのか?」
至は恋愛のことはわからないらしい。ただ花嫁になる女性を大切にする本能があるだけだ。そう考えると少し複雑だ。本能に従って選ばれただけで、本当はどこにも魅力を感じているわけではないのかもしれない。歌恋のどこかを好きになったわけでもないのかもしれない。
「私より健康で長生きしそう」
「もしよければ、祖父に連絡を取ってみようか。もしかしたら、涼香の祖母への想いがこの世の未練の可能性もある」
「まぁ、私の場合育ての親が祖母だから、一人にするのは申し訳ないって思ってるよ。父は遠い町で働いてるけど、お金だけ送ってくるんだ。母はもう死んだしね」
「でも、祖父にあたる男性と出会って涼香が生まれた。初恋以上に素敵な出会いがあったんだと思うぞ」
「もう、二度と出会えない人との想い出は美化されてるんだと思う。私は祖母に育ててもらったから、恩返しがしたいのかもしれない」
「恩返し、素敵な響きだな」
驚いた声がする。涼香のおばあちゃんのようだ。顔立ちが似ている。
「あらま、あの時の死神様そっくりな男性がいる。びっくりだ」
自宅療養している涼香。祖母が仕事から帰宅した。
歳を取っても働けるだけ働きたいという祖母は六十歳を過ぎても現役の保育士をしているらしい。
「もしかして、覚さん?」
祖母がおそるおそる呼びかける。
「はじめまして。香さんの担当死神の四神至です」
死神であることは今回は秘密にしないんだ。もしかして、死神に会ったことのある家族を騙すことは難しいと思い、名乗り出たのだろうか。
「覚は俺の祖父です。もし知り合いならば、祖父に連絡してみましょうか」
「あら、覚さんのお孫さん? 私のことなんて覚えてるはずはないですよ」
「きっと覚えていると思います」
「私もこんなに歳を重ねたから、外見も変わったし、会ってもわからないと思うよ。担当ってことは涼香の命は長くないんだね」
わかっていたのか、あまり驚いた様子はなかった。
それだけ病状が悪化しているのかもしれない。
「私、至さんの花嫁となる予定の歌恋です」
「覚さんにも素敵なお相手がいるって聞いていたよ。花嫁になる女性に出会えたと嬉しそうに話していたねぇ。覚さんは至さんにそっくりな顔をしていたよ」
懐かしそうな眼をするおばあさん。
「祖父ともしばらく連絡を取っていないので、あなたのことを話しておきます」
「美しい銀髪に真紅の瞳。白い肌に端正な顔立ちも覚さんにそっくりだ。死神は歳を取らないなら、変わってないのかもしれないね」
「見た目は今は三十代から四十代くらいだと思いますよ。ゆるやかに歳をとるのは本当です。ただし、四十歳のときに二十歳くらいに見えるので、普通の人より見た目が若いのは本当ですね。今は仕事はゆっくりやっているようです」
「おばあちゃんが好きだった死神は至みたいな感じだったのかぁ」
涼香が改めて至を見つめる。至は微動だにしない。
「涼香、死神が現れて辛くないのかい?」
「ずいぶん前に医師から長くないって言われてたのに、この歳まで生きられて私はラッキーだよ」
「難病にかかってしまって、辛い一生だったよね。あんたの母親も同じ病気で死んでしまって寂しかったよね」
「でも、至がいるから怖くないよ」
もっと忌み嫌われると思っていたけど、今まで会ってきた人たちは、死神を嫌悪しなかった。それはたまたまだったのかもしれないけど、ありがたいことだった。
至はスマホでメッセージを送っていたようだ。
「祖父と連絡がとれた。あなたのことは覚えていました。死神の記憶力は半端なくいいので、忘れないんですよ。それに、仕事の内容は書類に細かく記入しているので、見返すとすぐ思い出します」
「覚さん、元気かね」
「もちろん。こちらに来たいと言っています。いいですか?」
「もちろん」
「おばあちゃんよかったね。実は私、至と付き合うことになったんだ」
「ええ? 花嫁がいるのに?」
おばあちゃんは驚いていた。
「私のこの世への未練がなくなるように一緒にいてもらうんだ」
「花嫁さんはいいのかい?」
「私は涼香さんのためなら、かまいません」
本当は辛いけど、これは未練を残さないため。
最高の最期を迎えるために仕方がない。
「ここへは通いで来るのかい?」
「学校があるので、通いとなりますね」
「学生さんだよね。私は学校にほとんど通えなかったな。小学生の低学年の時は学校に通っていたけど、だんだん病状が悪化して、中学には通えていなかったんだ。死も覚悟するくらいの状態で、高校も行けなくて。私の人生って何だったんだろうって思うことがあるんだよね」
この人は、病気と引き換えに命を懸けて生きてきたんだな。
苦しい毎日だったんだろう。
たしかに、なぜ私たちは生まれて死んでいくのだろうかと思う。
その意味はまだわからないし、ずっとわかることはないのかもしれない。
涼香さん、最後くらい恋愛したいよね。
「最後の九十日は苦しまないという死神の加護が働きますか? この子は発作が起きると苦しむんです」
死神の加護? たしかに死なないというのはあったけど。
「もちろん。祖父がそうだったように、俺が担当すると、その間病気が悪化しません。生きている間に未練を残さないように担当する相手には体力、健康という加護がついてきます」
「ありがたいです」
おばあさんが丁寧にお辞儀をした。
きっと想像以上に苦しい闘病生活だったのだろう。
最後くらいは苦しまないで逝ってほしいと身内は願う。
よく、死ぬ少し前に元気になって急に亡くなるという話があるが、あれは死神の加護が働いている可能性もあると思う。
「おばあさんの祖父との想い出を聞かせてください」
至って仕事となると積極的に人間と関わろうとしてるなぁと感じる。
本来人嫌いな印象だけど、割と人が好きなのかもしれない。
人が好きなのに、人の死にゆくさまを見守る仕事はなんて過酷なのだろう。しかも、生まれた家が四神であれば、必ずしなければいけない死神の仕事。至もなぜこの世に生まれてこの仕事をやらなければいけないのだろうか。辛い運命を背負っているなと思う。
「至、デートしてよ」
死神のおかげで体が楽になった涼香はとても積極的で遠慮はしない。
そりゃあ残り九十日って言われたら遠慮する必要はない。
それに、彼女は病気が発症してから初めて体が楽になったらしく、体が軽いとか言いながらジャンプしたり嬉しそうだ。
「もちろん」
至が了承している。それとこれとは別で、彼女の境遇に同情はしても、それ以上の関係になってほしくないというのが本音。複雑な気持ちだ。人を思う気持ちと奪われたくない独占欲が入り乱れる。
「祖父に連絡しておきます。とりあえず今日は帰宅します。今は死神の加護が発動しているから、体は健康な人間と変わらない。ただ、無理をすると体力がないので、体がついてこないと思う」
「ありがとう。至って優しいし、美形だから大好きになりそう」
「それはありがたい。死神は忌み嫌われるのが普通だからな」
至に対して積極的に最後はハグをする。これは辛い。
至は嫌がる素振りもなく受け入れている。
これって花嫁がわかったときと同じ原理なのではと思う。
嫌がる必要もなくただ運命を受け入れる死神。
つまり、そこに四神至の意志はない。ますます歌恋は落ち込んでいた。
元々自己肯定感が低いのに、死神の思考や花嫁を好きになるからくりに気づくと一気に虚しさが襲う。もし、本能が至に効力を発揮しなくなれば歌恋に対して好きなんていう気持ちはなくなってしまうのかもしれない。最悪離縁されるのかもしれない。良からぬ方に考えてしまうのが歌恋の悪いところだ。でも、もし、そうなれば歌恋は死んでしまう運命となる。加護のお陰で長生きしているだけなのだから。
帰り道に車の中で、無言になってしまう。不安や不満は顔に出やすい。歌恋は愛想のない顔をしていた。
「どうした? あまり顔色が良くないな。体調が悪いのか」
至はいつも通りの優しさを見せてくれる。
「大丈夫だよ」
死神の本質を聞く勇気もなく、自分の何処が好きかと問い詰める覚悟もない。
それから、毎日彼女の元へ会いに行く。それは、使命であり仕事だ。
翌日は曇り空で夕方から雨が降っていた。土砂降りなのは歌恋の心を写していたようにも思う。歌恋は放課後たまにしかない部活があり、残らなければいけなかった。ほとんど帰宅部だが、一応茶道部に所属している。その日は至が先に仕事に行くことになった。茶道部の打ち合わせがあり、車で迎えに来てもらう。運転手は二十歳の若手である神崎響也だ。四神の遠い親戚らしいが、大学に行きながら時々運転や至のサポートなどの手伝いをしてくれている。歳が近く、男性と話し慣れていない歌恋には珍しく話しやすい存在だった。それは、花嫁として丁寧に扱ってくれる心と、至への忠誠心が厚いからなのだとも思える。彼は数少ない至と対等に話せる人物だ。
「浮かない顔をしていますね」
響也は優しく丁寧に話してくれる。心遣いが細かい人だ。
「実は至に二番目の恋人ができてしまって。仕事だから仕方がないのですが」
「恋人ってどういうことですか。事と次第によっては俺が至にお仕置きしますが」
響也のお仕置きは案外怖いような気がした。
忠実なのに自分の意見を持つ響也。瞳の奥は笑っていないことが多々ある。
「今の担当となった方が恋人になってほしいと要求しているんです。もちろん最大の幸せの中でお別れするためには未練を残さないようにしなければいけません。私は死神の花嫁なのに、結構落ち込んでいたりします」
「至はこのことを知らないのですか」
「こんなこと言ったら失格ですよね。呆れられてしまいます」
「確実に喜ぶこと間違いないですよ。俺から伝えても構いませんがね」
「これは、伝えないでください。恥ずかしいので」
「至の喜んだ顔を珍しく拝めると思ったんですがね」
響也さんは性格は明るく、外見も素敵な人だ。からかいながらも核心を突いている。至が信頼を置く兄貴のような存在だ。
しばらく世間話をしていると涼香の家に到着した。
先程急に降って来たと思った雨は一時期は大雨だったが、今はだいぶ小降りになった。
ピンポーンとインターフォンを鳴らす。
涼香は二人のほうがいいと言っていたが、歌恋はやはり気になってしまい、仕事という名目で来てしまった。
「あら、歌恋さんこの雨の中大変だったわね。今、至は着替えているからリビングで待っていてね」
ずいぶんと元気そうだ。本当に病気とは思えない。最初に会った時よりも顔の血色がいいと思う。
気になるセリフがあった。
「着替えているってどういうことですか」
男女二人きりの空間でシャワーを浴びるなんておかしい。
着替えているのも死神の領分とはだいぶ違う。
リビングに通された。すると、至がずいぶん慣れた様子で上半身裸で髪の毛が濡れたままやってきた。まるで本当の彼女の家にいるかのようにくつろいでいる。相変わらずの細いのに鍛えられた肉体美だ。
「歌恋、来ていたのか」
普通の顔をしている。こんなのはおかしい。
「至、人様の家で上半身裸なんて失礼じゃない?」
「先程、雨で濡れてしまって、制服のワイシャツを乾かしているんだよ。髪の毛も濡れてしまったので、タオルを借りて乾かしている。シャワーを浴びて行けと言われたが、さすがに申し訳ないからな」
ずいぶんと家の中を慣れた様子で歩く至を見ていて何かが弾けた。
「帰ります」
至はどうしたのかという顔をしてただ立っていた。
「どうした?」
「響也さん。私を自宅に送ってください」
「至、後で説教だな。彼女を送り届けるよ」
至は驚いた様子であっけにとられている様子だ。
よく考えれば至は悪くない。
ただ雨に濡れてきがえていただけだ。
でも、慣れた様子であの家にいると、自分の相手ではなく、本当に涼香の相手のような気がしてしまった。
自宅に帰るまで、響也と話した。
死神は花嫁だから好きであって恋愛感情がないのではないかという疑問を投げかけた。遠縁である響也は死神の気持ち、至の気持ちをわかっている立ち位置なので一番相談しやすい。
「じゃあ、助けたのが俺だったら、俺の花嫁になったんじゃないんですか?」
響也が歌恋に問う。
あの時は、誰も守ってくれる人はいなかった。もし、助けてくれたのが別の人ならば、その人の花嫁になったと思う。選べる側の人間ではないと思っていたから、どんな人でも全力で好きと言われたら、それに応えていただろう。出会う順番やタイミングが違えば、別な人と結婚したり恋愛したかもしれない。
「たしかに、響也さんが死神として現れていても、人間として現れていても、至がいなければ、その人に恩を感じて愛情を注いだと思います」
「それと死神の愛情は同じだと思います。人間も出会わなければ好きになれないし、出会ったから好きになる。それと同じです。死神族は花嫁として認識するけど、好きになるのは一目惚れと同じなんです。人間だって好きになるのに理屈はいらない。至の愛は本物ですよ」
響也は美しい顔をしており、至のファンだという女子でも、響也に出会ったらそちらに乗り換えるかもしれない。人間の恋と死神の恋は一見違うように見えていても同じ部分もある。ただ死神は浮気をしないのと、一途な愛が冷めないという性質は普通の人間とはだいぶ違う。愛の重さが違うだけで、好きになるのに理屈はいらないところは一緒だ。
「涼香さんといい感じに見えたので、私としてはどうしたらいいのかわからなくなって」
「それ、至に話しておくよ。絶対喜ぶから」
男の人と話すことに慣れていないけど、四神の関係者は安心して話せる人ばかりだ。至が絶対的な信頼を置いていることは納得だ。
「響也さんは花嫁はいないんですか?」、
「俺は遠縁だから、死神の力はないし、運命の人はわからないんですよ。だから、好きな人は自分で探さなきゃいけない。普通に顔や話した感じの性格で好きになるしかないんです。今は彼女はいませんがね」
「死神の血を引くだけあって、響也さんは美しいです。いい出会いがあると思います」
「俺は今は仕事が楽しいんです。至に彼女ができて、結婚を見据えたお付き合いをしている。それをサポートしていることがとても嬉しいんです。間接的に死神の仕事をサポートするのは遠縁の役割なのですから」
「私、至にひどいこと言ったかな」
「大丈夫、あとでちゃんと話してください。俺からもフォローしておくので」
響也の優しい微笑みは、初めてのケンカのような状態に陥り、自己嫌悪に陥っていた歌恋の心にそっと寄り添ってくれていた。
自宅の部屋で待っていると、急いで帰宅した至がドアをノックした。
「歌恋、ちょっといいか」
至が部屋に入るのは実は初めてだった。
普段は遠慮して入ってこない。
「どうぞ」
至が入るや否や、歌恋を抱きしめた。
「不安にさせてごめん。俺が悪かった。歌恋の気持ちを響也に聞いた。俺は恋愛には不慣れで相手の気持ちを考えることが苦手だ。歌恋が俺のことを好きになってくれて嬉しい」
普段よりも焦った様子で話す至は丁寧な割れ物を扱うように優しく抱きしめた。
「俺が好きなのは歌恋だけだから、心配しないで」
彼の優しいまなざしに、思わずこちらから強くぎゅっと抱きしめる。
心臓の音がばくばくうるさい。
視線と視線がぶつかる。二人の唇がそっと触れる。
初めてのキスだった。
「大好きだよ、至」
美しい至の瞳は歌恋のことを捉えて離さなかった。
「ずっと一緒にいてほしい。改めて俺の花嫁になってほしい。結婚しよう」
これは、正式なプロポーズだった。
今までなんとなく花嫁になって結婚するという話にはなっていたが、結婚してほしいというのはあまり言われたことがなかった。
「私、ずっと不安だった。私を嫌いになったらどうしようとか、花嫁だから好きなんだろうって思ってた。私の性格とか容姿が好きなわけじゃないでしょ」
「最初は花嫁だとわかってすごく惹かれた。でも、実際に生活してとても心地いいと思っている。そして、歌恋の全てが好きになったんだ。艶のあるサラサラした髪の毛も、笑った顔も声も、嫉妬するところも全部好きだ」
「二人でずっと一緒にいよう。二人で幸せになろう」
これが正式な返事だった。たしかに帰る家はないし、自立した経済力もない。でも、そうでなくとも一緒にいたい存在。それは事実だった。初めて愛を感じた相手と結婚できる幸せを感じていた。
「上半身裸というのも、あまり他の女性に興味がないから意識をしていなかったんだ。自宅にいるかのような感じになったんだと思う。誤解させたな。俺は絶対に他の女を好きにならないから」
「これからは、ちゃんと仕事を全うできるようにサポートするね。偽の恋人になったとしても仕事だと見守るから」
「死にゆく者の未練を残さないという仕事ではあるが、彼女がいる俺ではなく、俺に顔立ちが似ている独り者の響也に代行させようと思っている。それならば安心だろ。最初に涼香は言っていた。恋愛して付き合ってみたいと。それは俺でなくともいいはずだ。それに彼女の本当の未練は祖母の初恋の相手に会わせることではないかと思っている。その縁が俺たちを引き合わせたのだと思ってる」
「相手の本当の未練がわかるものなの?」
「死神の勘だ。これでも結構仕事歴は長いんだ。響也にはもう頼んである。彼はこの仕事を手伝えることを喜んでくれた。いつも親身にサポートしてくれるから本当に頼りっぱなしだ。あいつは、口は悪いけど、優しいんだ」
二人の信頼関係が垣間見れた瞬間だった。なんだかんだ言いながら力になってくれる響也はとても頼もしい。
初めてのキスの余韻に浸っていると、もう少し一緒にいたいと至が言う。それは歌恋も同じだった。二人はしばらくソファーで手を繋ぎながら話をした。それは今までで一番素の状態で会話できた時間だった。歌恋の心の扉を開けた至は、今までより深い話をすることができた。愛が育っていると感じる時間だった。
翌日、響也が彼氏代行ということで涼香に紹介された。はじめは文句を言っていた涼香だったけど、彼女がいないイケメンということですぐに気に入った様子だった。涼香は恋人ごっこができればよかったのかもしれない。響也のほうが年上だということも涼香にとっては理想的だったようだ。
「今日は会わせたい人がいるんだ。おばあさんはもうすぐ帰宅するんだろ」
「うん」
「はじめまして四神覚です」
先程到着した一見親世代に見えるこの男性、至の祖父らしい。やはり顔の系統は似ていて、優しく美しい顔をしていた。銀髪は至と同じだ。響也は普通の茶髪で、銀髪ではないが、顔の系統は似ている。美しい顔をした男性が三人もいるのはある意味異様な光景のようにも思える。おじいちゃんとは思えない若さだと思いながらチラ見してしまう。
先程正式に挨拶をして、自己紹介は済んだ。当主じゃないから、あえて花嫁に挨拶はしていなかったらしいけど、近いうちに会いたいと思っていたらしく、挨拶ついでに来たらしい。ついでに来るなんて初恋側としたら嫌だと思うけど、やはり死神は他の女性に興味が持てない生き物だということがわかる。でも、担当した人間のことや関わりのあった人間のことは記憶に残るらしい。
「覚さんですか」
おばあさんが驚いた声を出す。いつもより甲高い声だ。
「フミさんおかわりないですね」
「私のこと、変わり過ぎてわからないかと思いましたよ。やっぱり死神さんは永遠の若さがあるんですね」
「ゆるやかには歳をとっていますよ。もう二十代の若さはありません」
「私から見たら本当に若くてうらやましいですよ」
「あれからご結婚もされてお孫さんまでいるとは、時の流れは早いですね」
「松子とあなたとの九十日は忘れられませんでした」
「あの時は、本当に楽しかったな。でも、松子さんとの別れは寂しいものでした。死神が言っても嘘だと思われそうですが、本当に心が痛かった」
長い時間が過ぎても二人の中ではあの九十日は永遠なのかもしれない。
「あなたの花嫁となった女性にあの頃は嫉妬したものです」
「妻は今でも元気に過ごしていますよ」
「おばあちゃん、死神さんとどんな時間を過ごしたの?」
「あの時は、松子が最期に好きな人と過ごしたいっていうから、おばあちゃんと死神である覚さんも同行して四人で家出をしたんだ。松子の家は厳しかったから、好きな人と会うことも難しかったんだよ」
「そんなことがあったんだ」




